眉間に
皺を寄せ、まるで頭痛を
堪えるような演技を見せると、ゆっくりと店の赤い扉に近付いて行った。
湿った空気に
薄暑を覚える窓越しの景色は、商店街にかかるアーケードの影と、その終わりから覗く雲の厚さで雨を連想させた。
やはり誰が来るでもない、そう語る
梅雨空。
博雪は
CLOSEと書かれた小さな知らせ看板を外へ見えるよう窓際に立て、扉の鍵をかけてから、次にカーテンを閉めていく。
狭い店なので、それも1分程で済んでしまった。
「お
譲りいただけて嬉しい限りです」
「ひ…
博雪、いいのか?」
博雪はユビの問いに答えず、無言のままコツコツと
踵を鳴らし元の位置に帰ってくる。
そしてキッチン奥から、いつも空き時間に座っている
椅子を持ち出し、カウンター席の前に腰掛ける。
ユビは
博雪の表情が豊かな方ではないと知っているが、それでも
刺々しい空気を発するような人でないと認識しているため、オドオドと
博雪の様子を
窺う。
Sも内心では冷や汗を流しながら、静かに
博雪からの言葉を待った。
数秒の間、
博雪は目頭を
揉んだら腕を組み、顔を上げる。
「んー…あそこの悪い
噂はずっとあるけど、それがユビのお兄さんとお客さんの目的とどう関係あるのか、僕も聞くことになる」
「……そうですね。それはもう、どうしようもないと俺は思ってます」
「はっきり言って、安全な話じゃないのは分かるよ。で、ユビに危険は?」
博雪の語気の強さが
Sを
刺す。
だが、
Sの事情に対して
然程も興味が湧かないなりに、きっとどうしようもないのだろうと、気持ちを
汲む姿勢を
博雪は取る。
優しさの
滲む対応に、
Sはまだ追い出されない可能性があると希望を抱く。
「何とも言えません…が、踏み込まなければ、それといった害は無いと思います」
「17歳だ。
若気の至りなんて言葉がちょうど適してる頃で、背こそあるけど子供だよ。それにここは地方都市とはいえ
田舎だし、ここらの警察は過去に何度も問題を起こしてる」
「…そうですね。実際、俺がこれから話す内容より…もっと酷い話は過去にもあります」
「分かってるなら僕が言えることは無いけど、これから聞く話のせいで、ユビが踏み込まなくても勝手に巻き込まれたらどうするの?」
「…俺の返答次第ですか?」
「そうだよ」
随分と
不愛想な目つきと
冷めた声をした
博雪に、
Sは
冷や汗を浮かばせ、口角を無理矢理に釣り上げる。
ここでの返答が
好古でなければ、恐らく
博雪は
Sを店から叩き出す。
そう言い続けれているのだから、失敗はできない重圧を
Sは胃に感じるのだ。
上辺だけ取り
繕うことは悪手だと直感する。
その最中、固まり焦る
Sを
傍目に、ユビは自分の身の安全を問う
博雪へ目を丸めていた。
普段は
温厚で、
喜怒哀楽を表に出さない
博雪が見せる真剣な横顔に、
畏怖の念を抱く。
ユビと
博雪は思い付きのように始まった関係を持つ仲であるが
故、ユビは何も言わずとも、きっと自分は
博雪にとって、のらりくらりと楽しい関係でいれば良いのだろうと思い込んでいた。
だが
博雪は今、ユビを心配する言動を取っている。
それはユビにとって、世界がひっくり返ってしまう程、嬉しいことであった。
(…
博雪が俺のこと、こんなに心配してくれると思ってなかった……)
大切にされる瞬間というものを、ユビは内心で
噛み
締める。
そしてそんなユビを置き去りに、大人は話を進めていった。
「巻き込んだ時は、俺が身の安全を保証します」
「どうやって?」
「その場で適した方法で、としか…」
「
随分アバウトだね。信じる材料も少ないし」
「……それは、これから話す目的で判断してもらえると」
博雪からの確認が積まれていくとともに、段々と落ちていく
Sの頭と肩は、どこか頼りなくユビの瞳に映る。
だが言動が
軽薄であると取られがちな
Sは、嘘を
吐く訳にも、絶対的な過信を
口にする訳にもいかない。
頼りなく見えるかもしれないが、この姿勢が彼なりの
博雪に対する誠意だった。
そんな
Sの姿を
見兼ね、ユビが居たたまれなさを
和らげようと
Sへ手を伸ばす。
「おいおい」と少しぎこちなく声を掛けたその時だった。
それに被せるように、
博雪が
口を開ける。
「じゃあまずは目的を聞くよ。その内容次第で、この先僕は本当に何も言わない」
鶴の一声とも取れるそれに、
Sは顔を上げ、ユビは驚きから「へ」と間の抜けた声を落とす。
「でもユビには先に言っておくけど、フロスト社の
噂は
暗黙が基本。絶対、踏み込んじゃ駄目」
「お、おう」
「それだけ小さくない
噂だって覚えておくこと」
「わ、分かった…」
博雪は
脚も組みながらユビにそう告げると、
Sとひとつ離れたカウンター席に座るよう指示を出す。
すると
Sとユビの間には席ひとつ分の空間ができ、そんな2人の間からカウンター越しに顔を出す
博雪の図が完成した。
ユビが座るまでの動作を眺めていた
Sは、何の
脈絡も無い感想を落とす。
「改めて見ると、ユビやっぱデカいな……180くらいか?」
「まぁそれくらい…って言っても
Sが小さいんじゃね?」
「これでも平均身長です~」
まるで学生のような会話をし始めたユビと
Sに、
博雪は割って入る。
「また無駄話するならお店開けるよ?」
「おーっし、目的話すから聞いてく~ださい」
「……調子良いおっさんだな…」
全力の
愛想笑いで手の平を合わせた
Sに、2人は
眉間の
皺を深くした。
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