邂逅:S

 やはり誰が来るでもない…そう語る梅雨空つゆぞら
 博雪ひろゆきCLOSEクローズと書かれた小さな知らせ看板を外へ見えるよう窓際に立て、扉の鍵をかけてから、次にカーテンを閉めていく。
 狭い店であるがゆえ、それも1分程で済んでしまった。
「おゆずりいただけて嬉しい限りです」
「ひ…博雪ひろゆき、いいのか?」
 博雪ひろゆきはユビの問いに答えず、無言のままコツコツとかかとを鳴らし元の位置に帰ってくる。
 そしてキッチン奥からいつも空き時間に座っている椅子を持ち出し、カウンター席の前に腰掛けた。
 ユビは博雪ひろゆきの表情が豊かな方ではないと知っているも、それでも刺々しい空気を発するような人でないと認識しているため、オドオドと様子をうかがう。
 Sエスも内心では冷や汗を流しながら、静かに博雪ひろゆきからの言葉を待った。
 数秒の間、博雪ひろゆきは目頭をむと腕を組んで顔を上げる。
「んー…あそこの悪いうわさはずっとあるけど、それがユビのお兄さんとお客さんの目的とどう関係あるのか、僕も聞くことになる」
「……そうですね。それはもう、どうしようもないと俺は思ってます」
「はっきり言って安全な話じゃないのは分かるよ。で、ユビに危険は?」
 博雪ひろゆきの語気の強さがSエスに刺さる。
 だが、そちらの事情に対して然程さほども興味は湧かないが、きっとどうしようもないのだろうと気持ちを汲む姿勢を取った博雪ひろゆきへ、Sエスはまだわずかに追い出されない可能性があると希望を抱いた。
「何とも言えません…が、踏み込まなければ、それといった害は無いと思います」
「17歳だ。若気の至りなんて言葉がちょうど適してる様な頃で、背こそあるけど子供だよ。それにここは地方都市とはいえ田舎いなかだし、ここらの警察は過去に何度も問題を起こしてる」
「…そうですね。実際、俺がこれから話す内容より…もっと酷い話は過去にもあります」
「分かってるなら僕が言えることは無いけど、これから聞く話のせいで、ユビが踏み込まなくても勝手に巻き込まれたらどうするの?」
「…俺の返答次第ですか?」
「そうだよ」
 それでも随分ずいぶん不愛想ぶあいそうな目つきと冷めた声をした博雪ひろゆきに、Sエスは冷や汗をにじませて口角を無理矢理釣り上げる。
 ここでの返答が好古こうこでなければ、恐らく博雪ひろゆきSエスを店から叩き出す。
 そう言い続けれているのだから失敗は出来ない重圧をSエスは胃に感じる。
 上辺うわべだけ取りつくろうことは悪手だと脳裏のうりで考えた。
 その最中、固まり焦るSエス傍目はために、自分の身の安全を問う博雪ひろゆきにユビは目を丸めていた。
 普段温厚おんこう喜怒哀楽きどあいらくを表に出さない博雪ひろゆきが見せる真剣な横顔に、畏怖いふの念を抱く。
 ユビと博雪ひろゆきは思い付きのように始まった関係を持つ仲であるがゆえ、ユビは何も言わずとも、きっと自分は博雪ひろゆきにとってのらりくらりと楽しい関係でいれば良いのだろうと思い込んでいた。
 だが博雪ひろゆきは今、ユビを心配する言動を取っている。
 それはユビにとって、世界がひっくり返ってしまう程、嬉しいことであった。
(…博雪ひろゆきが俺のこと、こんなに心配してくれると思ってなかった……)
 大切にされる瞬間というものを、ユビは内心で噛み締める。
 そしてそんなユビを置き去りに大人は話を進めていった。
「巻き込んだ時は、俺が身の安全を保証します」
「どうやって?」
「その場で適した方法で、としか…」
随分ずいぶんアバウトだね。信じる材料も少ないし」
「……それは、これから話す目的で判断してもらえると」
 博雪ひろゆきからの確認が積まれていくとともに、段々と落ちていくSエスの頭と肩は、どこか頼りなくユビの瞳に映る。
 だが言動が軽薄であると取られがちなSエスは、嘘をく訳にも、絶対的な過信をくちにする訳にもいかない。
 頼りなく見えるかもしれないが、この姿勢が彼なりの博雪ひろゆきに対する誠意だった。
 そんなSエスの姿を見兼みかね、居たたまれなさをやわらげようとユビが「おいおい」と声をらしながらSエスへ手を伸ばす。
 しかしそれに被せるように博雪ひろゆきくちを開けた。
「じゃあまずは目的を聞くよ。その内容次第で、この先僕は本当に何も言わない」
 つるの一声とも取れるそれに、Sエスは顔を上げユビは驚きから「へ」と間の抜けた声を落とす。
「でもユビには先に言っておくけど、フロスト社のうわさは暗黙が基本。絶対、踏み込んじゃ駄目」
「お、おう」
「それだけ小さくないうわさだって覚えておくこと」
「わ、分かった…」
 博雪ひろゆきは脚も組みながらユビにそう告げると、Sエスとひとつ離れたカウンター席に座るよう指示を出す。
 するとSエスとユビの間に席ひとつ分の空間ができ、そんな2人の間からカウンター越しに顔を出す博雪ひろゆきの図が完成した。
 ユビが座るまでの動作を眺めていたSエスは、何の脈絡みゃくらくも無い感想を落とす。
「改めて見るとユビやっぱデカいな……180くらいか?」
「まぁそれくらい…って言ってもSエスが小さいんじゃね?」
「これでも平均身長です~」
 まるで学生のような会話をし始めたユビとSエスに、博雪ひろゆきがまた割って入る。
「また無駄話するならお店開けるよ?」
「おーっし、目的話すから聞いてく~ださい」
「……調子良いおっさんだな…」
 全力の作り笑いで手の平を合わせたSエスに、2人は眉間みけんしわを深くした。


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