ユーフォルビア
✦ 表紙イラスト
2017年、梅雨 。
うだるような暑さに包まれた西日本の、とある田舎。
地方都市を有するそこにはアーケード商店街がいくつある。
そのひとつには築数十年のまま補正の入っていない、古びたアーケード商店街もある。
趣味の店を開いている割合が高いそんな古びた商店街の、道路に近い端側で、喫茶店『赤松 』はこじんまりと経営していた。
店の大きさは10坪程の平屋、外観は真四角で窓は少なく、白い塗り壁に赤い扉が印象的だ。
扉上部に記された喫茶赤松 という飾り気の無い文字は、灰色で少々読みにくい。
築10年程になるそれが若者の目を惹くことは無いだろうが、中年の近隣住民はたまに足を運ぶ。
店主の性格に起因して店内にあまり小物を置いていないせいか、外観と内装共に殺風景であることと照明器具の少なさに蒼然 としていることを感じ取る者は、足を運ぶたびに何も無いと溢す。
だが中に入れば小さな音量で流れるクラシック音楽とコーヒーの香りが出迎えてくれる空間は、慣れるとゆっくりくつろげるそうだ。
そしてテーブル席は4人掛けが2つだけで、カウンター席はたったの3席。
収容できる定員数は10人程という超小規模な店だ。
まるで小人が営んでいそうな喫茶店『赤松 』だが、店に足を踏み入れた時に出迎えてくれるのは180センチ程の長身に黒髪の中肉中背な若い男である。
「っらっしゃいませ」
扉を開けてすぐ、覇気は無くとも伸びるその声は客を歓迎する。
どこかあどけなさが残る様子を見せたその青年は、素人目でも分かるほどに左右で整っていないアシンメトリーなオカッパの髪型をなびかせ、客から見て右手側のキッチンから姿を見せた。
長さの整っていない毛先は痛んでいるせいで外にはねているが、そんな髪型をファッションと思わせるほど、若い男は整った顔立ちをしている。
パッチリとしたアーモンド形の猫目に長い睫毛 、そして赤みを帯びた大きな瞳が特徴的で、静脈の透ける肌が目を惹く。
喫茶店内での制服か、グレーのワイシャツに黒のスラックスは長身な彼のスタイルをより際立たせた。
胸板から膝 までを覆うワインレッドのエプロンは、彼によく似合う。
そんな彼が今喫茶店に訪れた客を奥のテーブル席へ案内すると、カウンター席から丸見えのキッチンから、小柄な初老の男が顔を出した。
「ユビ、ちゃんといらっしゃいませって言ってって…」
「博雪 だってこんなもんだろ」
「僕は舌が回ってないだけだよ」
「それは大問題じゃん」
長身で黒髪の彼――ユビと軽口で言い合うその男は、博雪 と呼ばれている。
博雪 はユビと比べて15センチ以上背が低く、照明に反射して白髪染めの焦げ茶色が光る髪を短く整え、前髪は目にかからないように右側へ流していた。
瞼 が少々重たそうな一重の垂れ目と深い焦げ茶色の瞳に、薄くとも整えられた口髭と、顎 の中央に黒子 がひとつといった特徴も持つ。
清潔感に気を配っているのが見て取れる、ユビと同じデザインの服を着た40代後半だろう者だ。
喫茶店のオーナーであると予想がつく博雪 からの小言を軽く受け流しながら、ユビは慣れた動きで透明のグラスに氷と水を注いでトレーに載せ、タオルのおしぼりも揃えて客に提供する。
顔のあどけなさから高校生ほどに見える彼が、なぜこんな昼間に働いているのか……客はそんな違和感を覚える。
ジッと自分を見るその視線に気付いたユビは、眉尻を下げて作り笑顔を客へ向けた。
「俺みたいな学生がこんな平日の昼間に働いてたら驚きますよね」
まるで毛細血管が集まっているような赤みを帯びたユビの瞳と視線を交わしてしまった客は、困った笑顔に小さく頷く。
ユビは戸惑いながらも客から僅かに離れて、テーブルに置いてあるメニュー表を広げながら話を続けた。
「通信制の高校生なんです。今時珍しい…んですかね?」
世間の価値観を客に委ねる様な仕草として小首を傾 げたユビに、客は瞳を下に向けて肯定も否定も態度に出さない。
正しくは出せなかっただけなのだが、日本の中学生の大半がユビのような生活を視野に入れないで勉学に勤しんでいるだろうことに確信があるからだ。
そして定時制という選択ではない時点で、客は少なからずユビ自身に事情があるのだろうと考えられたため、下げていた視線を戻しながらユビを真似て眉尻を下げた笑顔を見せる。
互いに似た表情を向け合うことで気を遣い合っていると態度で理解し合うと、ユビはメニュー表にあるランチタイムの一覧を指さした。
「つまんない話でした。今ランチタイムなんで、ここのメニューからセット選ぶとお得ですよ。決まったら呼んでください」
ユビはそう足早に客へ伝えると博雪 の居るキッチンへ向かい、客の視界から一度外れる。
何を注文しようかと考えながら見る見晴らしの良い店内は、客の目に日常の中へ溶け込む非日常として映ったのだった。
身長も年齢も凸凹 な男が2人で回す喫茶店『赤松 』は、メニュー表曰 く、毎週水曜日が定休日である。
✦ おまけ漫画
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2017年、
うだるような暑さに包まれた西日本の、とある田舎。
地方都市を有するそこにはアーケード商店街がいくつある。
そのひとつには築数十年のまま補正の入っていない、古びたアーケード商店街もある。
趣味の店を開いている割合が高いそんな古びた商店街の、道路に近い端側で、喫茶店『
店の大きさは10坪程の平屋、外観は真四角で窓は少なく、白い塗り壁に赤い扉が印象的だ。
扉上部に記された喫茶
築10年程になるそれが若者の目を惹くことは無いだろうが、中年の近隣住民はたまに足を運ぶ。
店主の性格に起因して店内にあまり小物を置いていないせいか、外観と内装共に殺風景であることと照明器具の少なさに
だが中に入れば小さな音量で流れるクラシック音楽とコーヒーの香りが出迎えてくれる空間は、慣れるとゆっくりくつろげるそうだ。
そしてテーブル席は4人掛けが2つだけで、カウンター席はたったの3席。
収容できる定員数は10人程という超小規模な店だ。
まるで小人が営んでいそうな喫茶店『
「っらっしゃいませ」
扉を開けてすぐ、覇気は無くとも伸びるその声は客を歓迎する。
どこかあどけなさが残る様子を見せたその青年は、素人目でも分かるほどに左右で整っていないアシンメトリーなオカッパの髪型をなびかせ、客から見て右手側のキッチンから姿を見せた。
長さの整っていない毛先は痛んでいるせいで外にはねているが、そんな髪型をファッションと思わせるほど、若い男は整った顔立ちをしている。
パッチリとしたアーモンド形の猫目に長い
喫茶店内での制服か、グレーのワイシャツに黒のスラックスは長身な彼のスタイルをより際立たせた。
胸板から
そんな彼が今喫茶店に訪れた客を奥のテーブル席へ案内すると、カウンター席から丸見えのキッチンから、小柄な初老の男が顔を出した。
「ユビ、ちゃんといらっしゃいませって言ってって…」
「
「僕は舌が回ってないだけだよ」
「それは大問題じゃん」
長身で黒髪の彼――ユビと軽口で言い合うその男は、
清潔感に気を配っているのが見て取れる、ユビと同じデザインの服を着た40代後半だろう者だ。
喫茶店のオーナーであると予想がつく
顔のあどけなさから高校生ほどに見える彼が、なぜこんな昼間に働いているのか……客はそんな違和感を覚える。
ジッと自分を見るその視線に気付いたユビは、眉尻を下げて作り笑顔を客へ向けた。
「俺みたいな学生がこんな平日の昼間に働いてたら驚きますよね」
まるで毛細血管が集まっているような赤みを帯びたユビの瞳と視線を交わしてしまった客は、困った笑顔に小さく頷く。
ユビは戸惑いながらも客から僅かに離れて、テーブルに置いてあるメニュー表を広げながら話を続けた。
「通信制の高校生なんです。今時珍しい…んですかね?」
世間の価値観を客に委ねる様な仕草として小首を
正しくは出せなかっただけなのだが、日本の中学生の大半がユビのような生活を視野に入れないで勉学に勤しんでいるだろうことに確信があるからだ。
そして定時制という選択ではない時点で、客は少なからずユビ自身に事情があるのだろうと考えられたため、下げていた視線を戻しながらユビを真似て眉尻を下げた笑顔を見せる。
互いに似た表情を向け合うことで気を遣い合っていると態度で理解し合うと、ユビはメニュー表にあるランチタイムの一覧を指さした。
「つまんない話でした。今ランチタイムなんで、ここのメニューからセット選ぶとお得ですよ。決まったら呼んでください」
ユビはそう足早に客へ伝えると
何を注文しようかと考えながら見る見晴らしの良い店内は、客の目に日常の中へ溶け込む非日常として映ったのだった。
身長も年齢も
✦ おまけ漫画
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