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第1章 雨と共に

「で、何があったんだよ」


朝井とは、結婚した後はほぼ連絡を取ることはなかった。
いや、正しくは朝井という男は機械にめっぽう弱く、パソコン、ましてやスマホなど持っていても、使い方など理解が出来ないのだ。
今の時代、老人でもスマホを使いこなすというのに、なんということだと耳を疑いたくなるが、これが事実である。


「何があったねぇ〜…意見の食い違い〜?というか、俺が一方的に悪いんだけどさ〜…」

「もっとはっきりした理由が知りたいんだが?」


なんとも歯切れの悪い返答に少々苛つきのメーターがはち切れそうである。だが、こんなことで怒ったとして、この状況が打開されることも、何が起きてこんな繁華街で働いているのか聞くことも無理である。
高校の頃はもっとしっかりとした性格だった気がするが、いつからこんな腑抜けたようになったのかと考えてみた。確か大学に入る少し前だったような気もする。だからといってそれが関係あるかと言われれば何もないのだが、少なくとも彼女が出来たことで高校時代のようにしっかりとした正確に戻っていた。


「うーん…俺が何考えてるか分かんないって〜…俺自身は結構家族のこと思ってたんだけどさ〜伝わらなかったみたい」

「そうか」

「子供も出来て、俺仕事ちゃんと定職について頑張ってたんだよ〜?なのになんでかなぁ〜大好きだったのになぁ〜」


朝井の目は少しずつ潤んできて、最後にはぽろっと涙が零れ落ちた。
それを見た俺は酷な話をさせてしまったと今更気付いた。まだ、離婚して数ヶ月ほどしか経っていなかったのだろうと悟った。


「すまない。泣かせるつもりじゃなかった」

「んーん…いいよ〜夜だもん」


泣きながらもにこっと笑う朝井は無理をしているようにしか見えなかった。1人にするのは少し心配ではあったが、こちらもまだ仕事が残っている。
閉店時間まではあと2時間。
この雨の中1人で帰らせるのはなんとなく不安であった。


「あと2時間だ」

「んー?」

「2時間後に仕事が終わる。それまでここで待ってろ」

「うん。待ってる。」


ひらひら〜と手を振る朝井を横目にバックヤードから出て、定位置に戻る。


「お騒がせしました。」

「誰ですか?あの方。」


従業員の鷹島夕が聞いてくる。
彼はこのバーがまだあまり知られていない頃の常連だった。知的な雰囲気があり、73で分けられたキッチリとした姿に女性の常連客は虜になっている。
立ち回りもよく、従業員として働かせてほしいと言われたときは天から与えられた救世主のようであった。


「幼馴染だよ。ここ数年は連絡取ってなかったんだけど偶然だよね」

「……そうですか。」


あまり深く聞いてこないということは何か察して聞かないでいてくれているのだろう。26歳という若さで本当に気の利く良い従業員である。


「あら、その幼馴染さんに嫉妬してるんですか?夕さん」


そう声を掛けたのは、鷹島が現在接客をしている女性のうちの1人だった。


「夕さん夜さんのこと大好きですもんねー!」


もう1人の女性も同調してにこやかに話す。


「からかうのはよしてください。変な噂でもされて店の印象が損なわれないか不安だっただけです」

「そんなようには見えなかったけど、そういうことにしておくわ」

「ちぇーつれなーい」


ふふっと余裕の笑みを見せる女性と、面白くないといったような顔をする女性。
どちらにせよ、店を考えて聞いてくれたことには感謝するべきだ。


「夜さん…今日はここら辺で失礼しますね」

「そうですか。またいらっしゃるのを楽しみにしていますね」


接客をしていた男性が席を立つ。
バーにはよく男性の方も来る。この人は週3で通ってくれる。ありがたい限りである。
連絡先を教えてほしいと言われなければ。
ここはゲイバーじゃねぇよと思いもするが、別に偏見があるわけでも苦手とするわけでも無いので、ひらりとかわす。
会計を済ませ、帰って行く男性。あまり強引に聞かれるわけでもないため、放っておいている。


そうこうしている間にもう店を閉める時間になる。


「雨宮くんお店の看板クローズにしてきてくれる?」

「はい」


雨宮奏太。アルバイトの大学生である。
最初はピアスの穴の数が多すぎたことにビビり散らしていたが、話してみるとなんとも真面目な青少年で拍子抜けしたのを覚えている。
何故こんな真面目なのにがバチバチなのか以前聞いてみたら、親への反発だと言っていた。
大学生で反抗期が来たタイプのようだ。
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