第一章<出会い編>
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『いいかほへと、太陽がこの辺りに来たとき、大体この方角が南東だ』
『北斗の星があそこに見えるか?あれは常に北を教えてくれる』
『この影を見ろ、太陽に対してこのように影が出来るときは時刻は大よそ未の刻だ』
『それから・・・』
大丈夫。兄上が言ったこと、全部全部覚えてるよ
07
あの夜からどれくらい歩いただろう。
途中出会った山伏や旅人にいろいろと訪ねた。
ほへとの姿を見て皆一様に最初はいぶかしんだが、身の上を話すと快く弁当や着物、果ては僅かばかりの路銀を恵んでくれた。
そしてほへとは兄の言うとおり、なんとか忍術学園の近くまでやってきたのだ。
近くとはいえ人目を忍んだ山の中。通称、裏々山。
ほへとの足でゆっくり歩いても丸一日あれば学園までは辿り付けるだろう。
しかし、ここで誤算があるとは思わなかった。
裏々山に差し掛かったとき、3人の男に出会った。
「こんなところで一人かい?姉ちゃん」
「お!上物じゃねえの。ちいとばかし薄汚れてるけどな」
「こっちに来な可愛い子ちゃん。俺たちが可愛がってやるからよ」
下卑た台詞が飛ぶ。
ほへとは不快感を隠すこともなく3人を睨みつけた。見た限り山賊に違いない。
夜盗から逃げきれたと思ったら今度は山賊。とにかくほへとは逃げることだけに専念した。
(まさか学園の近くにも賊が出るとは思わなかった・・・!)
とにかく学園があると思われる方向へ走る。
山賊は笑いながら追いかけてくる。
「待ちなって!可愛がってやるからよお!!」
3人は笑いながら軽々と走ってくる。
そう頑張らずとも女の足で逃げ切れるわけがないと踏んでいるのだろう。
事実、ほへとの足はこの山歩きで疲弊しきっていた。
なりふりかまわず走る。
ここまで来て山賊なんかに捕まってたまるか。
しかし徐々にほへとと山賊の距離は縮まる。
手を伸ばせば山賊の手が届くという距離になったとき、
「うわぁ!!!」
「なにやってんだ間抜け!!」
森に仕掛けられた罠に山賊の一人が宙吊りになった。
動きが一瞬止まった山賊を見てほへとはまた一目散に走る。
「親分!娘が逃げちまう!!」
「チッ!追うぞ!あんな上玉滅多にいたもんじゃねえ!!」
ほへとは逃げながら周囲に気を配っていた。
走っている途中で兄が言っていたことを思い出したのだ。
『いいか。競合地域にある罠には味方の忍者が罠にかからないように、かならず何かしらの目印がついているものだ。それを見逃すなよ』
『学園の近くにある山や森は忍たまの修行の場になっていることが多い。そこには多くの罠が仕掛けられてる』
罠が仕掛けられているということは、ここら一帯の森は兄が言っていた修行の場所に該当するのかもしれない。そうだとしたら沢山の罠が仕掛けられていることになる。
ここはまだ裏々山だが、忍者の足にしてみれば程近い距離。別に罠が仕掛けられていてもおかしくはなかった。
一か八か。
ほへとは走りながら辺りを見回して怪しいものや目印などがないか見た。
「!」
前方に不自然に(一般的に見たらそう不自然でもない)盛り上がった箇所があった。
ほへとはその勢いのまま罠だと思われる箇所を飛び越えた。
「うおっ!!」
「親分!!」
「いって・・・!っいいから女を追え!!」
ほへとの思ったとおり、山賊の1人が1歩踏み入れた瞬間、地面に大穴が開いた。
ほへとも一歩間違えたらあの罠に引っかかっていただろう。
「ちくしょう!もう逃がさねえ!!」
頭にきた山賊は刀を抜いた。
必死に逃げるが、山賊との距離はもう僅かだった。
「捕まえたぞ娘ぇ!!手間かけさせやがって!」
左腕をがっしりと掴まれ、痛いくらい握られた。
「痛っ・・・!」
「へっ・・・捕まえたぜお嬢さん」
山賊が腕を引っ張り、にいっと勝ち誇った笑みを浮かべる。ほへとを自身の正面へ向かせようとした瞬間、
「なに、・・・ぉ」
ほへとは迷い無く山賊の首を掻き切った。
兄から貰ったたった一つの贈り物。兄が忍者であったという確かな証明。
いつも肌身離さずもっている苦無は、懐から取り出されたと同時に鈍く賊の咽を裂いた。
『ほへと』
男の咽から噴出した鮮血はほへとの着物を容赦なく赤く染めた。
山賊の身体がぐらりと崩れる。
『これをやる。お守りだ』
ほへとは生暖かい飛沫を浴びながら、なかば呆然と血に染まった男を見た。
山賊だったものと化したそれは、ぴくぴくと僅かばかりの痙攣をし、裂けた喉からはなんとも言い難い絶命間際の音がしていた。時期にそれも止まるだろう。
『いいかほへと。これは使わないに越したことはない。他人に見せてもいけない。お前は忍者じゃないんだから。疑われたら面倒なことになるぞ。・・・だが、もしこれを使うときがきたら、迷うなよ』
ほへとは荒い息を吐いただけで、殺したことに不思議と罪悪感は抱かなかった。
疲れと安堵で、人を殺したという認識はすでに思考の範囲外に追いやられている。
ただ助かったという心地だけが体を支配していた。
「!」
遠くで罵声が聞こえる。罠にかかった山賊が抜け出たんだろう。
ほへとは握っていた苦無を懐に仕舞い入れると、また駆け出した。
(しばらくは罠と死体が山賊の注意を引いてくれる)
ほへとのこの恐ろしいまでの冷静さは兄が忍者としての心得を幼いほへとに教え込んだ賜物であった。自覚してはいなかったものの、ほへとは一般人のそれとは比べようもないくらいの冷静さを備えていた。
それ以上にこの状況が異常だった。未だ現実だと受け止めきれないような、残酷とも言える日常との隔絶。
精神的にも疲労困憊していたほへとは、動物さながらに実用に過ぎる思考に切り替えざるを得なかった。
それからどれだけ歩いただろう。
日も傾きかけ体力は衰弱を迎えていた。
「・・・・・・っ!」
体力の限界というところで、反応が鈍くなったほへとの体は己の体重を支える力もなく急斜面から滑り落ちた。
そう高くなかったことが不幸中の幸いと言える。
「ぅ・・・・・・」
足の痛みに呻く。落ちていた木の枝を支えに起き上がろうとするが、世界は意思とは関係なく反転する。
「あにうえ・・・・・・」
そして裏々山に僅かばかりの小銭の音が響いた。
『北斗の星があそこに見えるか?あれは常に北を教えてくれる』
『この影を見ろ、太陽に対してこのように影が出来るときは時刻は大よそ未の刻だ』
『それから・・・』
大丈夫。兄上が言ったこと、全部全部覚えてるよ
07
あの夜からどれくらい歩いただろう。
途中出会った山伏や旅人にいろいろと訪ねた。
ほへとの姿を見て皆一様に最初はいぶかしんだが、身の上を話すと快く弁当や着物、果ては僅かばかりの路銀を恵んでくれた。
そしてほへとは兄の言うとおり、なんとか忍術学園の近くまでやってきたのだ。
近くとはいえ人目を忍んだ山の中。通称、裏々山。
ほへとの足でゆっくり歩いても丸一日あれば学園までは辿り付けるだろう。
しかし、ここで誤算があるとは思わなかった。
裏々山に差し掛かったとき、3人の男に出会った。
「こんなところで一人かい?姉ちゃん」
「お!上物じゃねえの。ちいとばかし薄汚れてるけどな」
「こっちに来な可愛い子ちゃん。俺たちが可愛がってやるからよ」
下卑た台詞が飛ぶ。
ほへとは不快感を隠すこともなく3人を睨みつけた。見た限り山賊に違いない。
夜盗から逃げきれたと思ったら今度は山賊。とにかくほへとは逃げることだけに専念した。
(まさか学園の近くにも賊が出るとは思わなかった・・・!)
とにかく学園があると思われる方向へ走る。
山賊は笑いながら追いかけてくる。
「待ちなって!可愛がってやるからよお!!」
3人は笑いながら軽々と走ってくる。
そう頑張らずとも女の足で逃げ切れるわけがないと踏んでいるのだろう。
事実、ほへとの足はこの山歩きで疲弊しきっていた。
なりふりかまわず走る。
ここまで来て山賊なんかに捕まってたまるか。
しかし徐々にほへとと山賊の距離は縮まる。
手を伸ばせば山賊の手が届くという距離になったとき、
「うわぁ!!!」
「なにやってんだ間抜け!!」
森に仕掛けられた罠に山賊の一人が宙吊りになった。
動きが一瞬止まった山賊を見てほへとはまた一目散に走る。
「親分!娘が逃げちまう!!」
「チッ!追うぞ!あんな上玉滅多にいたもんじゃねえ!!」
ほへとは逃げながら周囲に気を配っていた。
走っている途中で兄が言っていたことを思い出したのだ。
『いいか。競合地域にある罠には味方の忍者が罠にかからないように、かならず何かしらの目印がついているものだ。それを見逃すなよ』
『学園の近くにある山や森は忍たまの修行の場になっていることが多い。そこには多くの罠が仕掛けられてる』
罠が仕掛けられているということは、ここら一帯の森は兄が言っていた修行の場所に該当するのかもしれない。そうだとしたら沢山の罠が仕掛けられていることになる。
ここはまだ裏々山だが、忍者の足にしてみれば程近い距離。別に罠が仕掛けられていてもおかしくはなかった。
一か八か。
ほへとは走りながら辺りを見回して怪しいものや目印などがないか見た。
「!」
前方に不自然に(一般的に見たらそう不自然でもない)盛り上がった箇所があった。
ほへとはその勢いのまま罠だと思われる箇所を飛び越えた。
「うおっ!!」
「親分!!」
「いって・・・!っいいから女を追え!!」
ほへとの思ったとおり、山賊の1人が1歩踏み入れた瞬間、地面に大穴が開いた。
ほへとも一歩間違えたらあの罠に引っかかっていただろう。
「ちくしょう!もう逃がさねえ!!」
頭にきた山賊は刀を抜いた。
必死に逃げるが、山賊との距離はもう僅かだった。
「捕まえたぞ娘ぇ!!手間かけさせやがって!」
左腕をがっしりと掴まれ、痛いくらい握られた。
「痛っ・・・!」
「へっ・・・捕まえたぜお嬢さん」
山賊が腕を引っ張り、にいっと勝ち誇った笑みを浮かべる。ほへとを自身の正面へ向かせようとした瞬間、
「なに、・・・ぉ」
ほへとは迷い無く山賊の首を掻き切った。
兄から貰ったたった一つの贈り物。兄が忍者であったという確かな証明。
いつも肌身離さずもっている苦無は、懐から取り出されたと同時に鈍く賊の咽を裂いた。
『ほへと』
男の咽から噴出した鮮血はほへとの着物を容赦なく赤く染めた。
山賊の身体がぐらりと崩れる。
『これをやる。お守りだ』
ほへとは生暖かい飛沫を浴びながら、なかば呆然と血に染まった男を見た。
山賊だったものと化したそれは、ぴくぴくと僅かばかりの痙攣をし、裂けた喉からはなんとも言い難い絶命間際の音がしていた。時期にそれも止まるだろう。
『いいかほへと。これは使わないに越したことはない。他人に見せてもいけない。お前は忍者じゃないんだから。疑われたら面倒なことになるぞ。・・・だが、もしこれを使うときがきたら、迷うなよ』
ほへとは荒い息を吐いただけで、殺したことに不思議と罪悪感は抱かなかった。
疲れと安堵で、人を殺したという認識はすでに思考の範囲外に追いやられている。
ただ助かったという心地だけが体を支配していた。
「!」
遠くで罵声が聞こえる。罠にかかった山賊が抜け出たんだろう。
ほへとは握っていた苦無を懐に仕舞い入れると、また駆け出した。
(しばらくは罠と死体が山賊の注意を引いてくれる)
ほへとのこの恐ろしいまでの冷静さは兄が忍者としての心得を幼いほへとに教え込んだ賜物であった。自覚してはいなかったものの、ほへとは一般人のそれとは比べようもないくらいの冷静さを備えていた。
それ以上にこの状況が異常だった。未だ現実だと受け止めきれないような、残酷とも言える日常との隔絶。
精神的にも疲労困憊していたほへとは、動物さながらに実用に過ぎる思考に切り替えざるを得なかった。
それからどれだけ歩いただろう。
日も傾きかけ体力は衰弱を迎えていた。
「・・・・・・っ!」
体力の限界というところで、反応が鈍くなったほへとの体は己の体重を支える力もなく急斜面から滑り落ちた。
そう高くなかったことが不幸中の幸いと言える。
「ぅ・・・・・・」
足の痛みに呻く。落ちていた木の枝を支えに起き上がろうとするが、世界は意思とは関係なく反転する。
「あにうえ・・・・・・」
そして裏々山に僅かばかりの小銭の音が響いた。