第一章<出会い編>
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「そんなに心配せずとも大丈夫ですよ。ほへとさんの身に起こったことをそのまま話せばいいんです」
「ほへとちゃんが危険な人間じゃないなんてことは、見てたらすぐわかることだしな!」
両側から励ますような2人の声が響く。
ほへとは忍者ではない。それは本当のことだ。
しかし完全な一般人か。と聞かれたらかならずしもそうだ。と言えないと思う。
ほへとは自身からこぼれるような思いを心に込めて、廊下を一歩一歩歩いた。
06
通された部屋は離れにあるこじんまりとした庵だった。
伊作と小平太に支えられながら何とか学園長の前に座る。
正座しようと思い足を曲げたが、楽な姿勢で良い。との学園長の言葉に素直に甘えた。
正直今の足の状態では正座はきつい。
ほへとの後ろには、土井半助、山田伝蔵を初めとした忍術学園の教師陣。
それに善法寺伊作、七松小平太が様子を見守っている。
「さて、もう耳に入っとるとは思うが、わしは忍術学園学園長の大川平次渦正じゃ」
「はい。私はいろはにほへとと申します。山で倒れていたところを、貴校の生徒さん方に助けて頂きまして、このように怪我の治療までしていただき、何から何まで感謝の言葉もございません」
楽な姿勢のままではあるが、深々としたお辞儀は己の意を表すに申し分ない所作だった。
緊張しているのは明らかだったが、張りのある声に震えなどは一切見られない。
(ふむ。なかなか度胸の据わった娘と見える)
目の前の人物はここでの最高責任者。後ろには現役の忍者と忍者のたまごたちが控えている。
少しでも不審な動きを見せれば、すぐさま死に直結する間合い。
その決して広いとは言えない空間の中、ただ一人凛と佇むこの娘の様子に大川平次渦正は半ば感心した。
後ろの人間もほぼ同意見だった。
「では、お主があの山で倒れていた理由を話して貰えるかね」
「・・・はい」
伊作と小平太は固唾を呑んで見守った。
「私は・・・」
***
夜盗に村が焼かれた。満月のあの夜、ほへとは村を失った。
逃げる人々。下卑た笑い声。燃え盛る炎。
そして残酷なほどまでに美しい月。
何人殺されたかは分からない。道々は赤く熱く。
その年の作物は全部持っていかれた。
キキョウ村と呼ばれた山深い小さな村での出来事だった。
ほへとは逃げた。馬に乗ってずっと遠くへ。
父母が身を挺して逃がしてくれた。本当の親じゃなかった。
それでもほへとはこの老夫婦を愛していたし、本当の娘のようによくしてもらっていた。
だからこの2人を置いて自分ひとりで逃げるなんて考えられなかった。
『生きてくれ・・・!!』
そう養父が最後に言った言葉が今でも耳に残っている。
ほへとは後ろ髪を引かれながらも馬の背に乗って森の方へ駆けた。
しかし夜盗の何人かが馬でほへとを追って来た。
ほへとは養父から馬術を教わっていた。掴まるつもりは毛頭無かったが、相手も馬の扱いには慣れた者。
あの月の夜、ほへとは死に物狂いの恐ろしい鬼ごっこをした。
『待ちなお嬢ちゃん!!逃げたって無駄だぜ!』
『見た限り1番の上玉だ!!絶対逃がさねえぞ!!!』
月はまったく味方してくれなかった。
ほへとの姿は鮮やかに闇の中に浮かび、蹄の音は段々と近づいてくる。
ほへとは獣道を走るしかなかった。もっと暗いところへ。月の射さない深いところへ。
樹木が行く手を遮ぎり、枝が顔を引っかいても、ほへとは構わず進み続けた。
その甲斐あってか、徐々に夜盗との間に僅かばかりだが差が生まれた。
相手の馬の足音が軽く聞こえる程度の距離に達したとき、 ほへとは馬を下りた。
『さあ、お行き。上手くあいつ等を引き付けるのよ』
手綱を馬から取り、尻を叩いて促すと、馬はどこへとなり駆けていった。
ほへとは馬が行った方向と反対の方向へ走った。
格好なんてもう気にしていられなかった。”掴まったら終わり”それだけがほへとの体を支配していた。
私が捕まったら、逃がしてくれた養父と養母に顔向けできない。
どこをどう逃げているのか分からなかったが、足には自信があった。
よく村の子供たちと山菜取りにいった。山でも遊んだ。
山の地理は大抵覚えているはずだったが、獣道を通ってきたほへとには今いる場所が皆目検討つかなかった。
それでもほへとは夜通し歩いた。
少しでも遠くへ、遠くへ。それが今彼女にできる最大の恩返しだった。
もう後戻りはできない。
ほへとはそれから3日ばかり、山の中で過ごした。
川の水を飲み、木の実を食べ、ずっと歩き続けた。3日経っても夜盗が現れないところをみると、巻いたようだった。
ほへとは心身ともに極限の状態ではあったが、何とか意識を保っていた。
ほへとの脳内では、ある人物が言った言葉だけが繰り返されていた。
『もしものときは忍術学園へ行きなさい。あそこならきっとお前を助けてくれる』
そうほへとが幼い時分に言い聞かせたのは、ほへとの実の兄だった。
もう5年ほど会っていない兄の言葉。それだけが今の心の支えだった。
ほへとの兄は忍術学園の生徒だった。
兄は妹を守ろうと、自ら忍者に志願した。戦で親を亡くしたときから、ほへとの兄は強かに生きる術を覚えた。
子供のいない夫婦に取り入り、養子にして貰うことで何とか幼い妹を守った。
そんな兄が忍術学園に入学したとき、ほへとは4つ。15年前の麗らかな春の日だった。
「ほへとちゃんが危険な人間じゃないなんてことは、見てたらすぐわかることだしな!」
両側から励ますような2人の声が響く。
ほへとは忍者ではない。それは本当のことだ。
しかし完全な一般人か。と聞かれたらかならずしもそうだ。と言えないと思う。
ほへとは自身からこぼれるような思いを心に込めて、廊下を一歩一歩歩いた。
06
通された部屋は離れにあるこじんまりとした庵だった。
伊作と小平太に支えられながら何とか学園長の前に座る。
正座しようと思い足を曲げたが、楽な姿勢で良い。との学園長の言葉に素直に甘えた。
正直今の足の状態では正座はきつい。
ほへとの後ろには、土井半助、山田伝蔵を初めとした忍術学園の教師陣。
それに善法寺伊作、七松小平太が様子を見守っている。
「さて、もう耳に入っとるとは思うが、わしは忍術学園学園長の大川平次渦正じゃ」
「はい。私はいろはにほへとと申します。山で倒れていたところを、貴校の生徒さん方に助けて頂きまして、このように怪我の治療までしていただき、何から何まで感謝の言葉もございません」
楽な姿勢のままではあるが、深々としたお辞儀は己の意を表すに申し分ない所作だった。
緊張しているのは明らかだったが、張りのある声に震えなどは一切見られない。
(ふむ。なかなか度胸の据わった娘と見える)
目の前の人物はここでの最高責任者。後ろには現役の忍者と忍者のたまごたちが控えている。
少しでも不審な動きを見せれば、すぐさま死に直結する間合い。
その決して広いとは言えない空間の中、ただ一人凛と佇むこの娘の様子に大川平次渦正は半ば感心した。
後ろの人間もほぼ同意見だった。
「では、お主があの山で倒れていた理由を話して貰えるかね」
「・・・はい」
伊作と小平太は固唾を呑んで見守った。
「私は・・・」
***
夜盗に村が焼かれた。満月のあの夜、ほへとは村を失った。
逃げる人々。下卑た笑い声。燃え盛る炎。
そして残酷なほどまでに美しい月。
何人殺されたかは分からない。道々は赤く熱く。
その年の作物は全部持っていかれた。
キキョウ村と呼ばれた山深い小さな村での出来事だった。
ほへとは逃げた。馬に乗ってずっと遠くへ。
父母が身を挺して逃がしてくれた。本当の親じゃなかった。
それでもほへとはこの老夫婦を愛していたし、本当の娘のようによくしてもらっていた。
だからこの2人を置いて自分ひとりで逃げるなんて考えられなかった。
『生きてくれ・・・!!』
そう養父が最後に言った言葉が今でも耳に残っている。
ほへとは後ろ髪を引かれながらも馬の背に乗って森の方へ駆けた。
しかし夜盗の何人かが馬でほへとを追って来た。
ほへとは養父から馬術を教わっていた。掴まるつもりは毛頭無かったが、相手も馬の扱いには慣れた者。
あの月の夜、ほへとは死に物狂いの恐ろしい鬼ごっこをした。
『待ちなお嬢ちゃん!!逃げたって無駄だぜ!』
『見た限り1番の上玉だ!!絶対逃がさねえぞ!!!』
月はまったく味方してくれなかった。
ほへとの姿は鮮やかに闇の中に浮かび、蹄の音は段々と近づいてくる。
ほへとは獣道を走るしかなかった。もっと暗いところへ。月の射さない深いところへ。
樹木が行く手を遮ぎり、枝が顔を引っかいても、ほへとは構わず進み続けた。
その甲斐あってか、徐々に夜盗との間に僅かばかりだが差が生まれた。
相手の馬の足音が軽く聞こえる程度の距離に達したとき、 ほへとは馬を下りた。
『さあ、お行き。上手くあいつ等を引き付けるのよ』
手綱を馬から取り、尻を叩いて促すと、馬はどこへとなり駆けていった。
ほへとは馬が行った方向と反対の方向へ走った。
格好なんてもう気にしていられなかった。”掴まったら終わり”それだけがほへとの体を支配していた。
私が捕まったら、逃がしてくれた養父と養母に顔向けできない。
どこをどう逃げているのか分からなかったが、足には自信があった。
よく村の子供たちと山菜取りにいった。山でも遊んだ。
山の地理は大抵覚えているはずだったが、獣道を通ってきたほへとには今いる場所が皆目検討つかなかった。
それでもほへとは夜通し歩いた。
少しでも遠くへ、遠くへ。それが今彼女にできる最大の恩返しだった。
もう後戻りはできない。
ほへとはそれから3日ばかり、山の中で過ごした。
川の水を飲み、木の実を食べ、ずっと歩き続けた。3日経っても夜盗が現れないところをみると、巻いたようだった。
ほへとは心身ともに極限の状態ではあったが、何とか意識を保っていた。
ほへとの脳内では、ある人物が言った言葉だけが繰り返されていた。
『もしものときは忍術学園へ行きなさい。あそこならきっとお前を助けてくれる』
そうほへとが幼い時分に言い聞かせたのは、ほへとの実の兄だった。
もう5年ほど会っていない兄の言葉。それだけが今の心の支えだった。
ほへとの兄は忍術学園の生徒だった。
兄は妹を守ろうと、自ら忍者に志願した。戦で親を亡くしたときから、ほへとの兄は強かに生きる術を覚えた。
子供のいない夫婦に取り入り、養子にして貰うことで何とか幼い妹を守った。
そんな兄が忍術学園に入学したとき、ほへとは4つ。15年前の麗らかな春の日だった。