第一章<出会い編>
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「これは気の毒なことになったのう・・・」
学園長は一人、庵の中で呟いた。
つい一週間前から滞在している怪我人。いろはにほへと。
その人間の運命。過去。
そしてここにいる意味。
「運命 か・・・・・・」
05
この一週間でほへとは脅威の回復力を見せ、松葉杖があれば一人で歩けるようになった。
「捻挫は治りにくいですからねえ。注意してくださいね。他の怪我の具合は如何です?」
「はい、すっかりよくなりました。まだ節々が痛いですが大丈夫です。ありがとうございます」
それは結構。
そう言って笑うのは医務室の新野洋一その人だった。
「きっと先生の処方してくれた薬がよく効いてるんですね」
「貴女が嫌がらずにきちんと薬を飲んでいる証拠ですよ」
あの薬、苦いので大抵みんな嫌がるんですよ。と新野は言った。
たしかにあの薬は壊滅的な苦さがあったが、せっかく自分のために煎じてくれているという薬を無碍にはできない。
ほへとは毎日涙を呑んで薬と格闘していた。
「経過は順調ですね」
「伊作くん」
「体の調子が良いからといって無理は禁物ですよ」
先程部屋を出て行った新野と入れ替わりに伊作がやってきた。
伊作はお茶を湯飲みに入れるとほへとに差し出す。
この一週間で随分伊作と仲が良くなった。
あれからたびたび遊びにやって来る、例の3人組に触発されてか好奇心旺盛な一年は組の生徒達もちらほらと遊びにくるようになった。
一度、11人全員が一度に訪れた時は大騒ぎになってしまい、案の定伊作に怒られる破目になったことは記憶に新しい。
ほへとの病室は1年は組と伊作、新野洋一。時折土井半助が1年は組の生徒を回収しに訪れるくらいで、至って平和なものだった。
他の生徒も気にはなっているようだが、如何せん接点もなく、未だ教師からの詳しい情報は入っていない。
突如部屋に乗り込んでくるような猛者もおらず、ほへとは未だこの学園の大多数の人間と接触してはいなかった。
「ところでほへとさん、今日は貴女のお見舞いに七松が来てるんですよ」
ほへとは七松と聞いて、即座に倒れていた自らを運んでくれた人物だと思い至った。
入って。と伊作が促すと、障子の影から七松小平太が現れた。
「すっかり具合はいいみたいだな!よかったよかった!」
見るからに快活そうな青年がほへとの隣に胡坐をかく。
その笑顔と声の張り具合に緊張していたほへとは面食らってしまった。
「貴女が七松小平太くんですね。私をここまで運んでくれたという…。その節は本当にありがとうございました。お陰でこうして生きております」
深々とお辞儀をすれば、くしゃっとした笑顔で小平太は答えた。
「そんな畏まらないでくれ。無事に回復したようでよかった」
結構揺らしたと思うから。とカラカラ笑った。
乱太郎たちから聞いた人となりそのものの豪快な様子にほへとはほっこりと笑みを柔らかくする。
その笑みに小平太はにかっと笑った。
「やっぱり美人さんだなあ。運んだときも思ったけど、やっぱり笑った方がもっと美人だ!」
「ちょっと、小平太!」
「事実だろ?」
伊作が常日頃心の中でぼんやり思っていたことを堂々と言う小平太の様に、伊作の顔は少々赤くなった。
「ふふ、お上手ね。ありがとう。…皆さんに習って、小平太くんと呼んでも?」
「もちろん!貴女はいろはにほへとちゃんだよな。学園でも噂になっている。いさっくんはほへとさんって呼んでるみたいだから、私はほへとちゃんと呼ぼうかな!」
この七松小平太という人物は豪快に笑う人だな。とほへとは思った。
この学園には笑顔が溢れてて、明るい子供時代を過ごしたとは言えないほへとにとって、ここは少し眩しいくらいだった。
ずっと傍若無人に歯に衣着せぬ物言いで話す小平太を伊作は諌めるが、構わない。とほへとが言うと、またいっそうの笑みで小平太は返した。
「私、噂になってるのかしら?伊作くん」
「ええまあ。ほとんど顔も見せない怪我人で、しかも若い女性とくればみんな気になるものです」
「おまけに器量よしときてる」
「小平太くんたら上手なんだから。おだてても何も出ませんのでご勘弁を」
1年は組がいろんなところでほへとの話をするもんだから、上級生の耳にも嫌でも入ってくる。
『怪我人の名前はいろはにほへとさんっていう綺麗なお姉さんで、優しくて、笑うとお花みたいで、それにすっごくいい匂いがする!』
という噂が流れてることを知らないほへとはただクスクスと笑っていた。
「ところでほへとちゃんって年いくつ?十六くらい?」
「今年で十九になりました」
「「十九!?」」
漠然と同い年か少し上くらいだろう。そう思っていた二人だったが、十九と聞いて驚きを隠せない様子だった。
「す、すみませんてっきり同い年ぐらいだと・・・」
「私ってそんなに子供っぽい顔してるかしら」
十九と言われると今更だが大人の女性として意識してしまうから不思議だ。
たしかに伊作が始めて出会ったときから、彼女の所作や言動は大人の女性のそれだった。怪我で弱っていたせいだろうか。そのときの彼女は随分気弱なものだったため認識が曖昧になっていたが、体力を取り戻しつつある彼女の眼差しは確かに少女というよりも「女性」の雰囲気そのものであった。
「私の年齢を知ったからといって、敬語に戻すようなことはしないでくださいね。小平太くん」
「う・・・」
「調子乗るからだよ、こへ」
耐え切れず笑い出すほへと。
笑うたびに肩が振るえ、細い黒髪がさらさらと流れる。
2人はこんなふうに年若い女性と笑いあうことなんてそうあるものでなかったから、ついほへとのいたるところに目がいってしまう。
顔にいくつか張ってある絆創膏や痣、腕に巻かれた包帯が痛々しく目立った。
「・・・・・・ほへとさんは、どうして森に?」
ほへとの体の状態を再度確認して伊作は口を開いた。その真面目な声に、ほへとも小平太も静かに黙る。
彼女がここに来て一週間。伊作を始め、ずっと聞きたかったこと。
ほへとの瞳が微かに揺れる。
「それは・・・」
「続きは学園長先生の元で話してもらおう」
ほへとが言い淀んでいる間に、すっと障子が開いて黒い装束の男2人が入ってきた。
「土井先生・・・と」
「山田先生!」
伊作と小平太が声をあげる。
「たびたび突然お邪魔します。お加減はどうですか?」と土井半助の声にコクリとほへとは頷いて応えた。
「お陰様ですっかり良くなりました。松葉杖があれば歩けるようにもなりました」
山田先生と呼ばれた男は伊作に目を向ける。
「念の為、誰かの支えがあれば宜しいかと」
伊作は保健委員として妥当な見解を述べた。
「うむ。では善法寺と七松、そのお嬢さんの体を支えてあげなさい。話の席の同伴も許す」
「善法寺はほへとさんの世話を一任されているし、七松は彼女をここまで連れてきた本人だ。聞く権利はある、と学園長がおっしゃった」
まさか同伴まで許されるとは思っていなかった2人は互いに顔を見合う。
ほへとは少し不安そうな顔をした。しかしその瞳は決して怖気づいたような瞳ではなかった。
「いろはにほへとさん、と言ったね。申し遅れたがわしは1年は組の実技担任の山田伝蔵という。貴女のことは乱太郎、きり丸、しんべヱをはじめとして、は組の生徒からよく聞いとる。大丈夫だ。決して悪いようになることはない」
「・・・はい」
山田伝蔵の口からは組の生徒の名前が出たことで、幾分か心安らいだほへとは学園長の元へ行くことを了承した。
「それでは早速・・・。ああ、着替えた方がいいな。善法寺か七松、お前らの女装用の着物をもしなら貸してやりなさい。丈が合わなかったらどこぞから借りてきてくれ」
「はい」
「では着替え終わり次第、彼女を学園長先生の庵まで」
そう言い次第、伊作と小平太は着物を取りに行き、先生方は先に行くといってほへとの部屋を後にした。
残されたほへとは一人溜め息をついた。
これからこの忍術学園の学園長のところで話すのだ。あの先生方を察するに何人もの人間が同席するに違いない。そう考えると急に陰鬱な心持ちになった。
手持ち無沙汰に伊作が淹れてくれたすでに温くなったお茶をすすってはみたが、心のさざめきが治ることはなかった。
学園長は一人、庵の中で呟いた。
つい一週間前から滞在している怪我人。いろはにほへと。
その人間の運命。過去。
そしてここにいる意味。
「
05
この一週間でほへとは脅威の回復力を見せ、松葉杖があれば一人で歩けるようになった。
「捻挫は治りにくいですからねえ。注意してくださいね。他の怪我の具合は如何です?」
「はい、すっかりよくなりました。まだ節々が痛いですが大丈夫です。ありがとうございます」
それは結構。
そう言って笑うのは医務室の新野洋一その人だった。
「きっと先生の処方してくれた薬がよく効いてるんですね」
「貴女が嫌がらずにきちんと薬を飲んでいる証拠ですよ」
あの薬、苦いので大抵みんな嫌がるんですよ。と新野は言った。
たしかにあの薬は壊滅的な苦さがあったが、せっかく自分のために煎じてくれているという薬を無碍にはできない。
ほへとは毎日涙を呑んで薬と格闘していた。
「経過は順調ですね」
「伊作くん」
「体の調子が良いからといって無理は禁物ですよ」
先程部屋を出て行った新野と入れ替わりに伊作がやってきた。
伊作はお茶を湯飲みに入れるとほへとに差し出す。
この一週間で随分伊作と仲が良くなった。
あれからたびたび遊びにやって来る、例の3人組に触発されてか好奇心旺盛な一年は組の生徒達もちらほらと遊びにくるようになった。
一度、11人全員が一度に訪れた時は大騒ぎになってしまい、案の定伊作に怒られる破目になったことは記憶に新しい。
ほへとの病室は1年は組と伊作、新野洋一。時折土井半助が1年は組の生徒を回収しに訪れるくらいで、至って平和なものだった。
他の生徒も気にはなっているようだが、如何せん接点もなく、未だ教師からの詳しい情報は入っていない。
突如部屋に乗り込んでくるような猛者もおらず、ほへとは未だこの学園の大多数の人間と接触してはいなかった。
「ところでほへとさん、今日は貴女のお見舞いに七松が来てるんですよ」
ほへとは七松と聞いて、即座に倒れていた自らを運んでくれた人物だと思い至った。
入って。と伊作が促すと、障子の影から七松小平太が現れた。
「すっかり具合はいいみたいだな!よかったよかった!」
見るからに快活そうな青年がほへとの隣に胡坐をかく。
その笑顔と声の張り具合に緊張していたほへとは面食らってしまった。
「貴女が七松小平太くんですね。私をここまで運んでくれたという…。その節は本当にありがとうございました。お陰でこうして生きております」
深々とお辞儀をすれば、くしゃっとした笑顔で小平太は答えた。
「そんな畏まらないでくれ。無事に回復したようでよかった」
結構揺らしたと思うから。とカラカラ笑った。
乱太郎たちから聞いた人となりそのものの豪快な様子にほへとはほっこりと笑みを柔らかくする。
その笑みに小平太はにかっと笑った。
「やっぱり美人さんだなあ。運んだときも思ったけど、やっぱり笑った方がもっと美人だ!」
「ちょっと、小平太!」
「事実だろ?」
伊作が常日頃心の中でぼんやり思っていたことを堂々と言う小平太の様に、伊作の顔は少々赤くなった。
「ふふ、お上手ね。ありがとう。…皆さんに習って、小平太くんと呼んでも?」
「もちろん!貴女はいろはにほへとちゃんだよな。学園でも噂になっている。いさっくんはほへとさんって呼んでるみたいだから、私はほへとちゃんと呼ぼうかな!」
この七松小平太という人物は豪快に笑う人だな。とほへとは思った。
この学園には笑顔が溢れてて、明るい子供時代を過ごしたとは言えないほへとにとって、ここは少し眩しいくらいだった。
ずっと傍若無人に歯に衣着せぬ物言いで話す小平太を伊作は諌めるが、構わない。とほへとが言うと、またいっそうの笑みで小平太は返した。
「私、噂になってるのかしら?伊作くん」
「ええまあ。ほとんど顔も見せない怪我人で、しかも若い女性とくればみんな気になるものです」
「おまけに器量よしときてる」
「小平太くんたら上手なんだから。おだてても何も出ませんのでご勘弁を」
1年は組がいろんなところでほへとの話をするもんだから、上級生の耳にも嫌でも入ってくる。
『怪我人の名前はいろはにほへとさんっていう綺麗なお姉さんで、優しくて、笑うとお花みたいで、それにすっごくいい匂いがする!』
という噂が流れてることを知らないほへとはただクスクスと笑っていた。
「ところでほへとちゃんって年いくつ?十六くらい?」
「今年で十九になりました」
「「十九!?」」
漠然と同い年か少し上くらいだろう。そう思っていた二人だったが、十九と聞いて驚きを隠せない様子だった。
「す、すみませんてっきり同い年ぐらいだと・・・」
「私ってそんなに子供っぽい顔してるかしら」
十九と言われると今更だが大人の女性として意識してしまうから不思議だ。
たしかに伊作が始めて出会ったときから、彼女の所作や言動は大人の女性のそれだった。怪我で弱っていたせいだろうか。そのときの彼女は随分気弱なものだったため認識が曖昧になっていたが、体力を取り戻しつつある彼女の眼差しは確かに少女というよりも「女性」の雰囲気そのものであった。
「私の年齢を知ったからといって、敬語に戻すようなことはしないでくださいね。小平太くん」
「う・・・」
「調子乗るからだよ、こへ」
耐え切れず笑い出すほへと。
笑うたびに肩が振るえ、細い黒髪がさらさらと流れる。
2人はこんなふうに年若い女性と笑いあうことなんてそうあるものでなかったから、ついほへとのいたるところに目がいってしまう。
顔にいくつか張ってある絆創膏や痣、腕に巻かれた包帯が痛々しく目立った。
「・・・・・・ほへとさんは、どうして森に?」
ほへとの体の状態を再度確認して伊作は口を開いた。その真面目な声に、ほへとも小平太も静かに黙る。
彼女がここに来て一週間。伊作を始め、ずっと聞きたかったこと。
ほへとの瞳が微かに揺れる。
「それは・・・」
「続きは学園長先生の元で話してもらおう」
ほへとが言い淀んでいる間に、すっと障子が開いて黒い装束の男2人が入ってきた。
「土井先生・・・と」
「山田先生!」
伊作と小平太が声をあげる。
「たびたび突然お邪魔します。お加減はどうですか?」と土井半助の声にコクリとほへとは頷いて応えた。
「お陰様ですっかり良くなりました。松葉杖があれば歩けるようにもなりました」
山田先生と呼ばれた男は伊作に目を向ける。
「念の為、誰かの支えがあれば宜しいかと」
伊作は保健委員として妥当な見解を述べた。
「うむ。では善法寺と七松、そのお嬢さんの体を支えてあげなさい。話の席の同伴も許す」
「善法寺はほへとさんの世話を一任されているし、七松は彼女をここまで連れてきた本人だ。聞く権利はある、と学園長がおっしゃった」
まさか同伴まで許されるとは思っていなかった2人は互いに顔を見合う。
ほへとは少し不安そうな顔をした。しかしその瞳は決して怖気づいたような瞳ではなかった。
「いろはにほへとさん、と言ったね。申し遅れたがわしは1年は組の実技担任の山田伝蔵という。貴女のことは乱太郎、きり丸、しんべヱをはじめとして、は組の生徒からよく聞いとる。大丈夫だ。決して悪いようになることはない」
「・・・はい」
山田伝蔵の口からは組の生徒の名前が出たことで、幾分か心安らいだほへとは学園長の元へ行くことを了承した。
「それでは早速・・・。ああ、着替えた方がいいな。善法寺か七松、お前らの女装用の着物をもしなら貸してやりなさい。丈が合わなかったらどこぞから借りてきてくれ」
「はい」
「では着替え終わり次第、彼女を学園長先生の庵まで」
そう言い次第、伊作と小平太は着物を取りに行き、先生方は先に行くといってほへとの部屋を後にした。
残されたほへとは一人溜め息をついた。
これからこの忍術学園の学園長のところで話すのだ。あの先生方を察するに何人もの人間が同席するに違いない。そう考えると急に陰鬱な心持ちになった。
手持ち無沙汰に伊作が淹れてくれたすでに温くなったお茶をすすってはみたが、心のさざめきが治ることはなかった。