第二章<日常編>
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「あのさ、今日『結婚してくれ』ってほへとちゃんに言ったんだけど相手にされなくてさー」
「・・・・・・っ!?」
「はっ!?いきなり!?」
「どこまでお前は面白いんだ小平太」
月明かりが三者三様の声を照らした。
37
夜の森の中。突如上げてしまった声に皆はハッと口を噤んだ。
辺りはシン。と静まり返っている。夏の夜風だけがザワザワと音を立てた。
真夜中の鍛錬での休憩中。汗を拭きつつ、明日の朝食なんだろう。くらいの軽さで小平太が言った発言はさすがの長次をも噴出させた。
傍らにいた留三郎と仙蔵は怪訝な顔をして小平太を見ている。
病人じゃなかったのか。昼間の騒ぎは何だったんだ?寝てろって言われてただろ。伊作に言いつけるぞ。という留三郎の視線を物ともせず、事の詳細を話して聞かせる小平太に三人共目で『阿呆か』と語った。
「このままだと利吉さんのものになっちゃうかもしれないしさー。利吉さんにその気がなくたって心変わりもありえるだろ?それだったら先に私が言ってしまえばいいと思って」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・理屈は間違えてはいない、と思うが」
「順序間違えてんだろ」
昼間よりも幾分か涼しい風を受けながら、留三郎は呆れた声を出した。
「くノ一教室の奴らからお前は何も学ばなかったのか!もっと慎重に動け慎重に!」
「小平太のそれは今に始まったことではないだろう。・・・一杯盛られたんだってな?ちょっとした噂になってたぞ」
「・・・・・・・・・弛み・・・過ぎだ」
ニヤニヤしながら仙蔵が口を開くと、長次が小平太を嗜めるように呟いた。
散々伊作にも言われたからもう説教はよしてくれ。と昼間のことを思い出した小平太は口を尖らせた。
すっかり回復した胃だが、思い出したらまた何かが込み上げてきそうだった。
本当は寝て回復をはかった方がいいのだと自分でも分かっているのだが、ほへとに相手にされていないのだと考え始めたら居ても経ってもいられなくなってしまい、結局こっそり寝床から出てきたのだった。
「・・・大体、ほへとさんを振り向かせるっつったってなあ・・・。振られたのに諦め悪いぞ」
「振られたわけじゃない。ちょっと流されただけだ!」
「流された、ね・・・。それ遠まわしに振られてるんじゃねえか?」
留三郎が少し茶化すように言うと、「うーん・・・もしかしたら、そうなのかもなあ・・・」と小平太はどこか真面目な顔をして夜空を見上げた。逆に留三郎の方が拍子抜けする。
「それでも、私はあの子が好きなんだ。むしろ俄然燃えてきたくらいだ!」
何度でも告白するぞ。私は。
軽くガッツポーズをしながらニカッと小平太が笑うと、留三郎は手を自身の額に当ててため息を吐いた。
耳が少し赤い。
「そういうことは本人に言え・・・」
「留三郎照れ屋だな~。・・・あ、乙女三郎?」
「黙れイケドン野郎!!」
かかか。と笑う小平太を留三郎は少し赤い顔で睨み付けた。
一応留三郎は留三郎なりに小平太を心配していた。
小平太とほへと。上手くいけばいいな、と実は留三郎も少しは思っていた。しかし今日の出来事は留三郎にとっても衝撃的で、しばらくは女性と見れば疑ってかかってしまいそうなくらいだ。
なのに、堂々と告白しに行く小平太の行動は留三郎には理解できない程に奇異に映っていた。(理解できる人間がこの学園内にいるかどうかはさて置き)
まあ、素直に凄いと思ったのは心の中に閉まっておく。
(普通は引くだろ・・・絶対)
どこまでもいけドンな小平太の思考回路に、『前途多難だなこりゃ・・・』と心の中でごちた。
「・・・・・・『敵を知り、己を知れば百戦して危うからず』・・・・・・小平太」
「ん?」
それまで黙って二人のやり取りを聞いていた仙蔵が急に孫子の一説を唱えた。
目の奥にうっすらと光が宿り、口元は薄い三日月のように弧を描いている。はっきり言って悪そうな顔である。
「・・・私が協力してやろう。今のままでは進展は望めそうにないからな」
「本当か?お仙ちゃんがいれば百人力だな」
仙蔵は結構モテるもんな。
そう小平太が嬉しそうに言うと、『お仙ちゃん』とポロッと出た単語にピクリと仙蔵が肩眉を上げた。
誰から聞いた?という仙蔵の問いに、文次郎。と小平太が言えば、聞こえるか聞こえないかくらいの声で仙蔵が何かを呟いた。ような気がした。ちなみに今夜の文次郎は会計委員の仕事である。
「・・・・・・で?具体的にどうするんだよ」
留三郎が興味深げに仙蔵に言うと、仙蔵はまた不適に笑った。
「作戦無き戦いに勝利はない。・・・小平太。お前は敵地に忍び込むとき何の下調べもせず、白昼堂々と敵地に乗り込んで行くのか?」
小平太の表情を伺うように仙蔵が聞けば、いや?と小平太は答えた。
「行かないっていうか、さすがの私もそんなことはしない」
「そうだろう。恋愛もそれと同じだ。時と場合によって忍び口を変えるように、目的を遂行するために敵の情報を先に得ておくのが基本だろう」
「・・・仙蔵、それちょっと違わないか?敵って誰だよ」
「少し黙っていろ留三郎」
「・・・・・・」
留三郎に一喝した後どこか尊大な態度で腕組みをすると、仙蔵はなおも続けた。
「いいか。忍術を恋愛に応用しろ。上手くやれば自然と意識はお前に向く筈だ。闇雲に告白したところで時間と労力の無駄。繰り返せば繰り返すほど彼女も慣れてしまって効果がなくなる」
「成る程・・・」
「先ずは情報収集。そして『風流に取り入る術』で相手の趣味に付け込む。五車の術を使って褒めろ。相手の同情を誘え。隙を作れ。わざと引いて誘い出すのも有効だ。そして手薄になっている陣の虚を突いて一気に入り込み内部から切り崩す。今からでも遅くないぞ小平太」
「・・・・・・・・・・・・」
「ん?何だお前ら。その顔は」
視線に気付いた仙蔵が三人の顔を見回すと、呆気にとられたような微妙な表情が浮かんでいた。
「・・・仙蔵って毎回そんなこと考えながら女を口説いてるのか?今ほへとちゃんの話してるんだぞ。敵陣に潜り込むわけじゃないぞ?」
「応用っちゃ、応用だけどよ・・・・・・。なんかそういう風に言われると・・・」
単純に贈り物とかじゃ駄目なのか?
半ば引いている長次と小平太と留三郎に、ゴホンと仙蔵は咳払いした。
「・・・確かに多少言い方が悪かったかもしれんが、努力なくしての勝利は有り得ん。恋も戦も基本は同じだ。お前が城を落としたいと考えているならば尚更。せめて城の見取り図くらいは用意しておくんだな」
強固な城も奇計を用いれば案外容易に落ちたりするもの。そうだろう?
楽しそうに笑う仙蔵の瞳は、まさしく忍者のそれだった。優秀という二文字で表されるに相違ない。
「留三郎の言うように贈り物をするというのも良いとは思うが、些か古典的に過ぎるしな」
「・・・悪かったな古典的で」
ぶすっとした表情の留三郎に可笑しそうに仙蔵が笑った。
***
『仙蔵に相談するのがそもそも間違いなんだよ』
夜の闇の中、前にいる二人に聞こえないように留三郎は長次に言った。
『別に直接聞けばいいじゃねえか。まどろっこしい。大体仙蔵が言うようにそんな簡単にいったら誰も苦労しねえよ』
『・・・・・・・・・』
『嫌でもこの先やっていくことだ。・・・こんなこと言いたかねえけど、ほへとさんを騙してるみてえじゃねえか。恋愛くらい普通にやりゃあいいのに・・・』
『・・・・・・・・留三郎・・・』
『これ、俺個人の意見だから。別に否定してるわけじゃねえぞ』
フンと鼻を鳴らして留三郎は長次の隣で走る。
先頭は小平太。時点に仙蔵。四人の音は夏夜の森に吸い込まれていく。
『仙蔵も器用っつーか、不器用っつーか・・・。まあ小平太もだけど』
『・・・・・・・・・・・・』
『仙蔵は根が捻くれてんだよ。何であんなのがモテるんだ?分からん・・・』
留三郎の言葉を最後に会話はぷっつりと切れた。
(ああも変わるもんかね・・・)
誰かのために、がむしゃらに。不器用に。
今まで見たことも無い程に嬉しそうな顔をしたり、悩んだり、相手の言動に一喜一憂したり。
それは怖い事なのではないかと留三郎は思ってしまう。何故そんなに夢中になれるのか。
それで本人が良い。と思っているのなら、何も言うことはないのだが、しかし・・・・・・。
(・・・・・・恋、ね)
俺にはまだ良さが分からん。
少しだけ留三郎は目を細め、薬臭い自室を思いながら長屋への帰路を辿った。
夏の草原の匂い特有の、どこか青臭い風が鼻を掠める。
もう、すぐそこに夏休みは来ていた。
<第二章完>
「・・・・・・っ!?」
「はっ!?いきなり!?」
「どこまでお前は面白いんだ小平太」
月明かりが三者三様の声を照らした。
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夜の森の中。突如上げてしまった声に皆はハッと口を噤んだ。
辺りはシン。と静まり返っている。夏の夜風だけがザワザワと音を立てた。
真夜中の鍛錬での休憩中。汗を拭きつつ、明日の朝食なんだろう。くらいの軽さで小平太が言った発言はさすがの長次をも噴出させた。
傍らにいた留三郎と仙蔵は怪訝な顔をして小平太を見ている。
病人じゃなかったのか。昼間の騒ぎは何だったんだ?寝てろって言われてただろ。伊作に言いつけるぞ。という留三郎の視線を物ともせず、事の詳細を話して聞かせる小平太に三人共目で『阿呆か』と語った。
「このままだと利吉さんのものになっちゃうかもしれないしさー。利吉さんにその気がなくたって心変わりもありえるだろ?それだったら先に私が言ってしまえばいいと思って」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・理屈は間違えてはいない、と思うが」
「順序間違えてんだろ」
昼間よりも幾分か涼しい風を受けながら、留三郎は呆れた声を出した。
「くノ一教室の奴らからお前は何も学ばなかったのか!もっと慎重に動け慎重に!」
「小平太のそれは今に始まったことではないだろう。・・・一杯盛られたんだってな?ちょっとした噂になってたぞ」
「・・・・・・・・・弛み・・・過ぎだ」
ニヤニヤしながら仙蔵が口を開くと、長次が小平太を嗜めるように呟いた。
散々伊作にも言われたからもう説教はよしてくれ。と昼間のことを思い出した小平太は口を尖らせた。
すっかり回復した胃だが、思い出したらまた何かが込み上げてきそうだった。
本当は寝て回復をはかった方がいいのだと自分でも分かっているのだが、ほへとに相手にされていないのだと考え始めたら居ても経ってもいられなくなってしまい、結局こっそり寝床から出てきたのだった。
「・・・大体、ほへとさんを振り向かせるっつったってなあ・・・。振られたのに諦め悪いぞ」
「振られたわけじゃない。ちょっと流されただけだ!」
「流された、ね・・・。それ遠まわしに振られてるんじゃねえか?」
留三郎が少し茶化すように言うと、「うーん・・・もしかしたら、そうなのかもなあ・・・」と小平太はどこか真面目な顔をして夜空を見上げた。逆に留三郎の方が拍子抜けする。
「それでも、私はあの子が好きなんだ。むしろ俄然燃えてきたくらいだ!」
何度でも告白するぞ。私は。
軽くガッツポーズをしながらニカッと小平太が笑うと、留三郎は手を自身の額に当ててため息を吐いた。
耳が少し赤い。
「そういうことは本人に言え・・・」
「留三郎照れ屋だな~。・・・あ、乙女三郎?」
「黙れイケドン野郎!!」
かかか。と笑う小平太を留三郎は少し赤い顔で睨み付けた。
一応留三郎は留三郎なりに小平太を心配していた。
小平太とほへと。上手くいけばいいな、と実は留三郎も少しは思っていた。しかし今日の出来事は留三郎にとっても衝撃的で、しばらくは女性と見れば疑ってかかってしまいそうなくらいだ。
なのに、堂々と告白しに行く小平太の行動は留三郎には理解できない程に奇異に映っていた。(理解できる人間がこの学園内にいるかどうかはさて置き)
まあ、素直に凄いと思ったのは心の中に閉まっておく。
(普通は引くだろ・・・絶対)
どこまでもいけドンな小平太の思考回路に、『前途多難だなこりゃ・・・』と心の中でごちた。
「・・・・・・『敵を知り、己を知れば百戦して危うからず』・・・・・・小平太」
「ん?」
それまで黙って二人のやり取りを聞いていた仙蔵が急に孫子の一説を唱えた。
目の奥にうっすらと光が宿り、口元は薄い三日月のように弧を描いている。はっきり言って悪そうな顔である。
「・・・私が協力してやろう。今のままでは進展は望めそうにないからな」
「本当か?お仙ちゃんがいれば百人力だな」
仙蔵は結構モテるもんな。
そう小平太が嬉しそうに言うと、『お仙ちゃん』とポロッと出た単語にピクリと仙蔵が肩眉を上げた。
誰から聞いた?という仙蔵の問いに、文次郎。と小平太が言えば、聞こえるか聞こえないかくらいの声で仙蔵が何かを呟いた。ような気がした。ちなみに今夜の文次郎は会計委員の仕事である。
「・・・・・・で?具体的にどうするんだよ」
留三郎が興味深げに仙蔵に言うと、仙蔵はまた不適に笑った。
「作戦無き戦いに勝利はない。・・・小平太。お前は敵地に忍び込むとき何の下調べもせず、白昼堂々と敵地に乗り込んで行くのか?」
小平太の表情を伺うように仙蔵が聞けば、いや?と小平太は答えた。
「行かないっていうか、さすがの私もそんなことはしない」
「そうだろう。恋愛もそれと同じだ。時と場合によって忍び口を変えるように、目的を遂行するために敵の情報を先に得ておくのが基本だろう」
「・・・仙蔵、それちょっと違わないか?敵って誰だよ」
「少し黙っていろ留三郎」
「・・・・・・」
留三郎に一喝した後どこか尊大な態度で腕組みをすると、仙蔵はなおも続けた。
「いいか。忍術を恋愛に応用しろ。上手くやれば自然と意識はお前に向く筈だ。闇雲に告白したところで時間と労力の無駄。繰り返せば繰り返すほど彼女も慣れてしまって効果がなくなる」
「成る程・・・」
「先ずは情報収集。そして『風流に取り入る術』で相手の趣味に付け込む。五車の術を使って褒めろ。相手の同情を誘え。隙を作れ。わざと引いて誘い出すのも有効だ。そして手薄になっている陣の虚を突いて一気に入り込み内部から切り崩す。今からでも遅くないぞ小平太」
「・・・・・・・・・・・・」
「ん?何だお前ら。その顔は」
視線に気付いた仙蔵が三人の顔を見回すと、呆気にとられたような微妙な表情が浮かんでいた。
「・・・仙蔵って毎回そんなこと考えながら女を口説いてるのか?今ほへとちゃんの話してるんだぞ。敵陣に潜り込むわけじゃないぞ?」
「応用っちゃ、応用だけどよ・・・・・・。なんかそういう風に言われると・・・」
単純に贈り物とかじゃ駄目なのか?
半ば引いている長次と小平太と留三郎に、ゴホンと仙蔵は咳払いした。
「・・・確かに多少言い方が悪かったかもしれんが、努力なくしての勝利は有り得ん。恋も戦も基本は同じだ。お前が城を落としたいと考えているならば尚更。せめて城の見取り図くらいは用意しておくんだな」
強固な城も奇計を用いれば案外容易に落ちたりするもの。そうだろう?
楽しそうに笑う仙蔵の瞳は、まさしく忍者のそれだった。優秀という二文字で表されるに相違ない。
「留三郎の言うように贈り物をするというのも良いとは思うが、些か古典的に過ぎるしな」
「・・・悪かったな古典的で」
ぶすっとした表情の留三郎に可笑しそうに仙蔵が笑った。
***
『仙蔵に相談するのがそもそも間違いなんだよ』
夜の闇の中、前にいる二人に聞こえないように留三郎は長次に言った。
『別に直接聞けばいいじゃねえか。まどろっこしい。大体仙蔵が言うようにそんな簡単にいったら誰も苦労しねえよ』
『・・・・・・・・・』
『嫌でもこの先やっていくことだ。・・・こんなこと言いたかねえけど、ほへとさんを騙してるみてえじゃねえか。恋愛くらい普通にやりゃあいいのに・・・』
『・・・・・・・・留三郎・・・』
『これ、俺個人の意見だから。別に否定してるわけじゃねえぞ』
フンと鼻を鳴らして留三郎は長次の隣で走る。
先頭は小平太。時点に仙蔵。四人の音は夏夜の森に吸い込まれていく。
『仙蔵も器用っつーか、不器用っつーか・・・。まあ小平太もだけど』
『・・・・・・・・・・・・』
『仙蔵は根が捻くれてんだよ。何であんなのがモテるんだ?分からん・・・』
留三郎の言葉を最後に会話はぷっつりと切れた。
(ああも変わるもんかね・・・)
誰かのために、がむしゃらに。不器用に。
今まで見たことも無い程に嬉しそうな顔をしたり、悩んだり、相手の言動に一喜一憂したり。
それは怖い事なのではないかと留三郎は思ってしまう。何故そんなに夢中になれるのか。
それで本人が良い。と思っているのなら、何も言うことはないのだが、しかし・・・・・・。
(・・・・・・恋、ね)
俺にはまだ良さが分からん。
少しだけ留三郎は目を細め、薬臭い自室を思いながら長屋への帰路を辿った。
夏の草原の匂い特有の、どこか青臭い風が鼻を掠める。
もう、すぐそこに夏休みは来ていた。
<第二章完>
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