第二章<日常編>
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「ありがとうございますした山田先生」
「どうだったよ利吉は。ほへとさんは何か思うことはあったかな」
「素敵な方だと思いました。・・・また今とは別の形で出会えたなら謹んでお受けしたかと思います」
番外:百日紅
うっすらと微笑むほへとを横目で見ながら、山田伝蔵は顎を擦った。
息子を見送ったばかりの門前で、二人の影が夏特有の短い色を地面につくる。
「まだ、忘れられんかね」
「・・・・・・」
「忘れろと言っているわけではない。ただ、このところのアンタはまたどこか気落ちしてるような気がしたからな」
年が近い方が話もし易かろうと思ったんだが・・・。
そう言った伝蔵に、ほへとはポツリと言葉を返した。
「・・・やっぱり、顔に出てます?」
「まあまあ、だな。我々教師は概ね気づいとる。授業なら合格点というところか。・・・言わないだけで皆心配しとるぞ。特に新野先生が心配しとった。ほへとさんは分かりづらいからな」
「はい。・・・駄目ですね。ふとした瞬間に思い出してしまうんです」
ああ。と納得したような伝蔵の声に、ほへとは再度尋ねた。
「あいつも正成同様、優秀といえば優秀だったが、問題児といえば問題児だったな・・・。懐かしい」
「・・・山田先生は、どなたからお聞きに?」
「いや、私の勝手な推測だ。だから聞き流してくれていい。話したくなければ無理に話さんでいいし」
「・・・そうですか」
「話したいというなら、話くらい聞くが?」
「ふふ。・・・ありがとうございます」
蒸し暑い風が頬を撫でた。黒い装束が必要以上に熱を吸収している。
冷たい素麺でも食べたいな。と伝蔵が言えば、お昼はそれにしましょうか。と隣から言葉が返ってきた。
(・・・失敗だったかな)
伝蔵の少し前で学園内へと歩き出した人間に聞こえないように息を吐く。
似たような年頃の人間と話をすれば、多少なりとも気が紛れるのではないかと。そう思ったが、はたして良い方向へ転じたのだろうか。あわよくば息子の嫁になったらいいな。とは確かに多少は思ったが。
あの室内で何を話したのか。
それは敢えて聞くことではない。
(娘というのは息子とはまた違って、難しいもんだな・・・)
伝蔵は父親の心境で目の前にある小さな背中を見つめた。
凛と伸びた背中は何かあれば容易く折れてしまいそうで、それでも根をやっと降ろしてここにいる。
遠くで砲弾か何かの爆発音が聞こえた。
「別に、隠してるわけじゃないんですよ」
前を向いたままほへとが独り言のように呟いた。
ともすれば聞き流してしまうような小さな声だったが、伝蔵には十分によく聞こえた。
ほへとがゆっくりと振り返る。
穏やかに、しかし何かを耐えるように眉根を寄せたほへとがそこにはいた。
「それがあの人の決めた道ですもの。兄も同様です」
「・・・・・・」
「利吉さんを見て、改めて思ったんです。多くを求めてはいけないと」
ぽつりぽつりと話すほへとの言葉が、夏独特の重さを帯びて伝蔵の耳に届く。
百日紅の花が鮮やかに咲いていた。
「私は、この学園に来てもう随分になる。それなりにお前さんの質問には答えられる筈だが・・・。ああ、もちろん。他言無用にするとも」
伝蔵の言葉に、はい。とだけほへとは返した。
その返答は夏空に吸い込まれていった。
ポリポリと伝蔵が頭を掻く。
「・・・ほへとさんは、あれだな」
「はい?」
「難しく考えすぎる嫌いがあるだろう」
「・・・昔からよく言われました。頭が固いって」
「やっぱりなあ」
「やっぱり、とは?」
いやなに。
キョトンとするほへとを前に伝蔵は苦笑いした。
「ほへとさんに利吉を合わせたのは、話が合うんじゃないかと思ったからでな。あいつもなかなか頑固で頭が固い。真面目なのはいいことだが、遊んだほうがいいこともある」
ほへとさんはやっぱりうちの息子に少し似とるよ。
伝蔵がポンとほへとの頭に手を置くと、私はそんなに仕事中毒ではありませんよ?と笑いながら言葉が返ってきた。
(・・・自覚がないのも困り者だな)
もしも利吉と一緒になったなら、夫婦揃って過労死するんじゃないかと縁起でもないことを思ってしまった。自分自身も妻に『仕事中毒』と言われているということはこの際棚に上げて置く。
そんな事を思いながら、伝蔵はほへとと共に食堂に戻った。
「どうだったよ利吉は。ほへとさんは何か思うことはあったかな」
「素敵な方だと思いました。・・・また今とは別の形で出会えたなら謹んでお受けしたかと思います」
番外:百日紅
うっすらと微笑むほへとを横目で見ながら、山田伝蔵は顎を擦った。
息子を見送ったばかりの門前で、二人の影が夏特有の短い色を地面につくる。
「まだ、忘れられんかね」
「・・・・・・」
「忘れろと言っているわけではない。ただ、このところのアンタはまたどこか気落ちしてるような気がしたからな」
年が近い方が話もし易かろうと思ったんだが・・・。
そう言った伝蔵に、ほへとはポツリと言葉を返した。
「・・・やっぱり、顔に出てます?」
「まあまあ、だな。我々教師は概ね気づいとる。授業なら合格点というところか。・・・言わないだけで皆心配しとるぞ。特に新野先生が心配しとった。ほへとさんは分かりづらいからな」
「はい。・・・駄目ですね。ふとした瞬間に思い出してしまうんです」
ああ。と納得したような伝蔵の声に、ほへとは再度尋ねた。
「あいつも正成同様、優秀といえば優秀だったが、問題児といえば問題児だったな・・・。懐かしい」
「・・・山田先生は、どなたからお聞きに?」
「いや、私の勝手な推測だ。だから聞き流してくれていい。話したくなければ無理に話さんでいいし」
「・・・そうですか」
「話したいというなら、話くらい聞くが?」
「ふふ。・・・ありがとうございます」
蒸し暑い風が頬を撫でた。黒い装束が必要以上に熱を吸収している。
冷たい素麺でも食べたいな。と伝蔵が言えば、お昼はそれにしましょうか。と隣から言葉が返ってきた。
(・・・失敗だったかな)
伝蔵の少し前で学園内へと歩き出した人間に聞こえないように息を吐く。
似たような年頃の人間と話をすれば、多少なりとも気が紛れるのではないかと。そう思ったが、はたして良い方向へ転じたのだろうか。あわよくば息子の嫁になったらいいな。とは確かに多少は思ったが。
あの室内で何を話したのか。
それは敢えて聞くことではない。
(娘というのは息子とはまた違って、難しいもんだな・・・)
伝蔵は父親の心境で目の前にある小さな背中を見つめた。
凛と伸びた背中は何かあれば容易く折れてしまいそうで、それでも根をやっと降ろしてここにいる。
遠くで砲弾か何かの爆発音が聞こえた。
「別に、隠してるわけじゃないんですよ」
前を向いたままほへとが独り言のように呟いた。
ともすれば聞き流してしまうような小さな声だったが、伝蔵には十分によく聞こえた。
ほへとがゆっくりと振り返る。
穏やかに、しかし何かを耐えるように眉根を寄せたほへとがそこにはいた。
「それがあの人の決めた道ですもの。兄も同様です」
「・・・・・・」
「利吉さんを見て、改めて思ったんです。多くを求めてはいけないと」
ぽつりぽつりと話すほへとの言葉が、夏独特の重さを帯びて伝蔵の耳に届く。
百日紅の花が鮮やかに咲いていた。
「私は、この学園に来てもう随分になる。それなりにお前さんの質問には答えられる筈だが・・・。ああ、もちろん。他言無用にするとも」
伝蔵の言葉に、はい。とだけほへとは返した。
その返答は夏空に吸い込まれていった。
ポリポリと伝蔵が頭を掻く。
「・・・ほへとさんは、あれだな」
「はい?」
「難しく考えすぎる嫌いがあるだろう」
「・・・昔からよく言われました。頭が固いって」
「やっぱりなあ」
「やっぱり、とは?」
いやなに。
キョトンとするほへとを前に伝蔵は苦笑いした。
「ほへとさんに利吉を合わせたのは、話が合うんじゃないかと思ったからでな。あいつもなかなか頑固で頭が固い。真面目なのはいいことだが、遊んだほうがいいこともある」
ほへとさんはやっぱりうちの息子に少し似とるよ。
伝蔵がポンとほへとの頭に手を置くと、私はそんなに仕事中毒ではありませんよ?と笑いながら言葉が返ってきた。
(・・・自覚がないのも困り者だな)
もしも利吉と一緒になったなら、夫婦揃って過労死するんじゃないかと縁起でもないことを思ってしまった。自分自身も妻に『仕事中毒』と言われているということはこの際棚に上げて置く。
そんな事を思いながら、伝蔵はほへとと共に食堂に戻った。