第二章<日常編>
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『これ、食堂で焼いたものなんですけど。良かったら道中つまんで下さい』
利吉は懐に入れていた紙の包みから中身を一つとって租借した。
学園を出る際に貰った手作りの菓子。
彼女のどこか凛とした優しい響きの声が耳に残っている。
『・・・いらなかったら遠慮なく捨てて下さいね。・・・では、お気をつけて』
先程の見合い相手。ほへとのことを思って、利吉は一人笑った。
(まさか手作りの手土産を持たされるとは思わなかったよ)
決め細やかな肌。控えめに引かれた紅が奥ゆかしい印象を与えた。くノ一教室の子にして貰ったのだと嬉しそうに話していた彼女の笑顔。
もう少しだけ、見ていたかったかもしれない。
ふと、そんな風に考えてしまった自分自身に利吉は違和感を感じた。
(・・・・・・ほへとさん、か)
ふっと息を吐いて来た道を振り返る。
今日のそれは暑すぎるくらいの気温だった。
番外:今日から始まるそれは
時は、昼になる少し前のこと。
(最っ悪だ・・・・・・)
山田利吉の気分は最悪だった。
この暑苦しい日差しも、事務員の間の抜けた声も、ヌルヌルペタペタの物体がついた自身の着物も、全て利吉の癇に障る要因にあげられるが、今日の比はそれではない。
父の足取りがやたら楽しそうであるのも利吉の気分低下に一層の拍車をかける。
(何で私がしたくもない見合いなぞ・・・。父上は一体何を考えておられるのか・・・)
久しぶりに家に帰ってみれば『夏休みに家に帰れない』という父の文を受け取った母からの、鬼のように恐ろしい単身赴任用具一式と小言を持たされ、わざわざ忍術学園に赴かなくてはならない自分。
こんな大荷物を抱えて敵地を走れるわけもなく。
仕方なしに仕事に行く途中で学園に寄って見れば、父親の口から出たのは「見合いせんか?」だ。
思いっきり嫌そうな顔をしてやったのに、父親は「そう嫌そうな顔をするな」といやに上機嫌。
なんだかんだで説き伏せられたが、本当に面倒くさい。
しかもこういうときに限って結構時間が余っているのである。なんと間の悪いことか。
父の後ろを歩きながら利吉は不満げに息を吐いた。
「何か言いたそうだな利吉」
「言いたいに決まってます。私はまだ若輩の身ですし、父上だって私が仕事中毒なのを知っているでしょう!?毎度毎度、相手の方にも申し訳のない・・・」
「お前が一回首を縦に振ればいいだけのことだろうに。所帯を持つのもなかなかいいものだぞ?」
「ですから!私にはまだその気はありません!・・・初めに言っておきますが話をするだけですからね。大体父上は(以下略)・・・というわけで所帯を持つ気は私には更々ありません」
堪っていた自分の不満を吐き出すように長々と不平を言えば、伝蔵は幾分か呆れたような顔をした。
「お前なあ、そこまで言うことなかろう。いい人だぞほへとさんは。ワシが気に入ったんだからお前も絶対気に入る」
「そう言って前にも無理やり見合いさせたのはどこの誰でしたでしょうか父上」
「カリカリするな利吉。親孝行だと思え」
(荷物を放り投げて逃げれば良かった・・・)
隙を見て何とか逃げ出せないものか。
しかし簡単に逃がしてくれないであろうことは、父親の実力を知っている利吉自身が一番よく分かっていた。
***
『・・・父上』
見合い相手がいる部屋の前。
いぶかしむように利吉は矢羽で話しかけた。
室内にいる人間へ向かって障子越しながら探るような視線を向ける。
「そう警戒するな利吉。大丈夫だ」
『ですが、』
『・・・彼女にはいろいろ事情がある。気になるのなら話をしたらいい。お前の見合い相手だ。そうだろう?』
ぐっと口を噤む利吉。ここでムキになれば父の思う壺である。利吉は軽く深呼吸して息を整えた。
障子を一枚隔てた場所にいる見合い相手。
部屋にいる筈なのに。不自然と言えるほどに気配が無い。まるで息を潜めているかのように、しんと静まり返っている。警戒するなという方が無理な話だ。
相手が緊張して息を吸うことも儘ならない程にガチガチに萎縮してしまっているというのならまた話は違うが、程物静かに過ぎるような気がした。
改めて利吉は矢羽で問いかける。
『でも・・・くノ一ではないのですよね』
『ああ。一般の娘さんだ』
ならばどうして、
言い掛けた利吉のことばを伝蔵は遮った。瞳にはどこか哀愁の色が漂っている。
「・・・まあ、会えば分かる」
(会えば、分かるって・・・)
何か言いたげな利吉だったが、開けられた障子を前に結局口を噤んだ。
***
「・・・・・・」
「・・・・・・」
狭くもなく、広くもない。どこか微妙な距離を保って存在している室内。
強制的に二人きりにされたこの空間は、蝉だけが鳴いている沈黙を保っていた。
簡単に挨拶した後、『後は若い者同士ゆっくり話でもしたらいい』と山田伝蔵は部屋を出て行ってしまった。
そんなこと言われても、困る。
やはり緊張しているのか、言葉少ないほへとを目の前に、利吉は聞こえないようそっと溜め息を吐いた。
(どうしたもんかな・・・)
そろそろこの沈黙に耐えかねていた利吉だった。
『一般の娘さんだ』
その父の言葉が思い出される。確かに彼女は忍者ではない。忍者だとしてもその程度は遥かに未熟といえる。
忍びとして自覚があるのならばあのように不自然に気配を隠すようなことはしないだろう。
利吉自身もこうして目の前に座すことで理解できた。自分の目の前にいるのはどこにでもいるような普通の女性だ。
しかし忍者であった兄から多少の忍びの知識を教えられていると、そう父は言った。
(癖なんだろうか。それも無意識の・・・)
だとすれば奇妙な癖だな・・・。
結婚する、しないはともかくとして利吉は目の前にいる人間に純粋な興味を覚えた。
さて、何を話したものか・・・。
利吉が改めてそう思案し始めたとき、先にその空間の沈黙を破ったのは透だった。
「ごめんなさいね利吉さん。さぞお疲れでしょうに」
申し訳なさそうにほへとは言った。
「お仕事、本当に大変だと思うんです。それなのに私なんかにお時間とらせてしまって・・・。このお話、乗り気ではないでしょう?」
そのほへとの言葉に一瞬だけ眉を上げると、利吉は素直に「はい」と肯定した。
未だ若輩の身であること。仕事がとても忙しいということ。まだ身を固める気はないということ。
丁寧に自分の気持ちを説明した利吉は、改めて真正面にいる人間の目を見た。
そうですか。そうだと思っていました。と、ポツリとほへとは言った。
それを最後に、少しだけまた間が空く。
どこか遠くで鳶の鳴く声がした。
「・・・私の、大切な人も忍者でした。仕事熱心で、滅多に家にいないような人でしたけれど。・・・ですから、忍びの仕事がどれ程のものか少しは分かっているつもりです」
どこか表情を緩めるほへと。
利吉を介して、どこか他の人間を遠くに見ているような。そんな印象を利吉は受けた。
「貴女も、最初から私と一緒になる気はないですよね。・・・誰か想う人がいるのですか?」
「・・・・・・」
「あ、いや・・・。そんな気がしただけです」
取り繕うように利吉が言うと、ほへとがゆっくりと首を縦に振った。
「・・・申し訳ありません。初めからお断りすれば良かったんです。でも私は身寄りのない人間ですから、断りづらくて・・・」
「そんなこと。父は気にするような人ではありません。難なら私のせいにしたらいい。貴女が謝る事はないですよ。私だって元々断るつもりでここに来たんですから。・・・見合い相手にこんなことを言うのも何だか変な話ですけどね」
その利吉の言葉に、ふっとほへとは表情を柔らかくした。
そうですね。と少ないながらも笑みが零れる。
ああ、笑った方がいいな。と利吉は頭の片隅で思った。
(・・・父上は彼女の気持ちを知っていた上で見合い話を持ちかけたのだろうか。だとしたら何故・・・・・・)
初見で何となく利吉は分かっていた。彼女はこの話に乗り気ではないのだと。
過去に見合いをした女性達とは明らかに纏っている雰囲気が違う。今までの見合い相手は少なからず瞳に淡い期待を抱いていた。しかし彼女にはそれが全く無かった。
父の真意について思案し始めたとき、「利吉さん」と先ほどとは違った声色で名を呼ばれた。
「なんでしょう?」
「・・・利吉さんを、山田先生の息子さんと見込んで・・・いえ。プロの忍者だと見込んでお願いがあるんです」
「はい?」
「実は・・・・・・」
***
(・・・・・・少々勿体無いことをしたかな。いや、彼女には想う人がいるようだし・・・・・・)
結婚する気はないと散々父に言っておいて今更だが、利吉はなかなかどうして満更でもなくなっていた。
よくよく話してみれば思ったよりも気さくで、割と冗談も通じる。飾らない言葉にどこか素朴な温かさを感じた。
しかし、最初から最後までどこか他人行儀な話し方に幾分かの寂しさを覚えた気がするのは、利吉は気のせいだったということにした。
『またいらして下さいね。そのときはおばちゃんと一緒に食堂でお待ちしていますから』
『いい人だぞほへとさんは。ワシが気に入ったんだからお前も絶対気に入る』
『お気をつけて・・・・』
・・・・・・・・・ふう。
(もっと、いろんな話をしてみたかったな・・・)
もう少しだけ彼女を、
見ていたかったかもしれない。
「・・・・・・、暑さに浮かされたかな・・・」
利吉は何かに気付かないふりをしてまた山道を歩き出した。
利吉は懐に入れていた紙の包みから中身を一つとって租借した。
学園を出る際に貰った手作りの菓子。
彼女のどこか凛とした優しい響きの声が耳に残っている。
『・・・いらなかったら遠慮なく捨てて下さいね。・・・では、お気をつけて』
先程の見合い相手。ほへとのことを思って、利吉は一人笑った。
(まさか手作りの手土産を持たされるとは思わなかったよ)
決め細やかな肌。控えめに引かれた紅が奥ゆかしい印象を与えた。くノ一教室の子にして貰ったのだと嬉しそうに話していた彼女の笑顔。
もう少しだけ、見ていたかったかもしれない。
ふと、そんな風に考えてしまった自分自身に利吉は違和感を感じた。
(・・・・・・ほへとさん、か)
ふっと息を吐いて来た道を振り返る。
今日のそれは暑すぎるくらいの気温だった。
番外:今日から始まるそれは
時は、昼になる少し前のこと。
(最っ悪だ・・・・・・)
山田利吉の気分は最悪だった。
この暑苦しい日差しも、事務員の間の抜けた声も、ヌルヌルペタペタの物体がついた自身の着物も、全て利吉の癇に障る要因にあげられるが、今日の比はそれではない。
父の足取りがやたら楽しそうであるのも利吉の気分低下に一層の拍車をかける。
(何で私がしたくもない見合いなぞ・・・。父上は一体何を考えておられるのか・・・)
久しぶりに家に帰ってみれば『夏休みに家に帰れない』という父の文を受け取った母からの、鬼のように恐ろしい単身赴任用具一式と小言を持たされ、わざわざ忍術学園に赴かなくてはならない自分。
こんな大荷物を抱えて敵地を走れるわけもなく。
仕方なしに仕事に行く途中で学園に寄って見れば、父親の口から出たのは「見合いせんか?」だ。
思いっきり嫌そうな顔をしてやったのに、父親は「そう嫌そうな顔をするな」といやに上機嫌。
なんだかんだで説き伏せられたが、本当に面倒くさい。
しかもこういうときに限って結構時間が余っているのである。なんと間の悪いことか。
父の後ろを歩きながら利吉は不満げに息を吐いた。
「何か言いたそうだな利吉」
「言いたいに決まってます。私はまだ若輩の身ですし、父上だって私が仕事中毒なのを知っているでしょう!?毎度毎度、相手の方にも申し訳のない・・・」
「お前が一回首を縦に振ればいいだけのことだろうに。所帯を持つのもなかなかいいものだぞ?」
「ですから!私にはまだその気はありません!・・・初めに言っておきますが話をするだけですからね。大体父上は(以下略)・・・というわけで所帯を持つ気は私には更々ありません」
堪っていた自分の不満を吐き出すように長々と不平を言えば、伝蔵は幾分か呆れたような顔をした。
「お前なあ、そこまで言うことなかろう。いい人だぞほへとさんは。ワシが気に入ったんだからお前も絶対気に入る」
「そう言って前にも無理やり見合いさせたのはどこの誰でしたでしょうか父上」
「カリカリするな利吉。親孝行だと思え」
(荷物を放り投げて逃げれば良かった・・・)
隙を見て何とか逃げ出せないものか。
しかし簡単に逃がしてくれないであろうことは、父親の実力を知っている利吉自身が一番よく分かっていた。
***
『・・・父上』
見合い相手がいる部屋の前。
いぶかしむように利吉は矢羽で話しかけた。
室内にいる人間へ向かって障子越しながら探るような視線を向ける。
「そう警戒するな利吉。大丈夫だ」
『ですが、』
『・・・彼女にはいろいろ事情がある。気になるのなら話をしたらいい。お前の見合い相手だ。そうだろう?』
ぐっと口を噤む利吉。ここでムキになれば父の思う壺である。利吉は軽く深呼吸して息を整えた。
障子を一枚隔てた場所にいる見合い相手。
部屋にいる筈なのに。不自然と言えるほどに気配が無い。まるで息を潜めているかのように、しんと静まり返っている。警戒するなという方が無理な話だ。
相手が緊張して息を吸うことも儘ならない程にガチガチに萎縮してしまっているというのならまた話は違うが、程物静かに過ぎるような気がした。
改めて利吉は矢羽で問いかける。
『でも・・・くノ一ではないのですよね』
『ああ。一般の娘さんだ』
ならばどうして、
言い掛けた利吉のことばを伝蔵は遮った。瞳にはどこか哀愁の色が漂っている。
「・・・まあ、会えば分かる」
(会えば、分かるって・・・)
何か言いたげな利吉だったが、開けられた障子を前に結局口を噤んだ。
***
「・・・・・・」
「・・・・・・」
狭くもなく、広くもない。どこか微妙な距離を保って存在している室内。
強制的に二人きりにされたこの空間は、蝉だけが鳴いている沈黙を保っていた。
簡単に挨拶した後、『後は若い者同士ゆっくり話でもしたらいい』と山田伝蔵は部屋を出て行ってしまった。
そんなこと言われても、困る。
やはり緊張しているのか、言葉少ないほへとを目の前に、利吉は聞こえないようそっと溜め息を吐いた。
(どうしたもんかな・・・)
そろそろこの沈黙に耐えかねていた利吉だった。
『一般の娘さんだ』
その父の言葉が思い出される。確かに彼女は忍者ではない。忍者だとしてもその程度は遥かに未熟といえる。
忍びとして自覚があるのならばあのように不自然に気配を隠すようなことはしないだろう。
利吉自身もこうして目の前に座すことで理解できた。自分の目の前にいるのはどこにでもいるような普通の女性だ。
しかし忍者であった兄から多少の忍びの知識を教えられていると、そう父は言った。
(癖なんだろうか。それも無意識の・・・)
だとすれば奇妙な癖だな・・・。
結婚する、しないはともかくとして利吉は目の前にいる人間に純粋な興味を覚えた。
さて、何を話したものか・・・。
利吉が改めてそう思案し始めたとき、先にその空間の沈黙を破ったのは透だった。
「ごめんなさいね利吉さん。さぞお疲れでしょうに」
申し訳なさそうにほへとは言った。
「お仕事、本当に大変だと思うんです。それなのに私なんかにお時間とらせてしまって・・・。このお話、乗り気ではないでしょう?」
そのほへとの言葉に一瞬だけ眉を上げると、利吉は素直に「はい」と肯定した。
未だ若輩の身であること。仕事がとても忙しいということ。まだ身を固める気はないということ。
丁寧に自分の気持ちを説明した利吉は、改めて真正面にいる人間の目を見た。
そうですか。そうだと思っていました。と、ポツリとほへとは言った。
それを最後に、少しだけまた間が空く。
どこか遠くで鳶の鳴く声がした。
「・・・私の、大切な人も忍者でした。仕事熱心で、滅多に家にいないような人でしたけれど。・・・ですから、忍びの仕事がどれ程のものか少しは分かっているつもりです」
どこか表情を緩めるほへと。
利吉を介して、どこか他の人間を遠くに見ているような。そんな印象を利吉は受けた。
「貴女も、最初から私と一緒になる気はないですよね。・・・誰か想う人がいるのですか?」
「・・・・・・」
「あ、いや・・・。そんな気がしただけです」
取り繕うように利吉が言うと、ほへとがゆっくりと首を縦に振った。
「・・・申し訳ありません。初めからお断りすれば良かったんです。でも私は身寄りのない人間ですから、断りづらくて・・・」
「そんなこと。父は気にするような人ではありません。難なら私のせいにしたらいい。貴女が謝る事はないですよ。私だって元々断るつもりでここに来たんですから。・・・見合い相手にこんなことを言うのも何だか変な話ですけどね」
その利吉の言葉に、ふっとほへとは表情を柔らかくした。
そうですね。と少ないながらも笑みが零れる。
ああ、笑った方がいいな。と利吉は頭の片隅で思った。
(・・・父上は彼女の気持ちを知っていた上で見合い話を持ちかけたのだろうか。だとしたら何故・・・・・・)
初見で何となく利吉は分かっていた。彼女はこの話に乗り気ではないのだと。
過去に見合いをした女性達とは明らかに纏っている雰囲気が違う。今までの見合い相手は少なからず瞳に淡い期待を抱いていた。しかし彼女にはそれが全く無かった。
父の真意について思案し始めたとき、「利吉さん」と先ほどとは違った声色で名を呼ばれた。
「なんでしょう?」
「・・・利吉さんを、山田先生の息子さんと見込んで・・・いえ。プロの忍者だと見込んでお願いがあるんです」
「はい?」
「実は・・・・・・」
***
(・・・・・・少々勿体無いことをしたかな。いや、彼女には想う人がいるようだし・・・・・・)
結婚する気はないと散々父に言っておいて今更だが、利吉はなかなかどうして満更でもなくなっていた。
よくよく話してみれば思ったよりも気さくで、割と冗談も通じる。飾らない言葉にどこか素朴な温かさを感じた。
しかし、最初から最後までどこか他人行儀な話し方に幾分かの寂しさを覚えた気がするのは、利吉は気のせいだったということにした。
『またいらして下さいね。そのときはおばちゃんと一緒に食堂でお待ちしていますから』
『いい人だぞほへとさんは。ワシが気に入ったんだからお前も絶対気に入る』
『お気をつけて・・・・』
・・・・・・・・・ふう。
(もっと、いろんな話をしてみたかったな・・・)
もう少しだけ彼女を、
見ていたかったかもしれない。
「・・・・・・、暑さに浮かされたかな・・・」
利吉は何かに気付かないふりをしてまた山道を歩き出した。