第二章<日常編>
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「ほへとちゃん、利吉さんのことどう思った?」
「・・・・・・小平太くんって相変わらず唐突ですね」
食堂から程近い距離にある井戸。
そこで水汲みをしているほへとを見つけて早々、つっけんどんに質問する小平太。
興味津々という表情でほへとの顔を覗き込む。
さすがにほへとも慣れたもので、その唐突な質問にさして驚きもせず返した。
小平太は毒から回復してすぐに、医務室から飛び出すように走ってきた。何となく胃が未だ違和感を訴えているような気がするが構ってる暇などない。
こうしてほへとを顔を合わせているだけで、さすがの小平太もどことなく居た堪れない気持ちになる。しかし目下気になるのは見合いがどうなったかということだけだった。
もしかしたらほへとは利吉に惚れてしまったかもしれない。などという考えが頭を過ぎる。
有り得ない話ではなかった。
ひんやりとした水を引き上げたほへとがそれを水樽に入れる。
もう一度汲もうとしたところで今度は小平太が縄を引き上げた。滑車がぎいと音を立てて鳴る。
「ありがとうございます」
「これくらいお安い御用だ。・・・それで?ほへとちゃんは利吉さんの嫁になるのか?」
「・・・耳が早いのねえ」
「え!?や、やっぱり嫁にいくのか!?本当に!?いつ!?」
愕然とした小平太を余所に、小平太くん驚きすぎですよ。と返した後、笑いながらゆっくりと首を横に振った。
「…いきませんよ。冗談です」
「え、本当に?本当に本当に冗談?」
「本当に本当にいきません。お話は丁重にお断りしました。まあ・・・素敵な人だとは思いましたけどね」
「そうなのか」
「そうなんです」
どこか自嘲気味にほへとは笑った。
『断った』という言葉に、どっと肩の力が抜けた小平太だった。
が、
「・・・何で?」
と今度はそんな言葉が小平太の口から飛び出した。
そう来るとは思っていなかったのか、ほへとが数回瞬きしている。
妙な間が空いた。
「利吉さんのこと好みじゃないのか?プロの売れっ子忍者で、くノ一教室の奴らにも人気のいい男なのに?ほへとちゃんだって利吉さんのこと素敵だって思ったんだろ?それなのに、何で断ったんだ?」
小平太は自分でも矛盾してると思った。恋敵を後押しするような言葉の数々。
それでも純粋に疑問だったのは確かだった。
小平太の思考は天秤のように両極端が明快だった。釣り合いがとれるかとれないか、白とも黒ともつかない曖昧さはすでに忘却の彼方。
先日あれ程に悩んでいたことが嘘のような直球勝負。それが小平太のいいところではあるが、やはり恋愛には不向きだった。
そしてほへとはというと、ようやっと小平太の質問を理解したかのように、ややあってから口を開いた。
「何で?と言われても・・・。そうですね。そもそもが山田先生の思いつきみたいなものですし、利吉さんも結婚する気はないみたいでしたし」
「じゃあほへとちゃんは結婚する気あったってこと?」
「・・・ええと。人並みには思ってます、けど」
「うそ」
「嘘って・・・。嘘じゃないですよ」
矢継ぎ早に来る小平太の質問にほへとは困ったような顔をした。
なにか言葉を捜しているような濁しているような態度。
それにお構いなしに小平太の質問は続く。
「だって、おかしいと思う。ほへとちゃん、こんなに可愛いし、働き者だし、料理も上手い。気立てもいい。村の若い男が放って置く筈ない。今まで相手がいなかったのはほへとちゃんが結婚したくないって思ってたからだろう?」
「・・・・・煽てても今日のおかずは多くなりませんよ?」
「ちーがーくーてー!」
小平太の言葉にはいはい。とほへとは返した。
完全に子供扱いに近かったが、一年生相手のように誤魔化しきるような雰囲気はない。少し照れたように伏せ目がちになった後、ゆっくりと口を開いた。
「嫁入りが、嫌なわけじゃないの。確かに、今までそういうお話は何件もあったし、何回も断ったこともあったけど。私も本当にそろそろとは思ってるのよ?今回の山田先生のお気遣いだってとても有難かった。でも学園に来てまだ日も浅いし、日頃のことで手一杯だもの。まだ結婚なんて・・・。いい年して我侭と思われるかもしれませんけど・・・」
「じゃあ、嫌ってわけじゃないんだな」
「まあ、そうですね」
そのほへとの言葉を確認した後、小平太はにかっと笑った。
実に嬉しそうな表情。
その小平太の意図がわからず、ほへとは首を傾げるばかりだった。
「でも、どうしたんですか小平太くん。急にそんなこと・・・」
「急にじゃない。私ずーっと思ってたんだ」
小平太はぎゅっとその自分より一回り小さな手を握って言った。
その少し上から見下ろした場所にはポカンとしているほへとの顔。小平太には堪らなく愛おしく見えた。
「ずっと、とは?」
「私、ほへとちゃんのことをお嫁さんにしたい」
「・・・え?」
「私すっごくほへとちゃんのこと大好きだからさ!」
瞬間の沈黙の間を埋めるように、ほへとの口から間抜けた声が出た後、その睫毛が上下に何回も動いた。
「毎日ほへとちゃんの作る味噌汁が飲みたい!って思うし、ほへとちゃんのためなら何でも頑張れる自信がある!利吉さんの嫁にならないっていうなら、私の嫁さんにならないか?ああ!すぐにじゃないぞ!私が卒業したら!」
言い切った後の余韻は、蝉の声に掻き消された。
繋がった手だけが妙に熱を帯びているように小平太は錯覚した。
未だ瞬きだけを続けているほへとの顔。
言葉が見つからない、というより出ないと言った方が正しいだろうか。口を中途半端に空けたまま固まっている。もしくは小平太の言葉が脳までまだ届いていないかもしれない。
そんな顔をしているほへとを見つめながら、言い切った達成感で満足そうな表情の小平太。
満足そうというより、むしろワクワクしていると表現する方が適切だろうか。後は返事を待つだけ。
すでに脳内では『はい。喜んで』という返事を受け取る準備が出来上がっていた。何ともおめでたい頭である。
どれくらい井戸端で向き合っていただろうか。時間に換算すれば三十を数えるにも満たない時間ではあったが、異常な程の沈黙だった。
そして目を見開いているほへとの右手を、小平太が改めてぎゅっと握れば、
「・・・く、」
「え?」
笑われた。
「ふ・・・、あははは。もう、小平太くんたら・・・」
「え、あの・・・ほへとちゃん?えーと・・・ほへとちゃん・・・だよね?」
「?そうですよ。何言ってるんですか?」
「いや、うん・・・。ならいいんだけど・・・」
肩を震わせて笑うほへと。
これでまたくノたまだったら相当自分は危険なことになっている。もう一回四年生あたりからやり直した方がいいのではないか。とまで小平太は思ったが、目の前で笑っている人間は正真正銘ほへとのようでホッとした。
私は間違ったことは何一つ言ってない筈だ。だって私はほへとちゃんのことが大好きだもの。
小平太はわけがわからず疑問符を飛ばした。思わず怪訝な顔になる。
そしてほへとは一頻り笑った後、言った。
「元気付けてくれてありがとうございます小平太くん」
「え?」
「今回は縁がなかったんです。気にしてないから大丈夫ですよ。・・・でも、そういうのは本当に好きな子に言ってあげた方がいいですよ」
「いや!違う!私本当にほへとちゃんのこと好きで!お嫁さんにしたいんだ!」
「ありがとう。そう言って貰えると自信出ちゃうなあ…。私も小平太くんのこと好きですよ。素直だし、明るいし、お手伝いもよくしてくれますし」
(・・・何これ?)
何が起こっているのだろうか。
小平太の脳内はそろそろ処理が追いつかなくなってきていた。
笑顔で色よい返事が返ってくるものと思っていたのが、まさか笑って冗談で済まされるとは。
さすがの小平太も今回ばかりは笑えなかった。
「ほへとちゃん私、」
「あ、そうだ忘れてました。お礼する筈の本人に渡すのを忘れるだなんて…ごめんなさい遅くなって。これ小平太くんにあげようと思ってたビスコイトです。その節はお団子本当にありがとう」
「・・・え?あ、うん。こちらこそ、ありがとう・・・」
「これからも宜しく仲良くしてくださいね。じゃあ私支度に戻らないと」
桶一杯の水を担いでほへとは食堂の方へ消えていった。
反応しきれなかった小平太はその場で呆然と立ち尽くす。
・・・・・・。
・・・・・・。
・・・・・・。
「私、相手にされてない?」
手の中に残ったビスコイトだけが、虚しくその重さを主張していた。
「・・・・・・小平太くんって相変わらず唐突ですね」
食堂から程近い距離にある井戸。
そこで水汲みをしているほへとを見つけて早々、つっけんどんに質問する小平太。
興味津々という表情でほへとの顔を覗き込む。
さすがにほへとも慣れたもので、その唐突な質問にさして驚きもせず返した。
小平太は毒から回復してすぐに、医務室から飛び出すように走ってきた。何となく胃が未だ違和感を訴えているような気がするが構ってる暇などない。
こうしてほへとを顔を合わせているだけで、さすがの小平太もどことなく居た堪れない気持ちになる。しかし目下気になるのは見合いがどうなったかということだけだった。
もしかしたらほへとは利吉に惚れてしまったかもしれない。などという考えが頭を過ぎる。
有り得ない話ではなかった。
ひんやりとした水を引き上げたほへとがそれを水樽に入れる。
もう一度汲もうとしたところで今度は小平太が縄を引き上げた。滑車がぎいと音を立てて鳴る。
「ありがとうございます」
「これくらいお安い御用だ。・・・それで?ほへとちゃんは利吉さんの嫁になるのか?」
「・・・耳が早いのねえ」
「え!?や、やっぱり嫁にいくのか!?本当に!?いつ!?」
愕然とした小平太を余所に、小平太くん驚きすぎですよ。と返した後、笑いながらゆっくりと首を横に振った。
「…いきませんよ。冗談です」
「え、本当に?本当に本当に冗談?」
「本当に本当にいきません。お話は丁重にお断りしました。まあ・・・素敵な人だとは思いましたけどね」
「そうなのか」
「そうなんです」
どこか自嘲気味にほへとは笑った。
『断った』という言葉に、どっと肩の力が抜けた小平太だった。
が、
「・・・何で?」
と今度はそんな言葉が小平太の口から飛び出した。
そう来るとは思っていなかったのか、ほへとが数回瞬きしている。
妙な間が空いた。
「利吉さんのこと好みじゃないのか?プロの売れっ子忍者で、くノ一教室の奴らにも人気のいい男なのに?ほへとちゃんだって利吉さんのこと素敵だって思ったんだろ?それなのに、何で断ったんだ?」
小平太は自分でも矛盾してると思った。恋敵を後押しするような言葉の数々。
それでも純粋に疑問だったのは確かだった。
小平太の思考は天秤のように両極端が明快だった。釣り合いがとれるかとれないか、白とも黒ともつかない曖昧さはすでに忘却の彼方。
先日あれ程に悩んでいたことが嘘のような直球勝負。それが小平太のいいところではあるが、やはり恋愛には不向きだった。
そしてほへとはというと、ようやっと小平太の質問を理解したかのように、ややあってから口を開いた。
「何で?と言われても・・・。そうですね。そもそもが山田先生の思いつきみたいなものですし、利吉さんも結婚する気はないみたいでしたし」
「じゃあほへとちゃんは結婚する気あったってこと?」
「・・・ええと。人並みには思ってます、けど」
「うそ」
「嘘って・・・。嘘じゃないですよ」
矢継ぎ早に来る小平太の質問にほへとは困ったような顔をした。
なにか言葉を捜しているような濁しているような態度。
それにお構いなしに小平太の質問は続く。
「だって、おかしいと思う。ほへとちゃん、こんなに可愛いし、働き者だし、料理も上手い。気立てもいい。村の若い男が放って置く筈ない。今まで相手がいなかったのはほへとちゃんが結婚したくないって思ってたからだろう?」
「・・・・・煽てても今日のおかずは多くなりませんよ?」
「ちーがーくーてー!」
小平太の言葉にはいはい。とほへとは返した。
完全に子供扱いに近かったが、一年生相手のように誤魔化しきるような雰囲気はない。少し照れたように伏せ目がちになった後、ゆっくりと口を開いた。
「嫁入りが、嫌なわけじゃないの。確かに、今までそういうお話は何件もあったし、何回も断ったこともあったけど。私も本当にそろそろとは思ってるのよ?今回の山田先生のお気遣いだってとても有難かった。でも学園に来てまだ日も浅いし、日頃のことで手一杯だもの。まだ結婚なんて・・・。いい年して我侭と思われるかもしれませんけど・・・」
「じゃあ、嫌ってわけじゃないんだな」
「まあ、そうですね」
そのほへとの言葉を確認した後、小平太はにかっと笑った。
実に嬉しそうな表情。
その小平太の意図がわからず、ほへとは首を傾げるばかりだった。
「でも、どうしたんですか小平太くん。急にそんなこと・・・」
「急にじゃない。私ずーっと思ってたんだ」
小平太はぎゅっとその自分より一回り小さな手を握って言った。
その少し上から見下ろした場所にはポカンとしているほへとの顔。小平太には堪らなく愛おしく見えた。
「ずっと、とは?」
「私、ほへとちゃんのことをお嫁さんにしたい」
「・・・え?」
「私すっごくほへとちゃんのこと大好きだからさ!」
瞬間の沈黙の間を埋めるように、ほへとの口から間抜けた声が出た後、その睫毛が上下に何回も動いた。
「毎日ほへとちゃんの作る味噌汁が飲みたい!って思うし、ほへとちゃんのためなら何でも頑張れる自信がある!利吉さんの嫁にならないっていうなら、私の嫁さんにならないか?ああ!すぐにじゃないぞ!私が卒業したら!」
言い切った後の余韻は、蝉の声に掻き消された。
繋がった手だけが妙に熱を帯びているように小平太は錯覚した。
未だ瞬きだけを続けているほへとの顔。
言葉が見つからない、というより出ないと言った方が正しいだろうか。口を中途半端に空けたまま固まっている。もしくは小平太の言葉が脳までまだ届いていないかもしれない。
そんな顔をしているほへとを見つめながら、言い切った達成感で満足そうな表情の小平太。
満足そうというより、むしろワクワクしていると表現する方が適切だろうか。後は返事を待つだけ。
すでに脳内では『はい。喜んで』という返事を受け取る準備が出来上がっていた。何ともおめでたい頭である。
どれくらい井戸端で向き合っていただろうか。時間に換算すれば三十を数えるにも満たない時間ではあったが、異常な程の沈黙だった。
そして目を見開いているほへとの右手を、小平太が改めてぎゅっと握れば、
「・・・く、」
「え?」
笑われた。
「ふ・・・、あははは。もう、小平太くんたら・・・」
「え、あの・・・ほへとちゃん?えーと・・・ほへとちゃん・・・だよね?」
「?そうですよ。何言ってるんですか?」
「いや、うん・・・。ならいいんだけど・・・」
肩を震わせて笑うほへと。
これでまたくノたまだったら相当自分は危険なことになっている。もう一回四年生あたりからやり直した方がいいのではないか。とまで小平太は思ったが、目の前で笑っている人間は正真正銘ほへとのようでホッとした。
私は間違ったことは何一つ言ってない筈だ。だって私はほへとちゃんのことが大好きだもの。
小平太はわけがわからず疑問符を飛ばした。思わず怪訝な顔になる。
そしてほへとは一頻り笑った後、言った。
「元気付けてくれてありがとうございます小平太くん」
「え?」
「今回は縁がなかったんです。気にしてないから大丈夫ですよ。・・・でも、そういうのは本当に好きな子に言ってあげた方がいいですよ」
「いや!違う!私本当にほへとちゃんのこと好きで!お嫁さんにしたいんだ!」
「ありがとう。そう言って貰えると自信出ちゃうなあ…。私も小平太くんのこと好きですよ。素直だし、明るいし、お手伝いもよくしてくれますし」
(・・・何これ?)
何が起こっているのだろうか。
小平太の脳内はそろそろ処理が追いつかなくなってきていた。
笑顔で色よい返事が返ってくるものと思っていたのが、まさか笑って冗談で済まされるとは。
さすがの小平太も今回ばかりは笑えなかった。
「ほへとちゃん私、」
「あ、そうだ忘れてました。お礼する筈の本人に渡すのを忘れるだなんて…ごめんなさい遅くなって。これ小平太くんにあげようと思ってたビスコイトです。その節はお団子本当にありがとう」
「・・・え?あ、うん。こちらこそ、ありがとう・・・」
「これからも宜しく仲良くしてくださいね。じゃあ私支度に戻らないと」
桶一杯の水を担いでほへとは食堂の方へ消えていった。
反応しきれなかった小平太はその場で呆然と立ち尽くす。
・・・・・・。
・・・・・・。
・・・・・・。
「私、相手にされてない?」
手の中に残ったビスコイトだけが、虚しくその重さを主張していた。