第二章<日常編>
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『利吉さんが来てるの』
何で。
こんな。
『お結と区別もつかなかったのに?』
心がさざ波だってしょうがない。
『毎回死ぬ気?』
小平太の中で呪文のように繰り返される言葉の数々。
現れては消え、消えては耳にこだまする。
『利吉さんと見合いするって話・・・本当?』
『うん。でも、まだ決まったわけじゃないよ?』
『私は嫌なんだ!ほへとちゃんが利吉さんの嫁になるなんて!』
『・・・・・・・・・まだ決まったわけじゃないぞ』
そんなの、分からないじゃないかああああ!!!
「うぉえぇええぇ・・・・めちゃくちゃに気持ち悪・・・・・」
「しっかりして小平太。今薬煎じてるから。左近、水汲んで来て。数馬、そこの薬草とって」
「は、はい!」
「どうぞ伊作先輩」
「うぐ・・・、ほへとちゃんが・・・。利吉さんの嫁に・・・・・・」
「そんなすぐに決まるわけないから。・・・・・・だから大人しくしててってば!」
忙しそうに行ったり来たりする保健委員達。
普段医務室とは無縁の男が担ぎこまれたことに下級生達は一様に目を丸くしていた。
「大丈夫だ伊作・・・。早くいかないと・・・。もしかしたら・・・」
「大丈夫なわけないだろ!完全に中毒症状起こしてるじゃないか!立つのもやっとなくせに!・・・留三郎!」
フラフラの小平太を支えながら留三郎は青い顔をした。
俺も昔こんな感じになったことがあったな・・・。辛いんだよな・・・。と小平太に同情するような視線を向ける。
文次郎は「自業自得だ」と言って憤慨して鍛錬にでかけてしまった。事実、その通りだが。
「・・・・・・やっぱり嘘の薬だったのか。あの性悪め・・・」
「いや、あれは嘘の薬じゃないよ。ちゃんと確認したし・・・。彼女が作る毒薬は強いから中和されてこの程度で済んでるんだと思う」
「・・・・・・マジでか」
「凄いスリル~・・・」
「大丈夫ですか?七松先輩」
完全に桶と友達になっている小平太の背を擦りながら伏木蔵がポツリと呟いた。
乱太郎はパタパタと団扇で小平太の顔を扇いでいた。
見合い話が滞りなく進んでいるであろうその頃、七松小平太は完全にくノたまの術中に嵌りきっていた。
35
「我ながら完璧ね。ちょっとやり過ぎた気もしなくもないけど、これで暫くは医務室から出てこないでしょ」
「あれくらいで丁度いいわよ。前に一回七松に薬仕込んだことあったけど、全然効かなかったもん」
「それはお結の事前調査が足りてないのよ」
「それよりさ、あの七松の顔見た?今思い出しても感動ものよね」
「「「私達って性格悪ーい」」」
くノたま長屋でのんびりとくつろぎながら互いの健闘を称えあう彼女達。
ほへとから貰ったビスコイトをお茶請けに話は尽きない。
「あーあ。今頃ほへとさんと利吉さん。どうしてるかなあ・・・。やっぱり覗きに行っちゃおっかな」
「駄目よ百子!私達が覗きに行ったら計画が水の泡じゃない!」
「そうよ。せっかくあれだけ綿密にお膳立てしたんだから!」
ごめんごめん。と苦笑いする百子。
何を隠そう。ほへとの衣装や化粧を施したのは他ならぬこの彼女達だった。
山田伝蔵とほへとの会話が聞こえていたおばちゃん。良かれと思って彼女達三人をほへとの元へ派遣したことは良かったというべきか、悪かったというべきか。
しかし彼女達にとってみれば幸運以外の何ものでもない。
待ちに待った見合い。年頃の彼女達が浮き足立つのも無理はなかった。
そして兼ねてより狙いをつけていた小平太をからかう絶好の機会でもある。その機会を彼女達が見す見す逃すはずがなかった。
「ほへとさんと利吉さん。上手くいくといいけど」
「そうよね。上手くいったら万々歳だけどさ。こればっかりは相性だからね・・・」
「お似合いだと思うけどなあ・・・」
自分のことのように楽しそうな三人。
それだけ色恋の話が魅力的なのも事実だが、それ以上に彼女達はほへとを姉のように慕っていた。
「ほへとさんって、上の姉上にちょっと似てるんだよね。お嫁にいっちゃってもう随分会ってないんだけどさ。・・・だからかな。ほへとさんを前にするとつい甘えたくなっちゃうんだ」
お夏の言葉に、あーわかる気がする。と頷く二人。
「でも私、最初疑ってた。笑ってるのは演技で、みんな騙されてるんだって・・・。本性探るために何回も屋根裏に潜ったりさ」
「百子そんなことしてたんだ・・・。どうりで夜な夜な抜け出して行くかと・・・。でも、私もそうだったなあ。隙があったら化けの皮剥いでやろうと思ってたもん」
「アンタもそんなに変わらないじゃない」
どこか自嘲気味に笑い合う彼女達。
ふっと、誰ともなく溜め息が漏れる。
「私達が普段どういうこと習ったりしてるか知ってるのに、優しいよね。だってお兄さんが忍者だったとしても、ほとんど一般人なわけでしょう?人が良すぎるわ」
「本当よねえ・・・。私達一体どうやって人を誑かしたか説明してるのに嫌な顔一つしないんだよ。・・・だってお夏の薬なんて盛られたら数刻であの世逝きだし、私がちょっと情報操作するだけでほへとさんの居場所をなくすことだってできるのよ」
「ふふふ。恐いわねえ」
笑う彼女達の目の奥は、深い深い夜色だった。
彼女達三人は、卒業したらこのままプロのくノ一になることを決意していた。
ただでさえ少ないくノ一教室の中の、更に少ないくノ一志望者。
プロに一番近い位置にいるとはいえ、律しきれない心。
そんな彼女達にとって、ほへとはほつれた穴を塞ぐ糸のような役割になっていた。
殊更に困るような大きさの穴ではない。
そんな小さな小さな穴は、しかし時折隙間風が吹く。
どうしようもない程に寒い風が吹き込むとき、彼女達はそれに気付かないふりをした。
でも、本当は塞ぎたかった。でも、どうしようもなかった。
そしていつの間にかその穴を鍛錬や人を術にかけることで埋めていくようになった。
人を上手く騙す毎に褒められ、優秀だと言われれば穴は気にならなくなっていった。
他人を罠にかければかける程、後輩達に尊敬されるようになっていったものの、同時に畏怖の存在となっていく。
今までどれくらいの人間に嫌な顔されただろう。
そしていつから楽しいと思うようになっただろうか。いつから優越感を抱くようになったのだろうか。
気付かないふりをしていたけれど、本当はいろんなことに気付いていた。
同じ年頃の女の子がこんな風に悪い笑い方をしないことを知っていた。もっと清らかな目をしていることを知っていた。
自分達の目指しているものが、堂々と褒められるべきものでないことも知っていた。
それでも、彼女達は自分に誇りを持っていた。
「私、ほへとさんが利吉さんと結婚しようが結婚しまいが、本当はどうでもいいのかもしれない。きっと私、ほへとさんに元気になってもらいたいんだわ」
「あー・・・うん、そうかも。たまに、ふっと悲しそうな顔するときがあるもの」
「・・・ほへとさんが来てからまだ三ヶ月くらいしか経ってないんだよねえ」
しみじみと百子が庭を見る。
もっと長い時間一緒にいるように思っていたが、ほへとと知り合って未だ浅いと言えなくもない。
彼女達でさえも未だ知らないことはたくさんあった。仲が良いことと知っていることというのは、必ずしも比例するわけではない。
「やっぱり利吉さんの気持ち次第ね。だって前に『利吉さんとなら結婚してもいいかなあ』ってほへとさん言ってたじゃない。恋をすれば気持ちもきっと前向きになれるわよ」
「でも忍者に情を求めるのって、何だか皮肉。・・・って自分で言うのもどうかと思うけど」
百子が溜め息を吐く。
それでも、この学園内には優しさが溢れている。
人を気遣い、人を想うその心に偽りはないと。
「忍者だからこそ必要として欲しいって思うのは傲慢かなあ・・・。少なくとも忍たまより役に立てる自信あるわ」
「そうね。男相手じゃ言い辛いこととかあるもの。・・・でも、ほへとさんが本当に拠り所としてるのは私達じゃないと思うのよね」
お結が残念そうに言った。
すかさずお夏と百子が追随する。
「それはしょうがないわよ。確かに私達年下だし相談相手として役不足かなって思うときもあるけど・・・」
「だからこそ、その穴を埋めるために利吉さんを推してるんじゃない」
「いや、そうじゃなくって・・・。ほへとさんが求めてるのは、過去そのものなんじゃないかと思っただけ」
そう言ったお結の言葉の先には、一羽の揚羽蝶がゆっくり飛んでいた。
何で。
こんな。
『お結と区別もつかなかったのに?』
心がさざ波だってしょうがない。
『毎回死ぬ気?』
小平太の中で呪文のように繰り返される言葉の数々。
現れては消え、消えては耳にこだまする。
『利吉さんと見合いするって話・・・本当?』
『うん。でも、まだ決まったわけじゃないよ?』
『私は嫌なんだ!ほへとちゃんが利吉さんの嫁になるなんて!』
『・・・・・・・・・まだ決まったわけじゃないぞ』
そんなの、分からないじゃないかああああ!!!
「うぉえぇええぇ・・・・めちゃくちゃに気持ち悪・・・・・」
「しっかりして小平太。今薬煎じてるから。左近、水汲んで来て。数馬、そこの薬草とって」
「は、はい!」
「どうぞ伊作先輩」
「うぐ・・・、ほへとちゃんが・・・。利吉さんの嫁に・・・・・・」
「そんなすぐに決まるわけないから。・・・・・・だから大人しくしててってば!」
忙しそうに行ったり来たりする保健委員達。
普段医務室とは無縁の男が担ぎこまれたことに下級生達は一様に目を丸くしていた。
「大丈夫だ伊作・・・。早くいかないと・・・。もしかしたら・・・」
「大丈夫なわけないだろ!完全に中毒症状起こしてるじゃないか!立つのもやっとなくせに!・・・留三郎!」
フラフラの小平太を支えながら留三郎は青い顔をした。
俺も昔こんな感じになったことがあったな・・・。辛いんだよな・・・。と小平太に同情するような視線を向ける。
文次郎は「自業自得だ」と言って憤慨して鍛錬にでかけてしまった。事実、その通りだが。
「・・・・・・やっぱり嘘の薬だったのか。あの性悪め・・・」
「いや、あれは嘘の薬じゃないよ。ちゃんと確認したし・・・。彼女が作る毒薬は強いから中和されてこの程度で済んでるんだと思う」
「・・・・・・マジでか」
「凄いスリル~・・・」
「大丈夫ですか?七松先輩」
完全に桶と友達になっている小平太の背を擦りながら伏木蔵がポツリと呟いた。
乱太郎はパタパタと団扇で小平太の顔を扇いでいた。
見合い話が滞りなく進んでいるであろうその頃、七松小平太は完全にくノたまの術中に嵌りきっていた。
35
「我ながら完璧ね。ちょっとやり過ぎた気もしなくもないけど、これで暫くは医務室から出てこないでしょ」
「あれくらいで丁度いいわよ。前に一回七松に薬仕込んだことあったけど、全然効かなかったもん」
「それはお結の事前調査が足りてないのよ」
「それよりさ、あの七松の顔見た?今思い出しても感動ものよね」
「「「私達って性格悪ーい」」」
くノたま長屋でのんびりとくつろぎながら互いの健闘を称えあう彼女達。
ほへとから貰ったビスコイトをお茶請けに話は尽きない。
「あーあ。今頃ほへとさんと利吉さん。どうしてるかなあ・・・。やっぱり覗きに行っちゃおっかな」
「駄目よ百子!私達が覗きに行ったら計画が水の泡じゃない!」
「そうよ。せっかくあれだけ綿密にお膳立てしたんだから!」
ごめんごめん。と苦笑いする百子。
何を隠そう。ほへとの衣装や化粧を施したのは他ならぬこの彼女達だった。
山田伝蔵とほへとの会話が聞こえていたおばちゃん。良かれと思って彼女達三人をほへとの元へ派遣したことは良かったというべきか、悪かったというべきか。
しかし彼女達にとってみれば幸運以外の何ものでもない。
待ちに待った見合い。年頃の彼女達が浮き足立つのも無理はなかった。
そして兼ねてより狙いをつけていた小平太をからかう絶好の機会でもある。その機会を彼女達が見す見す逃すはずがなかった。
「ほへとさんと利吉さん。上手くいくといいけど」
「そうよね。上手くいったら万々歳だけどさ。こればっかりは相性だからね・・・」
「お似合いだと思うけどなあ・・・」
自分のことのように楽しそうな三人。
それだけ色恋の話が魅力的なのも事実だが、それ以上に彼女達はほへとを姉のように慕っていた。
「ほへとさんって、上の姉上にちょっと似てるんだよね。お嫁にいっちゃってもう随分会ってないんだけどさ。・・・だからかな。ほへとさんを前にするとつい甘えたくなっちゃうんだ」
お夏の言葉に、あーわかる気がする。と頷く二人。
「でも私、最初疑ってた。笑ってるのは演技で、みんな騙されてるんだって・・・。本性探るために何回も屋根裏に潜ったりさ」
「百子そんなことしてたんだ・・・。どうりで夜な夜な抜け出して行くかと・・・。でも、私もそうだったなあ。隙があったら化けの皮剥いでやろうと思ってたもん」
「アンタもそんなに変わらないじゃない」
どこか自嘲気味に笑い合う彼女達。
ふっと、誰ともなく溜め息が漏れる。
「私達が普段どういうこと習ったりしてるか知ってるのに、優しいよね。だってお兄さんが忍者だったとしても、ほとんど一般人なわけでしょう?人が良すぎるわ」
「本当よねえ・・・。私達一体どうやって人を誑かしたか説明してるのに嫌な顔一つしないんだよ。・・・だってお夏の薬なんて盛られたら数刻であの世逝きだし、私がちょっと情報操作するだけでほへとさんの居場所をなくすことだってできるのよ」
「ふふふ。恐いわねえ」
笑う彼女達の目の奥は、深い深い夜色だった。
彼女達三人は、卒業したらこのままプロのくノ一になることを決意していた。
ただでさえ少ないくノ一教室の中の、更に少ないくノ一志望者。
プロに一番近い位置にいるとはいえ、律しきれない心。
そんな彼女達にとって、ほへとはほつれた穴を塞ぐ糸のような役割になっていた。
殊更に困るような大きさの穴ではない。
そんな小さな小さな穴は、しかし時折隙間風が吹く。
どうしようもない程に寒い風が吹き込むとき、彼女達はそれに気付かないふりをした。
でも、本当は塞ぎたかった。でも、どうしようもなかった。
そしていつの間にかその穴を鍛錬や人を術にかけることで埋めていくようになった。
人を上手く騙す毎に褒められ、優秀だと言われれば穴は気にならなくなっていった。
他人を罠にかければかける程、後輩達に尊敬されるようになっていったものの、同時に畏怖の存在となっていく。
今までどれくらいの人間に嫌な顔されただろう。
そしていつから楽しいと思うようになっただろうか。いつから優越感を抱くようになったのだろうか。
気付かないふりをしていたけれど、本当はいろんなことに気付いていた。
同じ年頃の女の子がこんな風に悪い笑い方をしないことを知っていた。もっと清らかな目をしていることを知っていた。
自分達の目指しているものが、堂々と褒められるべきものでないことも知っていた。
それでも、彼女達は自分に誇りを持っていた。
「私、ほへとさんが利吉さんと結婚しようが結婚しまいが、本当はどうでもいいのかもしれない。きっと私、ほへとさんに元気になってもらいたいんだわ」
「あー・・・うん、そうかも。たまに、ふっと悲しそうな顔するときがあるもの」
「・・・ほへとさんが来てからまだ三ヶ月くらいしか経ってないんだよねえ」
しみじみと百子が庭を見る。
もっと長い時間一緒にいるように思っていたが、ほへとと知り合って未だ浅いと言えなくもない。
彼女達でさえも未だ知らないことはたくさんあった。仲が良いことと知っていることというのは、必ずしも比例するわけではない。
「やっぱり利吉さんの気持ち次第ね。だって前に『利吉さんとなら結婚してもいいかなあ』ってほへとさん言ってたじゃない。恋をすれば気持ちもきっと前向きになれるわよ」
「でも忍者に情を求めるのって、何だか皮肉。・・・って自分で言うのもどうかと思うけど」
百子が溜め息を吐く。
それでも、この学園内には優しさが溢れている。
人を気遣い、人を想うその心に偽りはないと。
「忍者だからこそ必要として欲しいって思うのは傲慢かなあ・・・。少なくとも忍たまより役に立てる自信あるわ」
「そうね。男相手じゃ言い辛いこととかあるもの。・・・でも、ほへとさんが本当に拠り所としてるのは私達じゃないと思うのよね」
お結が残念そうに言った。
すかさずお夏と百子が追随する。
「それはしょうがないわよ。確かに私達年下だし相談相手として役不足かなって思うときもあるけど・・・」
「だからこそ、その穴を埋めるために利吉さんを推してるんじゃない」
「いや、そうじゃなくって・・・。ほへとさんが求めてるのは、過去そのものなんじゃないかと思っただけ」
そう言ったお結の言葉の先には、一羽の揚羽蝶がゆっくり飛んでいた。