第二章<日常編>
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やっぱり。
というべきだろうか。
「それを私に寄越せ文次郎!!!」
「何・で・だ・よ!!これは俺の正当報酬だ!正当報酬!そんなに食いてえなら食堂に行って貰ってくりゃいいだろうが!」
「そういう意味じゃなあああい!!!って、あああああああああ!!??」
寄越せ。と言われたらあげたくなくなるのが心情というもの。
目当ての物が目の前でバリバリと音を立てて全て文次郎の胃の中に入っていく様を見た小平太は、出しかけた手をだらりと下に垂らした。
南蛮菓子を租借しながら文次郎は呆れた声を出す。
「アホかお前は。食堂にあるっつってんのに」
「だからそういう意味じゃないって言ってるだろうが!!なんで文次郎にばっかり!!返せ!!羨ましいぞこの野郎!!もっと味わって食べろ文次郎の罰当たり!」
「はあ?莫迦じゃねえのかお前。っていうか普通に言えば全部やっても良かったのによ」
「何だと!?折角ほへとちゃんがお前のために焼いた菓子を碌に食いもせず私にやる馬鹿がどこにいる!!」
わあわあやっている小平太と文次郎を少し離れて観察する留三郎と伊作。
「あいつ面倒くせえな」
「はは・・・」
やっぱり・・・ね。
先日医務室で予感したことが的中したことに、伊作は心の中で苦笑いした。
32
「文次郎!!!」
小平太が血相を変えて六年長屋まで走ってきたのは、蝉の五月蝿い晴れ過ぎたある日の午後だった。
莫迦みたいに鳴く蝉を掻き消すくらいの小平太の声。目当ての人物の前で急停止する。
「なんだよ藪から棒に。もっと忍んで歩けねえのか」
「なんでお前ばっかりビスコイト食ってるんだ・・・・・・。ずるい。ずるいぞ文次郎・・・」
フルフルと体を震わせる小平太。
ほへとが文次郎にビスコイトを焼いた。ということを人づてに聞いた小平太は、その足で直接文次郎の下へ全力疾走してきたのだった。
状況を飲み込めない文次郎。しかし、手に持っている物が狙われているということは凄く良く分かった。
「何で私じゃないんだ!何で文次郎なんだ!ほへとちゃんは文次郎の方が好みなのか!?私じゃ駄目なのか!?とりあえずそのビスコイト寄越せ文次郎!」
「意味わかんねえお前。とりあえずこれは『俺の』だ。団子の礼で貰ったんだよ。何でお前にやらないといけねえんだ」
長屋の庭先でぎゃあぎゃあやられたら大抵の人間は気になって外の様子を伺うものだが、さすがは六年生の長屋と言ったところか。
冷静に開けていた障子を閉める者や、さっさと被害を被らない場所に逃げる者。
文次郎と小平太のやり取りを覗きにきたのは留三郎と伊作だけだった。
「おー。やってるやってる」
「この暑いのに元気だねえ・・・。あ、留もビスコイト食べる?結構美味しいよ」
「いや、いい。俺もさっき貰ったから」
伊作から差し出された例の南蛮菓子。留三郎も先程何枚か口にした。
伊作は租借しながら小平太と文次郎のやり取りを傍観する。
夏の暑い最中。炎天下の下でわあわあと互いに喚いている二人。
真夏の太陽が遠慮なく照りつける。無駄に体温が上がることそっちのけで言い合いはエスカレートしていく。
仕舞いに拳まで出たところで、急にはたと気付いた文次郎がピタリと止まる。
一呼吸置いてまじまじと小平太の瞳を除き見る文次郎。疑り深いその視線。眉間には相も変わらず皺が寄っていた。
「おい小平太。・・・六年にもなってまさかとは思うが」
「なんだ」
「『まさか』とは思うが、一応聞いておく。最近の不調の原因がスランプではなく、『もしも』食堂勤務のほへとさんが原因だったら解ってんだろうな」
殊更に『まさか』と『もしも』を強調して言う文次郎。
その一言に、傍観していた留三郎と伊作が同時に思った。
((面倒臭いことになった・・・))
と。
しかし、小平太はそんなことを気にするような人間ではなかった。だからといって学園一ギンギンに忍者している男の問いかけに「だったらどうした!」と切り返すのは如何なものか。
保健委員長と用具委員長はとりあえず耳を塞いだ。
「堂々とする奴があるか!!バカタレエエエエ!!!!」
予想通りも予想通りの言葉に六年は組の二人は「あーあ・・・」と曖昧な声をあげた。
ビキビキとこめかみに青筋を浮かべる文次郎。その表情には鬼気迫るものがある。ただでさえ暑いのに気温が更に上がったような錯覚さえ覚えた。
「忍びの三禁を何と心得てやがる!最高学年にもなってお前という奴は・・・!!」
「五月蝿い文次郎!私がほへとちゃんを好きなのはお前には関係ないだろうが!」
「関係大有りだバカタレ!女に現を抜かして上の空なぞ恥を知れ小平太!その上の空が原因で味方に害が及ぶ可能性をお前は考えねえのか!!」
「私だって考えたさ!でも考えたけど無理だったんだからしょうがないだろう!」
「アホかお前は!!無理でも何でもそこは何とかするのが忍びの巧者だろうが!!この軟弱野郎!」
「何だと!?言わせておけば・・・!!」
「喧嘩はやめてください!!」
文次郎と小平太が互いに掴みかかったところで一際高い声がそこに響いた。
皆が一様に声の方を向くと、そこには眉を八の字に寄せたほへとが立っていた。
そのままこちらに歩いてくる。
「おっと」
「あらら・・・」
「っ、ほへとちゃん・・・!」
「フンッ・・・」
四者四様の顔と態度。
目を丸くした小平太は、途端にバツが悪そうな顔になる。
するすると文次郎の襟にかかっていた小平太の力が抜け、観念したように手を離す。
「・・・何か騒がしいと思ったら・・・。どうしたんですか二人とも・・・。伊作くんも留三郎くんも見てたなら止めてください」
呆れたような心配したような声色のほへとに、小平太はつい目を泳がせる。
『貴女が焼いたビスコイトが原因で喧嘩してました』なんて、くだらな過ぎて口が裂けても言えない。
しかし小平太の心境は悪いことが見つかった子供のそれに近かった。
「そ、それよりさ、ほへとちゃんこそどうしたの?わざわざこんな処まで来るなんて・・・」
場を取り繕うように言う小平太。しかしもっともな質問ではあった。
普段ほへとは忍たま長屋などには足を運ばないのだ。
この空間に彼女がいることは四人にとって初めて見る光景だった。
「小平太くんを探していたんですよ」
「私を?」
「うん。ビスコイトを渡そうと思いまして・・・。みんなには食堂で渡せたんですが、小平太くんだけ会えませんでしたし。仙蔵くんに聞いたらきっと長屋にいるだろうって」
小平太の手の上に紙の包みをそっと乗せる。まだかすかに温かいそれ。
包みをあけると、香ばしい匂いが辺りに漂う。少し歪なその形が、如何にも手作りであることを証明していた。
「先に焼いた分は全部他の子にあげてしまったの。だから追加で小平太くんのために焼いたんですけど・・・」
「本当に?私のためだけに?」
「ええ。よかったら召し上がってください」
『小平太くんのために』というその言葉。ほへとにとってみれば意図せず発した言葉とも言えなくもない。
しかし小平太には何とも特別な響きを持って耳に届いた。
何とも食欲をそそる匂い。その中の一つを摘んで小平太は遠慮なく口に含む。
一秒。
二秒。
三秒。
・・・・・・
ゴクン。
しっかりと小平太が飲み込んだところを確認してからほへとが口を開く。
「どうですか?小平太くん、変なところありませんか?」
「うん、美味しい。初めて作ったんだろう?それにしては結構いける」
「嬉しいです。とびっきり丹精込めて作ったんですよ。その毒入りビスコイト」
「・・・・・・へ?」
さらっと言った言葉の中に不穏な単語。
ニコニコするほへととは対照的に、一呼吸置いた後の小平太の目はだんだん見開いていく。
さぁーっと血の気が引いたような感覚。
それを見てニヤリと歪むほへとの顔。
細い三日月状に笑う口が何とも艶めかしい。
「ほへとちゃ・・・、いや、お前・・・くノ一教室の・・・」
「・・・お結だな」
ぼそっと呟いた文次郎の声に反応するように、ほへとは小平太からすばやく間合いを取った。
とん。と軽くほへとの体が跳躍したかと思うといとも簡単に塀の上に着地する。
それと同時に木の影からも二人の人間が現れた。
「さっすが潮江。大当たり」
「ま、ある意味七松も大当たりだけど」
「どうも~。お久し振り」
そこにはほへとの姿はどどこにもおらず、見知ったくノたまの姿だけがあった。
ニヤリと笑った真ん中の人物は、ほへとの顔とは全く別人の様相に様変わりしていた。自信満々に四人を見下ろすその瞳は、まさしく獲物を見つけた捕食者のそれであった。
その場にいる人間全員の顔が思わず引くつく。
「・・・・・・ヘマしたな小平太のバカタレ。これだから現を抜かすなって言ってんだよ」
「うえ・・・。くノ一教室の中でも特に会いたくない奴らが揃いも揃いやがった・・・」
「皆、気をつけて。こっちが風下になってるから」
「お前ら私に何盛った!?」
文次郎、留三郎、伊作。そして小平太も、塀の上の三人を見上げて身構えた。
入学当初から毒を盛られたことは数知れず、罠にかけられたこともこれまた数知れず。
そう。彼らは共に六年間過ごしてきた目の前の人間達が苦手だった。出来れば関わり合いになりたくはない。
ここにいる彼女達。
お結、百子、お夏はくノ一教室の中でも、『殊更にえげつないくノたま』として有名だった。
特に上級生の忍たまをいびるのが趣味であるというお結を筆頭に、この三人娘の悪戯はもはや悪戯の程度を超えている。 そんな彼女達に憧れるくノたま下級生も少なくないというが、小平太達にとってみれば厄介この上なかった。
しかして一緒に実習を組む分には、目の前にいる人間達はそれはもう申し分ない相方となることを上級生は知っている。 組んだことのない者ももちろんいるが、それはそれで彼女達の実力を身をもって体験していた。
そして皆思う。
『くノ一って怖い』 と。
四人の顔を引き攣らせるには十分に過ぎた。
というべきだろうか。
「それを私に寄越せ文次郎!!!」
「何・で・だ・よ!!これは俺の正当報酬だ!正当報酬!そんなに食いてえなら食堂に行って貰ってくりゃいいだろうが!」
「そういう意味じゃなあああい!!!って、あああああああああ!!??」
寄越せ。と言われたらあげたくなくなるのが心情というもの。
目当ての物が目の前でバリバリと音を立てて全て文次郎の胃の中に入っていく様を見た小平太は、出しかけた手をだらりと下に垂らした。
南蛮菓子を租借しながら文次郎は呆れた声を出す。
「アホかお前は。食堂にあるっつってんのに」
「だからそういう意味じゃないって言ってるだろうが!!なんで文次郎にばっかり!!返せ!!羨ましいぞこの野郎!!もっと味わって食べろ文次郎の罰当たり!」
「はあ?莫迦じゃねえのかお前。っていうか普通に言えば全部やっても良かったのによ」
「何だと!?折角ほへとちゃんがお前のために焼いた菓子を碌に食いもせず私にやる馬鹿がどこにいる!!」
わあわあやっている小平太と文次郎を少し離れて観察する留三郎と伊作。
「あいつ面倒くせえな」
「はは・・・」
やっぱり・・・ね。
先日医務室で予感したことが的中したことに、伊作は心の中で苦笑いした。
32
「文次郎!!!」
小平太が血相を変えて六年長屋まで走ってきたのは、蝉の五月蝿い晴れ過ぎたある日の午後だった。
莫迦みたいに鳴く蝉を掻き消すくらいの小平太の声。目当ての人物の前で急停止する。
「なんだよ藪から棒に。もっと忍んで歩けねえのか」
「なんでお前ばっかりビスコイト食ってるんだ・・・・・・。ずるい。ずるいぞ文次郎・・・」
フルフルと体を震わせる小平太。
ほへとが文次郎にビスコイトを焼いた。ということを人づてに聞いた小平太は、その足で直接文次郎の下へ全力疾走してきたのだった。
状況を飲み込めない文次郎。しかし、手に持っている物が狙われているということは凄く良く分かった。
「何で私じゃないんだ!何で文次郎なんだ!ほへとちゃんは文次郎の方が好みなのか!?私じゃ駄目なのか!?とりあえずそのビスコイト寄越せ文次郎!」
「意味わかんねえお前。とりあえずこれは『俺の』だ。団子の礼で貰ったんだよ。何でお前にやらないといけねえんだ」
長屋の庭先でぎゃあぎゃあやられたら大抵の人間は気になって外の様子を伺うものだが、さすがは六年生の長屋と言ったところか。
冷静に開けていた障子を閉める者や、さっさと被害を被らない場所に逃げる者。
文次郎と小平太のやり取りを覗きにきたのは留三郎と伊作だけだった。
「おー。やってるやってる」
「この暑いのに元気だねえ・・・。あ、留もビスコイト食べる?結構美味しいよ」
「いや、いい。俺もさっき貰ったから」
伊作から差し出された例の南蛮菓子。留三郎も先程何枚か口にした。
伊作は租借しながら小平太と文次郎のやり取りを傍観する。
夏の暑い最中。炎天下の下でわあわあと互いに喚いている二人。
真夏の太陽が遠慮なく照りつける。無駄に体温が上がることそっちのけで言い合いはエスカレートしていく。
仕舞いに拳まで出たところで、急にはたと気付いた文次郎がピタリと止まる。
一呼吸置いてまじまじと小平太の瞳を除き見る文次郎。疑り深いその視線。眉間には相も変わらず皺が寄っていた。
「おい小平太。・・・六年にもなってまさかとは思うが」
「なんだ」
「『まさか』とは思うが、一応聞いておく。最近の不調の原因がスランプではなく、『もしも』食堂勤務のほへとさんが原因だったら解ってんだろうな」
殊更に『まさか』と『もしも』を強調して言う文次郎。
その一言に、傍観していた留三郎と伊作が同時に思った。
((面倒臭いことになった・・・))
と。
しかし、小平太はそんなことを気にするような人間ではなかった。だからといって学園一ギンギンに忍者している男の問いかけに「だったらどうした!」と切り返すのは如何なものか。
保健委員長と用具委員長はとりあえず耳を塞いだ。
「堂々とする奴があるか!!バカタレエエエエ!!!!」
予想通りも予想通りの言葉に六年は組の二人は「あーあ・・・」と曖昧な声をあげた。
ビキビキとこめかみに青筋を浮かべる文次郎。その表情には鬼気迫るものがある。ただでさえ暑いのに気温が更に上がったような錯覚さえ覚えた。
「忍びの三禁を何と心得てやがる!最高学年にもなってお前という奴は・・・!!」
「五月蝿い文次郎!私がほへとちゃんを好きなのはお前には関係ないだろうが!」
「関係大有りだバカタレ!女に現を抜かして上の空なぞ恥を知れ小平太!その上の空が原因で味方に害が及ぶ可能性をお前は考えねえのか!!」
「私だって考えたさ!でも考えたけど無理だったんだからしょうがないだろう!」
「アホかお前は!!無理でも何でもそこは何とかするのが忍びの巧者だろうが!!この軟弱野郎!」
「何だと!?言わせておけば・・・!!」
「喧嘩はやめてください!!」
文次郎と小平太が互いに掴みかかったところで一際高い声がそこに響いた。
皆が一様に声の方を向くと、そこには眉を八の字に寄せたほへとが立っていた。
そのままこちらに歩いてくる。
「おっと」
「あらら・・・」
「っ、ほへとちゃん・・・!」
「フンッ・・・」
四者四様の顔と態度。
目を丸くした小平太は、途端にバツが悪そうな顔になる。
するすると文次郎の襟にかかっていた小平太の力が抜け、観念したように手を離す。
「・・・何か騒がしいと思ったら・・・。どうしたんですか二人とも・・・。伊作くんも留三郎くんも見てたなら止めてください」
呆れたような心配したような声色のほへとに、小平太はつい目を泳がせる。
『貴女が焼いたビスコイトが原因で喧嘩してました』なんて、くだらな過ぎて口が裂けても言えない。
しかし小平太の心境は悪いことが見つかった子供のそれに近かった。
「そ、それよりさ、ほへとちゃんこそどうしたの?わざわざこんな処まで来るなんて・・・」
場を取り繕うように言う小平太。しかしもっともな質問ではあった。
普段ほへとは忍たま長屋などには足を運ばないのだ。
この空間に彼女がいることは四人にとって初めて見る光景だった。
「小平太くんを探していたんですよ」
「私を?」
「うん。ビスコイトを渡そうと思いまして・・・。みんなには食堂で渡せたんですが、小平太くんだけ会えませんでしたし。仙蔵くんに聞いたらきっと長屋にいるだろうって」
小平太の手の上に紙の包みをそっと乗せる。まだかすかに温かいそれ。
包みをあけると、香ばしい匂いが辺りに漂う。少し歪なその形が、如何にも手作りであることを証明していた。
「先に焼いた分は全部他の子にあげてしまったの。だから追加で小平太くんのために焼いたんですけど・・・」
「本当に?私のためだけに?」
「ええ。よかったら召し上がってください」
『小平太くんのために』というその言葉。ほへとにとってみれば意図せず発した言葉とも言えなくもない。
しかし小平太には何とも特別な響きを持って耳に届いた。
何とも食欲をそそる匂い。その中の一つを摘んで小平太は遠慮なく口に含む。
一秒。
二秒。
三秒。
・・・・・・
ゴクン。
しっかりと小平太が飲み込んだところを確認してからほへとが口を開く。
「どうですか?小平太くん、変なところありませんか?」
「うん、美味しい。初めて作ったんだろう?それにしては結構いける」
「嬉しいです。とびっきり丹精込めて作ったんですよ。その毒入りビスコイト」
「・・・・・・へ?」
さらっと言った言葉の中に不穏な単語。
ニコニコするほへととは対照的に、一呼吸置いた後の小平太の目はだんだん見開いていく。
さぁーっと血の気が引いたような感覚。
それを見てニヤリと歪むほへとの顔。
細い三日月状に笑う口が何とも艶めかしい。
「ほへとちゃ・・・、いや、お前・・・くノ一教室の・・・」
「・・・お結だな」
ぼそっと呟いた文次郎の声に反応するように、ほへとは小平太からすばやく間合いを取った。
とん。と軽くほへとの体が跳躍したかと思うといとも簡単に塀の上に着地する。
それと同時に木の影からも二人の人間が現れた。
「さっすが潮江。大当たり」
「ま、ある意味七松も大当たりだけど」
「どうも~。お久し振り」
そこにはほへとの姿はどどこにもおらず、見知ったくノたまの姿だけがあった。
ニヤリと笑った真ん中の人物は、ほへとの顔とは全く別人の様相に様変わりしていた。自信満々に四人を見下ろすその瞳は、まさしく獲物を見つけた捕食者のそれであった。
その場にいる人間全員の顔が思わず引くつく。
「・・・・・・ヘマしたな小平太のバカタレ。これだから現を抜かすなって言ってんだよ」
「うえ・・・。くノ一教室の中でも特に会いたくない奴らが揃いも揃いやがった・・・」
「皆、気をつけて。こっちが風下になってるから」
「お前ら私に何盛った!?」
文次郎、留三郎、伊作。そして小平太も、塀の上の三人を見上げて身構えた。
入学当初から毒を盛られたことは数知れず、罠にかけられたこともこれまた数知れず。
そう。彼らは共に六年間過ごしてきた目の前の人間達が苦手だった。出来れば関わり合いになりたくはない。
ここにいる彼女達。
お結、百子、お夏はくノ一教室の中でも、『殊更にえげつないくノたま』として有名だった。
特に上級生の忍たまをいびるのが趣味であるというお結を筆頭に、この三人娘の悪戯はもはや悪戯の程度を超えている。 そんな彼女達に憧れるくノたま下級生も少なくないというが、小平太達にとってみれば厄介この上なかった。
しかして一緒に実習を組む分には、目の前にいる人間達はそれはもう申し分ない相方となることを上級生は知っている。 組んだことのない者ももちろんいるが、それはそれで彼女達の実力を身をもって体験していた。
そして皆思う。
『くノ一って怖い』 と。
四人の顔を引き攣らせるには十分に過ぎた。