第二章<日常編>
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「いけいけどんどーん!!!」
「・・・・・・・・・・・・」
(何言っても無理でしょうねえ・・・)
ほへとはいつぞや抱きかかえられた日のことを思い出しながら半ば諦めていると、自動的に流れる景色の中に二人の人物が歩いているのを目の端で捕らえた。
29
「何だろあれ?」
「どうした雷蔵・・・って、どう見ても七松先輩とほへとさんだろ」
「いや、それは分かるんだけどね」
『慌てる子供は廊下で転ぶ』の張り紙がしてある廊下の少し先。
肩にほへとを担いだ女装姿の七松小平太が団子の乗った盆を持って嬉々として歩いていたら、そりゃあ誰だって『何だろうあれ』と言いたくなる。
肩に担がれた人間とばっちり目が合う。その目は切実に『助けてください』と訴えているように見えた。
このまま見過ごすのも面白いが、止めないと今晩の夕食のおかずが少なくなるのではないか。
それを抜きにしても見なかったふりをする程二人は鬼ではなかった。
「七松先輩!」
「おう雷蔵に三郎。どうした?」
「どうした?じゃ、ありませんよ」
「ほへとさん、何かぐったりしてますけど」
「え?っぁあ!?ほへとちゃん!!大丈夫!?」
今気付きました。と言わんばかりに焦る小平太。
急いでほへとを床に下ろすも額に手を添えて下を向いている。
その日の雷蔵と三郎のおかずの量がちょっと多めになったことは言うまでもない。
***
「あとは・・・、土井先生と新野先生と・・・事務のおばちゃんと小松田さんですかね」
「本当に随分たくさん買ってきたんですね」
「潮江先輩のあの女装じゃあ結果は見えてましたけど」
「二人とも、付き合ってくれてありがとう。あとは大丈夫ですから・・・どうぞこの中から好きなの貰ってくださいな」
あの後。
ほへとは三郎と雷蔵と共に、自分の足でちゃんと床を踏みしめながらお世話になった各人物の部屋を尋ね回った。
しかしほへとを肩に担いできた人間。七松小平太はすでにこの場から戦線離脱していた。
『松子ちゃんっ!!!』
『げっ!?山田先生・・・っ!』
『何度言ったらわかるの!伝子さんとお呼びっ!!』
そう。山田伝蔵、いや伝子さんに見つかったのである。
『何なのその歩き方はぁっ!がに股で歩く女の子がどこにいるっていうの!もっとお淑やかに歩きなさい!それから、「げっ!?」って何よ「げっ!?」って!口調がまったく男のままじゃないの!』
小平太は、はっと自分の格好を再度見直すも、それは完全に女性用の着物。すっかり失念していたが一応顔も化粧済みなのである。(ただし眉は妙に凛々しかったが)
何故着替えてから食堂へ向かわなかったのか。後先考えない自分の性を少しだけ呪った。
しかし気付いた時にはもう遅かった。
七松小平太、いや松子ちゃんは『アンタもちょっと補習必要みたいねっ!成績悪かった子と一緒にアタシが特別に面倒見てあげるからちょっとこっちいらっしゃい!』と恐ろしく微笑んだ伝子さんにずるずると引き摺られていったのであった。
***
「・・・あれはすぐに着替えなかった七松先輩が悪い。まあ見てて面白かったけど」
「本当にねえ・・・。何ですぐ着替えなかったんだろう」
「そりゃ決まってるさ。ほへとさんに一秒でも早く会いたかったんだろ」
「っむぐ!?」
五年長屋の自室。
三郎の何ともなしに言った言葉に雷蔵は貰ったみたらし団子が喉につかえた。
生理的に咽こむ雷蔵は三郎の分の茶を一気飲みすると、ふう。と息を吐き出した。
「私のお茶だぞ」
「ああ、ごめん。新しいの淹れるね。・・・じゃなくて」
そこはかとなく悪そうな顔をしている三郎に雷蔵は話を元に戻す。
「三郎の言ったそれって、なんだか七松先輩がほへとさんに懸想してるみたいじゃないか・・・。いや、でも七松先輩に限ってそんな・・・」
「懸想してると思うけど」
「そうなの!?」
嘘!?と目を丸くする雷蔵に三郎なりの見解を話して聞かせる。
最初は半信半疑だった雷蔵も、聞いてる途中で成る程。と思い始め、最終的には納得した。
「中在家先輩達が賭けをしていたのって、これだったんだ・・・」
「で、負けた潮江先輩に白羽の矢が立ったと」
三郎は一人も男性に声をかけられなかった文子ちゃんを思い出しながらニヤニヤした。
男に相手にされない女子が自棄食いするために団子を買い漁ったとしか思えない光景を実習の帰りに目撃したのだ。
「いや、あれはなかなか面白かった。八左ヱ門なんて笑いすぎて先輩に睨まれてたし」
「ま、まあ・・・女装の方は置いておくにしても。まさか潮江先輩まで協力するなんて・・・」
潮江文次郎は忍術学園で一番に忍者している男だ。
その男が忍びの三禁である「色」を破るような行為をはてさて黙認するものだろうか。いや、絶対にない。
知ろうものなら『バカタレ!!!』と一括して手裏剣の一つや二つ投げそうである。
「・・・・・・要するに潮江先輩にバレないようにこっそりと。ってこと?」
「じゃなかったらそんな賭けなんてするわけないだろ。体よく立花先輩あたりに丸め込まれたんだろうさ。七松先輩自体は隠す気なんて更々ないみたいだけどな」
見てると面白いぞ。
とクツクツ笑う三郎の予想は大当たりだった。
完全に娯楽感覚で楽しみきっている三郎に雷蔵は苦笑いする。
「七松先輩とほへとさんか・・・」
雷蔵はあの例に言う”図書室拉致逃亡事件”の後の二人を見ている。
自分の前で肩を震わせて泣いていた透が、山から帰ってきたときには笑顔が戻っていたのだ。
(結構お似合いなんじゃないかなあ・・・。あの二人)
他人を巻き込んでどんどん進んでいく小平太と、穏やかで寛容的なほへと。
一見不釣合いに見えるが、なかなかにお似合いなのではないかと雷蔵は思った。ただ、先程の疲れきったほへとを思い出すと、少々心配になるというのはこの際置いておく。
「忍びの三禁を破るのはよくないと思うけど、僕は七松先輩を応援するなあ・・・」
「そうか?じゃあ私は兵助を応援しよう」
「兵助?何で?」
同輩である五年い組の久々知兵助の名前が出てきたことで、雷蔵は一瞬きょとんとなる。
まさか。
まさか。まさか。まさか。
「えっ!?まさか兵助まで懸想してるとか言わないよね!?」
「うん。冗談。雷蔵が驚くかなーって」
「・・・・・・殴っていいかな」
「やだなあ雷蔵。ちょっとした茶目っ気だろ。そんな顔するなよ。・・・あー、でもほへとさんの作る豆腐料理は豆の風味がいい!素材が活きてる!って兵助が褒めちぎってたぞ」
「はあ・・・もういいよ兵助のことは・・・・・・」
「兵助に豆腐料理をたくさん出して貰えるように応援しよう。ってことを私は言いたかったんだよ」
そう言ってケタケタと腹を抱えて笑う三郎。
(・・・・・・全然笑えないんだけど)
雷蔵は新しく茶を淹れながら同室の男に向かって盛大に溜め息を吐いた。
「・・・・・・・・・・・・」
(何言っても無理でしょうねえ・・・)
ほへとはいつぞや抱きかかえられた日のことを思い出しながら半ば諦めていると、自動的に流れる景色の中に二人の人物が歩いているのを目の端で捕らえた。
29
「何だろあれ?」
「どうした雷蔵・・・って、どう見ても七松先輩とほへとさんだろ」
「いや、それは分かるんだけどね」
『慌てる子供は廊下で転ぶ』の張り紙がしてある廊下の少し先。
肩にほへとを担いだ女装姿の七松小平太が団子の乗った盆を持って嬉々として歩いていたら、そりゃあ誰だって『何だろうあれ』と言いたくなる。
肩に担がれた人間とばっちり目が合う。その目は切実に『助けてください』と訴えているように見えた。
このまま見過ごすのも面白いが、止めないと今晩の夕食のおかずが少なくなるのではないか。
それを抜きにしても見なかったふりをする程二人は鬼ではなかった。
「七松先輩!」
「おう雷蔵に三郎。どうした?」
「どうした?じゃ、ありませんよ」
「ほへとさん、何かぐったりしてますけど」
「え?っぁあ!?ほへとちゃん!!大丈夫!?」
今気付きました。と言わんばかりに焦る小平太。
急いでほへとを床に下ろすも額に手を添えて下を向いている。
その日の雷蔵と三郎のおかずの量がちょっと多めになったことは言うまでもない。
***
「あとは・・・、土井先生と新野先生と・・・事務のおばちゃんと小松田さんですかね」
「本当に随分たくさん買ってきたんですね」
「潮江先輩のあの女装じゃあ結果は見えてましたけど」
「二人とも、付き合ってくれてありがとう。あとは大丈夫ですから・・・どうぞこの中から好きなの貰ってくださいな」
あの後。
ほへとは三郎と雷蔵と共に、自分の足でちゃんと床を踏みしめながらお世話になった各人物の部屋を尋ね回った。
しかしほへとを肩に担いできた人間。七松小平太はすでにこの場から戦線離脱していた。
『松子ちゃんっ!!!』
『げっ!?山田先生・・・っ!』
『何度言ったらわかるの!伝子さんとお呼びっ!!』
そう。山田伝蔵、いや伝子さんに見つかったのである。
『何なのその歩き方はぁっ!がに股で歩く女の子がどこにいるっていうの!もっとお淑やかに歩きなさい!それから、「げっ!?」って何よ「げっ!?」って!口調がまったく男のままじゃないの!』
小平太は、はっと自分の格好を再度見直すも、それは完全に女性用の着物。すっかり失念していたが一応顔も化粧済みなのである。(ただし眉は妙に凛々しかったが)
何故着替えてから食堂へ向かわなかったのか。後先考えない自分の性を少しだけ呪った。
しかし気付いた時にはもう遅かった。
七松小平太、いや松子ちゃんは『アンタもちょっと補習必要みたいねっ!成績悪かった子と一緒にアタシが特別に面倒見てあげるからちょっとこっちいらっしゃい!』と恐ろしく微笑んだ伝子さんにずるずると引き摺られていったのであった。
***
「・・・あれはすぐに着替えなかった七松先輩が悪い。まあ見てて面白かったけど」
「本当にねえ・・・。何ですぐ着替えなかったんだろう」
「そりゃ決まってるさ。ほへとさんに一秒でも早く会いたかったんだろ」
「っむぐ!?」
五年長屋の自室。
三郎の何ともなしに言った言葉に雷蔵は貰ったみたらし団子が喉につかえた。
生理的に咽こむ雷蔵は三郎の分の茶を一気飲みすると、ふう。と息を吐き出した。
「私のお茶だぞ」
「ああ、ごめん。新しいの淹れるね。・・・じゃなくて」
そこはかとなく悪そうな顔をしている三郎に雷蔵は話を元に戻す。
「三郎の言ったそれって、なんだか七松先輩がほへとさんに懸想してるみたいじゃないか・・・。いや、でも七松先輩に限ってそんな・・・」
「懸想してると思うけど」
「そうなの!?」
嘘!?と目を丸くする雷蔵に三郎なりの見解を話して聞かせる。
最初は半信半疑だった雷蔵も、聞いてる途中で成る程。と思い始め、最終的には納得した。
「中在家先輩達が賭けをしていたのって、これだったんだ・・・」
「で、負けた潮江先輩に白羽の矢が立ったと」
三郎は一人も男性に声をかけられなかった文子ちゃんを思い出しながらニヤニヤした。
男に相手にされない女子が自棄食いするために団子を買い漁ったとしか思えない光景を実習の帰りに目撃したのだ。
「いや、あれはなかなか面白かった。八左ヱ門なんて笑いすぎて先輩に睨まれてたし」
「ま、まあ・・・女装の方は置いておくにしても。まさか潮江先輩まで協力するなんて・・・」
潮江文次郎は忍術学園で一番に忍者している男だ。
その男が忍びの三禁である「色」を破るような行為をはてさて黙認するものだろうか。いや、絶対にない。
知ろうものなら『バカタレ!!!』と一括して手裏剣の一つや二つ投げそうである。
「・・・・・・要するに潮江先輩にバレないようにこっそりと。ってこと?」
「じゃなかったらそんな賭けなんてするわけないだろ。体よく立花先輩あたりに丸め込まれたんだろうさ。七松先輩自体は隠す気なんて更々ないみたいだけどな」
見てると面白いぞ。
とクツクツ笑う三郎の予想は大当たりだった。
完全に娯楽感覚で楽しみきっている三郎に雷蔵は苦笑いする。
「七松先輩とほへとさんか・・・」
雷蔵はあの例に言う”図書室拉致逃亡事件”の後の二人を見ている。
自分の前で肩を震わせて泣いていた透が、山から帰ってきたときには笑顔が戻っていたのだ。
(結構お似合いなんじゃないかなあ・・・。あの二人)
他人を巻き込んでどんどん進んでいく小平太と、穏やかで寛容的なほへと。
一見不釣合いに見えるが、なかなかにお似合いなのではないかと雷蔵は思った。ただ、先程の疲れきったほへとを思い出すと、少々心配になるというのはこの際置いておく。
「忍びの三禁を破るのはよくないと思うけど、僕は七松先輩を応援するなあ・・・」
「そうか?じゃあ私は兵助を応援しよう」
「兵助?何で?」
同輩である五年い組の久々知兵助の名前が出てきたことで、雷蔵は一瞬きょとんとなる。
まさか。
まさか。まさか。まさか。
「えっ!?まさか兵助まで懸想してるとか言わないよね!?」
「うん。冗談。雷蔵が驚くかなーって」
「・・・・・・殴っていいかな」
「やだなあ雷蔵。ちょっとした茶目っ気だろ。そんな顔するなよ。・・・あー、でもほへとさんの作る豆腐料理は豆の風味がいい!素材が活きてる!って兵助が褒めちぎってたぞ」
「はあ・・・もういいよ兵助のことは・・・・・・」
「兵助に豆腐料理をたくさん出して貰えるように応援しよう。ってことを私は言いたかったんだよ」
そう言ってケタケタと腹を抱えて笑う三郎。
(・・・・・・全然笑えないんだけど)
雷蔵は新しく茶を淹れながら同室の男に向かって盛大に溜め息を吐いた。