第二章<日常編>
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「七松先輩」
「ん?どうした滝夜叉丸」
裏々々々山の頂上での休憩時。
疲れた様子を微塵も見せず、自身の余りある体力を持て余すかのように夏のさんさんとした日の下で体操をしたり、「いやあ今日も暑いな!」なんて嬉しそうにしている七松小平太に滝夜叉丸が声をかけた。
ここまで登ってきた下級生は皆一様にぐったりと疲れきっており、三者三様に適当な木の下で沈没していた。
滝夜叉丸でさえも体の節々を動かすのが難儀である。
「ここまで走って来た直後でそれだけ元気な先輩に、こういうことを言うのは少々馬鹿げていると思うのですが・・・」
「なんだ?相談事か?」
「いえ私じゃなくて。・・・先輩何か悩み事でもあるんですか?最近元気ないと言いますか、いや元気は余りある程なんですけど」
後輩の言葉に小平太は屈伸しかけていた動きを止め、そのまま滝夜叉丸と共に適当な木陰に腰を下ろした。汗が止め処なく出てくる。
持参していた竹筒の中身はすでに生温い。気にせずに口に含み、そして隣の人間に渡す。滝夜叉丸がそれで喉を潤す間も、夏の太陽は木々の木漏れ日から差し込んでくる。
暑い。
「私どこか変だったか?」
「変お言いますか。私も気のせいだとは思ったのですが、時折どこか先輩が宙を見てるような気がしまして。近くに危険があるのかとも思いましたが違うようですし。すみません・・・勘です」
だから違ったならいいんです。
そう言って竹筒を小平太に返す。その言葉を聞いた小平太は何を思ったか徐に自身の右手で滝夜叉丸の頭をぐりぐりと撫で回すとにかっと笑った。頭巾を取っていた滝夜叉丸の頭はそれはもうもみくちゃになった。
「な!私の素敵な髪型に何するんですかっ!」
「何だか心配かけたみたいだな滝夜叉丸。近くに危険はなかったし異常もない。それに私は全くもって元気だぞ。これから塹壕掘ってもいいくらいだ!」
「そ、そうですか。・・・やはり私の気のせいだったというわけですね。いやあ私ともあろうものが深読みをしすぎてしまいました。いやはやこの輝ける知性があり過ぎるというのも困り者・・・」
「いや気のせいじゃないぞ」
「はい?」
少し肩の力を抜いた滝夜叉丸が自慢の髪型を直しにかかった時、小平太はあっけらかんと口を開いた。
気のせいではないという小平太の言葉に「どっちなんですか!」と言ったものの「お前は勘がいいな」とまた髪の毛をもみくちゃにされた。
小平太はここ数日の思いを隠していたつもりなど全くなかったが(事実行動は普段通りだった)、やはり小さな変化に気付いてしまう人間は少なくないようで滝夜叉丸は感覚で分かってしまったようだった。
ただ七松小平太という人間を知っているからこそ、それが恋の悩みなのだということまで気がつく人間は極僅かに留まっていた。
やはり恋愛という面に関して小平太は相当の落第点だった。
「悩み事っていうような程じゃないから心配しなくていい。実際私は元気だ」
「はあ」
事実滝夜叉丸に指摘されるまでついぞほへとのことは小平太の頭から抜けていた。
しかし思い出した瞬間に胸のうちにもやもやとした感情が渦巻く。
(・・・今頃何してるかなあ)
うーんと伸びをしながらいろんなことを考える。このところ考えてばかりで頭が痛くなりそうだ。
私はこんな人間だったか?
「・・・私ちょっと走ってくる」
「え!?ま、まだ走るんですか?」
「何か急に走りたくなってな。ああ、お前らは休憩してていいぞ。滝夜叉丸、私が戻るまで三人をよろしくな」
「っは、はい」
そう言って小平太は木々の間を抜けて一人駆けた。
夏の木漏れ日は至る所に黒々とした影を落とし、山に咲く草花に一層涼やかさを与える。
目に付く全てが何処か眩しく見える。
いつもは気にもとめない薬にもならないような小さな草花にさえ、「女の子ってこういうの好きだよなあ・・・。 ほへとちゃんも好きかな」なんてぼんやり考えてしまう。
しばらく小平太は当てもなく気の向くままに足を運んだ。
「あ」
流れる樹木を横目で見ながら、そろそろ元の場所に戻ろう。そう考えたとき、小平太はひっそりと草葉の陰になるように咲く一本の花の前で足を止めた。
「・・・・・・・・・」
そして無言でその花に手を伸ばした。
***
「先輩」
「ん?」
「先輩は・・・やっぱり体当たりする方が合ってると思います」
滝夜叉丸は帰りの山道を走り始めてからずっと無言だったが、道の中程で目の前の委員長に話しかけた。
『すまんすまん遅くなった』と言いながら戻ってきた体育委員長が、やっぱりいつもよりも元気のないように見えたのだった。(本当に本当に少しだけだったが)
「何がだ?」
「先輩は大したことない悩みだって言ってましたけど、私にとってみたら先輩が悩んでるってこと自体が大したことだと思うんです」
「そうか?」
「そうですよ」
「え?やっぱり七松先輩悩んでたんですか?」
小平太と滝夜叉丸の会話に、珍しい。とでも言いたげな三之助が追随する。その二人の声に後ろにいた金吾と四郎兵衛も顔をあげて小平太、滝夜叉丸、三之助の背中を順番に見た。
三之助が口を開く。
「ええと、何に悩んでるのか俺には全然分かりませんけど・・・。何かそれって先輩らしくないですね」
滝夜叉丸の言葉に便乗するようにそう言った。頷いて滝夜叉丸もそれに続く。
「私もそう思います。まあ、先輩も人並みに人間ですから悩んだりすることだってあるとは思いますが、それはやはり七松先輩らしくないと言いますか。先輩はいつも突拍子もないですし、体力凄いですし、一人で突っ走っちゃいますし、人の話全然聞いてないですし、砲弾を蹴りいれたりバレーボール叩き割ったりしますし、それから・・・」
「・・・結局何が言いたいんですか?」
「ちょっと黙ってろ三之助!・・・まあ要するに、いつでも体当たりで真っ直ぐに遠慮なしに突き進んでいくのが私が知ってる七松小平太先輩です」
考えるくらいなら動くのが七松先輩じゃないんですか?
その滝夜叉丸の言葉は、すとんと小平太のどこかあるべき場所に綺麗に収まった。
今までどこかに置いてきた何かが、急に手元へ戻ってきたような。そんな感覚。
「・・・く、」
「先輩?」
瞬間、小平太は大声で笑いたくなった。そして実際に笑った。
自身でも何が可笑しいのかよく分からない。ただ自分自身が酷く滑稽に思えて、腹の底から可笑しかった。走りながら盛大に笑うと、またそれが連鎖して止め処なく可笑しくなってくる。
小平太があまりに笑うので滝夜叉丸は小平太が壊れたのではないかと思った。後ろの三人もきょとんとした顔をしている。
「あの、七松先輩?えっと・・・」
「・・・っあー、笑った。何か久しぶりにこんなに笑った気がするぞ」
そうかそうか。私らしくないか。とどこか吹っ切れたような楽しげな笑いがなおも続く。
一人で一頻り納得した後、満足気に、
「自慢じゃないが私は考えることが苦手でな!」
と堂々と言った小平太に、いや考えて下さい。と冷静にツッコミをいれたかったが、らしくないと言った手前滝夜叉丸も三之助も「そ、そうですか」しか返せなかった。
それでもこの先輩に対して微小なりとも自分達が力になれたようだということだけは、何となく分かった。少しだけ誇らしい気持ちになった。
「よーし!お前らのお陰で俄然やる気が出てきた!速度あげるぞ!いけいけドンドーン!!」
「「「「ええええ!!!??(これ以上ですか!?)」」」」
「文句言うんじゃなーい!!駆け足!!」
無事に学園に着く頃には皆一様にぼろぼろになってしまった。(途中で力尽きた金吾と四郎兵衛は小平太の小脇に抱えられている)
ぼろぼろの後輩を抱えながら、いっそ清清しい程悪気のないの笑みを浮かべる委員長。真っ直ぐに突き進んでいくのが先輩らしい。と言った滝夜叉丸は喉まで出かかった抗議の言葉を言えるべくもなく、ただ脳内でグルグル回っていた。
「何も言わなきゃ良かっただろうか・・・」
「・・・まあ、七松先輩ですから」
こうなるのは分かり切っていたことだ。四人は脱力しながら学園の門をくぐった。
そう。我らが委員長である男は少々眩しすぎるくらいに(人によっては眩暈がするくらいに)暴君なのだから。
「ん?どうした滝夜叉丸」
裏々々々山の頂上での休憩時。
疲れた様子を微塵も見せず、自身の余りある体力を持て余すかのように夏のさんさんとした日の下で体操をしたり、「いやあ今日も暑いな!」なんて嬉しそうにしている七松小平太に滝夜叉丸が声をかけた。
ここまで登ってきた下級生は皆一様にぐったりと疲れきっており、三者三様に適当な木の下で沈没していた。
滝夜叉丸でさえも体の節々を動かすのが難儀である。
「ここまで走って来た直後でそれだけ元気な先輩に、こういうことを言うのは少々馬鹿げていると思うのですが・・・」
「なんだ?相談事か?」
「いえ私じゃなくて。・・・先輩何か悩み事でもあるんですか?最近元気ないと言いますか、いや元気は余りある程なんですけど」
後輩の言葉に小平太は屈伸しかけていた動きを止め、そのまま滝夜叉丸と共に適当な木陰に腰を下ろした。汗が止め処なく出てくる。
持参していた竹筒の中身はすでに生温い。気にせずに口に含み、そして隣の人間に渡す。滝夜叉丸がそれで喉を潤す間も、夏の太陽は木々の木漏れ日から差し込んでくる。
暑い。
「私どこか変だったか?」
「変お言いますか。私も気のせいだとは思ったのですが、時折どこか先輩が宙を見てるような気がしまして。近くに危険があるのかとも思いましたが違うようですし。すみません・・・勘です」
だから違ったならいいんです。
そう言って竹筒を小平太に返す。その言葉を聞いた小平太は何を思ったか徐に自身の右手で滝夜叉丸の頭をぐりぐりと撫で回すとにかっと笑った。頭巾を取っていた滝夜叉丸の頭はそれはもうもみくちゃになった。
「な!私の素敵な髪型に何するんですかっ!」
「何だか心配かけたみたいだな滝夜叉丸。近くに危険はなかったし異常もない。それに私は全くもって元気だぞ。これから塹壕掘ってもいいくらいだ!」
「そ、そうですか。・・・やはり私の気のせいだったというわけですね。いやあ私ともあろうものが深読みをしすぎてしまいました。いやはやこの輝ける知性があり過ぎるというのも困り者・・・」
「いや気のせいじゃないぞ」
「はい?」
少し肩の力を抜いた滝夜叉丸が自慢の髪型を直しにかかった時、小平太はあっけらかんと口を開いた。
気のせいではないという小平太の言葉に「どっちなんですか!」と言ったものの「お前は勘がいいな」とまた髪の毛をもみくちゃにされた。
小平太はここ数日の思いを隠していたつもりなど全くなかったが(事実行動は普段通りだった)、やはり小さな変化に気付いてしまう人間は少なくないようで滝夜叉丸は感覚で分かってしまったようだった。
ただ七松小平太という人間を知っているからこそ、それが恋の悩みなのだということまで気がつく人間は極僅かに留まっていた。
やはり恋愛という面に関して小平太は相当の落第点だった。
「悩み事っていうような程じゃないから心配しなくていい。実際私は元気だ」
「はあ」
事実滝夜叉丸に指摘されるまでついぞほへとのことは小平太の頭から抜けていた。
しかし思い出した瞬間に胸のうちにもやもやとした感情が渦巻く。
(・・・今頃何してるかなあ)
うーんと伸びをしながらいろんなことを考える。このところ考えてばかりで頭が痛くなりそうだ。
私はこんな人間だったか?
「・・・私ちょっと走ってくる」
「え!?ま、まだ走るんですか?」
「何か急に走りたくなってな。ああ、お前らは休憩してていいぞ。滝夜叉丸、私が戻るまで三人をよろしくな」
「っは、はい」
そう言って小平太は木々の間を抜けて一人駆けた。
夏の木漏れ日は至る所に黒々とした影を落とし、山に咲く草花に一層涼やかさを与える。
目に付く全てが何処か眩しく見える。
いつもは気にもとめない薬にもならないような小さな草花にさえ、「女の子ってこういうの好きだよなあ・・・。 ほへとちゃんも好きかな」なんてぼんやり考えてしまう。
しばらく小平太は当てもなく気の向くままに足を運んだ。
「あ」
流れる樹木を横目で見ながら、そろそろ元の場所に戻ろう。そう考えたとき、小平太はひっそりと草葉の陰になるように咲く一本の花の前で足を止めた。
「・・・・・・・・・」
そして無言でその花に手を伸ばした。
***
「先輩」
「ん?」
「先輩は・・・やっぱり体当たりする方が合ってると思います」
滝夜叉丸は帰りの山道を走り始めてからずっと無言だったが、道の中程で目の前の委員長に話しかけた。
『すまんすまん遅くなった』と言いながら戻ってきた体育委員長が、やっぱりいつもよりも元気のないように見えたのだった。(本当に本当に少しだけだったが)
「何がだ?」
「先輩は大したことない悩みだって言ってましたけど、私にとってみたら先輩が悩んでるってこと自体が大したことだと思うんです」
「そうか?」
「そうですよ」
「え?やっぱり七松先輩悩んでたんですか?」
小平太と滝夜叉丸の会話に、珍しい。とでも言いたげな三之助が追随する。その二人の声に後ろにいた金吾と四郎兵衛も顔をあげて小平太、滝夜叉丸、三之助の背中を順番に見た。
三之助が口を開く。
「ええと、何に悩んでるのか俺には全然分かりませんけど・・・。何かそれって先輩らしくないですね」
滝夜叉丸の言葉に便乗するようにそう言った。頷いて滝夜叉丸もそれに続く。
「私もそう思います。まあ、先輩も人並みに人間ですから悩んだりすることだってあるとは思いますが、それはやはり七松先輩らしくないと言いますか。先輩はいつも突拍子もないですし、体力凄いですし、一人で突っ走っちゃいますし、人の話全然聞いてないですし、砲弾を蹴りいれたりバレーボール叩き割ったりしますし、それから・・・」
「・・・結局何が言いたいんですか?」
「ちょっと黙ってろ三之助!・・・まあ要するに、いつでも体当たりで真っ直ぐに遠慮なしに突き進んでいくのが私が知ってる七松小平太先輩です」
考えるくらいなら動くのが七松先輩じゃないんですか?
その滝夜叉丸の言葉は、すとんと小平太のどこかあるべき場所に綺麗に収まった。
今までどこかに置いてきた何かが、急に手元へ戻ってきたような。そんな感覚。
「・・・く、」
「先輩?」
瞬間、小平太は大声で笑いたくなった。そして実際に笑った。
自身でも何が可笑しいのかよく分からない。ただ自分自身が酷く滑稽に思えて、腹の底から可笑しかった。走りながら盛大に笑うと、またそれが連鎖して止め処なく可笑しくなってくる。
小平太があまりに笑うので滝夜叉丸は小平太が壊れたのではないかと思った。後ろの三人もきょとんとした顔をしている。
「あの、七松先輩?えっと・・・」
「・・・っあー、笑った。何か久しぶりにこんなに笑った気がするぞ」
そうかそうか。私らしくないか。とどこか吹っ切れたような楽しげな笑いがなおも続く。
一人で一頻り納得した後、満足気に、
「自慢じゃないが私は考えることが苦手でな!」
と堂々と言った小平太に、いや考えて下さい。と冷静にツッコミをいれたかったが、らしくないと言った手前滝夜叉丸も三之助も「そ、そうですか」しか返せなかった。
それでもこの先輩に対して微小なりとも自分達が力になれたようだということだけは、何となく分かった。少しだけ誇らしい気持ちになった。
「よーし!お前らのお陰で俄然やる気が出てきた!速度あげるぞ!いけいけドンドーン!!」
「「「「ええええ!!!??(これ以上ですか!?)」」」」
「文句言うんじゃなーい!!駆け足!!」
無事に学園に着く頃には皆一様にぼろぼろになってしまった。(途中で力尽きた金吾と四郎兵衛は小平太の小脇に抱えられている)
ぼろぼろの後輩を抱えながら、いっそ清清しい程悪気のないの笑みを浮かべる委員長。真っ直ぐに突き進んでいくのが先輩らしい。と言った滝夜叉丸は喉まで出かかった抗議の言葉を言えるべくもなく、ただ脳内でグルグル回っていた。
「何も言わなきゃ良かっただろうか・・・」
「・・・まあ、七松先輩ですから」
こうなるのは分かり切っていたことだ。四人は脱力しながら学園の門をくぐった。
そう。我らが委員長である男は少々眩しすぎるくらいに(人によっては眩暈がするくらいに)暴君なのだから。