第二章<日常編>
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『その話、引き受けてもいいですよ』
まさかいい返事が貰えるとは。いや、ある程度そうなることは予想していたけれど。(なんていったってあの人は大抵の我侭は笑って了承してくれるから)
先程の会話を頭の中で反芻しながら、きり丸は図書室への足取りを辿った。
(利吉さんよりも絶対土井先生の方がお得物件だと思うんだよね)
土井半助へのバイトと家事の負担を軽くしてあげたいのは、きり丸の心からの本心ではあったものの、きり丸にはそれとは別の狙いがあった。
なんとなしに廊下の外を見ると中睦まじそうに歩く名も知らぬ上級生の先輩とくノたまの姿。
(土井先生とほへとさんがああいう風になるといいのに)
きり丸は横目でそれを見ながら思った。
先生、俺は先生の味方ですから・・・!協力しますからね!
きり丸は当人達を他所に一人決意を固めた。
今回の提案は土井先生のためというよりは、ひいてはほへとのため、そして自分自身のためだった。
家に帰ればあの笑顔で『おかえり』と迎えてくれる夏休み。そんな毎日を考えるだけで自然と頬が緩む。夏休みはそれこそとても楽しい毎日になるだろう。
そして何て言ったってきり丸にとって一番の嬉しいところは毎日美味い飯が食える上に、家事の負担が減ったことでバイトがもっと増やせるということだった。人手が増えたことで内職の人数も増えるというもの。
無意識のうちにきり丸の口がにやけた。
(おっと!いけない、いけない・・・。ほへとさんは家事手伝い。ほへとさんは家事手伝い・・・。でもほへとさんが加わったら内職がもっと短い時間で出来るわけだから量を増やせるんだよな・・・。それでそれを計算すると時給にして・・・ああ、もう!顔がにやけるー!!)
きり丸は二人のことを思いながらも、実際打算的すぎる考えを持っていたのだった。
24
「~ってことで、夏休みの間はほへとさんは僕と一緒に土井先生の家でお世話になることになったんです」
「へえ、そうなんだ。じゃあきり丸は夏休みの間も毎日ほへとさんのご飯食べれるんだね。いいなあ」
「まあ、貧乏長屋なんで材料は限られてますけどね〜」
本棚の整理をしながらきり丸は同じ図書委員の先輩である雷蔵に先程のことを話して聞かせた。きり丸が本心より嬉しく思ってるのだということは、いつもより少しばかり饒舌になっている様を見ればありありと分かった。(もちろん図書室だから声は小声だ)
元々静かな場所だという事に加え、今は図書委員しかいない閑散とした室内。小声で話していたとしても、それは空気を震わせて図書委員全員、はては図書委員会委員長の中在家長次の耳にもばっちり届いていた。
長次は、蔵書点検をするための用紙を捲りながら二人の後輩の方にそれとなく耳を傾ける。「絶対土井先生とほへとさんはお似合いだと思う」だとか「ほへとさんを逃したら先生は一生奥さんなんかできない」というような、そんなきり丸の声がぼそぼそと聞こえた。(雷蔵は苦笑いしながらきり丸の言葉を聞いているようだった)
(土井先生の家に・・・ほへとさんが・・・)
『いろはにほへと』という名前を聞けば、それにくっ付いて回るようにある男の名前が脳内に浮かび上がる。
そう。同室の七松小平太。
長次は他人の色恋には興味はないものの小平太のことだけは気がかりだった。
山田利吉に関しても土井半助に関してもただの噂に過ぎない。当人達にとってみればもしかしたらはた迷惑なだけかもしれない内容の話。
ただ、山田利吉にしろ土井半助にしろ、ほへとに酷く似合いに思えた。長次は脳内にほへとを思い浮かべ、その隣に小平太を並べてみる。
『そーら!いけいけドンドン!!』
『体育委員会の予算がバッサリ削られてるのはどういうことだあああ!!』
『ようし!いいかお前ら!今日の委員会は塹壕を掘って掘って掘りまくるぞ!』
『オラオラ走れーっ!!』
『くらえっ!いけどんスパーイクッ!!』
・・・・・・・・・・・・。
何となく沈黙してしまうほどに吊り合いの取れない構図が浮かび上がった。そして最後に小平太の強烈なスパイクが脳裏を掠めていった後思考は強制終了した。
夏休みまであと三週間ほど。
六年生にとってみれば今年が最後の夏休み。実家に帰る者もいれば、学園に残って鍛錬に励む者もいるだろう。
(きり丸の話を小平太に言った方がいいだろうか・・・)
本当は色恋になど現を抜かしている余裕などないのだ。就職も控えている上に卒業試験だってある。
それでも小平太のことを考えると聞いた話を黙っているのは後々面倒になりそうな予感がしていた。
これがきっかけで、もし土井先生と彼女が交際でもしようものなら小平太はどうするのだろうか。
長年の付き合いをもってしても小平太の行動は時折予測不可能だった。
だからといってそこまでお節介にする必要性もないような気がする。小平太の本来の性格を考えれば下手に手を出した分だけやっかいになることは予想がつく。今は様子を見た方が懸命だろう。
簡単に言ってしまえば長次は巻き込まれるのが面倒だった。
(・・・そろそろお喋りがすぎるな)
長次は懐から自身の得意武器である縄標を取り出すと二人に向かって遠慮なく投げた。縄標は真っ直ぐにきり丸の側面の壁を突き、綺麗に弧を描いて長次の手元へと戻っていく。
きり丸はそれにびくっと跳ねたかと思うと青い顔をして必死で本を棚に詰め込んでいった。
***
「滝夜叉丸先輩?どうかしました?」
自分の前を走る一つ年上の先輩に次屋三之助は声をかけた。目の前の人間は前を向いたまま言葉を返す。
「三之助、お前最近七松先輩の様子がおかしいとは思わないか?」
「七松先輩ですか?・・・別にいつもと変わらないように見えますけど」
「ふむ・・・」
四年い組体育委員会の平滝夜叉丸は自身の後ろに縄で繋がれながら走る三之助の言葉を聞くと、改めて少し先にいる人間を見据える。そこには実にパワフルに走っている体育委員長の七松小平太の姿。
確かにいつもと変わらない。だがしかしいつもとどこか違う気がしなくもない。
「・・・気のせいか?」
「気のせいじゃないですか?あの人に限って不調って言葉は似合わないですよ」
「よーし!頂上についたら暫し休憩!!その後は学園までまた走って戻るぞー!!もちろん登ったり下りたり登ったり下りたりしながら!!」
「・・・・・・」
「ほら」
聞き慣れつつある小平太の発言に、後輩から元気の欠片も見つからない言葉で「ほら」と言われればもう考えるのも億劫になる。すでに下級生二人組は反対意見すら湧きようもなく、ひたすら目の前の三人を追っていた。
後ろにちゃんと後輩がいることを確認すると、滝夜叉丸は突っ走る委員長の背を追いかけて頂上までの道のりを走った。
まさかいい返事が貰えるとは。いや、ある程度そうなることは予想していたけれど。(なんていったってあの人は大抵の我侭は笑って了承してくれるから)
先程の会話を頭の中で反芻しながら、きり丸は図書室への足取りを辿った。
(利吉さんよりも絶対土井先生の方がお得物件だと思うんだよね)
土井半助へのバイトと家事の負担を軽くしてあげたいのは、きり丸の心からの本心ではあったものの、きり丸にはそれとは別の狙いがあった。
なんとなしに廊下の外を見ると中睦まじそうに歩く名も知らぬ上級生の先輩とくノたまの姿。
(土井先生とほへとさんがああいう風になるといいのに)
きり丸は横目でそれを見ながら思った。
先生、俺は先生の味方ですから・・・!協力しますからね!
きり丸は当人達を他所に一人決意を固めた。
今回の提案は土井先生のためというよりは、ひいてはほへとのため、そして自分自身のためだった。
家に帰ればあの笑顔で『おかえり』と迎えてくれる夏休み。そんな毎日を考えるだけで自然と頬が緩む。夏休みはそれこそとても楽しい毎日になるだろう。
そして何て言ったってきり丸にとって一番の嬉しいところは毎日美味い飯が食える上に、家事の負担が減ったことでバイトがもっと増やせるということだった。人手が増えたことで内職の人数も増えるというもの。
無意識のうちにきり丸の口がにやけた。
(おっと!いけない、いけない・・・。ほへとさんは家事手伝い。ほへとさんは家事手伝い・・・。でもほへとさんが加わったら内職がもっと短い時間で出来るわけだから量を増やせるんだよな・・・。それでそれを計算すると時給にして・・・ああ、もう!顔がにやけるー!!)
きり丸は二人のことを思いながらも、実際打算的すぎる考えを持っていたのだった。
24
「~ってことで、夏休みの間はほへとさんは僕と一緒に土井先生の家でお世話になることになったんです」
「へえ、そうなんだ。じゃあきり丸は夏休みの間も毎日ほへとさんのご飯食べれるんだね。いいなあ」
「まあ、貧乏長屋なんで材料は限られてますけどね〜」
本棚の整理をしながらきり丸は同じ図書委員の先輩である雷蔵に先程のことを話して聞かせた。きり丸が本心より嬉しく思ってるのだということは、いつもより少しばかり饒舌になっている様を見ればありありと分かった。(もちろん図書室だから声は小声だ)
元々静かな場所だという事に加え、今は図書委員しかいない閑散とした室内。小声で話していたとしても、それは空気を震わせて図書委員全員、はては図書委員会委員長の中在家長次の耳にもばっちり届いていた。
長次は、蔵書点検をするための用紙を捲りながら二人の後輩の方にそれとなく耳を傾ける。「絶対土井先生とほへとさんはお似合いだと思う」だとか「ほへとさんを逃したら先生は一生奥さんなんかできない」というような、そんなきり丸の声がぼそぼそと聞こえた。(雷蔵は苦笑いしながらきり丸の言葉を聞いているようだった)
(土井先生の家に・・・ほへとさんが・・・)
『いろはにほへと』という名前を聞けば、それにくっ付いて回るようにある男の名前が脳内に浮かび上がる。
そう。同室の七松小平太。
長次は他人の色恋には興味はないものの小平太のことだけは気がかりだった。
山田利吉に関しても土井半助に関してもただの噂に過ぎない。当人達にとってみればもしかしたらはた迷惑なだけかもしれない内容の話。
ただ、山田利吉にしろ土井半助にしろ、ほへとに酷く似合いに思えた。長次は脳内にほへとを思い浮かべ、その隣に小平太を並べてみる。
『そーら!いけいけドンドン!!』
『体育委員会の予算がバッサリ削られてるのはどういうことだあああ!!』
『ようし!いいかお前ら!今日の委員会は塹壕を掘って掘って掘りまくるぞ!』
『オラオラ走れーっ!!』
『くらえっ!いけどんスパーイクッ!!』
・・・・・・・・・・・・。
何となく沈黙してしまうほどに吊り合いの取れない構図が浮かび上がった。そして最後に小平太の強烈なスパイクが脳裏を掠めていった後思考は強制終了した。
夏休みまであと三週間ほど。
六年生にとってみれば今年が最後の夏休み。実家に帰る者もいれば、学園に残って鍛錬に励む者もいるだろう。
(きり丸の話を小平太に言った方がいいだろうか・・・)
本当は色恋になど現を抜かしている余裕などないのだ。就職も控えている上に卒業試験だってある。
それでも小平太のことを考えると聞いた話を黙っているのは後々面倒になりそうな予感がしていた。
これがきっかけで、もし土井先生と彼女が交際でもしようものなら小平太はどうするのだろうか。
長年の付き合いをもってしても小平太の行動は時折予測不可能だった。
だからといってそこまでお節介にする必要性もないような気がする。小平太の本来の性格を考えれば下手に手を出した分だけやっかいになることは予想がつく。今は様子を見た方が懸命だろう。
簡単に言ってしまえば長次は巻き込まれるのが面倒だった。
(・・・そろそろお喋りがすぎるな)
長次は懐から自身の得意武器である縄標を取り出すと二人に向かって遠慮なく投げた。縄標は真っ直ぐにきり丸の側面の壁を突き、綺麗に弧を描いて長次の手元へと戻っていく。
きり丸はそれにびくっと跳ねたかと思うと青い顔をして必死で本を棚に詰め込んでいった。
***
「滝夜叉丸先輩?どうかしました?」
自分の前を走る一つ年上の先輩に次屋三之助は声をかけた。目の前の人間は前を向いたまま言葉を返す。
「三之助、お前最近七松先輩の様子がおかしいとは思わないか?」
「七松先輩ですか?・・・別にいつもと変わらないように見えますけど」
「ふむ・・・」
四年い組体育委員会の平滝夜叉丸は自身の後ろに縄で繋がれながら走る三之助の言葉を聞くと、改めて少し先にいる人間を見据える。そこには実にパワフルに走っている体育委員長の七松小平太の姿。
確かにいつもと変わらない。だがしかしいつもとどこか違う気がしなくもない。
「・・・気のせいか?」
「気のせいじゃないですか?あの人に限って不調って言葉は似合わないですよ」
「よーし!頂上についたら暫し休憩!!その後は学園までまた走って戻るぞー!!もちろん登ったり下りたり登ったり下りたりしながら!!」
「・・・・・・」
「ほら」
聞き慣れつつある小平太の発言に、後輩から元気の欠片も見つからない言葉で「ほら」と言われればもう考えるのも億劫になる。すでに下級生二人組は反対意見すら湧きようもなく、ひたすら目の前の三人を追っていた。
後ろにちゃんと後輩がいることを確認すると、滝夜叉丸は突っ走る委員長の背を追いかけて頂上までの道のりを走った。