第二章<日常編>
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「いいですよ」
「・・・え?」
「その話、引き受けてもいいですよ」
食堂で行われた二人だけの会話。
きり丸の密かな一つの願いが成就した瞬間であった。
23
「ほへとさーん!いますー?」
「あらきり丸くん、いらっしゃい。どうしたの?」
「これ、ほへとさんに渡そうと思って」
吉野先生に書類を渡した後。食堂でおばちゃんの代わりに夕食の仕込みをしていたほへとのところへ、きり丸がひょっこりやってきた。
きり丸の手を見れば、小さな包みが一つ。
「甘いもの好きでしょ?」
「あら。私に?」
食堂の椅子に隣り合わせにきり丸と座る。礼を言って受け取った包みの中を見やれば、美味しそうな饅頭が3つ顔を出した。誰かから貰ったんですか?というほへとの問いに、実習の帰りに買ってきたんです。というきり丸の返答。ほへとは思わずきり丸の額を触った。
「きり丸くん、熱でもあるの?医務室行った方がいいわよ?」
「失礼っすよほへとさん!」
眉間に皺を寄せるきり丸に、ごめんごめん冗談よ。とほへとは笑った。
まさかきり丸が饅頭を買ってくるとは思わなかった。あの、どケチのきり丸が。
しかし話を聞いてみれば饅頭を買うために出した代金は、あの時のほへとの金から出ているという。
その言葉にほへとは納得した。正直もう学費か何かに使ったのだと思っていた。
「別にそのままきり丸くんのお金にしちゃって良かったのに」
「ほへとさんあの時『持ってて』って言ったでしょ?それに俺も饅頭食べたかったし」
お裾分けです。そう言って饅頭にぱくつくきり丸。
私も一息入れようかな。とほへとは二人分の湯のみを出し、熱い茶を入れた。それと合わせて饅頭を口に含む。渋い緑茶と上品な甘さの饅頭は実によく合った。
「・・・おいしいですねえ」
「でしょ?その饅頭、しんべヱのオススメの甘味処のなんですよ」
食いしん坊のしんべヱが薦めるだけあって、その饅頭はなかなかに高級そうな代物。
ほへとはきり丸が茶を飲み干したことを確認すると話を切り出す。
「・・・それで?」
「はい?」
「きり丸くん、何か私に頼みごとがあるのでは?…違いますか?」
「ぅえ!?」
仮にも忍者のたまごであるのに態度に出すぎである。明らかに上ずったきり丸の声に、ほへとは噴出してしまった。
「な、なんで俺がほへとさんに頼みごとするって分かったんですか?」
「あら。だってまさかきり丸くんが何もなしにこんなに高そうな手土産持ってくるなんて思わないもの」
信用されてないような。ある意味信用されているような。
ほへとの悪意の全く篭っていない笑顔で微笑まれて、きり丸は心の中で冷や汗を垂らしながら「はは・・・かなわないっす」と力なく笑った。
「でもこの饅頭をほへとさんに食べさせたいと思ったのは本当っすからね。・・・まあその話はいいや」
こほん。ときり丸が一つわざとらしく咳払いすると、改めて向き直った。
「単刀直入に言うと、実はほへとさんに夏休みの間土井先生のうちに来て欲しいんです」
「え?土井先生のお宅に?」
きり丸が長期休暇中に土井半助の自宅に居候していることをほへとは知っていた。そして半助を巻き込んでバイト三昧の日々を送っているということも。
それを知っていたとしても話が唐突すぎる。ほへとは二、三度瞬きしてきり丸の次の言葉を待った。
「ほへとさんは夏休みはどこで過ごすか決まってますか?」
「ううん。特に身を寄せる場所も無いですし、夏休みの間中は忍術学園で雑事をするか、短期で別の仕事でも…と思ってたところです」
そのほへとの言葉にきり丸は想定の範囲内だと言わんばかりに軽く目を輝かせた。そしてほへとの目の前で勢いよく両の手を合わせた。
「お願いしますほへとさん!土井先生のうちに来て下さい!先生、夏休みの間も気が休まる暇が無いみたいで・・・。そりゃ俺もバイトがないときは、炊事とか洗濯とかしますよ?でもバイトある時はどうしても先生に迷惑かけちゃうし。俺も悪いとは思ってるんですけど、でもしょうがないじゃないですか・・・」
「きり丸くん・・・」
「だから、せめて家事くらいは楽させてあげたいんです。先生の負担を少しでも軽くしてあげたくて・・・」
「…前にバイトがないときに竹の子掘って売ろうとしてたって聞きましたが」
「ちょ!?何でそのこと知ってるんですかっ!それはそれ!今回は別です!」
「こういうのって哀車の術っていうんでしたっけ?人の同情を引いて思い通りにするっていう・・・」
「ほへとさ~ん・・・」
半分泣きそうな声のきり丸に、ごめん。ついからかい過ぎました。とほへとは声を出して笑った。きり丸の年相応に不貞腐れたような顔がとても可愛いと思った。頭に手を乗せると「もう子供じゃないっすよ」とまた頬を膨らませる様子が一層おかしかった。
「事情はよく分かりました。・・・成る程。それで私に夏休みの間中、土井先生のお宅で家事をして欲しいというわけですか」
「まあ、そういうことです。やっぱり、駄目っすか・・・?」
どうしようかな。と呻るほへとを捨てられた子犬のような目で見るきり丸。
その姿に、呆れたような諦めたような溜め息を吐くと、ほへとは笑みを柔らかくした。
「そんな顔しないで。断ったら私が悪者みたいじゃないですか」
「・・・え?」
「その話、引き受けてもいいですよ。・・・全くもう、しょうがないんだから」
「え!?い、いいんですか・・・!?本当に!?」
「だって、大変なんでしょう?それに、きり丸くんが土井先生を思ってること、よーく分かりましたから」
そのほへとの言葉に、きり丸は「やったあ!!」と大きくガッツポーズをした。
きり丸の様子にほへとも思わずほっこりと心が嬉しくなる。何となく上手く丸め込まれたような気がしなくもないものの、こうやって誰かに必要として貰うことのありがたさ。
ほへとはこの学園に来て以来それを噛み締めずにはいられなかった。
(夏休みは土井先生ときり丸くんと一緒か・・・。何だか子持ちの夫婦みたいね・・・)
一瞬仲良く三人で手を繋いで歩く図がほへとの頭を過ぎったが、すぐに笑って訂正する。
有り得ないわね。土井先生が私なんかを相手にするわけないし。ああ可笑しい。言って兄妹弟よね。
ほへとの一人笑いにきり丸がきょとんと目を瞬かせる。
何でもないですよ。とほへとは笑いながら返す。兄である正成の顔が在りし日の情景と共に脳裏にぼんやりと浮かんでは消えていった。
「・・・え?」
「その話、引き受けてもいいですよ」
食堂で行われた二人だけの会話。
きり丸の密かな一つの願いが成就した瞬間であった。
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「ほへとさーん!いますー?」
「あらきり丸くん、いらっしゃい。どうしたの?」
「これ、ほへとさんに渡そうと思って」
吉野先生に書類を渡した後。食堂でおばちゃんの代わりに夕食の仕込みをしていたほへとのところへ、きり丸がひょっこりやってきた。
きり丸の手を見れば、小さな包みが一つ。
「甘いもの好きでしょ?」
「あら。私に?」
食堂の椅子に隣り合わせにきり丸と座る。礼を言って受け取った包みの中を見やれば、美味しそうな饅頭が3つ顔を出した。誰かから貰ったんですか?というほへとの問いに、実習の帰りに買ってきたんです。というきり丸の返答。ほへとは思わずきり丸の額を触った。
「きり丸くん、熱でもあるの?医務室行った方がいいわよ?」
「失礼っすよほへとさん!」
眉間に皺を寄せるきり丸に、ごめんごめん冗談よ。とほへとは笑った。
まさかきり丸が饅頭を買ってくるとは思わなかった。あの、どケチのきり丸が。
しかし話を聞いてみれば饅頭を買うために出した代金は、あの時のほへとの金から出ているという。
その言葉にほへとは納得した。正直もう学費か何かに使ったのだと思っていた。
「別にそのままきり丸くんのお金にしちゃって良かったのに」
「ほへとさんあの時『持ってて』って言ったでしょ?それに俺も饅頭食べたかったし」
お裾分けです。そう言って饅頭にぱくつくきり丸。
私も一息入れようかな。とほへとは二人分の湯のみを出し、熱い茶を入れた。それと合わせて饅頭を口に含む。渋い緑茶と上品な甘さの饅頭は実によく合った。
「・・・おいしいですねえ」
「でしょ?その饅頭、しんべヱのオススメの甘味処のなんですよ」
食いしん坊のしんべヱが薦めるだけあって、その饅頭はなかなかに高級そうな代物。
ほへとはきり丸が茶を飲み干したことを確認すると話を切り出す。
「・・・それで?」
「はい?」
「きり丸くん、何か私に頼みごとがあるのでは?…違いますか?」
「ぅえ!?」
仮にも忍者のたまごであるのに態度に出すぎである。明らかに上ずったきり丸の声に、ほへとは噴出してしまった。
「な、なんで俺がほへとさんに頼みごとするって分かったんですか?」
「あら。だってまさかきり丸くんが何もなしにこんなに高そうな手土産持ってくるなんて思わないもの」
信用されてないような。ある意味信用されているような。
ほへとの悪意の全く篭っていない笑顔で微笑まれて、きり丸は心の中で冷や汗を垂らしながら「はは・・・かなわないっす」と力なく笑った。
「でもこの饅頭をほへとさんに食べさせたいと思ったのは本当っすからね。・・・まあその話はいいや」
こほん。ときり丸が一つわざとらしく咳払いすると、改めて向き直った。
「単刀直入に言うと、実はほへとさんに夏休みの間土井先生のうちに来て欲しいんです」
「え?土井先生のお宅に?」
きり丸が長期休暇中に土井半助の自宅に居候していることをほへとは知っていた。そして半助を巻き込んでバイト三昧の日々を送っているということも。
それを知っていたとしても話が唐突すぎる。ほへとは二、三度瞬きしてきり丸の次の言葉を待った。
「ほへとさんは夏休みはどこで過ごすか決まってますか?」
「ううん。特に身を寄せる場所も無いですし、夏休みの間中は忍術学園で雑事をするか、短期で別の仕事でも…と思ってたところです」
そのほへとの言葉にきり丸は想定の範囲内だと言わんばかりに軽く目を輝かせた。そしてほへとの目の前で勢いよく両の手を合わせた。
「お願いしますほへとさん!土井先生のうちに来て下さい!先生、夏休みの間も気が休まる暇が無いみたいで・・・。そりゃ俺もバイトがないときは、炊事とか洗濯とかしますよ?でもバイトある時はどうしても先生に迷惑かけちゃうし。俺も悪いとは思ってるんですけど、でもしょうがないじゃないですか・・・」
「きり丸くん・・・」
「だから、せめて家事くらいは楽させてあげたいんです。先生の負担を少しでも軽くしてあげたくて・・・」
「…前にバイトがないときに竹の子掘って売ろうとしてたって聞きましたが」
「ちょ!?何でそのこと知ってるんですかっ!それはそれ!今回は別です!」
「こういうのって哀車の術っていうんでしたっけ?人の同情を引いて思い通りにするっていう・・・」
「ほへとさ~ん・・・」
半分泣きそうな声のきり丸に、ごめん。ついからかい過ぎました。とほへとは声を出して笑った。きり丸の年相応に不貞腐れたような顔がとても可愛いと思った。頭に手を乗せると「もう子供じゃないっすよ」とまた頬を膨らませる様子が一層おかしかった。
「事情はよく分かりました。・・・成る程。それで私に夏休みの間中、土井先生のお宅で家事をして欲しいというわけですか」
「まあ、そういうことです。やっぱり、駄目っすか・・・?」
どうしようかな。と呻るほへとを捨てられた子犬のような目で見るきり丸。
その姿に、呆れたような諦めたような溜め息を吐くと、ほへとは笑みを柔らかくした。
「そんな顔しないで。断ったら私が悪者みたいじゃないですか」
「・・・え?」
「その話、引き受けてもいいですよ。・・・全くもう、しょうがないんだから」
「え!?い、いいんですか・・・!?本当に!?」
「だって、大変なんでしょう?それに、きり丸くんが土井先生を思ってること、よーく分かりましたから」
そのほへとの言葉に、きり丸は「やったあ!!」と大きくガッツポーズをした。
きり丸の様子にほへとも思わずほっこりと心が嬉しくなる。何となく上手く丸め込まれたような気がしなくもないものの、こうやって誰かに必要として貰うことのありがたさ。
ほへとはこの学園に来て以来それを噛み締めずにはいられなかった。
(夏休みは土井先生ときり丸くんと一緒か・・・。何だか子持ちの夫婦みたいね・・・)
一瞬仲良く三人で手を繋いで歩く図がほへとの頭を過ぎったが、すぐに笑って訂正する。
有り得ないわね。土井先生が私なんかを相手にするわけないし。ああ可笑しい。言って兄妹弟よね。
ほへとの一人笑いにきり丸がきょとんと目を瞬かせる。
何でもないですよ。とほへとは笑いながら返す。兄である正成の顔が在りし日の情景と共に脳裏にぼんやりと浮かんでは消えていった。