第二章<日常編>
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「またか七松!お前最近ちょっと弛んでるぞ!」
「いった!・・・・・・す、すいません」
ああ。やっぱり。
教科書で先生に頭を叩かれている小平太を横目で見ながら長次はそう思った。
教室の外をふと見やれば、学園の正門付近で掃き掃除をしているほへとが遠目に確認できた。
「七松。お前あんまりぼーっとしてると補習で居残りさせるからな」
「うぇ!?そ、それだけは勘弁してください先生」
「だったらもっと集中して授業に取り組まんか莫迦者が!」
長次の懸念は当たった。
級友である七松小平太はここ数日授業にもあまり身が入らず、言うなれば「上の空」の状態だった。
三組合同の演習時でも、同じ班になった伊作から随分心配されていた。
小平太の持ち前である底なしの明るさや前向きさなどは以前と全く変わっていないため表面上はそう変化はないように見える。だが付き合いの長い人間や、勘の鋭い人間はそろそろ気付き始めるだろう。否、気付いているに違いないのだ。
七松小平太の視線の先には一体誰がいるかということに。
22
『またか七松!お前最近ちょっと弛んでるぞ!』
ここ数日の間に、何度教師に注意されただろうか。
あまり叩かれすぎると頭が凹む気がする。
放課後、小平太は一人もんもんと校庭へ続く道を歩いていた。
(このままじゃいけないな・・・。何とかしないと)
何度注意されても、頭の片隅で彼女のことをチラとでも考えてしまうと、もう駄目なのだ。
集中しているときはいい。しかし何かの拍子に思い出したが最後、延々と頭の中を回り始める。
止めようと思っても止まらない。自分の意思でどうこうできないほどに。だが別に嫌ではない。そうじゃないから困るのだ。
自分でもわかってる。これは・・・多分、相当危ない。
気付けばつい彼女を目で追ってしまう自分がいた。それはもう致し方ないことだと思って諦める(「諦めろ」とそう仙蔵が言った)。しかし、分からないのだ。自分がどうしたいのかが。
この数日で、小平太は如何に自分がほへとに懸想しているかをありありと痛感していた。
しかし同時にそれは小平太を深く混乱させていた。性に合ってないのは自分でもよく分かっている。この頃の自分は自分であって自分じゃないみたいだ。手足、思考が自分の言うことを聞かないような感覚。(そう、盆を落として皿を割るくらいには)
「あら小平太くん。これから委員会ですか?」
どき。
校庭に行く途中にある渡り廊下。
そこで小平太はほへとに声をかけられた。一寸胸が高鳴る。
「うん。今日は裏裏裏山まで鍛錬に行くつもりなんだ」
「・・・無理させないでくださいね。特に下級生は」
「分かってる。ちゃんと見てるから心配ない。ほへとちゃんは事務の仕事か?」
「そうなんです。この書類を吉野先生のところへ持っていかなくてはいけなくて・・・」
見れば大層な書類の量。一抱えもある紙の束はずっしりとほへとの腕の中に納まっていた。
「持とうか?」
「これくらい全然平気ですよ。村では柴刈りだって行ってたんですから」
引き止めてごめんね。
とはにかむほへと。その言葉にカラッとした笑顔で小平太は返すと、二人はそこで別れ各々の目的地へと進んで行った。
小平太とほへとの会話の中で、ぎこちなさなどはここ数日の間でも一切見られない。
小平太の本来の性分からか、面と向かって会話しても照れるなどということは無く自然体そのもの。
七松小平太という人間はその点に関しては非常に器用な人間だった。
ただその美点は、こと「恋愛」に関しては良い方向へ働かなかったのは言うまでも無い。
恋に悩むのは小平太一人ばかりで、その思い人であるほへとは小平太の思いに露ほども気付いていなかった。
***
『・・・本当に小平太、ほへとさんに懸想してるの?全然そんな感じしないんだけど・・・』
『まあ、確かにそうなんだけどよ。でも伊作もここ数日の小平太の不調見ただろ?』
『うーん・・・・・・』
先ほど小平太とほへとが会話していた場所から一寸離れた茂みの中。
善法寺伊作と食満留三郎。その二人は隠れていた。ほへとが廊下を歩く足音に一層姿勢を低くする。
『何か根拠でもあるの?』
『ある。小平太の視線の先を辿ってみろ。十中八九彼女がいるぞ。絶対に最近の不調は”恋煩い”だ』
『恋煩いね…。言っちゃ悪いけど似合わないな』
小平太とほへとが鉢合わせになるであろう場所。
そこの付近でたまたま小平太の不調について会話していた二人は、咄嗟に茂みに潜り込んで二人の成り行きを見ていた。
(っていうか僕達別に隠れなくても良かったんじゃないかな・・・)
仲睦まじい甘い会話が聞けるんじゃないか。二人の邪魔をしては悪い。
そんな余計な考えでこうして二人の会話を図らずも盗み聞きしてしまった二人だったが、会話は面白いほど普通にすぎる会話だった。伊作は隠れた自分が莫迦みたいに思えた。
ほへとが廊下の角を曲がって行ったのを確認し、留三郎と伊作は茂みから這い出る。留三郎はどこか不満気な顔をしていた。
「しっかし、期待外れだったな」
「留って意外とこういうの好きなんだね・・・」
「確かに。思いのほか拍子抜けだったな。つまらん」
「だよな・・・って、うおっ!?」
「…仙蔵、君もかい」
頭上から突如降って沸いた言葉に、二人が上を見上げると屋根から仙蔵が下りてきた。
装束の埃を払うかのような動きをしながら、小平太の行った方向を見やる。
「もっと積極的に動くかと思ったんだが・・・。存外小平太も甲斐性がないな。いや踏ん切りがつかないのか」
「なんだお前何か知ってんのか」
「いや、もっと他につっこむとこいっぱいあるんじゃないかな」
明らかに二人の会話を盗み聞きしていた様子の仙蔵に、伊作は少々苦笑いをする。
仙蔵がこのように言っているところを見ると、どうやら留三郎の推測もあながち間違いではなさそうだ。
伊作も多少の好奇心が疼く。
人というのは得てして「他人に関して」だけは皆この手の話が好きだったりするものである。
「やっぱり最近の小平太の上の空の原因ってほへとさんなんだね?」
「見た通りだ。焦れったくて敵わん」
(見た通りって・・・。全然わかんないんだけど・・・)
伊作としては小平太のあの態度は常と変わらないものであったように思えた。
実際小平太のほへとへの態度は目に見えて変化したものは特になかった。仲が良いといえば仲は良いのだが、仲睦まじいか。と聞けば是とは言えない。
どことなく上の空だったのは本当だし、仙蔵の顔は嘘を吐いているような顔ではない。
あれでなかなかに葛藤してるようだ。とクツクツと笑う仙蔵。完全に面白いものを見つけたときの顔である。そのいやに意地の悪そうな笑顔に伊作も留三郎もはは。と乾いた笑いを漏らした。
「そっかあ。小平太がね・・・。でも小平太ってそういうこと鈍そうだもの」
いい意味でも悪い意味でも真っ直ぐだし。
その伊作の言葉に他の二人も声を漏らして頷いた。
「だからこそだ。私はもっと直球に行くと思ってたのだ」
「ほへとさんの方は小平太のことどう思ってるのかとか、聞いてねえのか?仙蔵」
「そうだよ。恋愛って一方通行じゃ成立しないんだし」
「さてな。私に聞くな。お前らも今さっき自分の目で見ていたではないか。見た感じ、まったく相手にされていないようだが」
「「・・・・・・・・・」」
どうなることやらな。
その仙蔵の言葉に伊作と留三郎は無言で互いの顔を見合わせた後、小平太が駆けて行った方向を見やった。
***
その頃。
三人の話題の中心である小平太は、体育委員会の後輩達と一緒に山道を延々と走っていた。
同輩達の余計な心配を他所に、本人はいたって能天気だった。
彼はまだ知らない。
この数日の葛藤は、まだ発展途上の芽吹きかけだということに。
小平太は自分の気持ちに向き合うことで精一杯で、ほへとが自分をどう思っているのかまでは未だ意識の範囲外だったのである。
そんなことすら意識に浮上するか甚だ怪しい。まず第一の問題として考慮すべきは二人が同じ土俵に立っているかどうか。という初歩的かつ重要な問題だったが、それに気付けるほど小平太は恋愛に関して優秀ではなかった。気付いていたらきっとこんな暢気にしてはいられないだろう。
人は言う、彼を「暴君」だと。
「そーれ!いけいけドンドン!!」
「七松先輩~!!待って下さ~いっ!!!」
敵が同じ土俵に立っていないと分かったとき、暴君は一体どうするのだろう。
夏の太陽は眩しかった。
「いった!・・・・・・す、すいません」
ああ。やっぱり。
教科書で先生に頭を叩かれている小平太を横目で見ながら長次はそう思った。
教室の外をふと見やれば、学園の正門付近で掃き掃除をしているほへとが遠目に確認できた。
「七松。お前あんまりぼーっとしてると補習で居残りさせるからな」
「うぇ!?そ、それだけは勘弁してください先生」
「だったらもっと集中して授業に取り組まんか莫迦者が!」
長次の懸念は当たった。
級友である七松小平太はここ数日授業にもあまり身が入らず、言うなれば「上の空」の状態だった。
三組合同の演習時でも、同じ班になった伊作から随分心配されていた。
小平太の持ち前である底なしの明るさや前向きさなどは以前と全く変わっていないため表面上はそう変化はないように見える。だが付き合いの長い人間や、勘の鋭い人間はそろそろ気付き始めるだろう。否、気付いているに違いないのだ。
七松小平太の視線の先には一体誰がいるかということに。
22
『またか七松!お前最近ちょっと弛んでるぞ!』
ここ数日の間に、何度教師に注意されただろうか。
あまり叩かれすぎると頭が凹む気がする。
放課後、小平太は一人もんもんと校庭へ続く道を歩いていた。
(このままじゃいけないな・・・。何とかしないと)
何度注意されても、頭の片隅で彼女のことをチラとでも考えてしまうと、もう駄目なのだ。
集中しているときはいい。しかし何かの拍子に思い出したが最後、延々と頭の中を回り始める。
止めようと思っても止まらない。自分の意思でどうこうできないほどに。だが別に嫌ではない。そうじゃないから困るのだ。
自分でもわかってる。これは・・・多分、相当危ない。
気付けばつい彼女を目で追ってしまう自分がいた。それはもう致し方ないことだと思って諦める(「諦めろ」とそう仙蔵が言った)。しかし、分からないのだ。自分がどうしたいのかが。
この数日で、小平太は如何に自分がほへとに懸想しているかをありありと痛感していた。
しかし同時にそれは小平太を深く混乱させていた。性に合ってないのは自分でもよく分かっている。この頃の自分は自分であって自分じゃないみたいだ。手足、思考が自分の言うことを聞かないような感覚。(そう、盆を落として皿を割るくらいには)
「あら小平太くん。これから委員会ですか?」
どき。
校庭に行く途中にある渡り廊下。
そこで小平太はほへとに声をかけられた。一寸胸が高鳴る。
「うん。今日は裏裏裏山まで鍛錬に行くつもりなんだ」
「・・・無理させないでくださいね。特に下級生は」
「分かってる。ちゃんと見てるから心配ない。ほへとちゃんは事務の仕事か?」
「そうなんです。この書類を吉野先生のところへ持っていかなくてはいけなくて・・・」
見れば大層な書類の量。一抱えもある紙の束はずっしりとほへとの腕の中に納まっていた。
「持とうか?」
「これくらい全然平気ですよ。村では柴刈りだって行ってたんですから」
引き止めてごめんね。
とはにかむほへと。その言葉にカラッとした笑顔で小平太は返すと、二人はそこで別れ各々の目的地へと進んで行った。
小平太とほへとの会話の中で、ぎこちなさなどはここ数日の間でも一切見られない。
小平太の本来の性分からか、面と向かって会話しても照れるなどということは無く自然体そのもの。
七松小平太という人間はその点に関しては非常に器用な人間だった。
ただその美点は、こと「恋愛」に関しては良い方向へ働かなかったのは言うまでも無い。
恋に悩むのは小平太一人ばかりで、その思い人であるほへとは小平太の思いに露ほども気付いていなかった。
***
『・・・本当に小平太、ほへとさんに懸想してるの?全然そんな感じしないんだけど・・・』
『まあ、確かにそうなんだけどよ。でも伊作もここ数日の小平太の不調見ただろ?』
『うーん・・・・・・』
先ほど小平太とほへとが会話していた場所から一寸離れた茂みの中。
善法寺伊作と食満留三郎。その二人は隠れていた。ほへとが廊下を歩く足音に一層姿勢を低くする。
『何か根拠でもあるの?』
『ある。小平太の視線の先を辿ってみろ。十中八九彼女がいるぞ。絶対に最近の不調は”恋煩い”だ』
『恋煩いね…。言っちゃ悪いけど似合わないな』
小平太とほへとが鉢合わせになるであろう場所。
そこの付近でたまたま小平太の不調について会話していた二人は、咄嗟に茂みに潜り込んで二人の成り行きを見ていた。
(っていうか僕達別に隠れなくても良かったんじゃないかな・・・)
仲睦まじい甘い会話が聞けるんじゃないか。二人の邪魔をしては悪い。
そんな余計な考えでこうして二人の会話を図らずも盗み聞きしてしまった二人だったが、会話は面白いほど普通にすぎる会話だった。伊作は隠れた自分が莫迦みたいに思えた。
ほへとが廊下の角を曲がって行ったのを確認し、留三郎と伊作は茂みから這い出る。留三郎はどこか不満気な顔をしていた。
「しっかし、期待外れだったな」
「留って意外とこういうの好きなんだね・・・」
「確かに。思いのほか拍子抜けだったな。つまらん」
「だよな・・・って、うおっ!?」
「…仙蔵、君もかい」
頭上から突如降って沸いた言葉に、二人が上を見上げると屋根から仙蔵が下りてきた。
装束の埃を払うかのような動きをしながら、小平太の行った方向を見やる。
「もっと積極的に動くかと思ったんだが・・・。存外小平太も甲斐性がないな。いや踏ん切りがつかないのか」
「なんだお前何か知ってんのか」
「いや、もっと他につっこむとこいっぱいあるんじゃないかな」
明らかに二人の会話を盗み聞きしていた様子の仙蔵に、伊作は少々苦笑いをする。
仙蔵がこのように言っているところを見ると、どうやら留三郎の推測もあながち間違いではなさそうだ。
伊作も多少の好奇心が疼く。
人というのは得てして「他人に関して」だけは皆この手の話が好きだったりするものである。
「やっぱり最近の小平太の上の空の原因ってほへとさんなんだね?」
「見た通りだ。焦れったくて敵わん」
(見た通りって・・・。全然わかんないんだけど・・・)
伊作としては小平太のあの態度は常と変わらないものであったように思えた。
実際小平太のほへとへの態度は目に見えて変化したものは特になかった。仲が良いといえば仲は良いのだが、仲睦まじいか。と聞けば是とは言えない。
どことなく上の空だったのは本当だし、仙蔵の顔は嘘を吐いているような顔ではない。
あれでなかなかに葛藤してるようだ。とクツクツと笑う仙蔵。完全に面白いものを見つけたときの顔である。そのいやに意地の悪そうな笑顔に伊作も留三郎もはは。と乾いた笑いを漏らした。
「そっかあ。小平太がね・・・。でも小平太ってそういうこと鈍そうだもの」
いい意味でも悪い意味でも真っ直ぐだし。
その伊作の言葉に他の二人も声を漏らして頷いた。
「だからこそだ。私はもっと直球に行くと思ってたのだ」
「ほへとさんの方は小平太のことどう思ってるのかとか、聞いてねえのか?仙蔵」
「そうだよ。恋愛って一方通行じゃ成立しないんだし」
「さてな。私に聞くな。お前らも今さっき自分の目で見ていたではないか。見た感じ、まったく相手にされていないようだが」
「「・・・・・・・・・」」
どうなることやらな。
その仙蔵の言葉に伊作と留三郎は無言で互いの顔を見合わせた後、小平太が駆けて行った方向を見やった。
***
その頃。
三人の話題の中心である小平太は、体育委員会の後輩達と一緒に山道を延々と走っていた。
同輩達の余計な心配を他所に、本人はいたって能天気だった。
彼はまだ知らない。
この数日の葛藤は、まだ発展途上の芽吹きかけだということに。
小平太は自分の気持ちに向き合うことで精一杯で、ほへとが自分をどう思っているのかまでは未だ意識の範囲外だったのである。
そんなことすら意識に浮上するか甚だ怪しい。まず第一の問題として考慮すべきは二人が同じ土俵に立っているかどうか。という初歩的かつ重要な問題だったが、それに気付けるほど小平太は恋愛に関して優秀ではなかった。気付いていたらきっとこんな暢気にしてはいられないだろう。
人は言う、彼を「暴君」だと。
「そーれ!いけいけドンドン!!」
「七松先輩~!!待って下さ~いっ!!!」
敵が同じ土俵に立っていないと分かったとき、暴君は一体どうするのだろう。
夏の太陽は眩しかった。