第一章<出会い編>
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「失礼します」
「うむ」
そう言って入ったあの時と同じ庵。
恐怖は感じない。迷いはない。
目の前にいる忍術学園学園長、大川平次渦正を目の前にしてほへとは改めて深々と頭を下げた。
17
翌日、ほへとは早速学園長の元へと訪れた。
小平太や伊作が付いていくと言って聞かなかったものの、これからの自分のことを誰かに寄りかかったままで話すことはほへとには耐え難く首を縦に降ることはなかった。ほへとにはほへとなりの矜持があった。
こじんまりとした庵。学園長と一対一で話すのはこれが初めてである。
目の前に座すると、あのときとはまた違った何とも言えない緊張感が背中を走った。
「さて、お主がこれからどうしたいのか。改めて聞かせてもらおうかの」
「はい。もし・・・もし許されるのであれば私は、私はここにいたいと、この忍術学園にいたい。そう思います」
「成る程。それがお主の答えというわけじゃな」
「・・・はい」
ほへとと学園長、二人の間にしばし時が流れる。
ヘムヘムが二人の湯飲みにお茶を淹れる音だけが響いた。
「この学園の食堂の手伝いとして、住み込みで働かせて頂くことは、可能でしょうか」
「ふむ・・・」
「ご迷惑を承知で申し上げます。何卒、お考えいただけませんでしょうか」
思い空気を纏ったその言葉に、やはり駄目なのだろう。このような甘い考えなととても…とほへとは軽く目を瞑る。
事前に兄が学園長へ話をしていたとはいえ、急に転がり込んできた自分をこれ以上面倒見る義理は無い。
(やはり、当初考えていたとおり学園を出よう。それがいい)
そう考え、改めて口を開こうと思った直後、大川平次渦正は口を開いた。
「あのときの煮物じゃがな。・・・実に美味かった。のうヘムヘム」
「ヘム!」
その言葉に目を見開き顔を上げると、にこやかな顔で学園長は頷いた。
「ほへとさん。ワシはな忍術学園の生徒のことを全員孫みたいに思っておる。それは卒業生もしかり。その兄弟姉妹もしかりじゃ」
「学園長先生・・・」
「そんなに畏まらずとも良い。お前さんは一人で生きて行こうと思っておったじゃろう。しかし子供たちに促されて、ここにいようと思った。違うかな?」
「…はい。どうしても、ご迷惑になるのではとそればかりが気になって」
「カッ!水臭いのう。もっと大船に乗ったつもりでも良いのだぞ。わしを誰じゃと思うておる。器の小さい男じゃと思われておったのなら心外じゃのう」
「そ、そのような…決してそのようなことは」
「ふぁっふぁっふぁ冗談じゃて」
思っていたことと正反対の言葉に、目の前が滲む。
私はいつからこんなに涙もろくなってしまったんだろう。
「乗りかかった船じゃ。最後まで面倒を見るのはそれこそ人の情というもの。・・・それにまたお前さんの手料理を食いたいしのう」
この学園にいてくれんか?
その言葉が、私にどれだけ居場所を与えてくれただろう。
その一言で、どれだけ心が安心したんだろう。認めてくれたというよりも、必要としてくれた、その温かい言葉。
「衣食住の心配はしなくともよい。ここの長屋で寝起きしたらええ。あとはそうじゃなあ。事務員の手が足りんと吉野先生がぼやいておったかな?仕事はいくらでもあるぞ」
「構いません・・・、いくらでも働きます。・・・このご恩、一生忘れません先生」
元々学園とは全く関係のない人物の衣食住を保障するという、なんとも寛大な処置にただ頭が下がる思いだった。
「思うままに生きたらええ。誰もお前さんを咎めるような者はおらんじゃろうて」
「ありがとう、ございます・・・」
この学園の人は、皆一様に優しく、温かく、涙が出そうになる。
ここに来てよかった。皆に会えてよかった。
「よろしくお願いします先生」
「うむ。早速今日から働いてもらうぞ」
「ヘムヘム!」
***
そう学園長のお許しが出て、住み込みの手伝いとして私は恐れ多くも忍術学園で働くようになった。
そこから一月も経つ頃には、大多数の学園生徒や教師とも交流をし(もちろんまだ完全に信じて貰えているとは到底思えない)、部屋も客用の長屋からくノたまの長屋に移った。以前よりも忍たまの生徒とは部屋で膝をついて話し合うことはなくなってしまったが、その分くノたまの女子生徒とは女同士随分と仲良くなったと思う。
兄上。
私は元気でやっています。そちらはどうですか?
兄上のことで涙ぐむことは、なくなりました。でも忘れたわけでありません。薄情だと、そう言わないで。
毎日毎日、食事の用意をし、お使いに行ったり、小松田さんと一緒に事務作業をしたり、掃除をしたり針仕事をしたり。みなと他愛ない話をしたり。悲しむ暇がないくらい。
でも過去のことや兄上のことを忘れるなんてそんな器用なことできなくて、たまには泣いてしまうけれど心配はどうかしないで欲しい。
兄上が心配する以上にここにはもっと心配性の人がたくさんいるんです。
怒ってくれる人がいて、頭を撫でてくれる人がいて、手を握ってくれる人がいて、話を聞いてくれる人がいて、私を担いで山に行ってしまうような人だっているの。
「ほへとちゃん、今日の定食何?」
「今日は・・・魚の塩焼きと、菜花のお浸しと・・・」
「じゃあ、それ貰おうかな」
兄上。
この何でもない日常が、眩しくて、眩しくて。
私、ここに来てよかったと思っています。本当に、…本当に。
改めてそう思っています。
<第一章完>
「うむ」
そう言って入ったあの時と同じ庵。
恐怖は感じない。迷いはない。
目の前にいる忍術学園学園長、大川平次渦正を目の前にしてほへとは改めて深々と頭を下げた。
17
翌日、ほへとは早速学園長の元へと訪れた。
小平太や伊作が付いていくと言って聞かなかったものの、これからの自分のことを誰かに寄りかかったままで話すことはほへとには耐え難く首を縦に降ることはなかった。ほへとにはほへとなりの矜持があった。
こじんまりとした庵。学園長と一対一で話すのはこれが初めてである。
目の前に座すると、あのときとはまた違った何とも言えない緊張感が背中を走った。
「さて、お主がこれからどうしたいのか。改めて聞かせてもらおうかの」
「はい。もし・・・もし許されるのであれば私は、私はここにいたいと、この忍術学園にいたい。そう思います」
「成る程。それがお主の答えというわけじゃな」
「・・・はい」
ほへとと学園長、二人の間にしばし時が流れる。
ヘムヘムが二人の湯飲みにお茶を淹れる音だけが響いた。
「この学園の食堂の手伝いとして、住み込みで働かせて頂くことは、可能でしょうか」
「ふむ・・・」
「ご迷惑を承知で申し上げます。何卒、お考えいただけませんでしょうか」
思い空気を纏ったその言葉に、やはり駄目なのだろう。このような甘い考えなととても…とほへとは軽く目を瞑る。
事前に兄が学園長へ話をしていたとはいえ、急に転がり込んできた自分をこれ以上面倒見る義理は無い。
(やはり、当初考えていたとおり学園を出よう。それがいい)
そう考え、改めて口を開こうと思った直後、大川平次渦正は口を開いた。
「あのときの煮物じゃがな。・・・実に美味かった。のうヘムヘム」
「ヘム!」
その言葉に目を見開き顔を上げると、にこやかな顔で学園長は頷いた。
「ほへとさん。ワシはな忍術学園の生徒のことを全員孫みたいに思っておる。それは卒業生もしかり。その兄弟姉妹もしかりじゃ」
「学園長先生・・・」
「そんなに畏まらずとも良い。お前さんは一人で生きて行こうと思っておったじゃろう。しかし子供たちに促されて、ここにいようと思った。違うかな?」
「…はい。どうしても、ご迷惑になるのではとそればかりが気になって」
「カッ!水臭いのう。もっと大船に乗ったつもりでも良いのだぞ。わしを誰じゃと思うておる。器の小さい男じゃと思われておったのなら心外じゃのう」
「そ、そのような…決してそのようなことは」
「ふぁっふぁっふぁ冗談じゃて」
思っていたことと正反対の言葉に、目の前が滲む。
私はいつからこんなに涙もろくなってしまったんだろう。
「乗りかかった船じゃ。最後まで面倒を見るのはそれこそ人の情というもの。・・・それにまたお前さんの手料理を食いたいしのう」
この学園にいてくれんか?
その言葉が、私にどれだけ居場所を与えてくれただろう。
その一言で、どれだけ心が安心したんだろう。認めてくれたというよりも、必要としてくれた、その温かい言葉。
「衣食住の心配はしなくともよい。ここの長屋で寝起きしたらええ。あとはそうじゃなあ。事務員の手が足りんと吉野先生がぼやいておったかな?仕事はいくらでもあるぞ」
「構いません・・・、いくらでも働きます。・・・このご恩、一生忘れません先生」
元々学園とは全く関係のない人物の衣食住を保障するという、なんとも寛大な処置にただ頭が下がる思いだった。
「思うままに生きたらええ。誰もお前さんを咎めるような者はおらんじゃろうて」
「ありがとう、ございます・・・」
この学園の人は、皆一様に優しく、温かく、涙が出そうになる。
ここに来てよかった。皆に会えてよかった。
「よろしくお願いします先生」
「うむ。早速今日から働いてもらうぞ」
「ヘムヘム!」
***
そう学園長のお許しが出て、住み込みの手伝いとして私は恐れ多くも忍術学園で働くようになった。
そこから一月も経つ頃には、大多数の学園生徒や教師とも交流をし(もちろんまだ完全に信じて貰えているとは到底思えない)、部屋も客用の長屋からくノたまの長屋に移った。以前よりも忍たまの生徒とは部屋で膝をついて話し合うことはなくなってしまったが、その分くノたまの女子生徒とは女同士随分と仲良くなったと思う。
兄上。
私は元気でやっています。そちらはどうですか?
兄上のことで涙ぐむことは、なくなりました。でも忘れたわけでありません。薄情だと、そう言わないで。
毎日毎日、食事の用意をし、お使いに行ったり、小松田さんと一緒に事務作業をしたり、掃除をしたり針仕事をしたり。みなと他愛ない話をしたり。悲しむ暇がないくらい。
でも過去のことや兄上のことを忘れるなんてそんな器用なことできなくて、たまには泣いてしまうけれど心配はどうかしないで欲しい。
兄上が心配する以上にここにはもっと心配性の人がたくさんいるんです。
怒ってくれる人がいて、頭を撫でてくれる人がいて、手を握ってくれる人がいて、話を聞いてくれる人がいて、私を担いで山に行ってしまうような人だっているの。
「ほへとちゃん、今日の定食何?」
「今日は・・・魚の塩焼きと、菜花のお浸しと・・・」
「じゃあ、それ貰おうかな」
兄上。
この何でもない日常が、眩しくて、眩しくて。
私、ここに来てよかったと思っています。本当に、…本当に。
改めてそう思っています。
<第一章完>