第一章<出会い編>
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「こ、小平太くん!」
「何だ?」
「ちょっと、とととっ、止まってください!」
「何で?」
なんでって・・・!!!
「ゆゆ、揺れるからっ?」
「そりゃそうだ。走ってるもの」
だから何で。
14
「いけいけドンドン!!」
あれから、七松小平太はほへとを抱えたまま走り続けていた。
途中きちんと事務員の小松田秀作に外出許可を貰い(もちろんほへとを腕に抱えたまま)、今は何ゆえか山の裾野にいる。
ほへとを抱えたまま学園からずっと走り続けているわけだが、一向に疲れた気配をおくびにも出さず走っていた。
「どこに行くつもりですか?」
「いいとこ」
「・・・何で走ってるんです」
「間に合わないかもしれないからな」
「・・・・・・遠いんでしょうか」
「いや?私の足ならすぐだぞ」
「・・・・・・・・・私重くないですか」
「全然。むしろ軽い。裏々山からほへとちゃんを運んだのは私だぞ?もっと飯食った方がいい」
「・・・・・・・・・・・・そう、ですか・・・」
会話している筈なのに、根本的なところが噛み合ってない気がする。
ほへとは小平太に何を言っても今のこの不可解な状況を打破する術はないと悟り、落ちないように小平太の首にしがみ付いた。
馬の背ほどではないものの、ここは酷く揺れる。
初対面ではないにしろ、特に親しいわけでもないのにこのように抱かれているのは微妙に不本意だった。
たしかに七松小平太はほへとの恩人であるし、実際とてもいい人なのだが、なんとも言えない気恥ずかしさが込み上げてくる。だからといって捻挫した足はこの山道では使い物にならない。もしも置き去りにされたら学園まで戻るのは困難だろう。
姥捨て山のことを頭の隅で考えたほへとは、『そうなったらどうしようか・・・』と真面目に考えていた。
小平太の腕に横抱きになりながら過ぎていく景色を見ていた。
ついこの間までほへとを拒んでいたかのように見えた山々の緑は、同じように存在しているのに酷く優しく見えた。
小平太の走りに合わせてほへとの体が揺れる。揺れるたびに心身が軋んだ。
***
「はい。到着!」
「・・・・・・・・・・・・」
切り立った、とは言えないものの先が急斜面になった丘の上。
空も雲も木々も、眩しいくらいに橙色に染まった景色を一望できる場所。遠くの田畑と川までもが全て同じ色に染まっている。カラスが一羽、二羽ちらほらと寝床へ帰っていく。
宵の香りを含みつつある風がほへとの髪を撫でた。
「綺麗・・・・・・」
「だろう?ここは私も気に入ってる場所なんだ」
体育委員会でよく修行がてら来るんだぞ。と嬉しそうに小平太が言った。
近くにある岩場にほへとを座らせると、隣に自分も座る。二人はしばらく沈みゆく夕日を眺めた。
「元気出た?」
「え・・・?」
「さっき泣いてただろ?」
小平太はほへとの頬をまたも遠慮なく触った。少し冷たくなった頬に小平太の温もりが暖かい。
涙に濡れていた頬も今はすっかり乾いていた。
「私の好きなこの景色を見たら、元気出るかと思ってな。だからここに連れてきたんだ」
そう言って小平太は近くにあった木に慣れた様子で登り、また夕日を眺めた。
ほへとも沈みゆくそれを見やる。すでに薄紫色になりつつある柔らかな沈黙は心地よく二人の間を流れていく。
『俺はほへとと見る夕日が一番好きだな。一人じゃないんだなあ。って思えるよ』
『あにうえはひとりじゃないよ!わたしはずっとあにうえといっしょだからいっつもいちばんすきなゆうひがみれるね!』
『ははっ!そうだな。その通りだな』
遠い昔に、同じような景色を見た。
大きな手に連れられて、ゆっくり丘の上を歩いた。あの日はいつだったか。
あれから数え切れないほどの夕日を見たのに、思い出すのは2人で見た景色ばかりで。
どれほど兄に依存していたのだろうと思う。兄であり、父であり、ときには先生であり、よき理解者だった。
(本当に綺麗・・・)
今までこのように夕日が冴えて見えることはなかった。
今日のそれは何かを訴えかけているかのように、強く心に響く。
ほへとはそっと目を閉じて、息を吸う。
吸った空気に触れたところから、暗闇が晴れていくようだった。悲しみや迷いはたしかにまだある。それでも心はすっきりと整理されたような気がした。
「連れて来てくれてありがとうございます。小平太くん」
そう呟くと、満足そうに小平太は笑った。
「私、もう泣きません。もっと強くなって、誰にも心配させないくらいに・・・」
「何言ってるんだ」
小平太が木から飛び降りてほへとの目の前に立つ。
「泣いていいんだぞ」
言葉の意味がわからないほへとはきょとんとした顔をして小平太の目を見返した。
「強くならなくていいんだ。我慢しないで泣きたいときは泣けばいい。もう一人じゃないんだから」
心配くらいさせてよ。
にかっと小平太は笑った。
「一人で泣くなんて悲しいことしなくていい。ほへとちゃんが泣いてると、悲しくなる」
丸い瞳がほへとの瞳を覗き込む。その強い瞳に、ほへとは不思議と胸がいっぱいになった。
何故この人の笑顔を見ると、こんなに胸がいっぱいになるんだろう。
ほへとは名がわからない暖かい感覚と共にゆっくり頷いた。
「うん・・・わかった」
「そうか。わかったならいいや。じゃ、帰ろう!」
「ちょ、わっ!」
言うなり小平太がまた軽々とほへとを持ち上げ、来た道を駆ける。
言って間を置かずの行動を止めて欲しいとほへとは思ったが、肌寒くなってきた夜風に小平太の温もりは心地よかった。
すでに陽が落ちた山の中、どうして普通に走れるのかが不思議なくらい揚々とした足取りで小平太は山を下っていく。
「ありがとう小平太くん」
「え?何が?」
「私一人じゃどうにもならなかったと思うので」
「ほへとちゃんは今一人じゃ歩けないんだから担ぐのは当たり前だ。それに私は夜目が利くしな」
そういう意味で言ったんじゃないけど・・・。
「?なんか私おかしいか?」
「いいえ、何でもないです。小平太くんは凄いなあって」
「まあ、私は体育委員会だからな!!なんて言ったって委員会の花形だ!」
・・・・・・それって関係あるの?
小平太は自信満々に言っているが、ほへとは全然意味がわからなかった。
でも言ってる本人があまりに嬉しそうに言うものだから、何だかおかしかった。
「ふふ。そうなんですか」
「お。やっぱりほへとちゃんは笑ってたほうがいいよ」
お互いの顔を見て、二人は笑った。
「伊作くん怒ってるかな」
「絶対怒ってる。こんな時間だもん」
空を見上げれば、申し訳程度に浮かぶ有明の月。
あのときの満月からは嘘のように欠けた月。忍ぶ者には仕事のしやすい夜。
「よーし!もっと速度あげるか!しっかり掴まってろよ!!いけいけドンドン!!!」
「ちょっ!は、速す、ぎっ。痛っ」
「口閉じてないと舌噛むぞ。ってもう噛んでるな。はは」
鬱蒼とした濃い闇の中、ほへとは全然不安ではなかった。嘘のように軽くなった心。小平太の首にしっかりとしがみ付く。
今夜は久しぶりによく眠れそうだった。
「何だ?」
「ちょっと、とととっ、止まってください!」
「何で?」
なんでって・・・!!!
「ゆゆ、揺れるからっ?」
「そりゃそうだ。走ってるもの」
だから何で。
14
「いけいけドンドン!!」
あれから、七松小平太はほへとを抱えたまま走り続けていた。
途中きちんと事務員の小松田秀作に外出許可を貰い(もちろんほへとを腕に抱えたまま)、今は何ゆえか山の裾野にいる。
ほへとを抱えたまま学園からずっと走り続けているわけだが、一向に疲れた気配をおくびにも出さず走っていた。
「どこに行くつもりですか?」
「いいとこ」
「・・・何で走ってるんです」
「間に合わないかもしれないからな」
「・・・・・・遠いんでしょうか」
「いや?私の足ならすぐだぞ」
「・・・・・・・・・私重くないですか」
「全然。むしろ軽い。裏々山からほへとちゃんを運んだのは私だぞ?もっと飯食った方がいい」
「・・・・・・・・・・・・そう、ですか・・・」
会話している筈なのに、根本的なところが噛み合ってない気がする。
ほへとは小平太に何を言っても今のこの不可解な状況を打破する術はないと悟り、落ちないように小平太の首にしがみ付いた。
馬の背ほどではないものの、ここは酷く揺れる。
初対面ではないにしろ、特に親しいわけでもないのにこのように抱かれているのは微妙に不本意だった。
たしかに七松小平太はほへとの恩人であるし、実際とてもいい人なのだが、なんとも言えない気恥ずかしさが込み上げてくる。だからといって捻挫した足はこの山道では使い物にならない。もしも置き去りにされたら学園まで戻るのは困難だろう。
姥捨て山のことを頭の隅で考えたほへとは、『そうなったらどうしようか・・・』と真面目に考えていた。
小平太の腕に横抱きになりながら過ぎていく景色を見ていた。
ついこの間までほへとを拒んでいたかのように見えた山々の緑は、同じように存在しているのに酷く優しく見えた。
小平太の走りに合わせてほへとの体が揺れる。揺れるたびに心身が軋んだ。
***
「はい。到着!」
「・・・・・・・・・・・・」
切り立った、とは言えないものの先が急斜面になった丘の上。
空も雲も木々も、眩しいくらいに橙色に染まった景色を一望できる場所。遠くの田畑と川までもが全て同じ色に染まっている。カラスが一羽、二羽ちらほらと寝床へ帰っていく。
宵の香りを含みつつある風がほへとの髪を撫でた。
「綺麗・・・・・・」
「だろう?ここは私も気に入ってる場所なんだ」
体育委員会でよく修行がてら来るんだぞ。と嬉しそうに小平太が言った。
近くにある岩場にほへとを座らせると、隣に自分も座る。二人はしばらく沈みゆく夕日を眺めた。
「元気出た?」
「え・・・?」
「さっき泣いてただろ?」
小平太はほへとの頬をまたも遠慮なく触った。少し冷たくなった頬に小平太の温もりが暖かい。
涙に濡れていた頬も今はすっかり乾いていた。
「私の好きなこの景色を見たら、元気出るかと思ってな。だからここに連れてきたんだ」
そう言って小平太は近くにあった木に慣れた様子で登り、また夕日を眺めた。
ほへとも沈みゆくそれを見やる。すでに薄紫色になりつつある柔らかな沈黙は心地よく二人の間を流れていく。
『俺はほへとと見る夕日が一番好きだな。一人じゃないんだなあ。って思えるよ』
『あにうえはひとりじゃないよ!わたしはずっとあにうえといっしょだからいっつもいちばんすきなゆうひがみれるね!』
『ははっ!そうだな。その通りだな』
遠い昔に、同じような景色を見た。
大きな手に連れられて、ゆっくり丘の上を歩いた。あの日はいつだったか。
あれから数え切れないほどの夕日を見たのに、思い出すのは2人で見た景色ばかりで。
どれほど兄に依存していたのだろうと思う。兄であり、父であり、ときには先生であり、よき理解者だった。
(本当に綺麗・・・)
今までこのように夕日が冴えて見えることはなかった。
今日のそれは何かを訴えかけているかのように、強く心に響く。
ほへとはそっと目を閉じて、息を吸う。
吸った空気に触れたところから、暗闇が晴れていくようだった。悲しみや迷いはたしかにまだある。それでも心はすっきりと整理されたような気がした。
「連れて来てくれてありがとうございます。小平太くん」
そう呟くと、満足そうに小平太は笑った。
「私、もう泣きません。もっと強くなって、誰にも心配させないくらいに・・・」
「何言ってるんだ」
小平太が木から飛び降りてほへとの目の前に立つ。
「泣いていいんだぞ」
言葉の意味がわからないほへとはきょとんとした顔をして小平太の目を見返した。
「強くならなくていいんだ。我慢しないで泣きたいときは泣けばいい。もう一人じゃないんだから」
心配くらいさせてよ。
にかっと小平太は笑った。
「一人で泣くなんて悲しいことしなくていい。ほへとちゃんが泣いてると、悲しくなる」
丸い瞳がほへとの瞳を覗き込む。その強い瞳に、ほへとは不思議と胸がいっぱいになった。
何故この人の笑顔を見ると、こんなに胸がいっぱいになるんだろう。
ほへとは名がわからない暖かい感覚と共にゆっくり頷いた。
「うん・・・わかった」
「そうか。わかったならいいや。じゃ、帰ろう!」
「ちょ、わっ!」
言うなり小平太がまた軽々とほへとを持ち上げ、来た道を駆ける。
言って間を置かずの行動を止めて欲しいとほへとは思ったが、肌寒くなってきた夜風に小平太の温もりは心地よかった。
すでに陽が落ちた山の中、どうして普通に走れるのかが不思議なくらい揚々とした足取りで小平太は山を下っていく。
「ありがとう小平太くん」
「え?何が?」
「私一人じゃどうにもならなかったと思うので」
「ほへとちゃんは今一人じゃ歩けないんだから担ぐのは当たり前だ。それに私は夜目が利くしな」
そういう意味で言ったんじゃないけど・・・。
「?なんか私おかしいか?」
「いいえ、何でもないです。小平太くんは凄いなあって」
「まあ、私は体育委員会だからな!!なんて言ったって委員会の花形だ!」
・・・・・・それって関係あるの?
小平太は自信満々に言っているが、ほへとは全然意味がわからなかった。
でも言ってる本人があまりに嬉しそうに言うものだから、何だかおかしかった。
「ふふ。そうなんですか」
「お。やっぱりほへとちゃんは笑ってたほうがいいよ」
お互いの顔を見て、二人は笑った。
「伊作くん怒ってるかな」
「絶対怒ってる。こんな時間だもん」
空を見上げれば、申し訳程度に浮かぶ有明の月。
あのときの満月からは嘘のように欠けた月。忍ぶ者には仕事のしやすい夜。
「よーし!もっと速度あげるか!しっかり掴まってろよ!!いけいけドンドン!!!」
「ちょっ!は、速す、ぎっ。痛っ」
「口閉じてないと舌噛むぞ。ってもう噛んでるな。はは」
鬱蒼とした濃い闇の中、ほへとは全然不安ではなかった。嘘のように軽くなった心。小平太の首にしっかりとしがみ付く。
今夜は久しぶりによく眠れそうだった。