第一章<出会い編>
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雷蔵に促され図書室に入る。
紙特有の臭いが鼻を付く。目の覚めるような数の草紙と巻物にほへとは思わず感歎の息を吐いた。
「こんなに沢山の本見たの初めて・・・」
「図書室ですからね。あちらにいるのが中在家先輩です」
雷蔵の視差する方向を見やると、緩慢な動きで草紙から顔を上げた中在家長次と目があった。
一瞬の沈黙の後、互いに礼をする。
図書室は私語厳禁であること、中在家長次はひどく無口であること。それは行きしなに雷蔵と三郎から説明を受けていた。
ほへとは長次の目の前まで行き、腰を何とか下ろす。そして囁くような声で長次に話しかけた。
「お初にお目にかかります。ほへとです。よろしくお願いします」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「小平太くんと、そうですか。同じ部屋なのですか。・・・はい。ええ。そうですか。よろしくお願いしますね長次くん」
そうしてほへとは微笑んだ。
そのやりとりに雷蔵も三郎も驚いた様子だった。
「ほへとさん・・・先輩の言ってることが聞き取れるんですか?」
「驚いた・・・。まさか初対面で聞き取れる人がいるとは」
「え?…そ、そうなの?」
しばらくほへとと向き合っていた長次は、ふっとほへとから目を逸らすとまた草紙を捲り始めた。
ほへとは沈黙を苦にしないようで、長次の草紙を捲る動きや、その存在自体を柔らかな眼差しで観察した後、ぐるりと図書室を見渡した。
ふわりとしたような温かい沈黙が図書室を包む。その女性の不思議に温かい感覚に雷蔵は心地よさすら覚えた。
「ちわーっす。・・・あ、ほへとさんだ!」
「あら、きり丸くん」
まさか図書室にほへとがいると思ってなかったきり丸は、ほへとを見るなり破顔してぱたぱたと近寄ってきた。
弟がいたらこんな感じだろうか。
「きり丸くんも図書委員会なの?」
「そうなんです。・・・ほへとさん、まだ怪我良くないでしょ?寝てなくていいんすか?」
きり丸のもっともらしい質問にほへとは苦笑して答える。
「うーん・・・本当はよくないかな。実はこっそり伊作くんに内緒で出てきたんだよね」
ほへとの発言に思わず図書室にいる全員が顔をあげる。
「ちょ、それやばいっすよ!」
「え?」
声自体はとても小さいものの、吃驚したように青ざめるきり丸にほへとはきょとんとした様子で周りを見渡す。
「雷蔵、これって私たちがほへとさんを連れまわしたってことになると思うか?」
「場合によっては連帯責任にされかねないかも・・・」
「・・・・・・・・・」
皆の狼狽した姿。
一人ついていけないほへとは四人の顔を順番に見て状況把握に務めていた。
当の本人を無視して周りは話をし続ける。
「とりあえず、元の部屋に戻った方がいいっすよね」
「あの人怒らせると恐いからね・・・」
「ほへとさんはなかなかに勇者だな。うん興味深い」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないよ三郎」
あーだこーだと話を進める三人。
どうやら伊作は怪我人のことになると見境なく叱咤する人間らしい。たしかに教師である土井半助に対して怒っていた。それだけ伊作が優しい(というか心配症)とも言えるわけだが、怪我人相手だと殊更にその怒り方は尋常ではなくなるらしく、きり丸は我が身のことのように冷や汗を垂らした。
「怒られる前に部屋に戻りましょうほへとさん!」
「そうですね。それが賢明です」
「・・・まあ戻ったところで見つかるとは思うけどね」
「・・・・・・」
その四人の姿に、ほへとは少しだけ困ったような迷うような曖昧な笑みを浮かべた。
ゆっくりと床に視線を落とした後、そっと瞼を閉じる。
「部屋に戻ってもいいんだけど・・・。部屋にいると・・・、どうしてもいろいろ考えちゃって・・・」
歯切れ悪く、言いにくそうにほへとは口を開いた。皆の自分を心配する申し出がありがたい。
でもそれ以上に、あの手紙を置き去りにしている部屋には今は戻りたくなかった。一人でいれば、またあの手紙を読み返してしまう。そうするとまた終わることの無い思考の連鎖が続くのだ。
ぽつりぽつりと言葉を絞り出す透に、全員は口を噤んだ。今朝の話を聞いていなかったわけはないのに。
ほへとというその人が、あまりにも上手に悲しみを押し隠して笑うから、ここにいる理由を四人はつい忘れてしまいそうになる。
「・・・っいやだ皆さん。そんな顔しないで。心配してくれてありがとう。駄目ですね私・・・こんな、いい大人なのに。そうよね、安静にしてなきゃ。もちろん、頭ではわかってるんですよ。戻らなきゃ伊作くんも心配するって・・・」
「ほへとさん・・・」
「部屋にいるよりは、外に出た方が気も紛れるかと思ったんです。伊作くんや自分の体のこと考えたら部屋にいる方がいいに決まってますよね。そりゃそうですよ。私だって怪我人相手にはそう言うに決まってるもの」
自分に言い聞かせるように口早に言葉を紡ぎだすほへと。
悲しくないわけがない。寂しくないわけがない。不安じゃないなわけがない。
彼女は未だ慣れぬこの場所で、不安と絶望の狭間で揺れている。それを押し殺して笑おうとしている。
「ほへとさん、そのっ僕・・・。すいません、あの・・・」
「何で雷蔵くんが謝るの?心配してくれたのに、謝る必要ありませんよ。そうでしょう?こちらこそ、騙したみたいでごめんなさい」
雷蔵はこれ以上何も言えなかった。
彼女にかける言葉が見つからない自分に強い焦燥感を抱いた。何故こんなにも彼女は強くあろうとするのだろう。それを支えられない自分の何と無力だろう。出会って間もない自分とほへととの関係が、雷蔵はあまりに口惜しかった。
雷蔵の沈黙の間を埋めるように、ゆっくりと包帯の巻かれた腕がきり丸の頭へ伸びる。そのままほへとは優しくきり丸の髪に触れた。
まるで母親のような、慈しむかのような動作。
「本当にみんなありがとう」
自身を見るその眼差しの奥深くが切なく揺れているのが分かった。
きり丸は、ほへとよりもずっと小さいその身体でほへとにぎゅっと抱きついた。
「きり丸くん・・・?」
「・・・俺がもっと大きかったら、ほへとさんを全部こん中に包んであげれるのに」
塞き止めていたほへとの心にさざ波が生まれる。
曳いては反す波のよう。波間に揺れる悲しみは押しても押してもすぐに手元に反ってくる。
それは、一瞬のうちに大きな津波となってほへとを呑み込んだ。思わず口元を手で覆う。
「・・・・・・っごめんなさ・・・、私・・・」
「我慢しなくていいんすよ。辛いのなんて当たり前だし、大人とか子供とか関係ないっすよ。・・・俺も孤児だったし、ほへとさんの気持ち・・・わかる」
無理して、笑わないで。
その言葉に、じわりと目の前が滲んだ。
嗚呼、泣きたくなんてないのに。
「恐かったでしょ。みんな死んで。独りでここまで来て」
「う、ん・・・・・・」
「山賊にも襲われたんでしょ」
「・・・う、ん・・・・・・・・」
抑えきれなくなった涙が幾筋も涙が零れ落ちた。涙はきり丸の装束に一滴ずつ染み込んでいく。
「恐かったでしょ・・・。苦しかったと思う。もしかして全然眠れてないんじゃないですか?隈出来てるし。何で、なんすかね。その場にいるときは泣いてる暇なんてないんですよね・・・。目の前にいっぱいいっぱいで。俺も・・・そうだったし」
「きり、丸くん・・・」
ほへととうとう緊張の糸が切れたように声をあげて泣いた。しかしその声もすぐに消えて無くなりそうなほどのか細い慟哭で。
きり丸の体をぎゅっと抱きしめる。
その傷だらけの体をきり丸は強く強く抱きしめ返した。
「ほへとさ・・・」
「・・・・・・・・・」
「雷蔵」
雷蔵がその慟哭に耐えかねるように出した手を、長次が握って止めた。三郎はふるふると首を横に振る。
ただ傍観することしかできない歯痒さに雷蔵は目を伏せ、きつく拳を握った。
紙特有の臭いが鼻を付く。目の覚めるような数の草紙と巻物にほへとは思わず感歎の息を吐いた。
「こんなに沢山の本見たの初めて・・・」
「図書室ですからね。あちらにいるのが中在家先輩です」
雷蔵の視差する方向を見やると、緩慢な動きで草紙から顔を上げた中在家長次と目があった。
一瞬の沈黙の後、互いに礼をする。
図書室は私語厳禁であること、中在家長次はひどく無口であること。それは行きしなに雷蔵と三郎から説明を受けていた。
ほへとは長次の目の前まで行き、腰を何とか下ろす。そして囁くような声で長次に話しかけた。
「お初にお目にかかります。ほへとです。よろしくお願いします」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「小平太くんと、そうですか。同じ部屋なのですか。・・・はい。ええ。そうですか。よろしくお願いしますね長次くん」
そうしてほへとは微笑んだ。
そのやりとりに雷蔵も三郎も驚いた様子だった。
「ほへとさん・・・先輩の言ってることが聞き取れるんですか?」
「驚いた・・・。まさか初対面で聞き取れる人がいるとは」
「え?…そ、そうなの?」
しばらくほへとと向き合っていた長次は、ふっとほへとから目を逸らすとまた草紙を捲り始めた。
ほへとは沈黙を苦にしないようで、長次の草紙を捲る動きや、その存在自体を柔らかな眼差しで観察した後、ぐるりと図書室を見渡した。
ふわりとしたような温かい沈黙が図書室を包む。その女性の不思議に温かい感覚に雷蔵は心地よさすら覚えた。
「ちわーっす。・・・あ、ほへとさんだ!」
「あら、きり丸くん」
まさか図書室にほへとがいると思ってなかったきり丸は、ほへとを見るなり破顔してぱたぱたと近寄ってきた。
弟がいたらこんな感じだろうか。
「きり丸くんも図書委員会なの?」
「そうなんです。・・・ほへとさん、まだ怪我良くないでしょ?寝てなくていいんすか?」
きり丸のもっともらしい質問にほへとは苦笑して答える。
「うーん・・・本当はよくないかな。実はこっそり伊作くんに内緒で出てきたんだよね」
ほへとの発言に思わず図書室にいる全員が顔をあげる。
「ちょ、それやばいっすよ!」
「え?」
声自体はとても小さいものの、吃驚したように青ざめるきり丸にほへとはきょとんとした様子で周りを見渡す。
「雷蔵、これって私たちがほへとさんを連れまわしたってことになると思うか?」
「場合によっては連帯責任にされかねないかも・・・」
「・・・・・・・・・」
皆の狼狽した姿。
一人ついていけないほへとは四人の顔を順番に見て状況把握に務めていた。
当の本人を無視して周りは話をし続ける。
「とりあえず、元の部屋に戻った方がいいっすよね」
「あの人怒らせると恐いからね・・・」
「ほへとさんはなかなかに勇者だな。うん興味深い」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないよ三郎」
あーだこーだと話を進める三人。
どうやら伊作は怪我人のことになると見境なく叱咤する人間らしい。たしかに教師である土井半助に対して怒っていた。それだけ伊作が優しい(というか心配症)とも言えるわけだが、怪我人相手だと殊更にその怒り方は尋常ではなくなるらしく、きり丸は我が身のことのように冷や汗を垂らした。
「怒られる前に部屋に戻りましょうほへとさん!」
「そうですね。それが賢明です」
「・・・まあ戻ったところで見つかるとは思うけどね」
「・・・・・・」
その四人の姿に、ほへとは少しだけ困ったような迷うような曖昧な笑みを浮かべた。
ゆっくりと床に視線を落とした後、そっと瞼を閉じる。
「部屋に戻ってもいいんだけど・・・。部屋にいると・・・、どうしてもいろいろ考えちゃって・・・」
歯切れ悪く、言いにくそうにほへとは口を開いた。皆の自分を心配する申し出がありがたい。
でもそれ以上に、あの手紙を置き去りにしている部屋には今は戻りたくなかった。一人でいれば、またあの手紙を読み返してしまう。そうするとまた終わることの無い思考の連鎖が続くのだ。
ぽつりぽつりと言葉を絞り出す透に、全員は口を噤んだ。今朝の話を聞いていなかったわけはないのに。
ほへとというその人が、あまりにも上手に悲しみを押し隠して笑うから、ここにいる理由を四人はつい忘れてしまいそうになる。
「・・・っいやだ皆さん。そんな顔しないで。心配してくれてありがとう。駄目ですね私・・・こんな、いい大人なのに。そうよね、安静にしてなきゃ。もちろん、頭ではわかってるんですよ。戻らなきゃ伊作くんも心配するって・・・」
「ほへとさん・・・」
「部屋にいるよりは、外に出た方が気も紛れるかと思ったんです。伊作くんや自分の体のこと考えたら部屋にいる方がいいに決まってますよね。そりゃそうですよ。私だって怪我人相手にはそう言うに決まってるもの」
自分に言い聞かせるように口早に言葉を紡ぎだすほへと。
悲しくないわけがない。寂しくないわけがない。不安じゃないなわけがない。
彼女は未だ慣れぬこの場所で、不安と絶望の狭間で揺れている。それを押し殺して笑おうとしている。
「ほへとさん、そのっ僕・・・。すいません、あの・・・」
「何で雷蔵くんが謝るの?心配してくれたのに、謝る必要ありませんよ。そうでしょう?こちらこそ、騙したみたいでごめんなさい」
雷蔵はこれ以上何も言えなかった。
彼女にかける言葉が見つからない自分に強い焦燥感を抱いた。何故こんなにも彼女は強くあろうとするのだろう。それを支えられない自分の何と無力だろう。出会って間もない自分とほへととの関係が、雷蔵はあまりに口惜しかった。
雷蔵の沈黙の間を埋めるように、ゆっくりと包帯の巻かれた腕がきり丸の頭へ伸びる。そのままほへとは優しくきり丸の髪に触れた。
まるで母親のような、慈しむかのような動作。
「本当にみんなありがとう」
自身を見るその眼差しの奥深くが切なく揺れているのが分かった。
きり丸は、ほへとよりもずっと小さいその身体でほへとにぎゅっと抱きついた。
「きり丸くん・・・?」
「・・・俺がもっと大きかったら、ほへとさんを全部こん中に包んであげれるのに」
塞き止めていたほへとの心にさざ波が生まれる。
曳いては反す波のよう。波間に揺れる悲しみは押しても押してもすぐに手元に反ってくる。
それは、一瞬のうちに大きな津波となってほへとを呑み込んだ。思わず口元を手で覆う。
「・・・・・・っごめんなさ・・・、私・・・」
「我慢しなくていいんすよ。辛いのなんて当たり前だし、大人とか子供とか関係ないっすよ。・・・俺も孤児だったし、ほへとさんの気持ち・・・わかる」
無理して、笑わないで。
その言葉に、じわりと目の前が滲んだ。
嗚呼、泣きたくなんてないのに。
「恐かったでしょ。みんな死んで。独りでここまで来て」
「う、ん・・・・・・」
「山賊にも襲われたんでしょ」
「・・・う、ん・・・・・・・・」
抑えきれなくなった涙が幾筋も涙が零れ落ちた。涙はきり丸の装束に一滴ずつ染み込んでいく。
「恐かったでしょ・・・。苦しかったと思う。もしかして全然眠れてないんじゃないですか?隈出来てるし。何で、なんすかね。その場にいるときは泣いてる暇なんてないんですよね・・・。目の前にいっぱいいっぱいで。俺も・・・そうだったし」
「きり、丸くん・・・」
ほへととうとう緊張の糸が切れたように声をあげて泣いた。しかしその声もすぐに消えて無くなりそうなほどのか細い慟哭で。
きり丸の体をぎゅっと抱きしめる。
その傷だらけの体をきり丸は強く強く抱きしめ返した。
「ほへとさ・・・」
「・・・・・・・・・」
「雷蔵」
雷蔵がその慟哭に耐えかねるように出した手を、長次が握って止めた。三郎はふるふると首を横に振る。
ただ傍観することしかできない歯痒さに雷蔵は目を伏せ、きつく拳を握った。