第一章<出会い編>
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ほへとが学園長の庵で話したことは、翌日要所要所掻い摘んで全生徒へ伝えられた。
ほへとには身寄りがないこと、山賊に襲われたこと、危険な人物ではないということ。
所持している苦無は兄の形見であるということも。
それを見て早とちりしないように。と忍たま達は先生方から特に念を押された。
10
「早く治らないかしら・・・」
ほへとは一人ごちた。
何といっても勝手に歩き回れないことが気分の落下に一層拍車をかけていた。
相変わらず伊作には食べ物を自室まで運んで貰っている。
松葉杖があれば動けるから。といっても伊作は聞き入れてくれない。
事実ほへとの足取りは松葉杖があっても殊更に危なげな足取りだった。
ほへとは部屋から這い出て、縁側に面している柱に体を持たせかける。
懐からそっと苦無を取り出した。今朝方山本シナの手により帰ってきた苦無は丁寧に錆が落とされ、鋭利な光を放っていた。
『決めるのはお主自身じゃ』
学園長が言っていた言葉が頭の中で反芻する。
一晩経過した今でも答えは出ることはなかった。
兄が書いた最後の手紙のことを思い出す。文字の一つ一つからたった一人の肉親の存在を感じた。
兄が死んでいるということは、薄々感じていたこと。
ただ、改めて死という現実に向き合い切れない自分がいた。未だにどこかで生きているのではないかという思いが、未だ渦巻いていた。
しかし、その一方で冷静にそれを受け止めている自分も確かにいた。
『忍術学園に行け』
会うたびに繰り返し言っていた兄。今思えば、いつか来るかもしれない最悪の出来事を予想していたように思う。
忍術学園とはどのような場所なのか。兄が里帰りをする毎に空想を膨らませたことを思い出す。
今私はその場所にいる。兄が生前、多くの時間を過ごした場所。
「考えてみれば、私この学園のこと何も知らないんだ・・・」
未だは組の生徒や伊作からの他愛ない話の中でしか忍術学園のことを知らなかった。
兄から学園のことは聞いていたが、それも十年以上昔の話。
これからを決めるためには、この場所を知る必要がある。
(・・・・・・よしっ)
陰鬱な気分を無理やり剥がすように両頬をペシッと叩いたほへとは松葉杖に手を伸ばす。
ほへとは本来前向きな性格だった。
それでも無理やりにでもこうしなければ自分が自分でなくなりそうだった。
杖を頼りに何とか立ち上がるが体中が悲鳴を上げている。
全身打撲に加え、至る所にある切り傷。片足には捻挫。両腕には包帯。頬には遠慮なく絆創膏がいくつも貼ってあった。
痛み止めのお陰で見た目ほど痛みは感じないものの、どこからどう見ても怪我人だ。部屋に設えてあった鏡台で自分の姿を見て少し苦笑いした。
大丈夫、まだ笑える。
ほへとは悲しみを振り切るように病室を後にした。
***
「おや?」
「どうかした?三郎」
紺色の忍者装束を着た青年は、共に歩いていた青年に話しかけた。
三郎と呼んだ方も、呼ばれた方もどちらも同じ顔をしている。
彼らの目線は、遠く渡り廊下の方へ向けられていた。
「あの人、今朝方先生が話してた人じゃないか?」
「本当だ。歩き回って大丈夫なのかな」
遠目に見てもたどたどしい歩き方。松葉杖と廊下とが擦れ合う音が聞こえる。
正直ずっと気になっていた。
どんな人物であるのか。噂の通りの人物なのか。間者では?それとも本当にただの患者なのか。
二人は好奇心を覚えずにはいられなかった。
「そこのお姉さん」
「・・・はい?私?」
「そうそう。今暇ですか?」
ほへとが松葉杖と格闘しながら、牛歩の如く歩いていると横から声をかけられた。
そこには全くそっくりの顔をした人物が二人並んでいた。
「ねえ三郎、その声のかけ方って何だかナンパしてるみたいだよ・・・」
「ナンパしてるんだよ」
「ええええ!?」
私の顔でナンパしないでくれよ・・・。と一方は狼狽し、一方は冗談だ。と笑った。
まるで合わせ鏡を見ているかのように同じ顔。
「こんにちは。ええと特に用事はありませんが…。どういったご用でしょうか」
「いえ。特に用ってほどじゃありませんが、歩き難そうにしていたので」
「いろはにほへとさん、ですよね。僕達は忍術学園の五年生なんです。貴女をもし見かける事があればいろいろ手助けしてあげるようにと、先生方からも言われています」
同じ顔が同じタイミングで笑った。
釣られてほへとも緊張を解く。
「親切にどうもありがとうございます。ここまで一人で歩いてきたはいいのですが、歩き慣れなくて困っていたんです。よければ少し手を貸してくださると有難いのですが・・・」
ほへとが言うより先に、二人は左右に回ってほへとの体を支えた。
薬品の匂いが2人の鼻腔を掠める。
「息ぴったり・・・貴女たちは双子?」
ほへとの問いかけに、左側で支えていた方が口を開く。
「申し遅れました。僕は不破雷蔵。あっちが鉢屋三郎。三郎は忍術学園一の変装の名人で、いつも僕の顔を真似てるんです」
「変装・・・?忍者って凄いんですね」
ほへとは三郎と雷蔵の顔を交互に見る。見れば見るほどに同じ顔だった。
学園内では久しく見ない素直な反応に、三郎は声をあげて笑った。
「久しぶりだなあ、その反応。私も嬉しくなりますよ」
「本当に…本当に凄いわ」
「三郎は特別ですよ」
聞けば、忍術学園の誰一人として鉢屋三郎の素顔を知らないという。
そのことにまたほへとは関心して、今度はまじまじと三郎の横顔を見つめる。雷蔵も久しぶりに見る反応に苦笑いした。
「ところでほへとさん」
「はい。なんでしょうか。…あ、私の方も、雷蔵くんと呼ばせて頂いても良いでしょうか」
そうほへとが言うと、雷蔵はもちろんです。と応えた。
「あ、雷蔵ばかりずるいぞ。・・・ほへとさん、私のことも三郎で構いませんから」
「どうぞよろしくお願いしますね三郎くん」
嬉しそうな声で返答する目の前の女性に、三郎は一瞬視線を止める。
(”優しくて、笑顔は花のよう”・・・ね)
包帯を巻かれたその細い両腕と、足。それに顔にあるいくつもの絆創膏が殊更に目を引いた。
先生から事のあらましを軽く聞いただけだったが、彼女が相当な目にあったことは容易に想像ができた。
それでも目の前の人物は笑っている。その瞳に悲しみを押し隠して。
その瞳の深さに気づいた二人はちくりと心が痛んだ。
「それでほへとさん、どこか行きたい場所があるんですか?」
「僕達が送っていきましょう」
三郎と雷蔵の言葉にほへとはうーんと首を捻る。特に行きたいところがあるわけでもないらしい。
ほへとにしてみれば、思いつきで部屋を出てきたようなものだったので、この二人の案内は非常にありがたかった。
「どこかお薦めの場所ってありますか?」
「そうですね・・・図書室はどうですか?」
「図書室?」
「はい。僕は図書委員なんです。・・・中在家長次先輩にはもう会われました?」
ほへとがふるふると首を横に振ると、雷蔵はその人物の紹介をしてくれた。
図書委員長だという中在家長次への想像を膨らませながらほへとは図書室へと足を向けた。
「六年生はまだ伊作くんと小平太くんとしか会っていませんから・・・。なんだか楽しみです。他にどんな委員会が?」
「体育委員会とか火薬委員会とか…。今度、全部の委員会を見て回ったらどうですか?いろんな奴にあえると思いますよ。あ、予算会議は気を付けて。戦場になります。ちなみに私は学級委員長委員会です」
三郎の”予算会議”という言葉に兄が学園では会計委員長だった。ということを思い出した。
俺は商人の方が向いてるかもしれない。と言った兄の顔と算盤を弾く音。
算盤の手ほどきを兄から教わったこともある。
兄の欠片を会話の中に見つけるたび、ほへとの心は嬉しさと切なさでいっぱいになった。
たしかに兄はこの忍術学園にいたのだと改めて感じた。
***
「ほへとさん、伊作です。・・・・・・ほへとさん?」
いつまで待っても返事の返って来ない障子越し。失礼します。と伊作が戸を開ければ、部屋にはいるはずの人物がいなかった。
片づけられた部屋。布団すらもすっかり綺麗に折りたたまれている。
あまりの整然とした部屋の様子に、一瞬伊作はどきりとしたが、すぐに安堵の息を漏らす。
鏡台の上にほへとが髪につけていた組み紐が一本置いたままになっていることに気がついた。
「はあ・・・吃驚した。出て行ったかと思ったよ・・・」
伊作は溜め息を吐いて鏡台の前に座り込む。
伊作の中ではほへとはまだ重傷の怪我人。実際一人では満足に歩くこともままならない。下手に歩けば怪我が悪化しかねない上、この学園には罠の類はそれこそいくらでもある。
普段の伊作ならば怪我人が学園を出ていく。などということは思考の範疇にも及ばないことだったが、昨日の今日ではそう思うのも無理はなかった。
伊作は彼女のことが心配で堪らなかった。ほへとの泣き顔が胸に刺さるように痛い。
「とりあえず・・・、捜さなきゃ!!」
善法寺伊作は弾けるように部屋を飛び出した。
ほへとには身寄りがないこと、山賊に襲われたこと、危険な人物ではないということ。
所持している苦無は兄の形見であるということも。
それを見て早とちりしないように。と忍たま達は先生方から特に念を押された。
10
「早く治らないかしら・・・」
ほへとは一人ごちた。
何といっても勝手に歩き回れないことが気分の落下に一層拍車をかけていた。
相変わらず伊作には食べ物を自室まで運んで貰っている。
松葉杖があれば動けるから。といっても伊作は聞き入れてくれない。
事実ほへとの足取りは松葉杖があっても殊更に危なげな足取りだった。
ほへとは部屋から這い出て、縁側に面している柱に体を持たせかける。
懐からそっと苦無を取り出した。今朝方山本シナの手により帰ってきた苦無は丁寧に錆が落とされ、鋭利な光を放っていた。
『決めるのはお主自身じゃ』
学園長が言っていた言葉が頭の中で反芻する。
一晩経過した今でも答えは出ることはなかった。
兄が書いた最後の手紙のことを思い出す。文字の一つ一つからたった一人の肉親の存在を感じた。
兄が死んでいるということは、薄々感じていたこと。
ただ、改めて死という現実に向き合い切れない自分がいた。未だにどこかで生きているのではないかという思いが、未だ渦巻いていた。
しかし、その一方で冷静にそれを受け止めている自分も確かにいた。
『忍術学園に行け』
会うたびに繰り返し言っていた兄。今思えば、いつか来るかもしれない最悪の出来事を予想していたように思う。
忍術学園とはどのような場所なのか。兄が里帰りをする毎に空想を膨らませたことを思い出す。
今私はその場所にいる。兄が生前、多くの時間を過ごした場所。
「考えてみれば、私この学園のこと何も知らないんだ・・・」
未だは組の生徒や伊作からの他愛ない話の中でしか忍術学園のことを知らなかった。
兄から学園のことは聞いていたが、それも十年以上昔の話。
これからを決めるためには、この場所を知る必要がある。
(・・・・・・よしっ)
陰鬱な気分を無理やり剥がすように両頬をペシッと叩いたほへとは松葉杖に手を伸ばす。
ほへとは本来前向きな性格だった。
それでも無理やりにでもこうしなければ自分が自分でなくなりそうだった。
杖を頼りに何とか立ち上がるが体中が悲鳴を上げている。
全身打撲に加え、至る所にある切り傷。片足には捻挫。両腕には包帯。頬には遠慮なく絆創膏がいくつも貼ってあった。
痛み止めのお陰で見た目ほど痛みは感じないものの、どこからどう見ても怪我人だ。部屋に設えてあった鏡台で自分の姿を見て少し苦笑いした。
大丈夫、まだ笑える。
ほへとは悲しみを振り切るように病室を後にした。
***
「おや?」
「どうかした?三郎」
紺色の忍者装束を着た青年は、共に歩いていた青年に話しかけた。
三郎と呼んだ方も、呼ばれた方もどちらも同じ顔をしている。
彼らの目線は、遠く渡り廊下の方へ向けられていた。
「あの人、今朝方先生が話してた人じゃないか?」
「本当だ。歩き回って大丈夫なのかな」
遠目に見てもたどたどしい歩き方。松葉杖と廊下とが擦れ合う音が聞こえる。
正直ずっと気になっていた。
どんな人物であるのか。噂の通りの人物なのか。間者では?それとも本当にただの患者なのか。
二人は好奇心を覚えずにはいられなかった。
「そこのお姉さん」
「・・・はい?私?」
「そうそう。今暇ですか?」
ほへとが松葉杖と格闘しながら、牛歩の如く歩いていると横から声をかけられた。
そこには全くそっくりの顔をした人物が二人並んでいた。
「ねえ三郎、その声のかけ方って何だかナンパしてるみたいだよ・・・」
「ナンパしてるんだよ」
「ええええ!?」
私の顔でナンパしないでくれよ・・・。と一方は狼狽し、一方は冗談だ。と笑った。
まるで合わせ鏡を見ているかのように同じ顔。
「こんにちは。ええと特に用事はありませんが…。どういったご用でしょうか」
「いえ。特に用ってほどじゃありませんが、歩き難そうにしていたので」
「いろはにほへとさん、ですよね。僕達は忍術学園の五年生なんです。貴女をもし見かける事があればいろいろ手助けしてあげるようにと、先生方からも言われています」
同じ顔が同じタイミングで笑った。
釣られてほへとも緊張を解く。
「親切にどうもありがとうございます。ここまで一人で歩いてきたはいいのですが、歩き慣れなくて困っていたんです。よければ少し手を貸してくださると有難いのですが・・・」
ほへとが言うより先に、二人は左右に回ってほへとの体を支えた。
薬品の匂いが2人の鼻腔を掠める。
「息ぴったり・・・貴女たちは双子?」
ほへとの問いかけに、左側で支えていた方が口を開く。
「申し遅れました。僕は不破雷蔵。あっちが鉢屋三郎。三郎は忍術学園一の変装の名人で、いつも僕の顔を真似てるんです」
「変装・・・?忍者って凄いんですね」
ほへとは三郎と雷蔵の顔を交互に見る。見れば見るほどに同じ顔だった。
学園内では久しく見ない素直な反応に、三郎は声をあげて笑った。
「久しぶりだなあ、その反応。私も嬉しくなりますよ」
「本当に…本当に凄いわ」
「三郎は特別ですよ」
聞けば、忍術学園の誰一人として鉢屋三郎の素顔を知らないという。
そのことにまたほへとは関心して、今度はまじまじと三郎の横顔を見つめる。雷蔵も久しぶりに見る反応に苦笑いした。
「ところでほへとさん」
「はい。なんでしょうか。…あ、私の方も、雷蔵くんと呼ばせて頂いても良いでしょうか」
そうほへとが言うと、雷蔵はもちろんです。と応えた。
「あ、雷蔵ばかりずるいぞ。・・・ほへとさん、私のことも三郎で構いませんから」
「どうぞよろしくお願いしますね三郎くん」
嬉しそうな声で返答する目の前の女性に、三郎は一瞬視線を止める。
(”優しくて、笑顔は花のよう”・・・ね)
包帯を巻かれたその細い両腕と、足。それに顔にあるいくつもの絆創膏が殊更に目を引いた。
先生から事のあらましを軽く聞いただけだったが、彼女が相当な目にあったことは容易に想像ができた。
それでも目の前の人物は笑っている。その瞳に悲しみを押し隠して。
その瞳の深さに気づいた二人はちくりと心が痛んだ。
「それでほへとさん、どこか行きたい場所があるんですか?」
「僕達が送っていきましょう」
三郎と雷蔵の言葉にほへとはうーんと首を捻る。特に行きたいところがあるわけでもないらしい。
ほへとにしてみれば、思いつきで部屋を出てきたようなものだったので、この二人の案内は非常にありがたかった。
「どこかお薦めの場所ってありますか?」
「そうですね・・・図書室はどうですか?」
「図書室?」
「はい。僕は図書委員なんです。・・・中在家長次先輩にはもう会われました?」
ほへとがふるふると首を横に振ると、雷蔵はその人物の紹介をしてくれた。
図書委員長だという中在家長次への想像を膨らませながらほへとは図書室へと足を向けた。
「六年生はまだ伊作くんと小平太くんとしか会っていませんから・・・。なんだか楽しみです。他にどんな委員会が?」
「体育委員会とか火薬委員会とか…。今度、全部の委員会を見て回ったらどうですか?いろんな奴にあえると思いますよ。あ、予算会議は気を付けて。戦場になります。ちなみに私は学級委員長委員会です」
三郎の”予算会議”という言葉に兄が学園では会計委員長だった。ということを思い出した。
俺は商人の方が向いてるかもしれない。と言った兄の顔と算盤を弾く音。
算盤の手ほどきを兄から教わったこともある。
兄の欠片を会話の中に見つけるたび、ほへとの心は嬉しさと切なさでいっぱいになった。
たしかに兄はこの忍術学園にいたのだと改めて感じた。
***
「ほへとさん、伊作です。・・・・・・ほへとさん?」
いつまで待っても返事の返って来ない障子越し。失礼します。と伊作が戸を開ければ、部屋にはいるはずの人物がいなかった。
片づけられた部屋。布団すらもすっかり綺麗に折りたたまれている。
あまりの整然とした部屋の様子に、一瞬伊作はどきりとしたが、すぐに安堵の息を漏らす。
鏡台の上にほへとが髪につけていた組み紐が一本置いたままになっていることに気がついた。
「はあ・・・吃驚した。出て行ったかと思ったよ・・・」
伊作は溜め息を吐いて鏡台の前に座り込む。
伊作の中ではほへとはまだ重傷の怪我人。実際一人では満足に歩くこともままならない。下手に歩けば怪我が悪化しかねない上、この学園には罠の類はそれこそいくらでもある。
普段の伊作ならば怪我人が学園を出ていく。などということは思考の範疇にも及ばないことだったが、昨日の今日ではそう思うのも無理はなかった。
伊作は彼女のことが心配で堪らなかった。ほへとの泣き顔が胸に刺さるように痛い。
「とりあえず・・・、捜さなきゃ!!」
善法寺伊作は弾けるように部屋を飛び出した。