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天使が降りてくる夢を見た。
――ふと、美奈子の声が聞こえた気がした。
羽のように柔らかく、はちみつのように甘い声。
ゆっくり、ゆっくり目を開ける。
WestBeach全体が、雨の音に支配された真夜中。
寝ぼけた目をこすりつつ、ベッドが軋む音も気にしないで窓を開けると、
真っ暗な世界から雨が打ち付けてくる。
手を伸ばせば飲み込まれそうな夜。
落ちてくる雨が、まるであの世とこの世の境を際立たせてるみたいだった。
冷たくて激しい雨は、この焦がれて焼けてしまいそうな心を冷やしてくれる。
コウがバイト先の人から貰ってきた目覚まし時計。
いらねーって言って譲ってくれたやつを見てみた。
もう夜中の1時を回ってる。あれ、俺、何時から寝てたんだっけ?
携帯を見てみた。着歴が1件、メッセージが1通。
どっちも美奈子からだ。
『夜中に電話しちゃってごめんね
お誕生日おめでとう!本当は声で伝えたかったんだ。
明日また改めて言うね。おやすみなさい』
着信は0時丁度。7月1日最初の電話だ。
メッセージはそのすぐあとに来てた。
どうしよう。口がにやけたのがわかって、恥ずかしくなって口元を抑えた。
美奈子の声、聞きたかったな。でもこの時間じゃもう寝てるよね。
片想いでも、美奈子の声を想像するだけで、胸の奥底で何かがとくんと跳ねた。
「明日、お礼言わなくちゃ。あわよくばぎゅーとかしちゃおっかな?」
こういうの、戯れ言、っていうんだっけ?
想像は妄想。まるで彼女が目の前にいるかのように、
美奈子を抱きしめたつもりで自分の体を抱きしめる。
この手に温もりはない。でも、心が満たされたのは確か。
――情熱的な雨に酔う。雨は、熱すぎる純情を連れ去ってくれる。
それでもまたすぐ燃え上がるこの想いを、この気持ちを、俺はなんて言えばいい。
心が、燃えてなくなりそうだ。
「オマエの全てが欲しい。愛おしいよ」
むなしく抱きしめた両手を解いて、
今度は両方の手のひらを、見つめた。
この手には何もない。空中に漂った、哀しい愛の言葉。
ねぇ。こんなに好きだと思って、良いのかな。
愛されたいとか、気付いて欲しいとかの前に
オマエが愛しすぎて恐ろしいよ。
自分がわからなくなりそうで、怖いんだ。
ふとした瞬間に愛しくなるのに、そんな自分の立場を自覚すると、オカシくて仕方ない。
「…なんちて」
しとしとと忍び込む雨。境を越えてなお襲ってくる。
届き切らないやるせなさと共に。
届けても届かない、俺の気持ちみたいだ。
どうにもならないふたりの距離。
トモダチ、という曖昧な定義。
それでも愛しいと思う。届かせてはいけないとわかるほどに。
そんな苦しみが心地いいのは、オマエの熱に侵されることを求めてたから。
トモダチのくせに、潤んだ瞳で困った顔して相談してくる。
その言葉を聞くたびに、俺の心は千切れてしまいそうになるのに、
どんなに痛くても苦しくても、一緒にいたいと思うんだ。
ふと、何かに縋りたくて窓の向こうを見てみたけど
窓の向こうには、やっぱり雨音以外何もない。
「困るよね…ほんと」
泳ぎ疲れて力尽きたイルカみたいに、まるで海の底に流れ込むように、ベッドに倒れこむ。
まとわりつく髪は鬱陶しくて、ねちっこくて、女々しい。
「俺の妖精の鍵、どこに行っちゃったのかな」
手を握ったり開いたりする。
触れたい、オマエに。――これはきっと、ヨクボウ、だ。
ああ、俺の心は、雨の真夜中にまた燃えた。
何度も冷やされては燃え上がる。
「いつの日か実って欲しい」と健気に願うだけでも、濡れた炎はまた強くなる。
そして燃えれば燃えるほど、幼さが削られていく。
求めていくんだ。心だけじゃない。
もっともっと、もっと深くまで、
オマエガホシイ。
『お誕生日おめでとう!』
明日、学校できっと、
満面の笑みで言ってくれるだろう姿を想って
冷めやらぬ情熱と一緒にまた、眠った。
――限りを知らない、18歳の健康な肉体。
この果てない、純情な精神。
燃えて燃えて、真っ黒になって、
もっと純粋な、灰になれ。
***
宇多田/ヒカル
真夏の/通り雨
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