少年・桜井琉夏の初恋
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――ルカくん、よろしくね。
教会のステンドグラスが輝いてた。
真っすぐで純粋で、子供だった俺たち。
初めて美奈子がそう言って笑いかけてくれた日、
俺は初めて、泣きそうに笑った。
嬉しくて。ただ、オマエに出会えたことが嬉しくて。
それは、きっと俺の初恋の種が埋まった瞬間だった。
『お祈りするんだ、また会えますように。』
『…信じる?』
サクラソウが風になびく。春の匂いと美奈子の手の温もり。
――うん、信じる。
そう、美奈子の唇から言葉がこぼれたとき、種は芽吹いた。
その日から、俺の心臓のもっと奥の方で
幼い俺はオマエとの再会を待ち続けることを選んだんだ。
だから、どんなに冷たくて残酷な痛々しい日々を過ごしても
どんなに純情な俺が消えて零れ落ちていっても
入学式の前日、あの教会の前で美奈子を一目見ただけでわかった。
心臓の奥で、凍えながら時を待っていた小さな芽は
オマエに会えた喜びで、泣きそうに笑ったんだから。
「…おいルカ、気色悪ぃからやめろ」
「え?なにが?」
「ニヤつきながら歩くんじゃねぇよ」
登校で禁止されてるバイクを校舎裏に隠して停めて、2人で生徒玄関に向かってたときだった。
コウは俺の顔を見て、それはそれは変な生き物を見るような目で言った。
苦痛だった期末テスト週間も終わり、やっとやっと、夏が来た。
朝の空は透き通るように青くて広い。
「ニヤついてる?俺が?」
「あぁ。なんか良いことでもあったのかしらねぇけどよ。気色悪ぃからやめとけ」
「あ、ひどい。コウに言われたら終わりだな」
「んだとコラ」
日差しから逃げるみたいに生徒玄関に入れば、中は陰っていて少し空気はひんやりしてる。
登校時間ギリギリだから、人はまばら。
俺はダラダラと自分の下駄箱から上履きを出して、何も考えずに廊下に落として履き替える。
履き潰した上履きも、履いたら少し冷たい。
俺と違って、コウは上履きを出すのも靴を下駄箱に入れるのもちょっと丁寧だった。
「コウのクラス、一限目何?」
「現国」
「いいなー、大迫ちゃんじゃん」
「お前は?」
「俺は数学。ヒムロッチだから寝れない」
「そりゃ…ったりーな」
小さいあくびが出た。昨日の夜、寝たの何時だったっけ。
コウの部屋から紙をめくる音と一緒に、珍しく何か書く音が聞こえた気がしたけど、気のせいだったかな。
でも、コウがかけてるレコードの音が止んだのは12時過ぎてからだった気がする。
「あいつに怒られっからよ、サボるのも上手くやれ」
「はーい」
なぁ、コウ。俺、こんな呑気な会話をできる日が来るなんて思わなかったよ。
平和ボケしてるのがわかる。でもそれは、俺たちが望んだ道。
俺の高校生活は、あの日にはば学に行くと決めてなかったらもっとカワイソウなものになってたよな。
履き潰した上履きが、かかとに食い込む感じがする。
「今日の現国、漢字の小テストあんだよ」
「え、今日の5限現国なんだけど。もしかして俺も?」
「知らね。終わったな」
コウが上履きを履き替えるのを見届けてると、玄関の外で走ってくる足音。
そして聞き慣れた甘い声がすぐ耳に入ってきた。
たとえどんな人ごみにいても、俺たちはこの声を聴き分けられる。
「あっ、ルカくんコウくん!おはよ!」
「… 美奈子?めずらしい、今日遅いね?」
美奈子、と呼ぶだけで俺の心臓が少し早く動く。
息を切らして急いで上履きに履き替える美奈子は、
小走りで俺たちを追い越して自分の下駄箱に到着した。
「そうなの!氷室先生の課題夜中までやってたら寝坊しちゃって」
歩きながら履いてる、って表現する方が正しいくらい、美奈子は慌ただしく前を通り過ぎていく。
ヒムロッチの課題を真面目にやるやつなんて、クラスのほんの一握りだ。大体、難しすぎて挫折する。
でも美奈子は出来ちゃうんだ。だって、テストは学年一位なんだから。
テストの順位表の一番上。見覚えのある名前の上には、誰の名前もない。
1年生の頃は俺たちと変わらない成績だったのに。
テスト範囲にヤマ張って、出たとか出なかったとか報告し合って、俺たちの名前は近くにあったのに。
少しずつ、上の方に離れていく美奈子の名前。
そしていつの間にか、遠いところへ行ってしまった美奈子。
職員室ですれ違って、勉強教わる姿を何回見たかな。
たくさんのテキストを両手で抱えて、質問しに行ってた美奈子を、俺たちは知ってる。
――予鈴が鳴り響いた。
そして美奈子は爽やかな笑顔で、俺たちに向かって言う。
一足先に踏み出して、美奈子は廊下に向かって小走りで。
「2人とも、置いてっちゃうよ!」
パタパタと足音を響かせて、美奈子は俺たちの視界から消えた。
壁にかけてある時計を見たら、もう数分で担任が来てホームルームを始める時間だ。
「…コウ、急ぐ?」
「…しゃーねぇ、走るべ」
コウがニヤついた。らしくないよ、コウ。
俺もやっぱりニヤついて、履き潰したかかとを珍しく直した。
走り出すと、風を感じた。初夏の空気が渡り廊下から流れ込んでくる。
俺たちはそれぞれの教室へ急いだ。
らしくもなく、青春してるよな、俺たち。
これは、俺がかつて欲しがってた幸せの一つかもしれないと、かすかに思った。
美奈子。
俺に春を教えてくれてありがとう。
世界の温かさを知ることができた幸せに
俺はどれほど感謝すればいいんだろう。
オマエのことが好きで好きでたまらないから
オマエが見てる世界に、俺も行くよ。
だから見てて。美奈子にふさわしい俺になるから。
初恋は、人を変える奇跡。
***
初恋
宇多田/ヒカル
2020.06.06
add:2022.12.7
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