やみにちるらん
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いつの世かもわからない。
此の門の内側には愛も誠もない。
御友達なんて言えるものは、煙管とお月様と寝床だけ。
生まれてからも、売られてからも、
あたしはいつでもひとりで生きた。
娑婆は永遠に遠い場所。
禿時代は地獄ばかり。
禿を上がって女郎で咲いても、心はただただ散るばかり。
あたしはどこでも開かない。
心も寂しさも、本音だって。
永遠に枯れちまった。枯れさせた。
だってそうじゃないと生きられないと
水揚げされたあの日に、わかったから。
「……へぇ、オマエ、新人?どおりで、可愛いと思った」
だったのに。――そこにあんたが現れた。
「ルカ、って呼んで?ね、さっきのオマエの声のまま、聞かせて?」
ルカと名乗ったその男は、狐のような不思議な色の髪をしていた。
異人?と聞いたらくすりと笑って答えない。
それは月明かりの綺麗な夜だった。
影でも幻でもないはずなのに、
人の血を通わせないような、寂しい温もり。
まるであたしを”大切”に扱う手つき。
優しく痺れるように伝う唇。
その冷めた視線は、あたしの心を突き刺した。
――あたしは初めて人を好いた。
刺された場所から芽吹くように、あたしの心に花を咲かせた。
あんたに出会わなきゃあたしは、
耳の熱なんて知らないで、だれかのまらをいつまでも
咥え続けていたのに。
「…あれ、しばらく見ないうちに、また可愛くなった?」
いつもひょいと現れて、忽ちあたしの心を持っていく。
あんたがそう笑うから、
掠れる布の内側で、あたしの唇と首元と
耳たぶをそうして優しく、舐め上げてくれるから、
あたしは束の間の悦びを知る。
「…すごく、いい。今のオマエ、とっても綺麗だよ」
ひんやりとしていながら熱を帯びていて、
触れたときの感触がいつまでも残る。
今まで知らなかった。
そんな妖しい艶を持つ人間が、この世界にいるなんて。
「……また来るよ。それまで、お月様を見たら笑って。
お月様の下でいつも、オマエを想って生きるから」
いつも地味なおべべを着て、そっと静かに笑ったら、
夜明けの月を見る前に去った。
見送るときはいつも、隠れて頬に口づけをした。
空気に溶けるように、そしてささやかに笑って、
いつも通り、散るようにいなくなった。
ルカが生きているのかいないかすらも、会うたびあたしはわからない。
冷たいのにどこか優しい視線が、あたしに注がれるだけで身体が芯から疼いた。
熱は確かに残るのに、当のルカの存在は曖昧で幽霊のようで
いつの間にか知らぬ間にぷつりといなくなるような、そんな寂しい背中をしていた。
――ルカはいつも、来たかと思えば来なくなる。
煙のように行き場は知れない。
あたしの心が宙に迷って格子の中から空を見てると
おみよちゃんは「熱に浮かばさせれてる」と静かに窘める。
つばき姉さんは「あんたが思うままに生きな」という。
『間夫はいつか裏切るから』。どちらも最後にそう言った。
「背をはやみ、岩にせかるる…滝川の―――」
いつか結ばれる日が来るなんて
いつから思うようになったのかしら。
嗚呼、あたしはどうかしちまった。
綿毛のように不確かな温もりのせいで、
あたしはあのときから、もうあたしの魂を見失っちまったんだ。
好いた人のことじゃなければ
何も見えない、聞こえない。
見たくないんだ、聴きたくもない。
あんたの冷たく透き通る瞳と、体が溶けそうになる声と、
肌の温もりとまら以外、
あたしの中にいれたくないんだ。
「――ねぇ、契を交わそう。
永遠に変わらない、二人がこの世に生きた証をのこすために」
本当の愛も誠も知らないのに、
赤い契と一筋の涙で、
あたしの魂は戻ってくるかしらん。
「花は、必ず咲くんだ。
その美しさは、咲いてこそわかるものだから。
だからオマエが咲く日を待ってた。オマエが、俺だけのために咲く日を」
金色の月と、狐色の髪。
目に映る色は、たしかにルカだけだった。
あたしは何を愛したのだろう。
いつか結ばれる。夢見たその日に、何を信じていたのだろう。
「そして、花の美しさを教えてくれる方法がもうひとつある。
それはね……その花が一番綺麗な状態で、散ることなんだよ」
「…ルカ?」
冷たい温もりに、血潮が通う。
「一緒に散れば、次咲くときもまた一緒だ」
―――明くる日に、
萎れた蘭のように横たわったあたしは、
此の世の何を見るのだろうか。
――闇に散る蘭――
***
椎名/林檎
ギブス
闇に散る蘭+闇に散るらん(む)
=闇に散っていくのでしょう
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