そうして時が過ぎるということ
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俺の居場所。幸せの場所。
幸せすぎてなんだか、居心地の悪いような、
美奈子に申し訳なくなるような、
そんなときがいつか来る。
わかりきった幸せに浸れるということが、どれほど奇跡なのかを知った。
静かな木漏れ日が、当たり前に心地よいのと同じように。
初夏の爽やかな風が吹いた。
そうして時が過ぎるということ
「……ん、よし」
忘れ物なし。紙に書かれたリストをもう一度確認して、
足りないものがないことを確かめて車を降りた。
眩しい日差し。汗ばむシャツ。
午後1時。朝買い物を頼まれて、軽く昼飯を食ってたらいつの間にか過ぎていた時間。
「おいルカ、荷物はこれで全部なんだろうな?」
「うん、オッケー。じゃ運ぼう」
「ったく、リストにねぇ余計なもんまで…買いすぎだろこりゃ」
「文句言わない。いざってときにいるかもしれないだろ」
「だからってよ…レンジャーのもんとか…まだ早ぇだろ」
はばたき市立総合病院。
産婦人科は3階。
美奈子が今、待ってる場所。
美奈子と夫婦になれて早2年。
ラブラブな新婚生活。
俺の中では、もうちょっと二人だけで一緒にいたかったけど、
奇跡を喜ばないわけはない。
美奈子がもぞもぞと、何かを言おうとしたあの日。
お夕飯の途中だったな。
1年近く経つのに、はっきりと覚えてる。
『琉夏。出来た、かも』
『え?何が?』
『…あ、ぁ、あか』
『赤?……はっ』
『…わかった?』
『練習してた新しいレンジャーの技、出来たの?ずっと出来なかったレッドの』
『……ぜんぜん違う』
『うわっごめん!ごめん美奈子!謝る!だからマグカップ下ろして!』
『…もう!相変わらずなんだから。
あのね!琉夏、パパになるかもしれないの』
『…え?』
『赤ちゃん!!出来たかも。遅れてたから調べてみたら、反応が出たの』
『なんだって!!』
『今週、産婦人科に行ってき――』
『いつ!?休み取んなきゃ!!』
――殴られかけたマグカップは、今でも大事に使ってる。
「赤ちゃん」、なんて聞いたとき。喜びと驚きは正直やばかったけど。
パパかぁ…なんて、
無限に広がっていく妄想が、あの日から俺の日課になった。
コウに報告したときなんか、これでもかってくらい「わーったよ」って言われた。
でもにやってしてた。きっと嬉しいんだ、コウも。
セイちゃんには国際電話した。遠い遠い空の下にいたセイちゃんは、
『お前に似ないことを心から祈る』って、嫌味っぽく笑ってくれた。
それまで世界になかった命が、
一人分、この世に生まれたということ。
そんな些細で大きな出来事によって、俺の世界は180度変わったような気がした。
また増えた俺の居場所。
そしてなんだか、美奈子と本当の、ホンモノの家族になれたような、おかしな感覚がした。
そっか、そっか、って。
何に納得しているのかわからないのに、
世界に起こるいいことは、全部我が子の誕生を祝う出来事のように感じたんだ。
「てめぇの頭はめでてぇな」なんて、何度もコウに笑われたけどね。
「琉夏!コウくんも…って、」
「美奈子元気そう!お買い物終わったよ」
「ひでぇ荷物だろ?お前からもなんか言ってくれ…」
307号室。二人部屋のもう一つのベッドは、まだ空いていた。
美奈子は横になって雑誌を読んでた。
みよちゃんと花椿さんが持ってきてくれた育児雑誌みたい。
我が子誕生から3日目。
美奈子のお腹は、まだちょっとだけぽっこりしてた。
「ねぇ琉夏?私がお願いしたもの10個もなかったから、
1袋で済むと思うんだけど…見た感じ、何袋の荷物を持っているのかな?」
「5…?だよね、コウ」
「だよねじゃねぇよ。買いすぎだってつってんだよ」
ぽか、という音でも鳴りそうに、コウに小突かれちゃった。
困ったように笑う美奈子。その顔を見てまた、俺は嬉しくなる。
――産後の大きな心配も無く、美奈子は無事に「お母さん」になった。
陣痛が来てから数時間。
赤ちゃんの出てくる道はなかなか開かなくて、
長く苦しむ美奈子に、俺はただただ寄り添うことしか出来なかった。
美奈子が今までにないくらい力を込めて手を握ってくるとき、
何もできない不甲斐なさに、何度も、泣きそうになった。
「頑張れ、頑張れ」って。
『陣痛って、赤ちゃんが生まれたいと思ってくれてる証なんだって。
出たい出たいって、赤ちゃんが頑張ってるってことなんだって』
そう言ってた美奈子の言葉を思い出して、
「二人」にずっと、声をかけてた。
立ち会って、生まれてくれた瞬間なんか、涙が全然止まんなくて。
分娩室はキラキラしたものは何もないのに、世界がすごく輝いて見えた。
感動で、いろんなことが言葉になってなかったけど。
ただ何度も、何度も、美奈子に「ありがとう」って、
「頑張ったね」って。
それだけ、はっきり言えたことは覚えてるんだ。
「もう…あ、そうそう、少し前にね、授乳し終わったの。
今ならベビールームのカーテン、開いてると思うよ」
二人で見てきたら?…美奈子が言ってくれた。
コウはまだ見てなかったから、丁度いいや。
俺にとっての世界で二人目の天使に会いに行こう。
「うん、見る。
コウ、見たら可愛すぎてにやけちゃうよ?」
「へぇへぇ……んじゃ、荷物この辺まとめとくわ」
「ありがとう。ごめんね、忙しいときに…」
「いんだよ。めでてぇことだしな」
「ほんと、ありがとうね」
「コウ無視かよ!…美奈子、俺、感動の再会に行ってくるから!」
「ふふ…いってらっしゃい」
自分のことばかり、自分の気持ちや居場所ばかり、ひとりでどうにかして、
ひとりで立てている気がしていた。
ひとりぼっちが、大丈夫なフリをしていた。
美奈子に出会って、美奈子を好きになって、一緒になって。
ちっぽけなことでも、心が動くようになった。
些細なことでも、嬉しいって、思えるようになった。
自分の子供ができて、
もう会えない「父さん」と「母さん」を想った。
俺がどれだけ愛されていたか。
そして今、親孝行ってどういうことなのか、
少しずつ、わかったような気がした。
「……おはよう、俺の天使」
ベビールームで眠る我が子は、どの子よりも輝いてる。
あぁ、本当は、天から降りて来たんじゃないかな。
愛しすぎて、可愛すぎて泣けてくる。
――大変なこと、苦しいことつらいこと。
我が子が、これから人生を歩むということ。
親になったということ。
それは決して、単純なことなんかじゃなくて、
一言では言い表せないたくさんのことが、これから起こっていく。
家族という居場所。夫婦であること。
愛を紡ぐその瞬間。
過ぎていく一秒一秒が、同じではないという切なさ。
そんな風にして、
そういう風に、時が過ぎていくということ。
俺たちの軌跡は、いつもこうして、歩まれていく。
それは、大事だとか、有難いとか、幸せだなとか、
些細な喜びを感じ続けていけるということ。
俺はまだまだ、その方法を模索している最中だけど、
それでも歩み続ける場所は、美奈子の隣を心から望んでる。
目を閉じて愛を感じた。
初夏の爽やかな風の匂い。
俺は確かに、ここで生きてた。
ふんわりとした柔らかい涙を、美奈子がそっと拭う隣で。
***
福山/雅治
家族に/なろうよ
幸せすぎてなんだか、居心地の悪いような、
美奈子に申し訳なくなるような、
そんなときがいつか来る。
わかりきった幸せに浸れるということが、どれほど奇跡なのかを知った。
静かな木漏れ日が、当たり前に心地よいのと同じように。
初夏の爽やかな風が吹いた。
そうして時が過ぎるということ
「……ん、よし」
忘れ物なし。紙に書かれたリストをもう一度確認して、
足りないものがないことを確かめて車を降りた。
眩しい日差し。汗ばむシャツ。
午後1時。朝買い物を頼まれて、軽く昼飯を食ってたらいつの間にか過ぎていた時間。
「おいルカ、荷物はこれで全部なんだろうな?」
「うん、オッケー。じゃ運ぼう」
「ったく、リストにねぇ余計なもんまで…買いすぎだろこりゃ」
「文句言わない。いざってときにいるかもしれないだろ」
「だからってよ…レンジャーのもんとか…まだ早ぇだろ」
はばたき市立総合病院。
産婦人科は3階。
美奈子が今、待ってる場所。
美奈子と夫婦になれて早2年。
ラブラブな新婚生活。
俺の中では、もうちょっと二人だけで一緒にいたかったけど、
奇跡を喜ばないわけはない。
美奈子がもぞもぞと、何かを言おうとしたあの日。
お夕飯の途中だったな。
1年近く経つのに、はっきりと覚えてる。
『琉夏。出来た、かも』
『え?何が?』
『…あ、ぁ、あか』
『赤?……はっ』
『…わかった?』
『練習してた新しいレンジャーの技、出来たの?ずっと出来なかったレッドの』
『……ぜんぜん違う』
『うわっごめん!ごめん美奈子!謝る!だからマグカップ下ろして!』
『…もう!相変わらずなんだから。
あのね!琉夏、パパになるかもしれないの』
『…え?』
『赤ちゃん!!出来たかも。遅れてたから調べてみたら、反応が出たの』
『なんだって!!』
『今週、産婦人科に行ってき――』
『いつ!?休み取んなきゃ!!』
――殴られかけたマグカップは、今でも大事に使ってる。
「赤ちゃん」、なんて聞いたとき。喜びと驚きは正直やばかったけど。
パパかぁ…なんて、
無限に広がっていく妄想が、あの日から俺の日課になった。
コウに報告したときなんか、これでもかってくらい「わーったよ」って言われた。
でもにやってしてた。きっと嬉しいんだ、コウも。
セイちゃんには国際電話した。遠い遠い空の下にいたセイちゃんは、
『お前に似ないことを心から祈る』って、嫌味っぽく笑ってくれた。
それまで世界になかった命が、
一人分、この世に生まれたということ。
そんな些細で大きな出来事によって、俺の世界は180度変わったような気がした。
また増えた俺の居場所。
そしてなんだか、美奈子と本当の、ホンモノの家族になれたような、おかしな感覚がした。
そっか、そっか、って。
何に納得しているのかわからないのに、
世界に起こるいいことは、全部我が子の誕生を祝う出来事のように感じたんだ。
「てめぇの頭はめでてぇな」なんて、何度もコウに笑われたけどね。
「琉夏!コウくんも…って、」
「美奈子元気そう!お買い物終わったよ」
「ひでぇ荷物だろ?お前からもなんか言ってくれ…」
307号室。二人部屋のもう一つのベッドは、まだ空いていた。
美奈子は横になって雑誌を読んでた。
みよちゃんと花椿さんが持ってきてくれた育児雑誌みたい。
我が子誕生から3日目。
美奈子のお腹は、まだちょっとだけぽっこりしてた。
「ねぇ琉夏?私がお願いしたもの10個もなかったから、
1袋で済むと思うんだけど…見た感じ、何袋の荷物を持っているのかな?」
「5…?だよね、コウ」
「だよねじゃねぇよ。買いすぎだってつってんだよ」
ぽか、という音でも鳴りそうに、コウに小突かれちゃった。
困ったように笑う美奈子。その顔を見てまた、俺は嬉しくなる。
――産後の大きな心配も無く、美奈子は無事に「お母さん」になった。
陣痛が来てから数時間。
赤ちゃんの出てくる道はなかなか開かなくて、
長く苦しむ美奈子に、俺はただただ寄り添うことしか出来なかった。
美奈子が今までにないくらい力を込めて手を握ってくるとき、
何もできない不甲斐なさに、何度も、泣きそうになった。
「頑張れ、頑張れ」って。
『陣痛って、赤ちゃんが生まれたいと思ってくれてる証なんだって。
出たい出たいって、赤ちゃんが頑張ってるってことなんだって』
そう言ってた美奈子の言葉を思い出して、
「二人」にずっと、声をかけてた。
立ち会って、生まれてくれた瞬間なんか、涙が全然止まんなくて。
分娩室はキラキラしたものは何もないのに、世界がすごく輝いて見えた。
感動で、いろんなことが言葉になってなかったけど。
ただ何度も、何度も、美奈子に「ありがとう」って、
「頑張ったね」って。
それだけ、はっきり言えたことは覚えてるんだ。
「もう…あ、そうそう、少し前にね、授乳し終わったの。
今ならベビールームのカーテン、開いてると思うよ」
二人で見てきたら?…美奈子が言ってくれた。
コウはまだ見てなかったから、丁度いいや。
俺にとっての世界で二人目の天使に会いに行こう。
「うん、見る。
コウ、見たら可愛すぎてにやけちゃうよ?」
「へぇへぇ……んじゃ、荷物この辺まとめとくわ」
「ありがとう。ごめんね、忙しいときに…」
「いんだよ。めでてぇことだしな」
「ほんと、ありがとうね」
「コウ無視かよ!…美奈子、俺、感動の再会に行ってくるから!」
「ふふ…いってらっしゃい」
自分のことばかり、自分の気持ちや居場所ばかり、ひとりでどうにかして、
ひとりで立てている気がしていた。
ひとりぼっちが、大丈夫なフリをしていた。
美奈子に出会って、美奈子を好きになって、一緒になって。
ちっぽけなことでも、心が動くようになった。
些細なことでも、嬉しいって、思えるようになった。
自分の子供ができて、
もう会えない「父さん」と「母さん」を想った。
俺がどれだけ愛されていたか。
そして今、親孝行ってどういうことなのか、
少しずつ、わかったような気がした。
「……おはよう、俺の天使」
ベビールームで眠る我が子は、どの子よりも輝いてる。
あぁ、本当は、天から降りて来たんじゃないかな。
愛しすぎて、可愛すぎて泣けてくる。
――大変なこと、苦しいことつらいこと。
我が子が、これから人生を歩むということ。
親になったということ。
それは決して、単純なことなんかじゃなくて、
一言では言い表せないたくさんのことが、これから起こっていく。
家族という居場所。夫婦であること。
愛を紡ぐその瞬間。
過ぎていく一秒一秒が、同じではないという切なさ。
そんな風にして、
そういう風に、時が過ぎていくということ。
俺たちの軌跡は、いつもこうして、歩まれていく。
それは、大事だとか、有難いとか、幸せだなとか、
些細な喜びを感じ続けていけるということ。
俺はまだまだ、その方法を模索している最中だけど、
それでも歩み続ける場所は、美奈子の隣を心から望んでる。
目を閉じて愛を感じた。
初夏の爽やかな風の匂い。
俺は確かに、ここで生きてた。
ふんわりとした柔らかい涙を、美奈子がそっと拭う隣で。
***
福山/雅治
家族に/なろうよ
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