しめやかな、甘い毒
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人気者の彼女は
きっと誰のものでもないけど
その笑顔を愛するぼくには
彼女の毒は強すぎる
いまやローズクイーンと呼ばれる彼女を好きになったのは、もうずいぶん昔のこと。
そして親友でいるという鎖をはめたのは、好きになったすぐあとのこと。
容姿端麗頭脳明晰、おまけに気配り上手となれば、振り向かない男はいない。
嫌味のない可愛げのある笑顔は一周回って厄介で、
『期待させないで』と心の中で叫んでいるのに、一緒にいればどうやら、それも心地よくなってくる。
あぁ、毒だ。中毒だ。
「琉夏くん!」
冬も間近な秋。木枯らしが吹く夕方。日も傾いた帰り道。
校門を出てすぐ、後ろから聞こえた呼び声に一瞬どきっとする。
すごい、瞬間着火。喜びで心臓が跳ね上がる。
『今日は音楽聴きながらゆっくり帰ろ』って思ってたのに、その音色を超えて耳に届いた声。
心臓よ、静まれ。
ちょっとだけ『いい顔』を作って、笑顔で振り返る。
「ん?どした?」
「ねぇ、一緒に帰ろう?」
もう。神様、仏様。
なんでこんなに悩ましい存在をこの世に生んだの?
バンビ、なんてニックネームがまた、余計に俺の本能をくすぐる。
友達の枠を超えて、本当は今すぐにでも抱きつきたいんだ。
できることなら、そう、今すぐにでも。
「…いいよ、送ってく」
ぐっと、襲いかかりそうな欲望を抑えて、極力そっけないふうに誘いに乗る。
ねぇ、ちゃんと「ふう」に見えてるかな?
だってほら、俺は美奈子の親友だから、一緒にいることを喜んじゃいけないんだ。
自然と隣に並んで歩くことが許されてるのは、彼女の残酷な悩みを受け止める立場を選んだから。
そうなってでも、一緒にいる時間が増えることを望んだから。
「今日1人?珍しいね」
「うん、今日はね、琉夏くんと一緒に帰りたかったから」
「俺と?…いいの?あいつに誤解されちゃうかもよ?」
「いーの」
歩幅を合わせて、なるべくゆっくり歩く。
俺の意思がそうさせるなら、それはきっと
どうかこの夢から醒めませんように、というなけなしの祈り。
「なんかね、最近あの人の気持ちがよくわかんないの」
軽く俯く横顔。少し覗き込むように見つめてみた。
はぁ、と小さく溜息を吐いたと思えば、あーもー!と急に上を向いた。
そしていきなり、眉をひそめてじっと俺を見つめる。
かなしい、んだろうな。この顔、可愛いけど。
今日の美奈子はちょっとアンニュイみたいだ。
…周りに誰もいないことを確認して、無邪気な俺の好きな人は、ゆっくりと近況報告を始める。
「あのね、彼、一緒にいると楽しそうに笑ってくれて、最近そういうの増えたから価値観とか近いかなって…私、喜んでたらね、同じ話を今度は違う子としてて、それはそれは楽しそうだったの」
「うんうん」
「違う日なんか、すっごく優しくしてくれたから『あれ、特別扱いされてる?』って期待したんだよ?そしたら私にしてくれたことを違う人にしてるところ見ちゃうし…」
「うんうん」
「私の気持ち、ほんとはわかっててしてるのかなー…って」
「…うーん、それは、どうかな?」
『性格的にそんないじわるなことしないと思うけど』、って言いかけて止める。
こんな風に、見てて笑っちゃうくらい可愛い悩み(あ、怒られそう)に一喜一憂している美奈子は、
普通の女の子が欲しいものは全部持ってるように見える。
だからこそ悩むんだろうね、ほんの些細な一瞬に。
彼女の悩みは、他の女の子との比較云々で解決するものじゃない。
もっと真っ直ぐで、じれったい悩み。
俺にとっては可愛らしくて、残酷な悩み。
「オマエ、考えすぎ。頻繁に話せてるんでしょ?自信持ちなよ。それに、どんなことにも真っ直ぐな美奈子だからきっと大丈夫だよ。相手は見てるよ、良いところちゃんと」
「そっかな…」
「普通さ、結果がどうなるかわからない努力をひとは続けられない。俺もそうだけど、ご褒美があるかどうかもわかんないこと、そんなに頑張れない。だから偉い。すごいよ、オマエ」
「…そう言ってくれるの、琉夏くんくらいだよ」
「そう?」
「うん。だから甘えちゃうんだろうなー、私。…いつも、ごめんね?」
やばい。そんな目で、俺を見ないで?
俺の存在が報われる錯覚。
ふんわりした、優しくてちょっぴりかなしい笑顔。
ごめん、すごく、イイ。
アツアツのホットケーキの上に置いたバターが、ゆっくり染み込んでいくみたいに
じんわりと胸の奥に滲む、甘い毒。
「あと…ありがとう」
「うん。どういたしまして」
「……ねぇ琉夏くん」
「ん?」
「今度、カラオケ行こ」
「いいよ。いつ?」
「じゃあ…今週の日曜、フリータイムで」
『ほんとは今すぐにでも叫びたい気分だけど』って苦笑いをする美奈子。
奇遇、それ、俺も。
いっそ、愛を叫べたら楽になれるかな。
パタパタと、少しだけ先を歩いた彼女の後ろ姿が愛おしい。
ふと気づくと追ってる、いつもの後ろ姿なのに
こんなに近くにいるからかな、きゅーってする。胸の奥が、すごく。
身体中に回る恋の毒に、ハイになってるみたいだ。
――もしものときは、
俺がオマエの王子様になるから。――
心の中で呟いた。ヘラヘラな笑顔が、得意でよかった。
でもね、俺も本音があるんだよ。
オマエに毒されて、ちょっと麻痺してるけど、本当は、無茶苦茶でどろどろな、18歳の本能が疼いてる。
カラオケなんて暗い空間に2人きり。俺たちが友達で良かったね?
「――いっそ、俺の彼女になっちゃえばいいのに」
「…え?」
……いつの日か、酔っ払ってならちゃんと言えるのかな。
俺が幸せにするよ?って。
「ううん、なんでもない。よし、日曜はとことん付き合う」
夕日が更に沈んでいって、お月様がぼんやり見えた。
青から黒になってる空と、オレンジ色の太陽の色が残る空の間にある、曖昧なライン。
染み出していく説明のつかない気持ちは、この甘ったるい毒は、しばらく俺に滲んで行くみたい。
オマエを抱きしめることができた瞬間に溶けてなくなるかな、きっと。
『大好き』と、誰にも届けたことのない『愛してる』
不器用な愛の言葉は、空中に舞って地面に落ちた。
いつの日か、オマエに拾われることを夢見て。
***
RAD/WIMPS
そっけない
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