臆病な僕は隣に咲く花にキスをした
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「わたし、御影先生のことが好きなんだ」
――好きな人の言葉と同時に、凍りついたココロ。
全部が絶望に変わった世界。
それは高校2年の冬の、2人で遊んだ帰り道の海岸。
その一言で決まった、俺の初めての失恋。
海辺で見つめた横顔を夕日がキレイに照らしてた。
それ以上なんも言えなくなった俺に、あんたはばつが悪そうに笑った。
「実くんになら、言える気がして」
"俺なら?”…どういうことかよくわかんなくて、その言葉の意味を噛み砕いてわかろうとした。
走馬灯みたいに今までの時間を振り返る。
一緒に笑って観た映画も、距離近いって意識したショッピングも、写真撮り合ってどっちの方が映えるかなんて言い合った水族館も、全部あれ、”デート”じゃなかった、ってこと?
白が一気に黒に変わる感覚。オセロの札が、全部ひっくり返ったみたいに。
いくら噛み締めたかわからないデートの幸せは、気づけば全然味がしなくなってた。
どうしようもないくらいのがっかりと、全く飲み込めない悔しさがごちゃ混ぜになる。
あー…こういうとき、どういう顔したらいいんだろ。
何もかもわかんなくなって、ぐるぐるになったキモチを、ぐちゃぐちゃにして全部丸め込んで、ココロの奥に押し込めた。
「……ごめん、驚かせちゃったよね」
しばらく黙っていた俺は、焦ったようにかけられた声でやっと意識を戻した。
ほっぺ引きつらせながら笑ってみたけど。
わざと逸らした目は、ちゃんと笑ってたかわかんない。
「…そ。いんじゃない?お互い秘密持ちってことで」
あんたは少し俯く。さっきと違って、少しだけ、穏やかな顔。
ねぇ…なんで少し救われた顔してんの?
俺は今、目の前真っ暗でしかないんですけど。
…そう言いかけて、ダサいからやめとけって、もう1人の俺が止める。
スキなもんをスキって言って、いいんじゃないって言ってくれた人を、傷つけるのはお門違い。
だったら好きな人笑わせられるように頑張るべき。でしょ?
…たとえその努力が、願うカタチで報われなくても。
「んじゃ、オトモダチ代表として応援しますかね。…ど?心強いでしょ?」
そう言って俺がニヤって笑った瞬間、
俺のスキな人は、眉を下げた困り顔の奥で、じんわりと嬉しさが滲む顔をした。
「ありがとう。…やっぱり、実くんに話してよかった」
――その日から俺は、あんたの片想いを親友として見守る日々が続いた。
喫茶店での相談事も、先生と行きたい場所の下見デートも、電話での長話だってなんだって付き合った。
あんたが言われた些細な一言や、立場の現実に打ちのめされそうになった日々を、ずっと支えて励まして、
俺は自分の心にいくら穴が開いていっても、隣でただ、笑った。
『実くんに話聞いてもらえるから、わたし、頑張れるよ』
3年の進路相談で、一流大を目指すと話したときに御影先生に止められても、御影先生に誉めてもらうことだけを目指して、勉強を頑張ってた。
"御影先生のために。"その言葉を聞く度に、ちくちくと心臓の奥が痛かった。
心がぶっつりと分かれそうな気がしたときもある。
Nanaと七ツ森実を使い分けるのは簡単。
髪を整えて、服装を変えてメイクをして、ちょっと違う顔して立ってればいい。
けど、あんたをスキな俺とあんたの親友の俺が、全く違うこころであんたを見守るのは、思った以上にしんどかった。
どっちの俺だとしても、あんたに振り向いてはもらえない。そんな現実のキツさもひっくるめて。
『聞いて聞いて!昨日、御影先生と一緒に帰れたの!』
好きな人が嬉しそうに笑うのは幸せだ。なのにその笑顔を作った話を聞けば聞くほど、ココロの奥は冷めていく。
俺の笑顔はどんどん痛々しくなって、笑うほど実際ほっぺも痛くなって、
ついにはこころの奥に生まれたもう一人の俺が、冷めた目して俺を見る。
季節はあっという間に過ぎていった。クリスマスパーティーの帰り、御影先生が席を外すようにいなくなったのを俺は知ってる。
いつまでこんなことしてるんだよ、って。強気な言葉で俺を責める。
だけど表面で笑う俺は、これでいいって、俺をなだめる。
"代わりでもいいじゃん。こいつが先生を好きって、本気で恋人になりたいって、今、ガンバってるんだからさ。"
…そう、冷めた目をした俺を、痛々しく説得し続けた。
卒業が見えてきた頃も、帰り道の恒例の作戦会議でアドバイスすると、俺のスキな人は何回か大きく頷いたあと、自信に満ちた顔して俺を見た。
「なるほど…!実くんは何でもお見通しだね。さすが」
「まぁ、ね。モデル仲間の恋愛話とか結構参考にしてる。あとはあんたのケースの参考になりそうな話は俺からも話聞きに行くから」
「……実くんから恋愛話切り出してるの?」
「え?あぁ、だってあんたのケース、特殊だし。俺の考えてることだけじゃ難しいでしょ、実らせるの」
「…そっか」
「年上のお姉さんモデルの話は参考になること多い、正直」
「うん……ありがと」
「…どした?」
「ちょっとその場面想像したら、なんか……ううん、うん!なんでもない!」
「……あ、そ。変なの」
焦った顔を、見てないフリした。
――ほんとはきっと、チャンスなんてどこにでも転がってたのかもしれない。
けどそのチャンスを生かすことすら忘れるくらい、俺は親友の温度に慣れてった。
ちょっとした期待がでっかい絶望に変わる瞬間を、俺は知ってる。
それでも、試されごとは容赦なく襲いかかってくる。
――卒業式の日、先生と一緒に帰る姿を見届けようと思ったけど、あんたは少し肩を落としながら女友達と一緒にいた。
なんか、あった。後姿を見て、それだけはわかった。
ネガティブで、きっと、認めたくないくらいすっごく悲しいこと。
”こういうときこそ俺がそばにいなくちゃでしょ。”
…そう思って踏み出そうとした足を、ココロに閉じ込めてた冷めた目の俺が止める。
なだめられていたときの仕返しかのように、冷たい感情を一気に俺に浴びせた。
は?傷ついたときにこそ優しくする?
何正義のヒーロー気取ってんの?ウケでも狙ってるわけ?
ここでもし結ばれたして、
それはほんとに愛されてることになんの?
完全に、面影追いかけられる代わりになるけど。
……それでいいの?俺。
”代わり”
……慣れてたはずの言葉、納得してたはずの立場に、こころが軋む音がして、俺の足はそこで止まった。
『代わりでも良いから隣にいたかった、だけで…
…代わりになりたい、ワケじゃない』
代わりにでもなれれば、なれただけ幸せかもしれない。
隣にいられる権利を得られればそれでいいでしょ、と思うのに
それを選んだ瞬間、俺は御影先生に負ける。
きっと、先生と結ばれなかったキズを埋めるためにいる存在。
俺は永遠に、御影先生の代わり。
違う。違うよ。
俺が欲しいのは、俺をスキだと思ってくれる、あんただ。
…いつも声かけてた後姿が段々と遠ざかる。
俺はその姿に目を逸らして、ひとり、いつもと違う帰り道で自分の部屋へ帰った。
家に着くとすぐに制服のブレザーだけ脱いで、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。
たくさんの思い出を振り返りたくなる頭ん中。
少しだけ思い出に浸って、悔しくて頭を両手でかきむしった。
声をかけたかった俺と、かけなかった後悔。
セットした髪はめちゃくちゃ。目をぎゅっと閉じて、滲みそうな涙を我慢して、…ゆっくり、瞼を開けた。
真っすぐ天井を見つめてから、”いつも通り”に電話をかけた。
「高校生活、お疲れでしたー」、なんて軽く挨拶した後、
「今からカラオケ、行こ」って言った直後、あんたが秒でOK出した時の声は、今でも覚えてるよ。
「卒業しても!女磨いて!絶対振り向かせてやるー!!」
…発散系の歌の最後、マイクで叫んだ一言。
「ヤッバ、ちょっと、男前過ぎでしょ!」――腹から笑った俺。笑いすぎて泣いた。
その涙の中に混ざり合った感情の中身は、俺しか知らない。
――いつかあんたが振り向いてくれる。
ホントの心で、俺を見てくれる。
そんなことを卒業してからもずっと、夢見た。
***
卒業後の久々のデート…のつもりで誘った、2人での"お出かけ"。
卒業した春も、照りつける太陽輝く夏も越えて、秋の終わりも近くて、ただ、今は、外の空気が刺すように冷たい。
眼鏡かけた七ツ森実のスタイルで隣歩けば、色々繕わずに話せる。
お互いの進路先は結構順調。行き詰まってんのは、お互いに恋愛だけ。
トッピングが派手だって話題になったカフェで近況報告し合った夕方、
「実くん、カラオケ行こ!」っていつもの一言で誘うから、
「げ、今から?」って俺もイヤイヤを装いながら応える。
俺たちはライトの眩しい、行きつけのカラオケに入った。
薄暗い照明。消毒液の匂いがするマイク。いつも通り、俺から曲を入れる。
流れた前奏は、少し前に流行ったラブソング。
自分じゃない誰かを好きになる女の子を、ずっと見守ってる男目線の歌。
『離れたいのに、なぜか離れられないんだ』ってちょっと女々しい歌詞に、自分のなけなしのジュンジョウを込めた。
真剣に画面見て、歌詞を追うあんたの横顔。
その表情は、いつの日か海辺で見た横顔に似てた。
「…これ、良い歌だよね。実くんの声、めちゃくちゃ合ってて染みるなぁ」
「…ん、そりゃどーも」
軽く笑って受け流す。歌の感想にほんの少しの期待してみて、すぐまた気持ちを冷ます。
期待した気持ちを落ち着かせるテクは、もう慣れっこだよ。
そのあとに流れる、最近流行りのポジティブなラブソング。もう一本のマイクを持って立ち上がる姿に
「この曲、あんた好きだと思った」って前奏の時に声かけた。
「でしょ?実くんなら押さえてると思ってた!」
前奏が終わるギリギリのタイミング。明るい声が返ってきた。
前向きで、キャッチーな、めげない女子の歌。心地よいリズムを感じながら、俺は次の自分の曲をタッチパネルで選ぶ。
次は流行りの映画の主題歌がいっか。それか、懐メロで和んでもいいかも。
今日は喉の調子がイイから、高めの歌でもチャレンジしよっかな。
……なんて考えながら1番のサビを聞き終わった瞬間、慣れ親しんだ歌声が、いきなり止んだ。
引き続き流れるAメロに歌声はない。ん?と思って顔を上げる。
こっちを見ないで歌詞が流れる画面を見つめて、歌に関係ない、切実な独り言だけ、かすかにマイクに拾われる。
「…実くん、わたしね………もう、諦めようと思うんだ」
「え?」…俺の動きが止まる。
組んでた足を直して、彼女の方に顔だけじゃなくて体ごと向けた。
タッチパネルの演奏停止を押そうとした俺の手を止めて、俺の隣に座った。大きめな素の声で、俺に語り出す。
「昨日ね、OG訪問した帰りに先生をご飯に誘ったの。
すっごくおしゃれもしたし、言葉遣いとか所作とか気をつけて。
元生徒感ゼロのつもりで頑張ったの。
そしたら……もうね、ひどいんだよ!?
……ちゃーんと、やさーしく、振られちゃった。
『卒業してもどこで何をしてても、お前はずっと大切な、俺の”クラス”の真面目ちゃんだから』って」
「………」
「『今度はみんなと来いよ』って、頭撫でながら笑っててね、もう、そういうのやめてくださいよ~って、言ったんだけど……」
最後の方はすでに泣き始めて、伴奏と相まってうまく言葉を聞きとれない。
「真顔で告白するタイミングも、探せなくなる、くらいっ…自信、なくなっちゃった……っ」
俯いて、肩が小さく震えて、段々としっかりした泣き声が聞こえてくる。
サビのポップな伴奏とは裏腹に、俺とこのコの間に流れる空気はシンと冷めていて、
心のこもってない上辺だけの励ましみたいに、明るいリズムの音楽が部屋に鳴り響いてた。
「なんで、何がダメなんだろ…何が足りないのぉ…」
堪らなくなって、曲を止めた。
鼻を啜る音、喉から滲み出る嗚咽。
ホントは聞かれたくないであろう泣き声を、俺は全部受け止めようって思った。
――じんわりと、あの時の風景が蘇る。
卒業式の帰りの後ろ姿。
声をかけられなかった俺。
代わりになんかなりたくないのに、
先生の代わりでいることを選んだ、ダサい俺。
抱きしめてあげたかった後ろ姿はもう思い出だけど、
今ここで、頑張った自分曝け出したのに報われなくて
こんなに俺の前だけで泣いてるこのコを
俺はあの時みたいに、ほっとくの?
本音を言うことも諦めて、慰めにただ優しくした。
いつかホントに愛してくれるなんて、夢ばっかり見てた。
…あのとき、先生のズルさ無視して俺のキモチを言っていたら、
あんたはこんな風に泣くこともなかったのかな。
「…こっち、向いて」
右手で震える小さな肩を抱いた。
引き寄せて、左手でほっぺたの涙を拭う。
顔近いなんて、昔は緊張してたのが嘘みたいに、俺は真っ直ぐに瞳を見つめた。
ゆっくりと瞼を閉じる。顔を近づけて、息を感じるくらいに引き寄せて、抵抗してる感じがないのを確認して、
俺はゆっくりと、初恋の人にキスをした。
あったかい、柔らかい感触に、ココロの奥がじんわりと温まる。
恐る恐る瞼を開けて、スキな人の表情を見た。
驚いてはいるけど、イヤな顔は、してない。
そう、だよな?
「ずっとこうしてみたかった。気づいてなかった…ワケないかもだけど。……イヤ、だった?」
首を傾げて、小さい子に聞くみたいになるべく優しく言ってみる。
すごく怖いのに、妙に心臓が踊ってる。
溢れそうなキモチを必死に抑えた。
「い、嫌…では、ないんだけど…ちょっとその、あの…」
「ただ、びっくりしてる」って、眉尻下げて困ったように小さく笑う。
…すげー素直な言葉に、安心というか呆れるというか、
踊りまくりの心臓が、少し落ち着いた。
「…うん、俺もビックリ」
「う、うん……」
「……まぁ、でも、イイや。なんかスッキリした」
代わりでいいの?って、冷めた顔して意地張ってた俺が、段々いなくなっていく。
キスの魔法かもしんない。キモチが溢れて止まらない。
俺にあったモヤモヤの何もかもが晴れて、どうでも良くなってくる。
「俺…ほんとはあんたがスキ。ごめんな、高校のときから、ずっとずっとスキだった」
妙にほっぺたが熱い。一度出た言葉は、瞳を見つめるほど溢れてくる。
「でもあんたのキモチ聞いてから、ずっと隠してた。あんたのこと、応援したかったから」
さっきの涙とは違う瞳。潤んでいく瞳に写ってるのは、俺。
自分にウソを吐くことをやめたら、人は生まれ変われるのかもしれない。
そんなふうに思えるくらい、冷めた自分も黒い自分も、嘘みたいに消えていく。
キレイな気持ちと、真っ直ぐな情熱が、俺の中に込み上げる。
「すぐにとは言わないから。気持ちの整理がつくまで、また人をスキになれるまで…俺、待ってる」
瞼を閉じたらこぼれる涙。
俺も、なんでだろ、泣けてくる。
思わずまた、ほっぺたを流れる涙をぬぐった。
あんたの顔が熱いことが、少し、嬉しかった。
「――そん時は、俺、選んで」
今この瞬間のあったかさが、このときだけのものにならないように。
切実な想いを込めて、俺はもう一度だけ、
目の前にいる大好きな人に、ゆっくりと優しくキスをした。
***
#302
平井l堅
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