◇ 1 ◇
「最近ずっと納得いってへん話があってな?」
「……はぁ、」
「ちょっと聞いてほしいわけなんですけども財前さん」
「…………まあ、聞くだけなら」
「あれ?なんか優しい?もしかして槍降る?すんません冗談ですごめんなさい!!」
そう言いながら頭を下げるミトに、腹が立ってチョップをかましながら席に座る。
ミトのこととはいえ今回ばかりは傷心中やろうし、少しくらいなら聞いたってもええかな、なんて思ったのが悪かった。
「いだっ!」と頭を押さえているが、つむじをピンポイントで押さへんかっただけ感謝せえ。
とはいえこんな風に話題を振られるのも珍しい、本当のことは知らないが、恐らく例の噂のことだろう。
俺も信じてないといえ、ミトからしたら納得いかないもんやろしようやく少しくらい話す気になったか―――と椅子の向きはそのままで、背もたれ部分に肘をついてみた。
「で、話ってのはこれなんですけど」
「…………コーラ?」
「財前はこれ見てどう思う?」
「は?いや、コーラにしか見えへんけど」
「ちゃうんすよ、そうやなくて」
ミトがカバンから出してきたのは、誰もが知っている炭酸飲料のコーラ。
半分くらい中身が減ったそれを、机の上に置くミトが、神妙な面持ちで聞いてくる。
これが一体なんと関係あんねん……と思いながら首を傾げると、ミトは大きくため息をつきながら。
またカバンから何かを取り出した。
「……太るで」
「そのくだり最近やったわ!ちゃうて!そうやのうて!これでもまだわからへんか!」
「いや、ただサイズ小さいコーラ出されても」
「なんで!!500無くして350と700なん!?めっちゃ微妙になったのマジで納得いかへんのやけど!!!」
「………………」
「無視するな!!!聞く言うたやん!!!」
「聞いとるやん、相槌は別料金やで」
「じゃあこれ一本あげるわ」
別に今いらん……とため息をつけば、そもそもこの話したかったから買うただけで、小さいほういらんからやる、とのことで。
仕方なしにそれを受け取れば、ミトは700mlのコーラの蓋を開ける。
既に一度開けて持ち歩きでもしたのだろうか、蓋を開けたときに鳴る音が通常より小さい気がする。
ってことはこれが350mlか……と新品のそれの表示を確認するが、確かに見るまでもなく元の500mlより細くなった気がしなくもない。
別にそんな気になる問題でもないのに……むしろ他にあるやろ、とは思うがミトについては心配する必要一切ないかもな。
「ちっこいのは足りんし、おっきいのは絶妙に残るし……!まっじっで納得いかん!」
「他の人は分かれてちょうどええ量やって言うとるっぽいけど?」
「幼い頃から英才教育で500ml一本をちょうど飲み切る体にされとんねん、しかも単価見てみや」
「……まあ、小さい方がそこそこ高いな」
「なんで値上げしとんのにすんなり受け入れられとんの?」
「商売戦略の賜物やろ」
ワイは認めん……認めんぞ……!と悔しそうな顔をするミト。
そんなん言うても、500mlのコーラは帰ってきぃへんぞ……
実際これ、変えてから売り上げが伸びたみたいな話もあるみたいやし。
一般的な人にはこれくらいのサイズがちょうどよかっただけの話やん。
ほんま、あほらし、と深くため息をつきつつ、突っ込みも放棄して今日のブログ用に写真の選定を始める。
「500mlに戻して……いや、350と700は否定せんから500も残してえな……」
「いつか売り場コーラだけになりそうやな」
「それはそれであり……いややっぱなし……ファンタも紅茶もオレンジジュースも大体全部好きやねん……」
「難儀やな」
「お前もおしるこの売り場取られるんいややろ?」
「売り場ちゃうし、俺が好きなんぜんざいや」
「裏切者」
いやなにが。裏切るもなんも元々仲間ちゃうわ。
そう言うとミトは、微妙に残ったコーラをひっくり返す勢いで一気に飲み切る。
……まあ、せっかくもろたし……と、俺もコーラを飲むために蓋を開ければ。
通常よりも大きな音が鳴った。
あ、やば、これ噴き出す。
「あ、くっそ、失敗した」
「……お前……」
「さすがテニス部、反射神経ええなぁ~。ってなわけでこれ捨ててこよ」
「逃がすかボケ。どんぐらい振ったんや」
「うちの近所のスーパーで買ってからここに来るまで?」
「お前に向けて噴き出させたろうか」
それもうほとんど炭酸残っとらへんやろ。
ミトんちどこか知らんけど。
そうミトに対して怒りを抱きつつ、逃げようとしたミトの腕をしっかりと掴む。
ガキみたいないたずらしよって、ほんまこいつアホ。
ギリギリ蓋を閉めるのが間に合ったとはいえ、違和感あると思ったら……
とにかく爆弾みたいなこれを持っておくわけにはいかん、ミトにつき返し。
それを見たミトは、ちぇ~などとほざいている、いっぺんしばいてもええやろか。
さすがに今周りに人がおる状態やから、俺が悪い思われたくもないし……
なんて考えたとき、ミトの目が校庭の方へと向けられる。
つられて校庭の方を見れば、そこには謙也さんと千歳先輩の姿が。
「―――なあ、財前」
「ブログネタにしてええか?」
「よし。行くか。あ、せっかくなら新しいのにしよか」
「それどないすんねん」
「もう落ち着いたんちゃう?ダミーで持っとくわ」
そう言いながら改めて慎重にその蓋を開けるミト。
どうやら噴き出すのは落ち着いたらしい、ゆっくりと回してそれをそのまま飲む。
「……炭酸のないコーラって、コーラちゃうわ」とか言うとるけど当たり前やろ。
作ったんは自分なんやから責任もって消費せえ。
そのまま無駄話をしながら自販機まで到着し、新しく買ったそれを全力で振るミト。
準備ができたらそれを片手に2人の元へ。
謙也さんと千歳先輩は何をしているのか、体操服でラインを引く道具を持っていた。
そういやミトは千歳先輩とは初対面―――かと思いきや、千歳先輩がこっちに気づいて手を上げた。
「財前にミトちゃんね」
「ちっすちーせん。ついでに謙也さん」
「誰がついでや!」
「ミト、千歳先輩とも知り合いやったんか」
「裏庭同盟結んどるから」
「あぁ……」
「ちゅーかなんやねん、ちーせんて」
「千歳千里先輩略してちーせん」
「千里のせんと先輩のせんかけとるばい」
「千歳はそれでええんか……」
「千と千尋の神隠しみたいったい」なんて言いながらケラケラと笑う千歳先輩。
うちのテニス部では唯一の良心とは言え、この人も行動基準がわけわからん人や。
しょっちゅう授業をさぼるミトとも相性がいいのだろう、よく裏庭で会うらしい2人は仲がよさそうに拳を合わせる。
ちなみに先輩2人は千歳先輩が授業をさぼったバツとして、次の体育用にライン引きをさせられているとのことで。
謙也さんは次の授業に同じく出るため、たまたま通りがかったらしく見張りと手伝いを先生に押し付けられたらしい。
「ところでお前らはどないしたんや」
「あ、そうや謙也さんこれあげるわ」
「え、なんでコーラ?」
「ほら、こないだのグリップの礼におごってん。ついでに飲みたくてコーラ買うたらなんか知らんけどもう一本出てきてん」
「ぐーぜん、タイミングよく先輩がそこおるから」
「はー、そないなラッキーあるもんやなぁ。ええの?有難くもらうで?」
「グリップの礼?」
「こないだ財前とスポーツショップ言ったら偶然ミトに会うてん。ミトがテニスのグリップテープ使うっちゅーからアドバイスしたったんや」
「テニス……ミトちゃん、テニスやるたい?」
「やらんやらん、なんで同じ反応すんねん。ワイはバド一筋やっちゅーの。バドもテニスも似たようなもんやから試しにな」
「バドのテープよりしっかりしてるらしいっすよ」
「ほー……残念たい、ミトちゃんと一緒にテニスできる思ったばってん」
「やります?見ますか私の華麗なるスイングを」
「それ空振り言うんやで」
やかましわ、とこちらを睨んでくるミト。
当然この会話は別にブラフやねんけど……と思いながら、謙也さんの様子を横目で見れば。
気にすることもなく、会話の方に意識を向けながら疑うことなくコーラを開けた。
直後、勢いよく噴き出すコーラ。
視線がそれているため気づかない謙也さん、開栓の音で視線を移し謙也さんが気づいていないのに吹き出したミト。
そのミトの様子に「?」と気づかないまま不思議そうに謙也さんを見る千歳先輩。
ホンマこの人は期待を裏切らんわ~と、ONにしていたカメラを改めて構えれば。
ようやく気付いたのか「え、ん?なんか、お、わあああああ!?!」と叫び声をあげる謙也さんに、我慢できなくなったのか「あっはっはっは!!」と爆笑し始めるミト。
同じく気づいて隣だったため慌てるが、面白くなったのか緩やかに笑い始める千歳先輩。
これはなかなかええショット撮れたんちゃう?と思っていると、謙也さんが「ミトぉぉぉぉぉ!!!」と叫んだが。
察していたのだろう、ミトは既にスタートダッシュを決めて走り出していた。
「ホンマ期待裏切らんおもろい先輩やわ!あははは!!!」
「ミト、お前~~!!」
「コーラこんままにすっとね」
「足早……ま、ウマい話には裏があるってわけっすね」
「ばってん、財前がこぎゃんこつに協力するとは思わんだったと」
「今日のブログネタに悩んでたんで。あと俺もミトにされかけたっす」
「ほんなこつ、ミトちゃんも面白かね~」
なんて千歳先輩と緩い会話をしていれば、捕まったらしいミトの首を腕で捕らえた謙也さんが戻ってくる。
ミトは文句を言っているが、しっかりとロックされたそれから脱出できないらしい。
こちらにも飛び火がかかりそうだったので、「俺も被害者っす」と言えばミトが「裏切者ぉぉ……」と絞り出すように声を上げた。
やから言うとるやん。裏切るもなんも元々仲間ちゃうわ。
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