◇ 1 ◇



「テニスのグリップってどない?」


「―――あ」

「あ?」

「あ?……お!なんや、ミトやんけ!こないなとこで会うなんて奇遇やな!」

「ちょ、謙也さんくそでか声やめません?一応店ん中なんですけど」

「誰がクソデカ声や!お前も財前も後輩の癖に生意気やっちゅー話や」

「それがクソデカ声なんすよ……俺もこればかりはミトに賛成っす」

「俺仮にも先輩やぞ!?」

だからでかいっすわ……と耳を塞ぐ。
ミトもそれには同意なのだろう、俺と動きを合わせて耳を塞いでいる。
それに対して謙也さんも店の中だから「おっと、せやった……」と口を塞ぐ。
こないな時だけ意見合うなんて、珍しいこともあるんやな。

―――部活が早めに終わって、放課後の時間。
俺は先輩である謙也さんに無理矢理連れられてスポーツ用品店に来ていた。
ま、ちょうど新しいグリップ欲しかったからええねんけど。
しゃーなしで付き合ってあげますか、と商店街にあるその店に入ってシューズを見に行こうとする謙也さんはスルーし。
グリップテープ置き場に移動すれば先客が居たのだか。

まさかのミトが、真剣な表情でグリップテープを見ていた。
おるのは完全に予想外で、思わず声を漏らしてしまったが。
それにミトもこちらに気づいたのか、振り向き。
後ろからオレを追いかけてきたのだろう、謙也さんがミトに気付き声を掛けた。
幸い今は俺ら以外に人はおらんみたいやけど、店員はおるからでっかい声は勘弁して欲しい、他人のフリしたい。
……あれ、そういえば。

「謙也さんとミトって知り合いなんすね」

「おお!そやで!なんや、意外やったか?」

「謙也さんが女子に進んで声かけるの珍しい思いまして」

「一言余計やねん一言!」

「あれはよく晴れた日の出来事……私が商店街を走っている時、突如それは現れた……」

「あ、長うなりそうやし別にええわ。そんな興味無い」

「もっとワイに興味持て?ちゅーかそない長くもないねん。ワイが走ってたらすっ転んで、たまたま近くにおった謙也さんが手当してくれたってだけの話やからな」

「せやな!ホンマに漫画みたいなコケ方しとったし、よー見たらうちの制服着とるしでびびったわ!」

「アンタそれ見て爆笑しとったやんけ、それ許す気ないからな!」

「漫画みたいなコケ方て、それどんなコケ方です?」

「そらもう、こう、顔面からズシャーッ!てなっとったわ。ほら、顔面スライディング決まる感じの」

「…………どんくさ」

「おうおうどつかれたいんか?ええぞ表出ろや」

あん時は自分も爆笑しよったやろ、と謙也さんが言えば標的を謙也さんに変えるミト。
……なんかこの2人の組み合わせ、意外というかなんと言うか。
お互いフレンドリーな感じが似てるのは否定せんけど、特に関わりもなさそうなのに仲ええの、類は友を呼ぶまんまやな。
そんなくだらないことを考えていると、謙也さんが「俺からしたらお前らの方が意外っちゅー話や」と言ったのに対してミトが「ソウルメイトなんで」とかほざいたので「席前後なだけっすわ」とすぐさま上乗せする。
勝手に仲ええ判定とかやめてもらいたい。ミトもすぐ乗っかんな。

「おうおう、2人が仲ええんはよー分かったから。んで?ミトはこないなところでなんしよん?」

「そうそう、せっかくやしマブに聞いてみたいんやけど」

「誰がマブや、しかも変に略すな」

「息ぴったりやん、漫才コンビ組めるで」

「組みませんて」

「ってことはワイがボケか……やのうて、真面目に、テニスのグリップってどない?」

「え、グリップ?」

意外な質問に思わず首を傾げる。
え、テニスでもやる気か?こいつ。
つい最近部活辞めたんは知っとるけど、まさかテニスを始めようとするとは……
と、俺がそう考えている間に、全く同じ内容で謙也さんがミトに質問する。
しかしミトは「ちゃうちゃう」と笑いながら否定した。

「今更テニスは無理やわ!ワイはバドミントン一筋やから」

「あれ?ミト前会うたとき部活辞めた言いよらんかったか?」

「部活はな。バド辞めたとは言うてへん」

「屁理屈やん……」

「で?なんでテニスのグリップ?」

ある意味校内で有名人のミトが、部活を辞めたっちゅーのは進んで聞いていない俺の耳にも入ってきたほど。
せやけど謙也さんが「前会うたとき」って言うってことは、謙也さんにわざわざ話をした、ってことか?
……いや、やからなんやねんって話なんやけど。
脳内に浮かんだ謙也さんとミトの会話を想像しようとして、それを払いのければ。
ミトは急にバドミントンのラケットを、後ろのカバンから引っ張り出した。
その飛び出とる長いやつ、ラケットやったんか……

「ぶっちゃけテニスもバドミントンも、グリップ同じやろって思てたんやけどな?」

「いや、それはないやろ」

「明らかにテニスの方がグリップ太いやん」

「テープの話や!!お・も・て・た!んやけどな??最近グリップが滑るのが気になってしもて。それで一緒にやっとるおばちゃんらに相談したら『テニスのグリップがええかも』って言うから見に来てんけど」

「へえ……そないにちゃうもん?」

「バドミントンはとにかく軽量重視やからな。テニスに比べてグリップも薄いもんが多いらしいけど、テニスは厚めでしっかりしとるとかなんとか」

「そう考えると意外にちゃうもんやなぁ。はー、グリップほっそ」

「せやけど薄すぎてすぐボロボロになんねんな。一回滑って投げてラケット折れてもうたし」

「怪力……」

「バドのラケットはテニスのラケットほど頑丈ちゃうだけです~~。で、見に来たけどどれがええかなって見よったとこに財前が乱入してきたから」

「してへんわ」

大きくため息をつけば、それを無視しておすすめを聞いてくるミト。
……なんや、バドミントン辞めたわけちゃうんかったんか。
色々噂もあったし、ちょっと心配しよったけど。
本人がこの調子なら、俺が気にすることでもなかったか。
そう思いながら渡されたラケットを手に取ってみるが、本当にテニスとは全然違う。
てかほっそ。こんなん振り回したらすっぽ抜けるんも納得やな。

「俺のおすすめはこれやな!」

「それさっき見てたけど硬そうやからいやや」

「自分から聞いといて??も~ほんまこの子はわがままやわ~。財前がいつも使うとるんは……これやったか?」

「はあ、ま、それっすね」

「巻いたの持ってへん?もぎもぎさせてぇや」

「嫌や」

「ケチ!!」ちゃうわ、別に握らせるくらい思うたけど、その効果音で嫌んなったわ。
そう言えば今度何か飲み物おごるから!頼んます先生!と頭を下げてきたミト。
……いや、別におごらんでもええけど……ま、ミトがそういうならしゃーないわ。
仕方なくバックからラケットをしぶしぶ出せば、お礼を言いながらグリップを握った。
「……ふと……」ちゃうねん、当たり前やろ。

「うーん……でもありやな!柔らかいし……試しに一本買うてみるか」

「お、ほなこれやな」

「あざす、まさかこないなところで会う思わんかったけど、助かりましたわ。さんきゅさんきゅ」

「昼飯、デラックス盛で」

「ちゃっかりたかんな、自販機一本やアホ」

そう言いながら早々にレジに向かうミト。
その姿を見送りながら、しぶしぶラケットをカバンにしまうが。
やたら静かな謙也さんが気になって、先輩の方を見れば。
口元に手を当てて、隠しきれてない口角がやたら上がっているのが見えた。
なんやその表情、腹立つ。

「お揃いやなー、財前クン?」

「―――は、」

「隠さんでもええねん!よかったなー!」

「いや、絶対にない」

「んまー照れちゃってますわこの子!」

「なんでもそういう方面に持ってくのよくないっすよ」

「そんなん言うて!ミトの方は満更ちゃう―――」

「えーと、あ、ここか」

急に聞こえたミトの声に思わず驚く。
いや、そういうのちゃうから、絶対に。
そうは言うてもこの人納得しいひん気が……と今の会話がミトに聞かれてないかが気になるが。
そんな俺たちの様子はつゆ知らず、ミトは今一度グリップの陳列を確認する。

「あれ?謙也さんこれどっからとった?」

「え、ここやけど。どないしたんか?」

「いや、財前と同じ色なん気に食わんから別の色にする」

そういいながら、水色のグリップテープを選んだミトは。
元々手に持っていたグリップテープを「買うんやろ?」と俺に渡してきて。
早々にこの場を去っていく。
その様子を特に突っ込むことなく見送り、鼻で大きく息を吐けば。
気まずそうな顔をした謙也さんが、ちらりとこちらを見ながら一言。

「…………どんまい?」

「どつきますよホンマ」

「俺でよければ相談乗るで?」

「マジでちゃうんで。本気でシバきますよ?」
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