◇ 1 ◇
「インスタ映えってあるやん?」
「―――なあなあ、財前」
―――昼飯を食べて教室で一息付いていた時。
後ろで声がして、振り向けばミトがいつもの調子で座っていた。
ミトも食堂帰りなのだろう、手には購買か自販機で買うたんか紙パックの小さいいちごみるくの箱を持っとる。
……やっぱ昼飯まだやったかもしれん、当たり前のようにあんぱんが机に置いてある。
それを開けて、こっちを見ながらそれを頬張るミト。
そんな様子を見ながら、まあ暇やし話を聞いてやるか、と後ろを振り返る。
「お前昼飯今食いよるん?」
「デザート」
「太るで」
「筋肉になるから体重増えてもいいんですぅー」
「いやプロテイン入っとるんちゃうやろ。太るで」
「2度も言わんでええねん、ワイそもそも太らん体質やし。ちゅーかあんぱんはどうでもええねん」
口の中に物がある時はちゃんと口を閉じる。
多分飲み込んで無くなったタイミングで話を始める。
地味に行儀がええな、なんてどうでもいいことに気づく。
……確かにスタイル悪うないな、いやまあ運動部やったしそらそうか。
そんなことを考えられているとは知らないミトは、スマホを取り出してこちらに見せてくる。
……ん、これ昨日の俺のブログやん。
「インスタ映えってあるやん?」
「……おん、そやな」
「これ写真撮ってる時ってどんな気持ちなん?」
「…………?」
ミトの言いたいことが分からなくて、そのまま頭に?マークを浮かべる。
インスタ映えってあるやん。
うん、そやな、それはわかる。
で?どういう気持ちで写真撮ってる?って?
え、それに理由とかある?
……強いて言うならバズればええな、くらいやろか。
ミトは俺のブログを出しながら、例えば昨日行ったカフェのデザート。
それを上げたものを俺に見せながら、あんぱんを頬張っている。
……こいつ、俺のブログ読みよるんかい。
こないだ上げたおしるこの缶の写真もあるが、特に反応はない。
……ん?こいつまだ3口くらいしかいってないのに、もうあんぱん半分ないなっとる。
「いや、ご飯出てくるやんか?間に写真挟む理由がわからんくて」
「別にええやん。写真撮るくらい」
「いや別にええんよ。ええねんけど、そこまで頑張って写真撮りたいか?って思って」
「……いや、綺麗な盛り付けとかやとテンション上がるやん。可愛い絵とか描かれとったらシェアしたならん?」
「ふーん、やっぱそういうもんかあ」
そう言いながらあんぱんに齧り付くミト。
言われてみれば、ミトはあんまり写真とか撮るイメージないな。
スマホ触っとることも多いけど、大概ゲーム画面やし。
ひょっとしてSNSやってないんか?
やってたらやってたで意外やけどな。
「いや、こないだ友達と飯食べ行ってん」
「はあ」
「別に飯の写真撮るんはええんよ。けどさ、20分くらいかけて撮った上に自撮りもしとってん。写真撮るんはええけど、それは違くない?って」
「どれが?」
「どれも。時間かけてたら冷めるし、料理の写真撮るならわかるけど自撮りはちゃうやろ?」
こいついつの間にあんぱん食ったん、最後のひと口やん。
いちごみるくも無くなったのか、ズゴーと勢いよく音を立てて吸うと。
ストローを咥えたまま、箱を分解し始めた。
話よりそっちんが気になるわ、よー喋りながら食ったなそれ。
スピードスター顔負けの速さやん。
「……まあ、確かにそれは時間かけすぎやな」
「しかもラーメン」
「伸びるやろ」
「その時にはワイ既に替え玉しとった」
「太るで」
「そのくだりついさっきやったわ」
「まさかと思うけど1回だけやろな?」
「ううん、2回」
「太るで」
「その言い方は今は痩せてるって言い方やんな、じゃあ大丈夫や通常運転やし」
いや替え玉2杯は結構やばいやろ、普段どんだけ食っとんねん。
それ以上突っ込めばまためんどくさい事になりそうなので、これくらいにしといてため息を吐く。
折角会話を切ったのに幸せ逃げるで、なんて言ってくるのでため息の重要性ググれ、と返せばホンマにググり始める。
なにかコラムでも読んだのだろう、「ほーそうなんや初めて知ったわ」なんて感嘆している。
その後忘れてたのを思い出したように、あんぱんの最後の一欠片を頬張った。
口でか。
「で、そいつにそれ言うたら『ミトんがおかしい』言われてさ。納得いかんくてむしゃくしゃしたからお前のブログの誤字でも探してやろー思て読んでん」
「人のブログをストレス発散に使わんといて貰えます?」
「そしたら普通に気になってん。写真撮るのどんくらい時間かけとんかなって。あとここ美味かった?」
「物にもよるけど……まあ、そんなにはかけんな。お前ホンマにブログ読んだ?」
「いや、リアルな意見聞きたいやん。こっちは良いように書くに決まっとるやろ?」
「いやリアルな意見しか書かへんけど」
「いつか炎上してまえ」
「炎上しそうなやつ選ぶ訳ないやろ……」
あんぱんを食べ終わった袋を、畳んで小さく結ぶ。
綺麗にまとまったそれを、近くのゴミ箱に投げ入れようとするミト。
あ、失敗した。
おーぅまーいごっつ!何て言いながら立ち上がり、いちごミルクの紙パックも一緒に捨てに行く。
いや、紙パック捨てるならビニールも投げずに一緒に捨てに行ったらええやん。
何がしたいねん、こいつ。
「ラーメンじゃなくても撮らんのん?写真」
「腹減ってるから早よ食いたいねん。撮る前に口入っとる」
「食い意地張っとんな」
「ミトちゃんわかった、遠回しにデブ言うとるやろお前」
「おん」
「おんちゃうねん、お前ほんまどつくぞ」
そう言いながら席に戻ってくるミト。
ポケットを探り、そこから飴が出てくる。
まだ食うんか、なんてツッコミを入れる前に「いる?」と差し出してきたので。
いらん、と言えばそれをあけて自分の口に放り込んだ。
いや、食うんかい。
「塩飴って正直全然美味しくないよな」
「……それ、塩飴なん?」
「家にあったやつ適当に摘んでポッケ突っ込んだんやけど……塩飴やった……しかも美味しくないやつ……」
「んなもん人にあげようとすんなや」
「美味しいやつだと信じてポッケに入れた私の信頼返して欲しいわ……」
「どう考えてもパッケージ見いひんお前が悪い」
「そもそも美味しくない飴ちゃん売る、作る側の問題やと思うの」
「いやそれ好きな奴もおるかもやろ……」
それもそうな、やからうちにもあったんやろな〜なんてボヤきながら、机の中から何かを取り出す。
見ればそれは次の授業の教科書で。
時間を確認すると、もう少しで予鈴がなりそうな時間だった。
俺も用意するか、と身体を横に向けたまま引き出しから教科書を取り出す。
チラリとミトの方に視線をやれば、ミトはその教科書をパラパラと読んでいて。
……くっそつまんなさそうな顔しとる……
まあええわ、俺も軽く今日の範囲見とくか。
そんな感じで、今日のミトとの会話は終わるのだった。
―――余談やけどミトは今日の授業、結局寝とって先生に廊下に立たされよった。
アホやん、アイツ。