◇ 1 ◇
「ぜんざいとおしるこの違いって知っとる?」
相変わらず唐突な話題。
お前さっき俺が聞いたこと忘れたんか?
というか俺の名前間違えたんその話題のせいやろ、噛むとかのレベルちゃうぞ。
そんなことを思いながら、目の前に座っている何も考えてなさそうなその顔を見る。
俺に目線を向けてる訳でもなく。
窓の外に視線を向けたまま、口だけを動かすそいつ。
「………………はぁ?」
俺は財前光、四天宝寺中学2年7組。
んで俺にこの意味不明な質問をしてきたのは、『ミト』っていう女子、俺の後ろの席のクラスメイト。
1年の頃同じクラスメイトで。
2年目も同じクラスだったこいつ。
いつもどうでもいい話題を振ってきては、何となく話して何となく終わる。
よくわからんやつで、正直意味が分からん。
というか俺さっき割と大事なこと聞いたと思うんやけど?
その話題どこいってん。
いや、まあ、興味があったかと言われれば微妙なとこやけど。
その話題振ったら、普通理由とか喋るとこちゃうん。
わけわからんことが多いこの学校やけど、ほんまにこいつだけは群を抜いてわけわからん。
そんな俺の考えも、知ったこっちゃねーぜ!と言わんばかりに話をするミト。
なんか、色々損した気分やわ。
いつもと変わらん表情、いつもと変わらん声色、いつもと変わらんわけのわからなさ。
ほんま、変なやつ。
「やから、ぜんざいとおしるこの違い。知っとる?」
「……はぁ。調べ―――」
「いや、わかっとる。スマホで調べればええのはわかっとる。でもさ、何となーくこういう疑問とりあえず誰かに共有したくなる時ない?」
「……別に」
「はあーわかっとらん。わかっとらんよ財前くん。調べるだけじゃなく自分でまず考えることが人類の成長に繋がるんだよ、知らんけど」
「あーはいはい」
「私という存在を面倒くさがるな」
わざと面倒くさくしとるのはどいつや、お前やねん。
というか面倒臭い自覚あるんかい。
当然それを言えば面倒くさくなるのは目に見えているが。
ツッコミどころ満載の言葉に、口にはしないがツッコミを入れる。
このくだりも何回目やろか。
「……あったかいか冷たいか、とかでええんちゃう?」
「お前めんどくさくなっとるやろ」
「おー」
「返事まで適当に……なんでそんな絶対違うこと言うん?お前のぜんざい好きはそんなものか?」
「いやどうでもええわ……」
「それはそう」
個人的には温かい方が好き、とどうでもいい情報を挟んでくる。
ちゅうか俺はそもそも答え知っとんねん。
屁理屈言わんととっとと調べろや。
なんてツッコミを考えてたら、そこから窓の外をぼーっと見つめ何も言わなくなるミト。
……今日はこんなもんか。
やっぱ、なんか思うことが少しはあるんかもしれん。
話したくなったら、いつもの如く急に適当なノリで自分からするやろ。
別に、俺がわざわざ聞くまでもない。
……ほんま、こいつ何考えとるんやろ。
黙ってればそこそこの美人、運動も出来て勉強もできる。
でもよく話すことといえば、よく女子がしてるようなオシャレとか、部活とか、恋とか、よく聞く様なものは何1つなくて。
こんなどうでもええことばっかりやし、割と特殊な人種やと思う。
……ま、そんなんやから俺も対して気い使わへんでええんやけど。
なんて考えていた矢先、急にミトが立ち上がる。
何かと思って思わず見上げれば、真顔で一言。
「しるこ飲みたなってきた」
「…………あっそ」
「話しよったら飲みたなるのなんでやろな?あ、財前も飲む?」
「ごちでーす」
「次回ワイが飲みたい時はお前の奢りやからな」
「……いや、やっぱええ。お前に貸し作りたないしな」
「残念だったな1つ貸しだぜ」
「いやそれもうただの押し付けやから貸しちゃうやろ」
「あーあー聞こえませーん」
そう言いながら財布を片手に教室を出るミト。
……いや、ほんまに行くんかい。
あの感じはほんまに買ってきそうやし。
いや、もうええわ、買ってきた時は買ってきた時や。
俺もアイツに構うばかりやのうて、今日のブログネタ、考えんとな……
そんなこんなで昼休みをのんびり過ごしてたら、気付けば予鈴が鳴り出して。
……あれ、アイツ帰ってきたっけ?と後ろを振り向くが。
当然そこに姿はなくて。
……ん?おしるこ買うのにそんな時間かかるか?
下に降りて買うてくるだけやんな?
ミトの奴、どこまで行ったんや……?
そう思っているうちに本鈴がなってしまい、先生が入ってきて授業が始まる。
ミトはまだ帰ってきていない。
先生も「ミトの奴、またおらんのか」とは口にしたが、気にする様子はなく。
そのまま授業を始めてしまう。
いや、多少は気にせんとアカンやろ。
遅れるミトもミトやけど。
……いやまあ、俺には関係ないんやけど。
そう思いながら、退屈な授業を受ける。
窓の外を何となく見れば、黄色い歓声と同時に笑い声が聞こえる。
あのクラスは……部長と謙也さんのクラスか。
大方黄色い声が部長に、笑い声は謙也さんに向けられたものだろう。
2人のクラスは今体育らしい、相変わらず目立つな、あの2人。
そんなことを考えながら、窓の外を見たり板書を映したりしていれば授業なんてあっという間で。
授業終わりのチャイムが鳴れば、黒板を消して退出する先生。
それとほぼ入れ替わりで教室に入ってきたミト。
先生にはちょうど見つからないタイミングだったらしい、気付かないまま出ていく。
対してミトは手におしるこっぽい缶を持って、何事も無かったかのように席に戻ってきた。
……いや、お前1時間もどこほっつき歩いとんねん。
「ほい、財前の分」
「ほんまに買ってきとる……ちゅーかお前、授業サボったろ」
「やって下の自販機おしるこなくて。ちょっと遠くまで散歩して見つけて帰ってきたら3年が体育やったから、裏回ってのんびりしてた」
「むしろよー見つけたな……いらん言うたのに買うてきとるし……」
「しるこうま」
「今飲むんかい……」
あったかい方が好きとか言うてたくせに、おしるこ冷めとるし。
めちゃくちゃマイペース、思い立ったらすぐ行動。
自分の気持ちに正直なのに、言動全部が意味不明な問題児。
こいつもある意味、ゴンタクレなんかもしれん。
うちの部活の後輩ほどやかましくはないけど、似たようなもんや。
……そう考えると、割とこの二人似とるかもしれんな。
「そういえば」
「ん?」
「汁っけあるかないかやで」
「え、何の話?」
「お前が言い出したんやん。ぜんざいとおしるこの違い」
「汁っけ?サラサラしとるかねばこいかみたいな?」
「ねばっこくはないやろ。汁が多いのがおしるこ」
「は~~~え~~~そうなんか初めて知ったわ」
まあそれはそれとしてうまい。
そう言いながら、ミトは缶を引っくり返す勢いで上を向き、残っているであろう粒を出そうと缶をデコピンの指で弾く。
……何考えとんのやろ、とは言ったが。
多分こいつ、本気でなーんも考えとらん。
ほんま、色々考えて損した気分やわ。
―――折角あるし、とプルタブを引っ張りカシュッ、と音を立てて缶を開ける。
すっかり温くなってしまったそれを飲めば、よくある味の汁が流れ込んできて。
……やっぱあったかい方がうまいわ。
そう思いながら、ほぼ流し込むようにそれを飲む。
ああ、でもある意味、この温度って俺らの関係みたいなもんかもしれん。
距離感とか、必要以上に深入りせんけどすごい遠い訳でもない。
あったかい訳ではないけど、めっちゃ冷たい訳でもない。
これくらいの中途半端な温さが、俺らにはちょうどええんやろ。
「ほんまや、これ全然粒入っとらん」
「お前誰のおごりや思っとんねん」
「しるこうま」
「人の金で飲むしるこはうまいか?」
「やっぱぜんざいやな、物足りひん」
「どつかれたいんか?」