◇一応あるメインストーリー◇



「もしかして、人間に化けた?」


「ミトちゃんね」

「あら? ホンマや。こないなところで何してはる――あら、寝とる」

「ホンマやなあ。俺らにも気づいとらんし……いや、無防備すぎひんか?」

「まあまあ、ぐっすり寝かしてあげたらええやないの。ふふ、可愛らしい寝顔やね」

「う、浮気か……! ……ちゅーても、確かに……黙っとけば美人やな」

「浮気かてこっちのセリフやわ! もうユーくんなんか知らへんわ!」

「こ、小春! 別にそういう意味ちゃう! 小春ぅ~~!!!」

「大事な何かを見逃した気がするし、その叫び声はさすがに起きる。あ、ちーせん」

「おはようさん、ミトちゃん」

おはようございます、と背伸びをするミト。ついでに大きなあくびもする。
そしてその傍に、いつもの定位置と言わんばかりに千歳が腰をかける。
部活で必要な物品がある体育館の倉庫に用があり、複数人でとりに向かったその先で、木陰に入り静かに眠るミトの姿を発見し冒頭からの流れとなるわけなのだが……
少なくとも知り合って3ヶ月程度しか経っていないであろうに、既にその位置が当たり前のような2人の姿に。
小春とユウジが走り去っていく様も含めてその一連の流れを静かに見ていた小石川は、ゆっくり手を上げて声を出す。

「――あの、実は自分もいてます。忘れんとったってください」

「ガッッッ、こ、小石川先輩!? なんで!?」

「実はおったんです……」

「はは、小石川もこっち来なっせ」

「めっちゃ変な声出た……ベロ噛んだ……恥っっっず」

「たまにイビキもかいとるばい」

「それは起こして??? マジで恥ずいやつやから」

「そうは言うても、むぞらしかけん」

「それ言われたら大阪人として文句言えん」

ん? 今なんかおかしなかったか? と小石川は思う。
そんなナチュラルに受け流す? あれ、もしかして付きおうとるの財前ちゃうくて千歳か?
思わず錯覚してしまうような、そのあまりに自然な流れに小石川は1人混乱する。
一体どんな気持ちでこのやりとりをしているのか、2人の真意は知らないが。
この一瞬で2人の仲の良さというのは、嫌でも理解できてしまうのだった。

「それにしても、ここ2人も仲ええの意外やな」

「そげね?」

「ってより、ちーせんがワイみたいなのに構うのが意外っちゅー感じちゃいます?」

「いや……こう……なんて言えばええんやろな、なんやかんやで千歳は面倒見ええから、波動? みたいなんが合いそうなのはわかるんやけど」

「今ポ〇モンの話してます?」

「どっちかちゅうと、銀ことじゃなかか?」

「あ、これ俺しかツッコミするやつおらんか?」

「うちのツッコミ代は高いで~?」

「こっこここ、小春先輩!?」

「あれ、ユウジは?」

「あんな男置いて来たったわ! それよりも~、うちも2人が仲良うなったきっかけみたいなん、知りたいわ~!」

「小春先輩が言うなら話すしかないやつ――…………あれ、ちーせんと初めて会うたんいつ……?」

「ありゃ、覚えとらんね?」

「え、ちーせん覚えとるん?」

「……やおいかん問題ばい」

「2人揃って忘れとるやないの~!」

「こういうところが仲ええ理由なんやろな……」

そうしみじみと言った調子で呟く小石川を余所に、よほどミトのことが気に入ったのかはたまた気になるのか、小春が質問攻めを始めてそれにミトも律儀に返答をする。
ミトからすれば小春推しは正義、つまり可愛いは正義であり小春の言うことは絶対。
どこぞの現在校内を走り回っているであろう相方と、ほぼ似たような思考回路をしている、つまり厄介なのが1人増えたことになるわけだが。
どちらにせよ答えなかったということは本気で覚えていないのだろう、小春推しの言動にいちいち可愛い! と叫びたいのを必死に抑えながら向き合っているが。
その様子を緩やかな様子で見守り、柔和な笑みを浮かべている千歳は、頭の中でミトとの出会いについてを振り返っていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「――…………」

「………………」

「「………………」」

驚いた。
新学期、新しい学校、新しいクラス、新しい――ことを上げればキリがない。
そんな千歳にとって何もかもが新しい環境に、既に気疲れを覚えてしまったので早速気分転換を兼ねて校内探索に出かけ。
学校の裏山方面に気になる道を見つけ、フラッとそちらの方へと歩み出し。
よさそうな場所を見つけて、そのまま座り込み木にすがって休憩をしていたのだが。
正面のあたりからガサガサっと木々をかき分けるような音が聞こえ、猫でもいるのかとそちらの方を見てみれば。

予想は当たっていたのか、そこから猫が逃げ出すように飛び出して足早に去っていく。
あれ、逃げられたと残念がる間もなく、さらに正面から聞こえる音に少しの警戒をしていれば。
猫が出て来た場所から現れたのは、まさかの人間。しかも女子。
加えて制服がこの新しい学校の制服であることに気づき、同じ学校の生徒であることを悟るが。
当の本人は、こんなところに人がいると思わなかったのだろう。
千歳の顔を見るなり、驚いてそのまま硬直する様子を見せた。

――目が合ったまま動かない状況。
お互いに人がいるとは思わなかったらしい、さすがに予想外すぎたのか言葉も出ないようで。
しばらくこのまま――かと思いきや、その木々をかぎ分けて出て来た女子生徒は、左手を口元に添えて目を見開いた。
急に現れた、やたらタッパのある男……あ、これ不審者扱いになる、と思った千歳は慌てて弁明しようとしたが。
それを上書きするかのように、女子生徒の口が動く。

「あ、怪しいもんじゃなか――」

「――もしかして、人間に化けた?」

「え?」

「あ、大丈夫。ミトちゃんそこら辺口堅いから。さっきはごめんな? 驚かせて……あれ今君会話せんかった?」

「――ん? ……したね」

「……こんな猫の恩返しみたいなことある? いや……助けとらんし展開的にはトトロ……あなたトトロって言うのね?」

「千歳千里ったい」

「トトロちゃうんかい、ごりごりの人間ネームやったわ」

めちゃくちゃわくわくしたのに、と小さくため息をつく女子生徒。
そのまま立ち上がって服を軽く叩いた彼女は、改めて千歳の方を見て。
そこでようやく同じ学校の生徒であることに気づいたらしい、改めて驚いた表情を見せ。
「普段人間に化けて生活でもしてんの? あ、待って名札先輩やん。失礼しました」と言葉を続ける。
その様子に呆気にとられながらも、無意識に笑みを浮かべた千歳はそれに続く。

「化けるもなんも、元々人間ばい」

「嘘やん、普通の人間はこんなところおらんて」

「お前さんに言われとうはなか。こぎゃんところで何ばしよると?」

「お昼寝場所探してたらお猫様もとい先輩がいらしてたんで」

「俺は猫じゃなか。もしかすると……さっき走っていった子んことと?」

「誤魔化さんくても言いふらしたりしませんて。で、本当のとこはずばり?」

「生まれも育ちも人間やね」

え、ガチで勘違い? と眉間にしわを寄せながらも問うてくる女子生徒。
そんなに疑われる要素があっただろうか、わからなくもないけど……と小さく息を吐き出して「そやね」と返事をする。
その返答に何を思ったのか、首のあたりを指でかき、少しだけ恥ずかしそうにする様子を見せて。
失礼しました、と先ほどより小さな声を発しながら頭を下げた。
そんな様子も、発する言葉の節々もなんだかおかしくて、小さい笑い声が漏れ出す。

「で、えっと、お名前なんでしたっけ。あ、ワイ、ミト言います」

「千歳千里たい」

「ちとせせんりセンパイ……ちーせんか」

「――……ふふっ、千と千尋の神隠しもごたるねえ」

「ござる? さっきから思ってたんですけど、ちーせんってもしかしてどっか生まれちゃいます?」

「みたいやねってこと。熊本たい。ミト? はコテコテの関西弁ってやつと?」

「はいどうも、ミトです。生まれも育ちも純度100%のコテコテ大阪ですわ。いつからこっちおるんです?」

「こん4月からやなあ」

「まさかの直近すぎる……え、てことはもしかして転校生的なやつです?」

「そうなんね」

「ってことは転校早々授業サボっとるんですか」

「天気がよかけん、つい」

「あ、わかる。こんだけいいぽかぽか陽気やとお外行きとうなるっすよね」

そんなことを話したような、と千歳は思い出す。
そうそう、まさにそうだった。
頭の上に葉っぱを付けて、猫を追いかけたからなのかスカートの裾に土埃がついていて。
まさか自分がトトロだって言われるとも思わず、気づかないうちに頬が緩んでしまったのだ。
何より他の人たちのように、明らかに自分の事情に対して深入りしない距離感が、とても心地が良くて。

「こん周りには詳しかと? おすすめん場所はある?」

「あるある、他の人には秘密やけど、ちーせんには特別に教えたるわ」

「はは、共犯者ってことやね」

「静かに過ごしたかったら周りには内緒で頼んますわ。今度会うたら校内のいいとこも教えますよ」

「そらよかね~。まったりすごすたい」

「……あの、私が言うても説得力ないですけど、ほどほどに授業は出ましょうね」

「ほんなこつ説得力なかね」

「ってかちーせんデッカ。え、座っとったら気づかんかったわデッカ! 何メートル?」

「195cmたい」

「なんとまあこないに大きゅうなって。やっぱトトロちゃいます?」

「俺も探しちょるんやけどねぇ。なかなか会えんばい」

そうそう、こんな感じでどうでもいい話をしながら。
猫の集会場所を知っていると連れて行ってもらって。
そのままミトが授業に戻るって言い出すまでのんびりすごして。
そうだ、そうだった、それからたまにサボりの時が重なれば適当に話をしたり昼寝をしたりで。
ミユキとは全然違うけれど、ちょっと妹のような、それでいて悪友のような、不思議な――――



「なるほどね~……うちのヒカルとはただの友達、やってあくまで言い張るのね?」

「コラ! うちの光てなんやねん! 浮気か!!」

「小春先輩に誓って嘘は絶対言いません! ってか財前も絶対ただ面倒なやかましいやつくらいにしか思うてませんよ」

「確かにそう言いよったわ……お前らなりの照れ隠し思いよったけど、そうでもなさそうやな」

「ユウジお前いつの間に来てん」

「校内全部巡って小春探して戻ってきたで! 小春おったし戻ってきてよかったわ! こいつはライバルちゃうってようわかったしな!」

「そもそもこないだの食堂で、公衆の面前で振られとんねん。ってかそもそも小春先輩の相方あんたしかいないでしょ」

「お前は話の分かる後輩やな~! 小春の可愛いとこもようわかっとる、見る目あるやっちゃで~! 財前とはわけが違うわ!」

「残念やけどアタシ、追いかける方が好きなのよん……♡」

「今ユウジもミトさんもまとめて振られんかったか?」

いつ戻ってきたのだろうか、千歳がミトとの出会いを思い出している間にユウジが戻っていて、小春と小石川含めた三人でミトを囲って話をしている。
ミトも小春がいるからだろうか、別に拒否する理由はないらしく楽しそうに話をしているが。
その様子を見て軽く口元が緩むのを感じるが……そういやなんでこぎゃんところにおるんやったか、と千歳が漠然と疑問を抱いたとき。
千歳の後ろから、まさに話題に上がっていた人物が声をかけてきた。

「……またお前か」

「あ、財前。よっす」

「誰も戻ってこおへんから、部長らカンカンですよ」

「あら、忘れてたわ」

「そないに経っとったっけ? 俺らそもそも何しに来たんやった?」

「……あれ、何とりにきたんやったっけ」

「小石川先輩までボケんとってください……早よ戻りますよ」

「「「はーい」」」

「お疲れ様です~」

「お前は早よ帰れ」

時間なったらな~、と適当に返事をするミト。
そのミトの傍らには、たまにおやつを上げることですっかり懐いた、ミトが「お猫様」と呼ぶ野良猫の姿が。
時間が経つんは早かねと、その光景を見てまた微笑む千歳。
そしてそんな微笑む千歳を見て「今のなんかおもろい要素あったか……?」と思いつつも口にはしないミト。
相変わらずの、不思議な空気感が彼らの中で流れるのであった。





「いや何自分部外者みたいな面してんですか。千歳先輩も、戻りますよ」

「財前は厳しかね~」

「もうちょい肩の力抜いたら? ちーせん見習え~」

「見習うとこだけ見習うわ。せやからお前は帰れて」

「そのうちな~」

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