◇一応あるメインストーリー◇
「じゃんけんしてや」
「――――財前はん」
「師範、お疲れ様です」
「その、伝えるか悩んだんやけど」
「……? どうかしました?」
――お昼休み、食堂で飯食ってそろそろ席立つかって頃。
珍しく師範の姿があって、さらに俺に話しかけて来たので。
なんか部活の連絡とかかな、と師範の方を向いて話を聞こうとするが。
なんか思ってたんとちゃうらしく、少し言い辛そうにしている。
師範のこんな顔、だいぶレアな気がするけど……と思いながら、手招きする師範に次いで食堂を出れば。
――ついて出たことを思わず後悔した。
師範が気まずそうに目線をやった先を見れば、そこにはミトがいて。
ものすっごいしかめっ面で、しかも少し離れた位置から券売機をじっと見つめている。
いや、マジで何しとんねん、嫌や関わりとうない。
師範も師範でなんで俺連れて来たんよ、俺知らんよホンマに。
「ワシが券売機で買う時も、あの状態でおったから……つい、な」
「……マジでなんなんアイツ……」
「……その、実は……ワシはその、定期的にああなっとる彼女を見かけるもんやから……」
「あのアホ……師範にご迷惑おかけしてすんません、俺別に保護者ちゃいますけど」
「いや……ワシが外から見る分には面白いから構わんのやけど……その、財前はんの彼女聞いたらさすがに声かけたった方がええかと思うて」
「彼女ちゃいますって……面白い?」
師範の話によると、どうも師範はミトの珍行動をしょっちゅう見かけているらしい。
券売機の前でしかめっ面しとったり、下校中に縁石の上歩いてふらついたり……車が来たらちゃんと降りて歩道歩くらしいけど。
あとは横断歩道で白いとこだけ飛び越えたりとか、寒空の下公園のベンチで座って空見上げながら、そして中華まんを頬張りながら「焼きそばパン……」と呟いたりと。
結構な頻度で見かける上、気になる行動が多いからこそついつい見守ってしまうのだとか。
ミトについてはマジで何してん? という感じだが、それを見守る師範も何つい見とんねん。
「クソガキか」
「まあ、それもあって……見てておもろい子や思うとったし、ワシも噂は信じとらんから」
「それこそ気にせんでええと思いますけど」
「まあ、そやな……せやけど、さすがに今回は……」
「……わかった、わかりました。ちょっと声かけてきます」
「堪忍な」
……他の人ならともかく、師範に言われたんならしゃーない。
それに師範の話がホンマなら、アイツあの状態で最低でも15分くらいはずっとあそこにおるってことやし。
確かに珍行動たまにしとるけど、さすがに今日のは奇妙すぎる。
なんでそんな顔して券売機見つめとるん? しかも長時間。マジで、本気で意味がわからんわ。
今まで見てきた中でトップクラスに意味が分からん。ホンマに。
「――ミト」
「………………? あ、財前」
「お前こんなところで何しよるん……」
「……いや、それがな……あ、せや、財前」
「……なん」
「じゃんけんしてや」
いやや、と断れば「ええやんか別に!」と一度取れた眉間に今一度しわが寄る。
いや、そもそもお前と関わりある思われたないねんて。
こんな奇行しとるやつと仲ええ思われたない、あくまでその奇行を止めるために話しかけに来ただけのこと。
マジで何を考えて急にじゃんけんせなアカンねん、絶対なんか悪いこと企んどる。
俺がそう考えとるのは一切わからんやろう、ミトは顔の前で手を合わせてもう一度「頼むわ財前!」と言ってきた。
「――はぁ、嫌やけど」
「ええやんじゃんけんくらい……金集るわけちゃうし」
「……何企んどるんや」
てっきりお金でも忘れたのかと思ったが。
集るわけちゃう、ってことはその線はどうやら違うらしく。
せやけどそれ以外に券売機を睨む理由が見当たらん。
何を考えとるか確認しようと思ったけど……俺の企みって言葉が意外やったんか、ミトはやたらきょとんとした表情になる。
なんかようわからんけど、なんか腹立つわこいつ。
「いやな? 昼飯麺類にしようってとこまで決めたんやけど」
「……はあ?」
「うどんかラーメンかが決まらん」
「今まで聞いた話の中で、ダントツでくだらんわ」
「いや美味しい飯食えるかどうかで今日の気分決まんねん、万が一にでも外れたら落ち込むけど、じゃんけんならじゃんけんやしで納得できるやん」
「いや、マジでどうでもいい」
特にお前の気分なら余計にでもどうでもいい。
つまりこいつ、俺とのじゃんけんでどっち食べるか決めてしまおうとしとる訳や。
つまり師範が見かけたときからずっと、今日の昼飯で何食べるかを悩み続けとるわけで。
ホンマにくだらん、マジでどうでもよすぎる。
そんな下らんことにそんな時間使うなや、せめてもうちょいまともな理由で悩め。
「むしろ二択まで頑張って絞ったんや、頑張った方やで」
「いや悩みすぎやろ、んなどうでもええことで一生悩むのお前くらいやわ」
「全国の優柔不断に謝って? 今日一日ワイが幸せでいられるかどうかは全てご飯で決まる言うても過言ちゃうんぞ」
「飯に命でもかけとんかお前」
「食わな死ぬんやから当たり前やろ」
いや、そういう意味ちゃうわ、ホンマ馬鹿。
ホンマに最近の出来事で、こいつがホンマに何も考えていないゴンタクレっちゅーのは嫌っちゅーほどわかった。
だからてお前もっと他に悩むべきところあるやろ、ホンマに。
悩む内容がくだらん、マジで意味わからん、ホンマなんなんこいつ。
意味わからん過ぎて言葉が出てこんくらいにはくだらん、もう二度とミトの心配とか1mmもせん。
「ちゅーかそれで俺がじゃんけんするメリットないやろ」
「勝ったら今日一日勝者でおれるで」
「世界一どうでもええ勝ちやわ」
「あ、それとも負けるの怖い? こう見えてワイじゃんけん強いからな」
「わかりやすい挑発なんに顔がくっそ腹立つ」
「ほれ、お互いスッキリするためにもとりあえず一回」
「マジで興味な……死ぬほどくだらん……」
とはいえこのままミトをここに放置すれば、この後昼休みが終わるまで悩み続けているかもしれない。
こいつはそういうやつだ、本気で考え続けて昼飯逃すまである。
師範に頼まれた以上、こいつを早くどうにかしたいのも事実やし……
…………しゃーない、今回ばかりは付き合ってやるしかない。
負けるのも尺やけど、負けたところで何もないしな……
ホンマにマジでどっちでもいいことではあるし……
「ワイはパーを出す。ちなみにワイが買ったらラーメンや」
「マジでどうでもええのに心理戦とかすな」
「やるからには全力や。財前が買ったらうどんな」
「なんかチョイスむかつくな」
「飯食った? 空腹でイライラなっとんちゃうの?」
「もう食うたし誰のせいや思っとんねん、マジでくだらん……」
「ほな行くでー。最初はぐー!」
ほんまに始めるしホンマに本気やこいつ、ホンマに、マジでくだらん過ぎる。
とはいうても、流石に負けると癪な気もするし。
こいつ、パー言うたし……どうせミトのことやから……
そう思いながら、ミトの声に合わせて手を出してやる。
もちろん、出す手は――
「うっっっわ負けた!!!」
「いやお前がパー言うたやん。素直か」
「しっかりチョキ出すなや腹立つ!!」
「心理戦にもなっとらんわ、アホ」
「いやマジでムカつくわ……なんで負けんねん」
「……別にどうでもええんやから、ラーメン食ってくれば?」
「いやそれはルール違反やん。大人しくうどん食うわ」
マジでなにこいつ。
……素で悪口みたいになってしもうた、いやけどホンマに何こいつ。
普通に負ける気せんかったけど……そんままガチでうどんを買いに行った。
……ま、とりあえずミトの奇行を止めることはできたわけやし……
これ以上こいつと関わりとうない、さっさと退散しよ……
なんか無駄に疲れたわ、なんでこんなマジでアホみたいなことに体力使わなあかんねん……
「ありがとうなー財前」
「そう思うなら二度とそんなことで悩むな、普通に迷惑やろ」
「しゃーないから次は教室で悩んだるわ」
「そういう意味ちゃう……」
「ちゅーわけで敗北者の味、大人しく味わってくるわ」
そう言いながら食堂の中へと入っていくミト。
マジで二度とミトと教室の外で関わらんわ、ホンマに疲れた。
俺もさっさと教室戻ろ……と振り返ると、そこには様子を見ていたのか師範がおって。
気まずそうな顔をしながら、「ありがとうな」と言ってくるもんだから。
今すぐにでも舌打ちしそうになっていたこの気持ちを、なんとか我慢する代わりに。
昼の練習の相手を、師範にお願いして軽く基礎撃ちしてきたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――――昼に軽く球を打ってきて。
教室に戻れば、ちゃんとミトが次の授業の準備をしていた。
正直溜まった疲労に、これ以上ミトの相手をしたくない――とため息をつきながら席に着くと。
前回の席替えで前の席になったミトが、こちらを振り返ってきた。
……なんや、面倒いねん、今構う気ないぞ、とあからさまに嫌そうな顔を向けてやったが。
ミトはお構いなしで口を開いた。
「あんな、財前」
「なんや」
「敗北者の味、ごっつうまかった」
「ブフッ」
「わろてんちゃうぞ、どつかれたいんか」
そう言いながら、ものすごい嫌そうな顔をしているミト。
負けたのにその食べたうどんが相当おいしかったのだろう、顔が負けたの気に食わんけど美味かったと語っている。
その変な顔と、いつものくだらん話かと思っていた俺は不意を突かれたらしく、思わず口から息が漏れる。
自分が勝った愉悦感もあるのか、この時ばかりは止まらなかった。
ホンマくだらん、ほんまに、アホらしわ。
「っふふ、うまかったんか」
「おん、めっちゃくちゃうまかったし。多分気分で大当たりやったわ」
「っふふふ」
「なにわろとんねん、ぶっしばくぞ」
「何言うても負け犬の遠吠えやん」
「カウンタークリティカルで決めてくんなや……」
「っくく、あーおもろ」
