◇一応あるメインストーリー◇
「んはは!またよろしゅうな、財前」
「あ、あいつ噂の」
「え、なに、どれ?」
「ほら、あの…………」
「あー、あれね」
―――昼休み。
食堂から廊下を歩いて教室に戻ると、教室の中でひときわうるさい声が上がる。
顔を向けてみれば、そこには知らない人間―――多分3年の先輩が、教室の中で話をしているようだ。
元々うちのクラスの人間に何かしら用があったんやろうけど。
話が終わったのか、急に様子が変わった。
そいつらの視線の先、そして歩を進め始めた先にはミトがいて。
よくよく顔を見てみれば、少し問題行動が目立つことで有名な先輩たちだ。
周りも止められるはずもなく、そのままミトと接触する。
「なあ、お前やろ?先輩の彼氏を盗ったって奴」
「………………」
「男ならだれでもええって聞いたぜ?なあ、俺らも相手してくれや」
そんな言葉を投げかけながら、にやにやと詰め寄る奴ら。
その様子に、うわ、と周りもドン引きはするが。
1人が慌てて教室を出た以外は、静かにするだけで動く気配もない。
……反吐が出るわ、ホンマ。
ミトがそんなこと、するわけないっちゅーのに。
「相手って?」
「え、ミトちゃん」
「なんだ、察しが悪いじゃあねえの」
「純情ぶってんじゃあねえぞ」
「……わかった、なら体育館で」
「待てや、お前ら」
―――謙也さん、とミトの呼ぶ声が聞こえる。
余計なことに首なんか突っ込みたくない。
この学校のやかましいところも、うちの部活のうるさい奴らも、ほんま嫌になる。
けど、この人のこういう馬鹿正直でまっすぐなところが。
時々、羨ましく感じることがある。
俺と一緒に教室に来ていた謙也さんは、ちょっとミトに話を、と言って俺についてきたんやけど。
こんな現場に居合わせて、俺も動けんかったのに。
あいつらの肩を掴んで、引き離すようにして間に割って入る。
その様子を、びっくりした様子でミトが見ていた。
「お前ら好き放題言うとるんちゃうぞ」
「はあ?お前に関係ないやろ」
「何ならお前も童貞卒業させてもらえや」
「アホか!そういうんはちゃんと好きな人とするもんや!大体ミトかて―――」
「謙也さん、ストップストップ」
「ミト、お前なんで止めんねん……!危ないから下がっとき!」
はあ……と深くため息をつく。
そら止めるわ、ミトかてなんも考えとらん訳ちゃうやろし。
しゃーないから、なんかあった時のために俺も近くにおるとして。
……いや、ミトのことやから、むしろなんも考えてないが正しいかもしれん。
そうやった、こいつは基本的になんも考えてないやつやった。
どうせ昨日のも、そないに大したことちゃうわ。
「いや、だから相手してくるわ。謙也さんも混ざる?」
「女の子がそういうこと言うたらアカン!!!」
「いや声でか。ちゅーか何勘違いしとんねん。売られた喧嘩は買うやろ」
「そうっすよ、謙也さん。俺らが邪魔せん方がええですよ」
「なんでお前までそっち側やねん!?」
「いや、やって」
「テニス部が乱入したら、こいつらにハンデ与えるようになるっすよ?」
―――ミトの目が大きく開く。
そして少し落ち着いたら、今度はうざいくらいにみるみる口角が上がっていく。
やっぱりそうや、どうせそんなことやろうと思った。
やってこいつ、わざわざ自分の技術の向上のために、わざわざテニスのグリップの感覚確かめるくらいや。
「はぁ……?ん?ちょお待ってや」
「さっきから何言うとるん?ええから早よせえや」
「うざすぎて萎えそうやわホンマ、早よ行こか?ミトちゃん?」
「ええよ、あの糞アマと同じ目合わしたるから。かかってきいや」
「……ん?あの糞アマ……?」
「ちょうど部活やめて若めの相手おらんから困っとったんや。相手してくれるんやろ?バドミントン」
いつの間にかラケットを手にしていたミト。
聞こえた糞アマ、という単語が少し気になるものの、笑っているが明らかにキレている表情をしているミトと、そのワードを聞いて驚く先輩3人たち。
いや、謙也さんも一緒になって驚くなや。
どうせそんなことやと思うたわ。
そもそもこいつ、元々生粋のバドミントンバカやったし。
「え?いや、俺らそういうんちゃうくて……」
「なんやこの女、頭おかしいんちゃうか?」
「そっくりそのまま返してやるよ、一方の話信じてセクハラかましてくるボケが。勝手に惚れて勝手に振られて逆恨みして、うっとおしいことこの上ない」
「ミト、お口が悪い。チャックやチャック」
「ドン引きっすね。あ、」
「先生!こっちこっち!」
その声が聞こえた途端、げ、と声を漏らして走り去っていく先輩2人。
それをあっかんべーと舌を出すミトと、その様子をポカーンと口を開き、あほ面でその様子を見送る謙也さん。
廊下から怖いことで有名な体育教師の怒号が響き、うちの教室前の廊下を走り去っていく。
……はあ、どうせ、こんなことやろうって思ってたわ。
バドミントンバカの、大会で優勝やら準優勝やらしてくるミトが、色恋沙汰に忙しいわけがないやろ。
元々その噂を信じてはおらんかったけど、ミトから弁明を聞きたかったのも事実。
やから話したくなるまで突っ込まんかったのに。
色々考えてた自分もバカらしゅうなるし、思い切り深いため息をつけば。
ミトがいつもの調子で「財前」と名前を呼んでくる。
顔を上げれば、先ほどのキレた表情はどこへやら。
いつもと変わらん、いつものミトが笑っていた。
「やっぱマブやわ。ワイのことようわかっとる」
「誰がマブや」
「あのさ、会話360度変えた話してええ?」
「それ戻っとんねん」
「ありがとうな!あんな、うちの席の後ろの子がさ、黒板見えんらしゅうて。前の方の席の誰かと変わってほしいらしいねんけど」
何に対してのありがとうや、と思いつつも口には出さずにため息をもう一度つく。
―――やっぱ俺らはこれでええ。
大した話なんてせんでも、ミトがなんも考えてないんはようわかる。
それだけの関係、でも、それが1番、落ち着く。
「ええよ、俺も席は後ろんが有難いわ」
「あ、ありがとう!」
「ほれ、別に財前怖ないやろ?よかったやん」
「ふふっ。そうやね!やっぱ彼女はようわかっとるわ!」
「…………ちょお待て、今なんて?」
「え、え?あの、彼女はようわかっとるて……」
「誰が、誰の」
「え……あの……財前君とミトちゃん……」
「「こいつだけはない」」
「いやワイのセリフやっちゅーねん」
「いや俺かて選ぶ権利あるわ」
「お前らホンマ仲ええな」
「どこが」
「まあマブやし」
誰がマブや、誰が。
そのままミトと謙也さんと、3人で言い合いをする。
その俺と席を変わってほしいらしいクラスメイトの女子は、何を勘違いしているのか頭に「?」が浮かんでいるようにしか見えなくて。
どこからどうなって俺とミトが付きおうとるみたいな話になったんや。
暇なときにミトがただどうでもいい話を振ってくるだけの関係や。
「まあ、そう思われるくらいお前らが仲ええっちゅー話や」
「なんでもかんでも恋愛の話に持ってくのやめん?異性やろうと話するくらいええやろがい」
「今回ばかりはミトに同意っすわ」
「……まあ、俺は財前の部活に影響なければそれでええけどな?せやけどお前ら、まさか噂に気づいてないんか?」
「噂ぁ?それワイの悪名の話やろ?糞アマがまき散らした例の」
「お口が悪いですぅ~~。もっとお上品な言葉を発して頂いてもよろしくて?」
「いやなんであんたがお嬢様になってんすか」
「あのイカレアバズレ男好きが他の皆様方へと流したお話の内容ではなくって?」
「なんも良くなってへんぞ、悪化しとるわ」
「そうではなくてよ……結論から申しますと、お前と財前は付きおうとる、って2年の間では噂されとるっちゅー話や!」
「「いやマジでなんで???」」
そんな話をしていると、クラスメイトの女子は準備が終わったのだろう。
机を移動していいかを聞いてきたので、当然それに応じる。
しぶしぶ席を運んで移動し、その位置に机を置けば。
机の上には、例の立方体が2つ入った色違いの飴が置かれる。
「やっぱこれが定位置って感じやわ」
「結局お前と前後続行やん」
「んはは!またよろしゅうな、財前」
「ま、しゃーないか」
「……あれ?なんか機嫌よーなった?やっぱミトちゃんと離れて寂しかったんか」
「どつくぞお前、すぐ調子乗んな」