◇一応あるメインストーリー◇



「しゃーないな、飴ちゃんやるから元気だしや」


「おっすー」

「…………おー」

「あり?なんか元気ない?」

「……別に」

「しゃーないな、飴ちゃんやるから元気だしや」

「いらん」

「今日は塩飴ちゃうのに」と後ろで椅子を引く音がする。
ミトを夕飯の時間に見かけた次の日。
自分でもわけわからんくらいに機嫌が悪い今日、ミトはいつもの調子で教室に来る。
そのまま後ろは振り向かず、ヘッドホンをつけて曲を選ぶ。
……今日は、別になんも絡んでこんらしい。

あの説明が何もないままで、済ませるんか。
そうか、そうやもんな、そらそうやわ。
―――いや待て、俺、なんに怒っとるんや。
耳に流れる歌が煩わしく感じるほど、落ち着きがない。
俺は、いったい何がしたいねん。

一度止めようとスマホを触ると、そのタイミングで先生が入ってくる。
いつの間にか時間が経っとったらしい、先生が出欠をとり。
「今日は席替えの日やでー」と見慣れた箱を出してきた。
……そうか、今日月始めやった。

毎月席替えを行うこのクラス、1年の時から変わらんそれ。
けど、俺はなぜか毎回ミトが前後どちらかの席になる。
それはもう、先生が仕組んどるんやないかって思うほどに、必ず。
1年の時も、入学したてでいきなり席替えがあったのを思い出す。
―――そうか、そういえばミトと会話したんもそれが初めてやったわ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


『―――あれ、ワイら席また前後やん』

入学したて、その中で俺はこの学校に一切馴染める気がせえへんかった……いや、馴染む気がなかった。
何でもかんでもお笑い、お笑い、お笑い……校長から始まり先生から生徒から先輩からがひたすらにボケてくる。
面白いわけでもない、やかましいだけのそれにうんざりしていた俺は。
いきなり席替えとかわけのわからんままに従うしかないそれに、大きくため息をはいていた。

―――そんな俺の、後ろの席になった生徒。
そんな声掛けに、思わず俯いていた顔を上げれば。
そこにいたのは、今より少しだけ幼い顔をしたミト。
当然、当時の俺からしたら知らない女子だった。

『ワイ、ミトっちゅーねん。さっきはワイが前やったんに、次は逆やな』

『……そうやったっけ』

『実はそうやねん。なんか縁ありそうやし、これからよろしゅうな』

『…………よろしゅう』

『んはは、元気ないな。しゃーないな、飴ちゃんやるから元気だしや』

いや、なんでやねん……と思わず突っ込みを入れてしまったが、そんなのお構いなく机の上に立方体が二つ入っていて、色の異なる飴が置かれる。
受け取るのも癪やけど、ミトはそのまま机を抱えて俺の後ろへと移動してくる。
返すのもめんどいから筆箱の側に追いやるだけ追いやって、クラスの席替えが完了した後、HRが始まり退屈そうにその話を聞く。
また1時間くらい経って、10分ほどの休憩を言い渡された後、クラスはうるさいほどの話し声があちこちで上がる。
そんなクラスの様子にまたもや深くため息をつけば、後ろから肩をトントン、と突かれる感覚が。

『まだ聞いてへんかったわ。名前は?』

『……財前』

『財前か、了解。部活はなんかするん?』

『……一応、テニスの予定やけど』

『お、じゃあ同じラケットを扱う球技やな。外か中の違い』

『……バドミントン?』

『やっぱ思ったけど財前って賢いな、顔が賢さを物語っとる』

……どういう意味やねん、それ……と深くため息を吐く。
当初は入学したてなのもあって、簡単にお互いのことを理解するような会話が多かったと思う。
まあ、それもこの時だけで、それからは一切そういう会話をした覚えがない。
その次の休み時間には、既に全く関係のない話題だったのだから。

『なあなあ、財前』

『………………』

『くっそどうでもええ話してもええ?』

『………………』

『んはは、すげえ嫌そうな顔。なあ、いっつも思うんやけど、目薬って効いとると思う?』

『…………この流れで、ホンマにどうでもええ話出て来ると思わんかったわ』

いや、ワイからしたらどうでもよくないんやけどな?と笑うミトの方に、気まぐれで体を半分だけ向ける。
それが話していい合図と受け取ったのか、ホンマにマジでどうでもいい話を始めだす。
当時は周りの笑いあり山あり落ちありの空気が腹立たしかったけど、意外とミトの話を聞くことは悪い気はしなかった。
それはもちろん、今もそのはず、なんやけど。

そういえば、あん時のミトはマスクを下にずらしていた。
そして机の上にはまさかのティッシュ1箱、よく見れば目も鼻の下も赤い。
そうは思いつつも、この時初めてちゃんとミトの顔を認識したと思う。
だからと言って、何かを感じたわけではないけど。

『こうさ、目に差すやん。差すって日本語も意味わからんけど。目薬が効いた試しないねんな』

『……もしかして花粉症か?』

『大正解~~~ホンマ花粉滅びればいい……他の生物に迷惑かけてまで繁殖しようとすんなや……』

『……ガチやん』

『そらガチにもなりますわ……ティッシュもただやないねんぞ』

そう言いながら、ティッシュを取り出して鼻を噛むミト。
目もかゆいのだろう、流れるように机の横にかけたビニールにティッシュを捨てた後。
カバンからポーチのようなものを取り出して、そこからさらに目薬を出した。
……そういや目薬が効くかどうかの話題やなかったっけ?
いつの間にか花粉がどうとかの話に逸れとる気がする。

『んな~~~かゆい』

『……差した後、目頭押さえんと流れるで』

『え?そうなん?』

『……やないと喉とか鼻に流れるとかなんとか』

『え、純粋にやり方間違っとるから効かんってこと?今までの苦労とは。ちょ、もっかい』

『……差しすぎも意味ないで』

『早よ言うてや』

そう言いながら目頭を押さえるミト。
……こん時はまさかそこそこ長い付き合いになるとも思わなかったし。
二回目の席替えで『またお前か』とすっかり花粉症が落ち着いたミトが、マスクが取れてケラケラと軽快に笑っていたのがよく見えたのを覚えている。
それからずっと、まさか1年間席の前後どっちかに必ずミトの席があったのも意味わからんかったし。
2年になっても同じクラスで、かつ席前後の関係が続くとも思わんかったけど。

俺が先輩たちに訳のわからないネタを披露され続けていた時だって、他の奴らと同じようにゲラゲラと笑っていたのに。
そんでもって俺が一ミリも表情動かさんのを見て、周りが新人類やミュータント言うて近づくのを辞めたのに、ミトは変わらず。
俺の学校生活には、ミトが馴染んでいるのが当たり前になった。
―――当たり前、やったのに。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「んはは、さすがに3年間席前後は当たらんかったか」

「―――え」

「財前前の方やんけ、どんまい」

「………………」

「え、そんなショック?もしかしてミトちゃんと離れるん寂しいか?」

「どつくぞ」

凄んでも怖ないで~といつもの調子でケラケラと笑うミト。
―――いつものくじ、いつもの席替え。
今回、俺の席は一番前、教卓の目の前。
対してミトは、窓際の後ろから2番目。
結構、というかそこそこ遠い。

―――休み時間、なんだかんだで話すことが多かったのに。
ミトと席が離れてしまう。
別に大したことやない。
大したことない、って、わかっとるはずやのに。



なぜだろうか、自分の中で、何かがぽっかりと欠落したような。
そんな虚空の穴ができたような、そんな気持ちになるのだった。
7/11ページ
スキ