茜ちゃん関連
恋人らしいこと
「なあ茜。最近どうなんだよ」
「どう、って?」
「しらばっくれんなって。剣城との仲だよ!」
「ふぇ……!?」
水鳥の言葉に茜は顔を真っ赤に染め上げた。その様子を見て水鳥はけらけらと笑い声を上げると、さらに追い打ちをかけるように続けた。
「付き合ってもう随分経つだろ?そろそろなんか進展あったんじゃねーの?」
「もう……っ!水鳥ちゃんってば!」
「あ?まさか進展ゼロとか言うんじゃねえよな?」
「そ、そんなことは……」
茜は視線を泳がせながら口籠る。その反応に水鳥はじとりと目を細めるとぐいっと詰め寄った。
「おいこら、その反応はどういう事だよ?」
「だって、その、恥ずかしいんだもん……剣城くんも私も、そういうの苦手で……」
もじもじと指先を絡める茜を水鳥が急かす。茜はしばらく唸っていたが、やがて観念したのかぽつりぽつりと話し出した。
「そんな付き合い始めてから変わったことなんて……手、繋いだりはするけど」
「はぁ〜〜〜〜っ!?」
「み、水鳥ちゃん?」
衝撃的な内容に思わず叫び声を上げると、茜は不思議そうに首を傾げた。その様子を見て水鳥は大きな溜息をつくと、頭を搔きむしりながら唸った。
「健全すぎるだろ……お前ら本当に付き合ってんのか?」
「失礼……ちゃんと恋人同士だもん」
呆れ混じりの言葉に茜がむっとした表情を浮かべる。清い関係とはいえ、恋人同士であることに変わりはないのだ。それを疑われてしまうのは心外だった。
むくれたままの茜を横目に水鳥はどうしたものかと考える。人の恋路をとやかく言うつもりは無いのだが、あまりにも親友が奥手すぎて不安になってくるのだ。
(……アタシが何とかしてやるしかねえな)
お節介だと自覚しながらも、親友の幸せを願う心に嘘はつけない。水鳥は意を決して、茜に向き直った。
***
(もぉ〜……!水鳥ちゃんのバカバカ!)
茜は憤慨しながら早足で廊下を歩く。先程水鳥に言われた言葉が頭をよぎり、恥ずかしくて仕方がなかった。
『今すぐ!なんか恋人っぽいことして来い!できるまで帰るなよ?』
ちゃんとアタシに報告しろよと一方的に告げられ、強引に部室から追い出されたのはつい先程のこと。
恋人らしいことをと言われても何をすればいいのか。水鳥が納得するような事とは一体なんだろう。考えれば考えるほど分からなくなってきてしまい、茜は途方に暮れていた。
「どうしたらいいのかなぁ」
思わず独り言を零す。別に恋人らしいことをしたくない訳では無いのだが、どうにも気恥ずかしさが勝ってしまって行動に移せないのだ。剣城だってそうだから触れて来ないのだと思いたい。
「はぁ……」
何度目かもわからない溜息が零れる。その時だった。
「あの」
不意に呼び止られ振り向くとそこには、会いたいようで会いたくなかったその人が居て。
「山菜先輩」
「あぅ……」
恋人らしいこと、しなきゃ。
でもどうやって?何をするの? 一瞬のうちに頭がぐるぐると回る。次第に何をどうしたらいいのかわからなくなってきて、頭が真っ白になって。
だからだろうか、思わず口から溢れてしまったのは。
「きょ、京介、くん……」
言ってからハッとする。慌てて口を押さえたが一度出た言葉はもう元には戻らなくて、剣城は驚いたように目を見開いたまま固まってしまった。
(ど、どうしよう……絶対変に思われた……!)
恥ずかしさと情けなさでじわりと涙が滲む。剣城は何も言わないまま茜を見つめているだけで、それが余計に不安を煽った。
「あっあの……その、今のは」
「も、もう一度言ってください」
「えっ」
弁明しようと口を開いた途端食い気味に言われ、茜は思わず聞き返した。すると剣城は頬を赤く染めて視線を逸らしながら続けた。
「……嬉しかったので、もう一度聞きたいです」
ぼそぼそと呟かれた言葉に今度は茜が固まる番だった。まさかそんな風に言われるとは思わなかったのだ。予想もしなかった反応にどぎまぎしながら、それでもなんとか言葉を返す。
「……京介くん」
「はい」
普段鋭利な眼差しが柔らかく細められるのを見て、どきりと胸が高鳴る。そんな顔をされたらますます意識してしまうではないか。
もう無理だ。名前を呼べただけでも頑張った方なのだ。きっとこれ以上は心臓がもたない。
「えっと、ごめ……んっ!?」
逃がれようと後ずさりかけたその瞬間。腕を掴まれて、胸の中に閉じ込められてしまう。突然の出来事に目を白黒させていると、頭上から剣城の心地の良い低音が聞こえた。
「……茜さん」
「はぇ!?」
急に名前で呼ばれ、茜は素っ頓狂な声を上げる。その様子に剣城はくすりと笑みを零すとさらに続けた。
「貴女が名前で呼んでくれたのに、俺が呼ばない訳にはいきませんから」
すり、と頬を寄せられる。しっかりと抱き込まれた腕の中に逃げ場はなく、茜はただされるがままになっていた。
放課後とはいえまだ学校内であるとか、こんなところを誰かに見られたらとか。思うことは色々あるが、離してくれそうにないことだけはわかってしまう。
そのまま数分、あるいは数秒だったかもしれない。ただじっと堪えるように震える茜に、やがて剣城が口を開いた。
「ところで、急に名前呼びなんてどうしたんですか」
「……水鳥ちゃんに、恋人らしいことしろって言われちゃったから」
思わず素直に答えると剣城が驚いたように目を見開いた。そして暫しの間思案した後、おずおずと口を開いた。
「……して欲しいんですか?そういうの」
その言葉にカァッと頬が熱くなるのを感じる。確かに自分も年頃の娘である以上、興味がないと言えば嘘になるけれど。それでもいざ面と向かって聞かれると恥ずかしくて堪らないのだ。
「や、その……」
茜は視線を泳がせながら言葉を濁す。けれど剣城はじっとこちらを見つめたままで引く気配がない。
(ああもう……!)
覚悟を決めると茜はおずおずと口を開いた。
「……したいって、言ったら……してくれるの?」
剣城は一瞬目を丸くした後、口元を手で覆い顔を逸らした。その目元が赤く染まっているのを見てますます恥ずかしさが増す。そのまま沈黙が続く中、先に耐えきれなくなったのは茜の方だった。
「ご、ごめん……!やっぱり今のなし……」
そう言って離れようとした瞬間。不意に肩を掴まれる。驚いて顔を上げると真剣な眼差しとぶつかった。その瞳に射抜かれるともう動けなくなってしまう。
「いいですよ」
一瞬の間の後紡がれた言葉に茜は目を見開いた。聞き間違いでなければ、肯定の言葉が聞こえたのだけれども。
呆然としている茜に構わず剣城は続ける。その口調はいつもより少し早口で、どこか焦っているように見えた。
「だから、恋人らしいことしましょうって言ってるんです」
「う、うん……?えっと、でも……」
ここだと、ちょっと……と茜は口籠る。確かに剣城と恋人らしいことをしたいと思ったのは事実だけれども。でもこんな場所じゃ、誰かに見られるかもしれないじゃないか。
「わかりました」
「えっ、ちょっと……!」
言うが早いか剣城は再び茜の腕を引いた。人気のない廊下を足早に抜けて、ひとけのない空き教室になだれ込む。扉を閉めると同時に剣城が茜を抱きすくめた。
「これで、いいですよね?」
熱っぽい視線と共にそう問われてしまえばもう断れない。茜は小さく頷くとそのまま目を閉じたのだった─────
「で、結局……そんないい雰囲気になったっていうのに、キスのひとつもしてこなかったって?」
「で、でも!前じゃ考えられないくらい、いっぱい、色々、したもん……」
(……行動に移せたならまあ、進歩してるか)
「何その顔……これでも私達大分進んだと思うけど」
「いやまぁ、そうだけど。……次はキスくらい自分からしてやれよ?」
「!?そ、それはまだ無理……!」
「なあ茜。最近どうなんだよ」
「どう、って?」
「しらばっくれんなって。剣城との仲だよ!」
「ふぇ……!?」
水鳥の言葉に茜は顔を真っ赤に染め上げた。その様子を見て水鳥はけらけらと笑い声を上げると、さらに追い打ちをかけるように続けた。
「付き合ってもう随分経つだろ?そろそろなんか進展あったんじゃねーの?」
「もう……っ!水鳥ちゃんってば!」
「あ?まさか進展ゼロとか言うんじゃねえよな?」
「そ、そんなことは……」
茜は視線を泳がせながら口籠る。その反応に水鳥はじとりと目を細めるとぐいっと詰め寄った。
「おいこら、その反応はどういう事だよ?」
「だって、その、恥ずかしいんだもん……剣城くんも私も、そういうの苦手で……」
もじもじと指先を絡める茜を水鳥が急かす。茜はしばらく唸っていたが、やがて観念したのかぽつりぽつりと話し出した。
「そんな付き合い始めてから変わったことなんて……手、繋いだりはするけど」
「はぁ〜〜〜〜っ!?」
「み、水鳥ちゃん?」
衝撃的な内容に思わず叫び声を上げると、茜は不思議そうに首を傾げた。その様子を見て水鳥は大きな溜息をつくと、頭を搔きむしりながら唸った。
「健全すぎるだろ……お前ら本当に付き合ってんのか?」
「失礼……ちゃんと恋人同士だもん」
呆れ混じりの言葉に茜がむっとした表情を浮かべる。清い関係とはいえ、恋人同士であることに変わりはないのだ。それを疑われてしまうのは心外だった。
むくれたままの茜を横目に水鳥はどうしたものかと考える。人の恋路をとやかく言うつもりは無いのだが、あまりにも親友が奥手すぎて不安になってくるのだ。
(……アタシが何とかしてやるしかねえな)
お節介だと自覚しながらも、親友の幸せを願う心に嘘はつけない。水鳥は意を決して、茜に向き直った。
***
(もぉ〜……!水鳥ちゃんのバカバカ!)
茜は憤慨しながら早足で廊下を歩く。先程水鳥に言われた言葉が頭をよぎり、恥ずかしくて仕方がなかった。
『今すぐ!なんか恋人っぽいことして来い!できるまで帰るなよ?』
ちゃんとアタシに報告しろよと一方的に告げられ、強引に部室から追い出されたのはつい先程のこと。
恋人らしいことをと言われても何をすればいいのか。水鳥が納得するような事とは一体なんだろう。考えれば考えるほど分からなくなってきてしまい、茜は途方に暮れていた。
「どうしたらいいのかなぁ」
思わず独り言を零す。別に恋人らしいことをしたくない訳では無いのだが、どうにも気恥ずかしさが勝ってしまって行動に移せないのだ。剣城だってそうだから触れて来ないのだと思いたい。
「はぁ……」
何度目かもわからない溜息が零れる。その時だった。
「あの」
不意に呼び止られ振り向くとそこには、会いたいようで会いたくなかったその人が居て。
「山菜先輩」
「あぅ……」
恋人らしいこと、しなきゃ。
でもどうやって?何をするの? 一瞬のうちに頭がぐるぐると回る。次第に何をどうしたらいいのかわからなくなってきて、頭が真っ白になって。
だからだろうか、思わず口から溢れてしまったのは。
「きょ、京介、くん……」
言ってからハッとする。慌てて口を押さえたが一度出た言葉はもう元には戻らなくて、剣城は驚いたように目を見開いたまま固まってしまった。
(ど、どうしよう……絶対変に思われた……!)
恥ずかしさと情けなさでじわりと涙が滲む。剣城は何も言わないまま茜を見つめているだけで、それが余計に不安を煽った。
「あっあの……その、今のは」
「も、もう一度言ってください」
「えっ」
弁明しようと口を開いた途端食い気味に言われ、茜は思わず聞き返した。すると剣城は頬を赤く染めて視線を逸らしながら続けた。
「……嬉しかったので、もう一度聞きたいです」
ぼそぼそと呟かれた言葉に今度は茜が固まる番だった。まさかそんな風に言われるとは思わなかったのだ。予想もしなかった反応にどぎまぎしながら、それでもなんとか言葉を返す。
「……京介くん」
「はい」
普段鋭利な眼差しが柔らかく細められるのを見て、どきりと胸が高鳴る。そんな顔をされたらますます意識してしまうではないか。
もう無理だ。名前を呼べただけでも頑張った方なのだ。きっとこれ以上は心臓がもたない。
「えっと、ごめ……んっ!?」
逃がれようと後ずさりかけたその瞬間。腕を掴まれて、胸の中に閉じ込められてしまう。突然の出来事に目を白黒させていると、頭上から剣城の心地の良い低音が聞こえた。
「……茜さん」
「はぇ!?」
急に名前で呼ばれ、茜は素っ頓狂な声を上げる。その様子に剣城はくすりと笑みを零すとさらに続けた。
「貴女が名前で呼んでくれたのに、俺が呼ばない訳にはいきませんから」
すり、と頬を寄せられる。しっかりと抱き込まれた腕の中に逃げ場はなく、茜はただされるがままになっていた。
放課後とはいえまだ学校内であるとか、こんなところを誰かに見られたらとか。思うことは色々あるが、離してくれそうにないことだけはわかってしまう。
そのまま数分、あるいは数秒だったかもしれない。ただじっと堪えるように震える茜に、やがて剣城が口を開いた。
「ところで、急に名前呼びなんてどうしたんですか」
「……水鳥ちゃんに、恋人らしいことしろって言われちゃったから」
思わず素直に答えると剣城が驚いたように目を見開いた。そして暫しの間思案した後、おずおずと口を開いた。
「……して欲しいんですか?そういうの」
その言葉にカァッと頬が熱くなるのを感じる。確かに自分も年頃の娘である以上、興味がないと言えば嘘になるけれど。それでもいざ面と向かって聞かれると恥ずかしくて堪らないのだ。
「や、その……」
茜は視線を泳がせながら言葉を濁す。けれど剣城はじっとこちらを見つめたままで引く気配がない。
(ああもう……!)
覚悟を決めると茜はおずおずと口を開いた。
「……したいって、言ったら……してくれるの?」
剣城は一瞬目を丸くした後、口元を手で覆い顔を逸らした。その目元が赤く染まっているのを見てますます恥ずかしさが増す。そのまま沈黙が続く中、先に耐えきれなくなったのは茜の方だった。
「ご、ごめん……!やっぱり今のなし……」
そう言って離れようとした瞬間。不意に肩を掴まれる。驚いて顔を上げると真剣な眼差しとぶつかった。その瞳に射抜かれるともう動けなくなってしまう。
「いいですよ」
一瞬の間の後紡がれた言葉に茜は目を見開いた。聞き間違いでなければ、肯定の言葉が聞こえたのだけれども。
呆然としている茜に構わず剣城は続ける。その口調はいつもより少し早口で、どこか焦っているように見えた。
「だから、恋人らしいことしましょうって言ってるんです」
「う、うん……?えっと、でも……」
ここだと、ちょっと……と茜は口籠る。確かに剣城と恋人らしいことをしたいと思ったのは事実だけれども。でもこんな場所じゃ、誰かに見られるかもしれないじゃないか。
「わかりました」
「えっ、ちょっと……!」
言うが早いか剣城は再び茜の腕を引いた。人気のない廊下を足早に抜けて、ひとけのない空き教室になだれ込む。扉を閉めると同時に剣城が茜を抱きすくめた。
「これで、いいですよね?」
熱っぽい視線と共にそう問われてしまえばもう断れない。茜は小さく頷くとそのまま目を閉じたのだった─────
「で、結局……そんないい雰囲気になったっていうのに、キスのひとつもしてこなかったって?」
「で、でも!前じゃ考えられないくらい、いっぱい、色々、したもん……」
(……行動に移せたならまあ、進歩してるか)
「何その顔……これでも私達大分進んだと思うけど」
「いやまぁ、そうだけど。……次はキスくらい自分からしてやれよ?」
「!?そ、それはまだ無理……!」
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