茜ちゃん関連
俺だけ見ていて
夕暮れ、先生に頼まれた作業も一区切りついたところで窓にもたれ掛かりながら、茜はちらりとグラウンドに視線を走らせた。終了時刻なんてとっくに過ぎているのに、まだ残っている子が一人。
「ふふっ、今日も頑張ってる」
いつもなら記録として撮っていただろうが、被写体にするには遠すぎて。一生懸命ボールを追っかける楽しそうな新入生の姿は己の目に焼き付けるだけにして、じっと彼を見つめる。
だからだろうか、後ろから聞こてきた足音に反応するのが遅れたのは。
「何してるんですか、先輩」
「わっ……!びっくりした。どうしたの、剣城くん」
いつの間にか隣まで来ていた後輩に驚きつつ、茜はそっとグラウンドから目を逸らした。
「別に……先輩と帰ろうと思って探してたら、まだ教室だって聞いて。だから探してみたんです」
綺麗な黄金の瞳が真っ直ぐ茜を見つめる。真剣だけど、どこか熱っぽい視線。後輩兼恋人から向けられるそれを受け止めつつ、茜は軽く肩をすくめた。
「それで探しに来てくれたんだ。ごめんね、こんな時間まで探させちゃって」
「いえ……先輩は作業してたんでしょう?なら仕方ないですよ」
茜の机に積まれたプリントやファイルに目をやりながら、眉尻を下げる剣城。そんな後輩の頭を、茜はよしよしと撫でた。
「そう言ってくれるとうれしいな。ありがとね、剣城くん」
「い、いえ……」
素直に撫でられてくれるのを良いことに、そのまま手を滑らせてもっと撫でてやれば、今度は少しばかり照れたように俯いてしまう。そんな姿が可愛らしくて、思わず笑みが零れた。
「それ、よりも……俺が来た時には作業してなかったように見えましたけど」
笑われたことが恥ずかしかったのか、剣城は拗ねたように唇を尖らせる。じとりとした視線を浴びせられ、流石にやりすぎたかと撫でるのをやめて茜はそうだねと軽く答えた。
「んー……休憩ついでにグラウンドを見てただけだけど」
「……そうですか」
茜の答えに剣城はそう返したきり黙りこんでしまった。何か考え事をしているような後輩の姿に、茜はどうかしたのかと首を傾げる。
「剣城くん?」
「……つまり天馬を見てたということですよね」
「え?うん、まぁ……」
剣城の視線の先には先程茜が見つめていたグラウンドがある。今も一人、サッカーボールを追いかけて走る姿は元気そのものだ。茜としては自主練頑張ってるなぁとか、マネージャーとして記録用の写真撮りたいなぁくらいにしか思っていないのだが。
茜の言葉に何を思ったのか、剣城はそっと彼女を抱きしめた。
「え、ちょっと、剣城くん?」
「茜さん……」
耳元で囁かれた名前に思わず茜は動きを止める。誰がいるかわからない学校では滅多なことがない限り名前では呼ばない剣城が、二人きりの時だけ呼ぶ名前。それを今ここで呼ぶなんて、と茜は軽く混乱していた。
「ぇ、あ……ここ学校だよ?」
「知ってます。でももうこんな時間ですよ?誰も残ってないんじゃないですか」
「それは、そうだけど……」
言いながら剣城の手がするりと茜の腰を撫でる。耳に触れる吐息がくすぐったくて、小さく震える彼女の身体。それを抑え込むかのように強く抱きすくめて、剣城は更に言葉を続けた。
「それより茜さんも。いつもみたいに名前で呼んでください」
「っ、でも……」
「茜さん」
耳に吹き込まれる声は甘くて、けれど有無を言わせぬ力を持っている。それに抗う術など、ない。
「……京介くん」
「はい」
満足げに笑って剣城が茜の髪を撫でる。壊物を扱うかのような優しい手つきが心地良い。
力を抜いて、剣城に寄り掛かるようにその身を委ねてみる。耳に響く心臓の音が思いの外速くて、その速さに釣られて茜の鼓動もどんどん速くなっていった。
「これでもう、俺しか見えませんね」
腕の中に閉じ籠めるかのように、剣城は茜を抱きしめる力を更に強める。
「たとえ貴女がその気じゃなかったとしても、他の男を見て欲しくないんです」
「それって……」
もしかして、嫉妬?とは口に出せなかった。というより出す暇がなかった。
茜の言葉を押し留めるように、剣城はその唇に指を押し当ててきて。
「茜さん」
「ん……」
「貴女の言いたい通り、俺は嫉妬したんです。ガキみたいに」
そう呟く剣城の頬は微かに赤みを帯びている。
「マネージャーとして選手の行動が気になるのも、わかります。でも、それでも……俺だけを見て欲しい」
茜さん。
もう一度彼女の名を呼んで、そっと三つ編みを手に取る。崩さないように優しく手に乗せて、愛しみを込めてそれを撫ぜた。
「……なんだか、意外。京介くんはなんというか、もっと大人っぽいイメージあったから」
「それは俺もそう思ってます。……貴女のせいですよ?」
すり、と指に絡ませた髪に頬を寄せて。剣城は茜を真っ直ぐに見つめる。
「貴女が俺をこんな風にしたんです」
切なげな視線に射抜かれて、茜の心臓は痛いくらいに高鳴る。
だんだんとその顔が近づいて、あ、キスされる。と思った時にはもう唇に柔らかなものが触れていた。
「ん……っ」
ちゅ、と可愛らしい音を立てて離れる唇。何度も啄ばむように繰り返されて、その度に茜の息は上がっていく。
「ふ、ぁ……っ」
「ん……」
「きょうすけく、だめ……ここじゃ……ん、ゃぁ……」
「ふ、……誰も見てませんよ」
弱々しい力で胸を押す茜を宥めるように撫でながら、剣城は何度も唇を重ねる。その柔らかな感触に酔いしれつつ、時折ぺろりと舌でなぞってみれば小さく震える身体に、自然と笑みが零れた。
「責任とってください、茜さん」
一生俺のこと、見ててくださいね?
そう囁く剣城に、茜は真っ赤に頬を染めたまま小さく頷くことしかできなかった。
夕暮れ、先生に頼まれた作業も一区切りついたところで窓にもたれ掛かりながら、茜はちらりとグラウンドに視線を走らせた。終了時刻なんてとっくに過ぎているのに、まだ残っている子が一人。
「ふふっ、今日も頑張ってる」
いつもなら記録として撮っていただろうが、被写体にするには遠すぎて。一生懸命ボールを追っかける楽しそうな新入生の姿は己の目に焼き付けるだけにして、じっと彼を見つめる。
だからだろうか、後ろから聞こてきた足音に反応するのが遅れたのは。
「何してるんですか、先輩」
「わっ……!びっくりした。どうしたの、剣城くん」
いつの間にか隣まで来ていた後輩に驚きつつ、茜はそっとグラウンドから目を逸らした。
「別に……先輩と帰ろうと思って探してたら、まだ教室だって聞いて。だから探してみたんです」
綺麗な黄金の瞳が真っ直ぐ茜を見つめる。真剣だけど、どこか熱っぽい視線。後輩兼恋人から向けられるそれを受け止めつつ、茜は軽く肩をすくめた。
「それで探しに来てくれたんだ。ごめんね、こんな時間まで探させちゃって」
「いえ……先輩は作業してたんでしょう?なら仕方ないですよ」
茜の机に積まれたプリントやファイルに目をやりながら、眉尻を下げる剣城。そんな後輩の頭を、茜はよしよしと撫でた。
「そう言ってくれるとうれしいな。ありがとね、剣城くん」
「い、いえ……」
素直に撫でられてくれるのを良いことに、そのまま手を滑らせてもっと撫でてやれば、今度は少しばかり照れたように俯いてしまう。そんな姿が可愛らしくて、思わず笑みが零れた。
「それ、よりも……俺が来た時には作業してなかったように見えましたけど」
笑われたことが恥ずかしかったのか、剣城は拗ねたように唇を尖らせる。じとりとした視線を浴びせられ、流石にやりすぎたかと撫でるのをやめて茜はそうだねと軽く答えた。
「んー……休憩ついでにグラウンドを見てただけだけど」
「……そうですか」
茜の答えに剣城はそう返したきり黙りこんでしまった。何か考え事をしているような後輩の姿に、茜はどうかしたのかと首を傾げる。
「剣城くん?」
「……つまり天馬を見てたということですよね」
「え?うん、まぁ……」
剣城の視線の先には先程茜が見つめていたグラウンドがある。今も一人、サッカーボールを追いかけて走る姿は元気そのものだ。茜としては自主練頑張ってるなぁとか、マネージャーとして記録用の写真撮りたいなぁくらいにしか思っていないのだが。
茜の言葉に何を思ったのか、剣城はそっと彼女を抱きしめた。
「え、ちょっと、剣城くん?」
「茜さん……」
耳元で囁かれた名前に思わず茜は動きを止める。誰がいるかわからない学校では滅多なことがない限り名前では呼ばない剣城が、二人きりの時だけ呼ぶ名前。それを今ここで呼ぶなんて、と茜は軽く混乱していた。
「ぇ、あ……ここ学校だよ?」
「知ってます。でももうこんな時間ですよ?誰も残ってないんじゃないですか」
「それは、そうだけど……」
言いながら剣城の手がするりと茜の腰を撫でる。耳に触れる吐息がくすぐったくて、小さく震える彼女の身体。それを抑え込むかのように強く抱きすくめて、剣城は更に言葉を続けた。
「それより茜さんも。いつもみたいに名前で呼んでください」
「っ、でも……」
「茜さん」
耳に吹き込まれる声は甘くて、けれど有無を言わせぬ力を持っている。それに抗う術など、ない。
「……京介くん」
「はい」
満足げに笑って剣城が茜の髪を撫でる。壊物を扱うかのような優しい手つきが心地良い。
力を抜いて、剣城に寄り掛かるようにその身を委ねてみる。耳に響く心臓の音が思いの外速くて、その速さに釣られて茜の鼓動もどんどん速くなっていった。
「これでもう、俺しか見えませんね」
腕の中に閉じ籠めるかのように、剣城は茜を抱きしめる力を更に強める。
「たとえ貴女がその気じゃなかったとしても、他の男を見て欲しくないんです」
「それって……」
もしかして、嫉妬?とは口に出せなかった。というより出す暇がなかった。
茜の言葉を押し留めるように、剣城はその唇に指を押し当ててきて。
「茜さん」
「ん……」
「貴女の言いたい通り、俺は嫉妬したんです。ガキみたいに」
そう呟く剣城の頬は微かに赤みを帯びている。
「マネージャーとして選手の行動が気になるのも、わかります。でも、それでも……俺だけを見て欲しい」
茜さん。
もう一度彼女の名を呼んで、そっと三つ編みを手に取る。崩さないように優しく手に乗せて、愛しみを込めてそれを撫ぜた。
「……なんだか、意外。京介くんはなんというか、もっと大人っぽいイメージあったから」
「それは俺もそう思ってます。……貴女のせいですよ?」
すり、と指に絡ませた髪に頬を寄せて。剣城は茜を真っ直ぐに見つめる。
「貴女が俺をこんな風にしたんです」
切なげな視線に射抜かれて、茜の心臓は痛いくらいに高鳴る。
だんだんとその顔が近づいて、あ、キスされる。と思った時にはもう唇に柔らかなものが触れていた。
「ん……っ」
ちゅ、と可愛らしい音を立てて離れる唇。何度も啄ばむように繰り返されて、その度に茜の息は上がっていく。
「ふ、ぁ……っ」
「ん……」
「きょうすけく、だめ……ここじゃ……ん、ゃぁ……」
「ふ、……誰も見てませんよ」
弱々しい力で胸を押す茜を宥めるように撫でながら、剣城は何度も唇を重ねる。その柔らかな感触に酔いしれつつ、時折ぺろりと舌でなぞってみれば小さく震える身体に、自然と笑みが零れた。
「責任とってください、茜さん」
一生俺のこと、見ててくださいね?
そう囁く剣城に、茜は真っ赤に頬を染めたまま小さく頷くことしかできなかった。
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