好葉ちゃん関連

少しだけ触れさせて



好きだ。そう自覚した途端に、今まで平然と触れ合っていたのが嘘のように触れられなくなった。
好葉の腕を掴んで引き寄せることも、肩を抱いて顔を寄せることも、練習終わりに額に張り付く汗を拭うために髪に指を通すことすらも出来なくなってしまって。

「っあー……」

思わず頭を抱えた。なぜこんな簡単なことが出来ないのか自分でも分からないが、いざ手を伸ばそうとすると指先が言うことを聞かなくなるのだ。
意識するなと思うほどに意識してしまう。今までどんな風に話していたのか、どういう顔をしていたのか思い出せない。気付けば好葉の顔も見れなくなっていて。
かといって触れ合いたくない訳ではないのだ。寧ろもっと触れたいし触れて欲しいと思う。ただ今までのように気軽には触れられないだけで。

(くそ……)

どれだけ自制しようとしても好きという感情は溢れて止まらない。好葉の些細な言動にすら心臓が跳ねる始末だ。
はぁ、とため息をつく。自分らしくない、なんて分かっているのに。

「井吹くん、大丈夫?」
「ぅおっ!?」

ひょこっと横から顔を出した好葉に驚き、思わず肩が跳ねる。それに驚いたのか好葉はぱちぱちと瞬きした後、慌てて距離を取った。

「あっご……ごめんね」

申し訳なさそうに眉を下げる姿にちくりと胸が痛む。違うんだと否定したくても言葉が出てこない。
そんな井吹を見て何を思ったのか、好葉はおずおずと口を開いた。

「その……何か悩み事でもあるの……?」

心配そうな声に、心臓を掴まれたような錯覚に陥る。好葉が自分を気にかけていてくれるという事実が嬉しくて堪らない。

「別に、何でもねぇよ」

だからこれ以上踏み込んでくれるなと願う。でないと歯止めが効かなくなる。そんな井吹の心情など知る由もない好葉はそっと距離を詰めてきた。
小さな身体をさらに小さく縮め、ぴっとり肩を寄せてくる。柔らかくて、温かい、女の子の身体がしっかりと感じられるくらいに近い。

「っ!」

その瞬間、ぶわりと全身が熱を持つ。背にじわりと汗が滲み、心臓の音がうるさいくらいに耳に響いた。
好きな子がこんなに近くにいて、彼女から触れてきてくれて。嬉しくないはずがない。

「ね、井吹くん」

こてん、と腕に頭を預けられる。癖のある柔らかい髪が二の腕をくすぐって、ふわりと好葉の匂いがした。

「うちじゃ頼りになんないかもしれないけど……何か力になれること、ないかな」
「っ……」

きゅ、と袖を握られる。上目遣いで見上げてくる瞳は不安げに揺れていて、井吹はぐっと息を詰まらせた。
こうなってる原因から直々のアプローチ。勘弁してくれと思いつつも惚れた弱みというのか、素直で健気な好葉に心が揺れる。本気で心配してくれているのだと分かるからこそ無下に出来ない。
好葉の不安げな視線に耐えきれず、井吹は観念したように息を吐いた。

「いいのか、本当に。何するか分かんねぇぞ」
「いいよ、別に……井吹くん優しいもん。それに力になりたいから……」

ふわりと微笑まれると、もう駄目だった。我慢していた欲が溢れ出てしまう。好葉の肩を抱き寄せ、その身体を腕の中に閉じ込める。突然のことに驚いたのか腕の中で小さな体が強張ったのが分かったが、それすら無視して強く抱き締めた。

「いぶきく……?」

戸惑うような声に構わず髪に鼻先を埋める。柔らかい髪の感触を楽しみながら頬擦りすれば、ぴくりと肩が跳ねた。

「あ、あの……」
「……少しだけでいい」

静かにそう言って抱き締める腕に力を込める。すると戸惑いながらも背中に手が回ってきて、受け入れてくれたことに心が満たされた。

(あったかい)

好葉の体温が心地良い。触れた箇所から伝わる鼓動の音が耳に馴染む。どくどくと鳴るそれはどちらのものなのか分からないけれど、この距離が許されることへの幸福感に頬が緩んだ。

(好きだ)

もう自分の気持ちを誤魔化せないほどに自覚してしまった感情を押しつける。
伝えたい。けど、伝えたくないような。そんな相反する感情がぐるぐると渦を巻いて、結局何も言えないまま時間が過ぎる。
それでも今はこの温もりに包まれていたくて、井吹はしばらくの間好葉の身体を抱き締め続けた。
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