好葉ちゃん関連

苦手だった雨の日



「はぁ……雨かぁ……」

雨は苦手だ。湿気が多くて、ただでさえ癖のある髪が更に膨らんで……今日の髪はいつもより二割り増しで酷い。
ぶわぶわの髪をどうにか纏めながら、好葉はこっそりため息を吐いた。

「ヤダな……」
「何がだよ?」
「ひぁ!?」

突然後ろから声を掛けられ、思わずびくっと肩を揺らしてしまう。今日は雨だから自主練するのだと聞いていたが、まだ大分早い時間だ。

「ど、どうしたの?自主練は……」
「先にお前に会いたかったんだよ」

そう言うと井吹は好葉の頭に手を伸ばし、もふっとその髪を撫でた。柔らかな感触を楽しむように優しく触れながら、もう片方の手で好葉の小さな身体を抱き寄せる。

「もぉー……くすぐったいよ」
「ん、そっか」

井吹は好葉の抗議を聞き流し、そのまま髪に顔を埋めた。すぅっと息を吸い込むと、シャンプーの甘い香りが鼻腔を満たす。その香りに誘われるように何度も繰り返していると、むぅ、と好葉が頬を膨らませた。彼女がこの髪をコンプレックスに思っているのことは知っている。ただ、井吹からしてみればそんなことは全く気にならなくて。むしろ、好葉のふわふわの髪が井吹は好きだった。

「好きだけどなーお前の髪」
「でも、湿気で膨らんじゃって変だから……」
「んなことねぇよ。可愛いし、触り心地もいい」

そう言いながら髪越しに頭を撫でると、好葉の頬がほんのり朱色を帯びる。照れているのだと分かるその表情に堪らなくなり、井吹は抱きしめる腕に力を込めた。すると好葉も遠慮がちに背に手を回してくるものだから堪らない。
しとどに降り注ぐ雨の音が遠くなる。代わりに互いの息遣いと心音が大きくなっていった。

「俺は、好葉のふわふわの髪好きだけど」

胸に埋まった好葉の耳に流し込ように囁くと、華奢な肩がびくりと震える。一瞬離れそうになった身体を逃がさないように腕に力を込めれば、好葉が視線だけこちらに向けておずおずと口を開いた。

「ほんと?」
「ああ」
「変じゃない……?」

不安げに揺れる声に胸が締め付けられる。この髪を褒められる度に『本当にそうなのか』と疑ってしまうのは、何度もからかわれてきたからだろう。だから井吹は殊更優しく言葉を紡いだ。

「当たり前だろ」

その言葉に安心したのか、好葉の体から力が抜けるのが分かった。胸元から見上げてくる瞳は安堵に染まっていて。いつまでもこの幸せそうな表情を見ていたいと思ってしまう。

「お前はいつも気にしすぎなんだよ」

そう笑いかければ、好葉は申し訳なさそうに眉を下げた。こういう顔をさせたい訳ではないのだが、こればかりは性格の問題もあるだろう。
「けど」と前置きし、井吹は再び好葉の頭を撫でる。くるくるでもふもふな髪が指先に絡む感触が心地よい。

「そういうのも全部ひっくるめて、俺は好葉の全部が好きだけどな」
「も、もう……井吹くんてば……!」

好葉は耳まで真っ赤に染め上げると、再び井吹の胸に顔を埋めた。照れ隠しなのかぐりぐりと額を押し付けてくるのが何とも可愛らしい。
ぎゅっと互いを抱きしめたまま、互いの温もりを堪能する。……こうやって触れ合えるなら、雨の日も悪くないかもしれない。好葉はそんなことを思いながら、井吹の胸にそっと頬を寄せた。
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