好葉ちゃん関連

雨に降られて



どんよりとした鈍色の雲が空を覆っている。そこから落ちてくる雫は地面をしとどに濡らし、辺りをよりいっそう暗くしていた。

「……止まねぇな」

井吹がぽつりと呟くと、隣に立つ好葉もこくりと小さく頷いた。

「そうだね……」

二人して空を仰ぐ。雨は止むどころか勢いを増しているようにすら見えた。
自主練中、突然雨に降られ慌てて近くの軒下に入ったのがつい先ほどのこと。この様子だと部屋に戻るのも難しいだろう。

「井吹くん、寒くない?」

好葉が不安そうに尋ねてくる。確かに雨に濡れた身体は冷たくなっていたが、それ以上にこの状況への焦りの方が強かった。
好葉と二人きりで一つ屋根の下。しかもびしょ濡れで、だ。井吹とて健全な男子中学生である。好葉のことを憎からず思っていることも相まって、この状況はあまりに心臓に悪かった。

「いや俺は……それよりも、だな……」

好葉へと一瞬視線をやってすぐに逸らす。

「?」

不思議そうに首を傾げる好葉に井吹は何も言えなかった。否、言えるはずがなかった。
濡れたユニフォームが肌に張り付いていて、身体のラインがはっきりと分かる。小さく薄い身体でも女性らしい部分はしっかりと主張していて、井吹はつい目を背きたくなった。どうしても、意識してしまう。

「井吹くん……?」

くい、と袖口を引っ張られる。小さな指は井吹のジャージを控えめに掴んでいて、そのいじらしさに鼓動が速くなった気がした。
これ以上意識しないように、と思えば思うほど自分の視線は好葉の身体へと引き寄せられていく。透けた肌色、小さな身体に残る水滴の跡。それらがどうしようもなく扇情的に思えて、井吹はぐっと歯を食いしばった。

「っ」
「本当に大丈夫?うちに出来ることあるなら……」
「っ、これ!」

食い気味に言葉を重ね、井吹は自分が着ていたジャージを脱いで好葉へと押し付けた。この大雨の中雨宿り中とはいえ薄着になるのはもはや自殺行為だが、背に腹は変えられない。

「え、でもこれ……」
「着てろ」
「……そしたら井吹くんが寒いよ?」
「いいから着ろっての!……その、困んだよ……目のやり場に」

後半になるにつれ声が小さくなる。好葉には聞こえていないことを祈るばかりだ。

「え?」
「っ、なんでもねぇよ!いいから着ろ!」
「……う、うん」

少し強引に言いくるめて、好葉が袖を通すのを黙って見つめる。ぶかぶかのジャージにすっぽりと収まった好葉は余った袖に顔を埋めた。その仕草が妙に可愛くて井吹は思わず視線を逸らす。

「ふふ……」
「な……んだよ」
「井吹くんの匂いがして、安心するなぁって」

ふにゃ、と好葉が気の抜けた笑みを見せる。あまりにも無防備すぎるその笑顔に井吹の心臓はよりいっそう鼓動を速めた。
そんな顔で、そんな声で、そんなことを言われたら。もう井吹の理性は限界寸前で、無理にでも押し込めないとどうにかなってしまいそうだった。

「……この野郎」
「はぇ……?」

きょとんとした顔の好葉を引き寄せ、そのまま腕の中に閉じ込める。小さな身体はすっぽりと井吹の腕におさまり、その温もりがじんわりと伝わってくる。

「いぶ、きく……」
「黙ってろ。頼むから」

懇願するような響きを持った言葉が好葉の耳朶を打つ。それがどこか切羽詰まっていて、思わず口を噤んだ。

「俺も、我慢するから……あんま、そういうこと言うなよ」

この片想いは拗れる一方だ。
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