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ガチ勢アイドル


「あ〜、早く飲みてーなぁ、飲みてーよ!」

「何の話だ」

「コレだよっ!」

 桃城がスマホの画面を目の前に突きつける。近すぎて見えねぇと少し離すと、カフェチェーン店の期間限定ドリンクのお知らせが視界に入った。

「期間限定の桃のフラペチーノが来週発売するんだよ! 桃と言ったら俺だろ、飲みに行かねーと!」

 そんな時期か、と思った。海堂は桃城のSNSや配信も当然バッチリチェックしてるので、毎年桃のドリンクを飲んでいるのは知ってる。桃城ファンの義務教育と言っても良い。桃城ガチ勢の海堂としては推しの笑顔の画像を天に感謝し、ただの海堂としては自分も飲みたかったと羨んでいた。
 海堂は白桃が好きだ。期間限定の桃ドリンクや桃デザートの情報を聞くとかなり惹かれるのだが、一人でカフェやファミレスに行くのはどうも苦手だった。かと言ってSEIGAKUのメンバーと行った時なら頼めるというわけでもなく、菊丸や桃城達がカフェで長い商品名のドリンクにさらに追加で長いカスタマイズをしてるのを手塚と一緒に「何語だ?」と立ち尽くし、「二人はどうする?」と聞かれて慌ててアイスコーヒーやカフェラテなどの簡潔なドリンクを頼んでばかりだった。
 本当は自分も白桃ドリンクを飲みたい。だが今年も桃城のSNSの投稿にいいねをするだけで、実際には飲めないだろう。悔しい。果物の白桃で我慢するしかない。

「…おっ、午後は空いてんのか。ラッキー、発売日に行けるじゃねーか! 海堂も行こーぜ!」

 スケジュールを確認していた桃城がパッと顔を上げる。願ってもない誘いだ。めちゃくちゃ嬉しい。推しと好物の共演を間近で見れるなんて豪華すぎる。しかしガチ勢の繊細なハートは荒れ狂うあまり、了承の言葉は素直に出てくれなかった。

「せ、先輩とか、越前と行けば良いだろ!」

「先輩も越前も仕事入ってんだよ! それにお前SNS全然更新してねーだろ、飲みに行ったって投稿すりゃ良いじゃん。これもファンサの一種だぞ!」

 その言い分はよく分かる。まめに投稿してくれる桃城のSNSは、ファンとしては本当にありがたい。あれもこれもと画像保存し、桃城専用フォルダは潤いまくりだ。
 ちなみに海堂もSEIGAKUのメンバーとしてのアカウントは作っているものの、桃城の投稿を拡散といいねする為のファンアカウントと混同してしまいそうだったのでほとんど更新していなかった。アカウントを間違えて桃城ガチ勢としての意見を投稿してしまったら大変な事になる。炎上よりも、桃城に気付かれるのが困る。実際はもう気付かれてるのだが。


 翌週、海堂と桃城は桃城はカフェに寄って桃ドリンクを注文した。これが念願の桃ドリンク…と感動している海堂に、桃城はバッグから取り出したサングラスを渡す。

「よし、じゃあ写真撮るからお前もコレ掛けて」

 変装用でも日差し対策でもなく、面白さ重視のハート型のピンクレンズのサングラスだった。流石の桃城ガチ勢でもこれには拒否一択だ。

「お前一人で掛けろ!」

「何だよケチ! 良いから頭に乗せとけ!」

 強引にサングラスを頭に乗せられ、さっさと撮影されてしまう。桃城は準備万端なのに海堂はカメラ目線どころか、サングラスを外そうとしている手で顔が隠れていただろう。一人のアイドルとして、そんなイマイチな画像は投稿させたくない。

「おい、そんな雑な画像投稿すんな。撮るなら撮るって言え」

「もう投稿しちまったよ」

「はぁ!? 消せ!」

「はいはい、二枚目撮るぜ〜」

 撮ると言われるとカメラを見てしまう。完全に職業病だ。
 桃城のスマホを引き寄せて画像を確認すると、今度はちゃんとカメラの方を見てドリンクも収まっていた。勿論桃城の写りは完璧だ、いつだって完璧なベストショットだ。

「こっちは飲み終わったら投稿するか。お前もちゃんと投稿しろよ!」

「うるせぇ、言われなくても投稿する」

 アプリを開くとまずは慎重にアカウントを切り替え、その後に桃城の投稿を確認する。

『期間限定の桃フラペチーノゲット! 今年も美味そうだな〜!
ところで俺とスタバデートしてる相手は誰でしょーかっ?』

 そんな文章と一緒に、上手い具合に腕で顔が隠れている海堂と満面の笑みを浮かべた桃城の画像が投稿されていた。心臓を撃ち抜かれる。ギリギリ耐えられたが危なかった、手塚の言葉通りどんな時でも油断をしてはいけなかった。

「すげー、この肩幅は海堂って言われてるぜ。みんなよく見てるなぁ」

「どんな見分け方だ」

 チラリと様子を伺うと、桃城はドリンクを飲みながらスマホでコメントを確認するのに夢中になっている。その隙に仕返しとして、こっそり撮影してやる。海堂が何かしていると気付いた桃城が顔を上げた時には既に数枚撮り終え、桃城フォルダへの保存も完了していた。

「お前今隠し撮りしただろ!」

「してねぇ」

「絶対撮ったろ! スケベ!」

「静かにしろ、人に見られるだろ!」

 せっかく撮ったので、その内の一枚を選択して文章を添えて投稿しようとする。しかし良い文章が浮かばず、ドリンクを飲みながら打っては消してを繰り返す。

「そんな難しく考えんなよ、桃のフラペチーノ買った〜とかで十分だって。ファンはお前が元気か分かるだけでも嬉しいんだぜ」

 ファンサレッスンは継続中らしく、桃城はアドバイスをする。たしかにそうだ。海堂は桃城ガチ勢なので、これを飲んだ、これを食べたという投稿だけでも十分だというファンの気持ちは理解できる。

『桃が桃を飲んでる』

 桃城がドリンクを飲んでいるのを隠し撮りした画像と共に、そんな短い文章を投稿した。海堂をフォローしている桃城のタイムラインにもすぐに表示されたらしく、隣から笑い声が聞こえてくる。

「そうそう、やればできるじゃねーか! 何かちょっと腹立つけど!」

 海堂はこっそりアカウントを切り替えて桃城の投稿にいいねをしようとした時、桃城が引用した自分の投稿が目に入った。先程は何とも思わなかったが、ファンクラブ会員ナンバー一番の桃城ガチ勢として見ると、この彼氏面全開な投稿は許せない。具体的に言うと、おそらく同類である忍足と同じくらい許せない。ガチ勢心は繊細で複雑なのだ。
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