ガチ勢アイドル
結局桃城は海堂にファンクラブ会員なのかとは聞けなかった。プライベートを詮索するのは良くない事だ。海堂が会員ナンバー一番のファンだからと言って、桃城が困る事も何もない。ファンだとしたらこれからも応援してくれたら嬉しいし、楽しんで貰えるように頑張るだけだ。
しかしファンサレッスンで倒れられるのは困る。二回目の特別レッスンも開始十分で海堂が胸を押さえて倒れて中断するハメになった。なのに。三回目のレッスンの日は桃城に単独の仕事が入ったので代わりに菊丸に頼んだら、特別上達はしなかったが倒れもしなかったらしい。自分に教えられるのが嫌なのか、それとも教え方が悪いのか、どちらにしてもムッとしてしまう。
実際は推しの供給過多に体力精神力が吹き飛ばされたのだが、桃城は海堂がガチ勢という事までは知らない。まさか同い年で何かと張り合う事の多いライバルが、見本とは言え至近距離で自分の為だけに推しがファンサをしてくれて心臓が爆発するような男だとは思っていなかった。当然と言えば当然なのだが。
ファンサレッスンをするようになってから初めてのライブが開催し、開演前に桃城は気合いを入れろよと海堂の背を叩く。
「ちゃんと大きく手ぇ振って、ウインク…はやめた方が良いな。まぁできる範囲で良いから頑張れよ!」
パチッとウインクをされ、海堂の心の空には打ち上げ花火が上がった。
ライブが始まってからも余裕があれば海堂は桃城を目で追う。今日のファンサも一つ一つが大きく眩しい。そしてそれを向けられている観客達が羨ましい。桃城の単独イベントがあれば、そうしたら絶対に観客側で参加してやるのに。いやそんな事をしたら自分が桃城のファンクラブ会員だとバレてしまう。(海堂は会員証を見られている事を知らない)
そんな事を考えていると、ガシッと肩に腕を回される。驚いて振り向くと桃城だった。唐突な密着、至近距離の最愛の人、ステージを端から端まで走り回り続けてにじんだ汗は照明に照らされて光っている。尊い。だがそういう事するなら言ってほしい。ガチ勢は繊細なのだ。
「海堂、あれ見ろよ」
あれとは何だ、俺はお前の定点だぞ。そう思いつつもどうにか桃城が指差す方を向くと、『腹筋見せて』といううちわを持ったファンが居た。
「へー、こーゆーのもあるんだな!」
桃城はうちわと自分を交互に指差し、自分がやって良いかとアピールする。歓声を上げて高速で頷くファンも海堂も桃城を見つめていた。
腹筋。まさか、こんな大勢の観客の前で腹を見せるのか。そんな、刺激が強すぎる。嘘だろう。そんな事をしたら。そんな事をしてしまったら。
桃城はシャツの裾に親指のを引っ掛け、捲り上げる。海堂目にはスローモーションに映った。引き締まっているのにムチッとした肉感がある腹部にも若干の照れを浮かべる表情にも健康的な色気があり、フシュッと息が漏れる。それだけならまだギリギリ耐えられた。シャツを上げすぎて胸まで見えてしまっていた。もう駄目だ。
一瞬意識が飛ぶ。危なかった。海堂は桃城の古参ガチ勢であると同時にアイドルだ。家でBlu-rayを鑑賞している時ならいくらでも悶絶するが今はライブ中だ、倒れるわけにはいかない。根性で踏ん張り、桃城の手を下げさせる。
「そんな貧弱な腹筋で自慢してんじゃねぇ!」
「貧弱じゃねーよ! バキバキだろ!」
「どこがバキバキだ、ペタペタじゃねぇか!」
ファンは目の前で喧嘩をしてくれてさらに歓声を上げるも今の二人には聞こえない。特に海堂は先程見たけしからん光景が脳裏に焼き付いて離れない。
こんな刺激的なファンサは禁止だ。するなら自分だけにしてほしい。浮かんでしまった後方彼氏面な考えを海堂は振り払い、今度こそライブに集中した。