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化け猫来りて恩返す

仕事が終わり帰り支度をしていると、バッグに入れていた小型のコロコロクリーナーが落ちた 会社に着いてから服に毛が付いてるのを見つけた時に使えるように持ち歩いている物だ 近くにいた女性社員がそれを拾い、海堂に渡す

「…海堂さん、猫飼ってるんですか?」

肉球柄のカバーから推測されたのだろう 飼ってると言うか居候と言うか…微妙な関係を濁して肯定する

「あの、私も家で猫飼ってて…良ければ猫ちゃんの写真見せてもらっても良いですか?」

「写真っスか」

スマホの画像フォルダを見せる 写真はあまり撮っていないと思っていたが、猫の画像は予想より多かった

「あっ、かわいい! この時期だと寝る時に上に乗ってきません?」

「…乗ってきますね」

「ちょっと重いけど、そんなところもかわいいですよね」

「っス…」

桃城の場合ちょっと重いどころじゃない時が多く、曖昧な返事になる 幸い不自然な態度には気付かれなかったらしく、猫談義に花を咲かせながら会社を出る

「ちなみにうちの子はこんな感じでして…」

「…良いっスね」

緑色の首輪を着けた茶トラ猫が毛布に包まる写真に海堂は頷く お返しに先程とは別の画像を見せながら、あの猫は人間の姿にならないんだよなと当たり前の事が頭に浮かんだ

別れ際にまた猫ちゃんの話をしましょうと言われ、海堂は了承する うちの子自慢をたくさんしてしまったと反省をしつつ、恩を返すまでの間居座っている桃城はうちの子と呼んで良いのか考えた

帰宅した海堂をいつものように桃城が出迎える 遊ぶ前に手を洗って着替えようとすると、普段は早く着替えて早く遊べと言いたげにちょろちょろとついて回る桃城が足の甲に乗ってきた

「桃城、着替えられねぇだろ」

にゃあと鳴くだけで人の姿に変わろうともせず、そのまま体を擦りつける 動く気が無い様子の桃城を引っ掻かれないように注意しながら抱き上げ、その場に座って膝の上に乗せる

「どうした…っ!」

撫でる手を甘噛みされる 痛くはなくすぐに離して舐めてきたから攻撃したいわけではないらしい すりすりと体を擦りつける桃城を撫でながらこんな時こそ人になって喋れば良いのにと思った

その後人の姿になっても特に理由を言わないまま、食事の後から寝る時間まで一度も猫に戻らずにぴったりとくっついていた 布団に入ってからもぐりぐりと額を擦りつける桃城に離れろと言う気も起きず、好きにさせる

「…よく分かんねーなぁ、よく分かんねーよ」

欠伸混じりの眠そうな声が聞こえる

「何がだ」

「お前から知らない猫の匂いがするの、何でこんなに嫌なんだろ」

海堂は俺のものじゃないのに
微かに聞こえた声に海堂は桃城を見る 呼んでも寝息以外の音はしない

「…お前もどこの猫でもねぇだろ」

恩を返したと判断すれば、その日の内にこの化け猫は消えるのだろう お気に入りの猫じゃらしも、魚柄の茶碗と箸も置いて居なくなるのだろう
一人暮らしではなくなった時間はけして長くはないが、一人分の食器が乗るテーブルも余裕のある布団も静かな室内も遠い昔のような気がする 

朝起きた時も布団が狭いままなら良い そう思うのは今晩が初めてではなかった
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