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化け猫来りて恩返す

仕事から帰ってきた海堂がドアを開けると猫の桃城が玄関にちょこんと座っていた 手を洗って着替えを終えるまで桃城は後ろをついて歩き、海堂が座った瞬間に膝に飛び乗ってくる ゴロゴロと喉を鳴らす桃城を撫で、猫じゃらしで遊んでから夕飯の準備を始めるのが帰宅後の習慣になっていた

一人暮らしを始めてから自分以外の食事を作るのも、このアパートで誰かと食事をするのも桃城が初めてだった どちらも最初は変な感じがしたが、人間の食べ物が好きという化け猫の分の皿がテーブルに並ぶのも、週に何度かガスコンロの上に中身の入った鍋が置かれてる日があるのにも慣れた
今日はいつの間にか冷蔵庫に入っていた鮭の切り身をきのこと野菜と一緒にアルミホイルで包んで蒸し焼きにする 焼き上がる頃合いになると足元にくっついていた桃城はするりと離れ、人の姿に変わって米や箸を準備した 食い意地が張っているからか、料理が出来上がるとすぐに食事が始められるようにしてくれる
海堂がテーブルに主菜の皿を置いた 二人で向かい合って座り、いただきますと手を合わせる

「熱いから気をつけろ」

アルミホイルの包みを開けるのを手伝いながら海堂が注意する
猫舌の言葉通り桃城は熱い食べ物が少し苦手だった 冷ましてる内に先に海堂が食べ始めるのを毎度恨めしそうにする

「なぁ海堂、海堂はどんな恩返しされたら嬉しいんだ?」

鮭が食べられる温度になるのを待ちながら桃城は海堂に問いかけた

「どんなって何だ」

「動物の恩返しってパターンあるだろ 食べ物持ってくるとか、お金持ちにするとか、番になるとか…」

「冷蔵庫に入ってる魚は」

「あれは俺が食べたいから買ってきてる」

話しながら箸で一口大にした鮭を口元へ運ぶ 最後にもう一度息を吹きかけて、漸く口へ入れた

「うまいなこれ!」

桃城は目を輝かせ、何度もそう言ってはせっせと箸を動かす 本人(本猫が正しいかもしれない)には言わないが、人の時も猫の時もおいしそうによく食べる姿を見る時間を海堂は気に入っていた

雨のせいか冷え込む夜だった 海堂が布団に入るとすぐに桃城が乗ってくる 暖かそうな猫用ベッドを買ったのに桃城は海堂の上で寝たがった 布団越しに体温は伝わってるのだろうが、寒くないのか心配になる

「桃城、入れ」

掛け布団をめくると桃城はにゃあと鳴いて海堂から降りる
温かい毛玉が来ると思っていたのに、入ってきたのは人間の方だった

「狭いから人になるなって言っただろうが…」

「この方がお前も暖かいだろ」

成人男性が二人入るのを想定してない布団が一気に狭くなるが桃城は気にせずに海堂のそばで体を丸める

「雨の日は寒いから好きじゃねーなぁ、好きじゃねーよ」

人の姿でくっつかれるのにも多少は慣れたとは言え、猫の時と比べるまでもなく嬉しくはない それでも一人の時よりも暖かいのは事実で、仕方なく布団を掛け直す
何で男と同衾したり膝の上に乗せたりしてるんだと冷静に考えた回数は両手では足りない だがもう諦めた 桃城はそもそも猫だ、人間の言葉を完全に理解し人間に化けられる『だけ』の猫だ 猫だから仕方ないと諦めた方がいろいろと気が楽だった

「…海堂」

桃城が海堂に顔を近付ける また頬を舐められるのかと思ったが、横にずれずにまっすぐに向かってくる 大きくなる紫色から目を離せなかった

「おい、桃城…」

しようとしている行動を止めようと桃城を呼ぶが、近付く動きは止まらない 体を反らしかけた時、つん、と鼻がくっついた 海堂が呆気に取られている間に桃城は顔を離す
…鼻キスだ 猫の姿の桃城に何度かされた事があるが人の時は初めてで、唇に触れられるのではと誤解してしまった
仮に唇にされたとしてもその行為に深い意味はない、だって桃城は猫だから そう分かっていても、一度高鳴った心臓はすぐには落ち着かなかった

「拾ってくれてありがとな」

桃城は照れくさそうに笑ってから、海堂の顎に頭突きをした

(この後めちゃくちゃ叱った)
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