いつもと違う
船上パーティーの記念として現部長と次期部長候補が写真を撮られる事になった。
先に三年生の撮影をすると言われ、二年生は呼ばれるまで待機。他の三人が控室代わりの部屋に残る中、俺は廊下に出る。着慣れない服も花束も落ち着かない。呼ばれる前に直せば良いだろうとアスコットタイを少しだけ緩めた。
「…あれぇ、何してんだ海堂? 撮影じゃねーの?」
廊下の向こうから桃城が歩いてきた。ホールに集められらているはずなのに、何でこんなとこに居るんだ。
「先に部長達から撮ってる。お前こそ何してんだ」
「撮影ない奴は自由時間だからさ、船の中探検してんだ…へー、花束なんか持つのかよ」
左手に持ったままの花束をまじまじと見てくる。
「悪いか」
「だってこーゆーのって越前とか不二先輩とか部長の役目じゃん」
「テメーだってそういう役回りじゃねぇだろ」
「うるせーな、良いんだよ俺は別に! 元気担当だし!」
言ってろと鼻で笑うと、珍しくそれ以上桃城は乗ってこなかった。拍子抜けしたが、掴み合いになって服がシワにならずには済んだのはありがたかった。
「それ何て花?」
「知らねぇ」
「白い服って汚しそうで怖いよな」
「食べ物こぼすんじゃねぇぞ」
普通の、ただの雑談のようだが、何となく桃城の様子がおかしい。もう少しつっかかってきて良いはずだ。
「おい桃城」
呼んで気付く。さっきから桃城と目が合ってない。いつもすぐにぶつかり合う視線はずっと逸らされていた。
「撮影早く終わると良いな!」
「桃城」
花束を持っていない手で桃城の腕を掴む。息を呑んで俺の手を見るが、俺の方は見ない。
あの紫色が俺に向かない。それが嫌で、掴んだ手に力が篭もる。
「こっち見ろ」
「…やだ」
「桃城」
もう一度呼べば、観念したのか漸く俺を見た。
「…だってお前、いつもと違う」
「何も違わねぇだろ」
「ちげーよ」
「…服だけだろうが」
「そうだけどよ、何か違うじゃねーか」
顔が赤いし、声が小さい。そのしおらしい態度にまさかと思いつつ、冗談半分に挑発する。
「見惚れてたなら素直にそう言え」
それまで意地でも視線を向けなかった桃城が突然ハッとしたように俺を見た。
「あぁ、それだそれ! スッキリしたぜ!」
「テメー本気で思ってんのか」
スッキリしたぜじゃねぇ。本当に見惚れてた奴がそんな事言うわけあるか。どう考えてもおかしいだろ。
「思ってるって。アレだよな、馬子にも衣装ってヤツだろ?」
「馬鹿にしてんのか!」
「してねぇよ!」
「じゃあ意味知ってんだろうな」
「…えー…似合ってるぜバカ野郎?」
「知らねぇなら使うんじゃねぇ!」
「そんな怒んなよ、せっかくの服が台無しだぜ」
「誰のせいだ、誰の!」
ほんの少し前まであんなに大人しかったのにもうこれか。どんな切り替えの早さしてんだ。そんな所も腹が立つ程お前らしい。
「…海堂」
「あ?」
しゅる、とアスコットタイを抜き取られる。何してんだ、綺麗に結び直すのが手間なのは同じ服着てるお前なら分かるだろうが。
「おい桃城」
咎めるように呼んでも構わずに、広げた布を俺の頭に巻く。そういう使い方じゃねぇだろと見ると、桃城は満足そうに笑っていた。
「俺はこっちの方が好き」
直視するんじゃなかった。
ずっと見ていたかった。
息が止まるくらい、眩しかった。
「テメーは…」
つっかえた様に言葉が出てこない。
何でお前は、こんなに俺をかき乱す。俺に一番届く形で伝えてくる。
俺はお前に、何を伝えれば良いかも分からねぇのに。
衝動的に顔のそばにある左手首を掴んだ。手の甲をなぞって、指の付け根を握る。
「海堂?」
紫色に俺が映る。俺の言葉にならない気持ちを全部見通すあの目が俺を見る。
「…やっぱお前、いつもと違ぇよ」
そう言って握り返す桃城は、いつもと変わらなかった。
先に三年生の撮影をすると言われ、二年生は呼ばれるまで待機。他の三人が控室代わりの部屋に残る中、俺は廊下に出る。着慣れない服も花束も落ち着かない。呼ばれる前に直せば良いだろうとアスコットタイを少しだけ緩めた。
「…あれぇ、何してんだ海堂? 撮影じゃねーの?」
廊下の向こうから桃城が歩いてきた。ホールに集められらているはずなのに、何でこんなとこに居るんだ。
「先に部長達から撮ってる。お前こそ何してんだ」
「撮影ない奴は自由時間だからさ、船の中探検してんだ…へー、花束なんか持つのかよ」
左手に持ったままの花束をまじまじと見てくる。
「悪いか」
「だってこーゆーのって越前とか不二先輩とか部長の役目じゃん」
「テメーだってそういう役回りじゃねぇだろ」
「うるせーな、良いんだよ俺は別に! 元気担当だし!」
言ってろと鼻で笑うと、珍しくそれ以上桃城は乗ってこなかった。拍子抜けしたが、掴み合いになって服がシワにならずには済んだのはありがたかった。
「それ何て花?」
「知らねぇ」
「白い服って汚しそうで怖いよな」
「食べ物こぼすんじゃねぇぞ」
普通の、ただの雑談のようだが、何となく桃城の様子がおかしい。もう少しつっかかってきて良いはずだ。
「おい桃城」
呼んで気付く。さっきから桃城と目が合ってない。いつもすぐにぶつかり合う視線はずっと逸らされていた。
「撮影早く終わると良いな!」
「桃城」
花束を持っていない手で桃城の腕を掴む。息を呑んで俺の手を見るが、俺の方は見ない。
あの紫色が俺に向かない。それが嫌で、掴んだ手に力が篭もる。
「こっち見ろ」
「…やだ」
「桃城」
もう一度呼べば、観念したのか漸く俺を見た。
「…だってお前、いつもと違う」
「何も違わねぇだろ」
「ちげーよ」
「…服だけだろうが」
「そうだけどよ、何か違うじゃねーか」
顔が赤いし、声が小さい。そのしおらしい態度にまさかと思いつつ、冗談半分に挑発する。
「見惚れてたなら素直にそう言え」
それまで意地でも視線を向けなかった桃城が突然ハッとしたように俺を見た。
「あぁ、それだそれ! スッキリしたぜ!」
「テメー本気で思ってんのか」
スッキリしたぜじゃねぇ。本当に見惚れてた奴がそんな事言うわけあるか。どう考えてもおかしいだろ。
「思ってるって。アレだよな、馬子にも衣装ってヤツだろ?」
「馬鹿にしてんのか!」
「してねぇよ!」
「じゃあ意味知ってんだろうな」
「…えー…似合ってるぜバカ野郎?」
「知らねぇなら使うんじゃねぇ!」
「そんな怒んなよ、せっかくの服が台無しだぜ」
「誰のせいだ、誰の!」
ほんの少し前まであんなに大人しかったのにもうこれか。どんな切り替えの早さしてんだ。そんな所も腹が立つ程お前らしい。
「…海堂」
「あ?」
しゅる、とアスコットタイを抜き取られる。何してんだ、綺麗に結び直すのが手間なのは同じ服着てるお前なら分かるだろうが。
「おい桃城」
咎めるように呼んでも構わずに、広げた布を俺の頭に巻く。そういう使い方じゃねぇだろと見ると、桃城は満足そうに笑っていた。
「俺はこっちの方が好き」
直視するんじゃなかった。
ずっと見ていたかった。
息が止まるくらい、眩しかった。
「テメーは…」
つっかえた様に言葉が出てこない。
何でお前は、こんなに俺をかき乱す。俺に一番届く形で伝えてくる。
俺はお前に、何を伝えれば良いかも分からねぇのに。
衝動的に顔のそばにある左手首を掴んだ。手の甲をなぞって、指の付け根を握る。
「海堂?」
紫色に俺が映る。俺の言葉にならない気持ちを全部見通すあの目が俺を見る。
「…やっぱお前、いつもと違ぇよ」
そう言って握り返す桃城は、いつもと変わらなかった。