浴衣

『浴衣』

 河村から商店街の夏祭りに誘われた桃城は、先日鹿児島の祖父母から野菜と一緒に浴衣が送られてきたのを思い出した。ちょうど良い、せっかくだから浴衣で夏祭りに行こう。そう考えながら海堂に近付き、声を掛ける。

「海堂、お前浴衣持ってる?」

「浴衣? 一応持ってるが、それがどうした」

 そーかそーかと頷くと、桃城はパッと笑みを浮かべる。

「じゃあ浴衣デートしようぜ!」


 河村に浴衣を見せている桃城は、海堂の目にはいつもと雰囲気が違って見えた。似合ってるよと言われて喜ぶ様子は普段通りの幼さがあるのに、和服を着ただけで何とも言えない艶のようなものが滲み出ている気がする。
 藍色の浴衣の袖は肩まで捲られ、腕力の強さの割に細い腕が露出している。長袖のジャージを着ている時間が長いせいか意外と日焼けをしていない肌へ視線を向けると、海堂は見てはいけない物を見てしまっているような気分になった。河村がこちらへも声を掛けてくれているのに内容があまり頭に入ってこない。

「それじゃあ俺は店の手伝いがあるから、二人は楽しんできてね」

「うぃっす! タカさんも頑張ってください!」

「っス…」

 ぶんぶんと大きく手を振るとチラチラと脇が見える。河村が店内に入ってもまだ振っていたので、海堂は「もう良いだろ、鬱陶しい」と言って強引に腕を降ろさせた。

「何すんだよ!」

「そんなに振ったら俺に当たるだろうが!」

 掴んだままの腕を引き、邪魔になるからと店の前から離れて屋台が並ぶ方向へ連れて行く。海堂の作戦通り、文句はすぐに「あの屋台に並びたい」とねだる声に変わった。
 何軒かの屋台に並び、食べ物から袋をいくつも持った桃城はその中からフランクフルトのパックを開けようとする。ほんの微かな風が吹くと、ガサガサと袋を漁る手が止まった。

「…海堂、もう少ししたら雨が降るぞ。結構強くて…通り雨じゃねーな、すぐにはやまねーなぁ、やまねーよ」

 空を見上げながら桃城が呟く。雨雲は近くに見えないが、桃城の予報の的中率は海堂もよく知っている。近くの喫茶店に入るかと考えたが、それならもう少し距離はあるが海堂の家の方がいろいろと都合が良い。着く前に降り出しても海堂の服を貸せば良いし風呂で体を温められる、屋台で買った食べ物もゆっくり食べられる。

「俺の家に行くか」

 迷ったのは数秒だった。両手の袋をチラリと見た桃城は息を吐き、「そーするか」と返した。
 河村に天気が悪くなると伝え、二人は早足で海堂の家に向かう。ポツポツと降り出した雨はすぐに強くなり、滑り込むように家の中へ入った直後には土砂降りへ変わっていた。あと数分商店街を出るのが遅かったらびしょ濡れになっていただろう。

「あぶねー、間に合って良かったな」

 ザーザーと激しい雨を窓越しに眺めて桃城が呟く。タオルを持って来た海堂がスマホを見ると、外出していた両親と弟から雨宿りがてら夕飯を食べてから帰ると連絡が来ていた。自分はもう家に着いたから大丈夫だと返し、先程食べそこねたフランクフルトをかじる桃城にタオルを渡す。
 ゴロゴロと雷の音も聞こえてきて海堂も窓の外の様子を見る。雷雨が続くならしばらく家族は帰って来れないだろう。そして桃城も、すぐには帰れないだろう。

「しばらくやまねぇなら今日は泊まっていけ、雨の中帰らせて風邪でも引かれたら面倒だ」

「一言余計なんだよ! まぁそれは助かるけどよ…お前の母ちゃん達は? 出かけてんの?」

「あぁ、夕飯食べてくるって言ってたからしばらくは帰らねぇ筈だ」

 濡れてないなら良かったなと言って軽く濡れた浴衣や髪を拭く。遠慮せずに胸元にタオルを入れるせいで浴衣が乱れていき、もう良いかとセットしていた髪をぐしゃぐしゃと崩すと、手を止めてしまう程の色気があった。視線を逸らせない。家族全員出かけていて良かった。

「…お前さぁ、分かりやすすぎ」

「…何が」

「すっげースケベな顔してる」

「テメーの方がいやらしい面してんだろ!」

「してねーよ!」

「してるじゃねぇか! 顔だけじゃねぇ、一日中胸とか脇をチラチラ見せやがって…!」

「…もしかしてずっとスケベな目で見てた?」

 墓穴を掘った。流石に一日中いやらしい目で見られていたとは思わず、桃城はひえ〜…と声を漏らす。

「ドスケベだ〜…」

「うるせぇ、テメーが悪い! 無防備すぎるって気付け!」

「じゃあそんな無防備な俺に何したいんだよ」

 じと、と見られた海堂は目線を顔から少し下へ移動させる。桃城はそれだけで見抜き、ふーん、と笑った。

「…浴衣エッチがしたいんだな?」
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