サマーウォーズ

『サマーウォーズ』

海堂薫は同年代と比べると少しストイックすぎる傾向はあるが、付き合っている人から「明日の夏祭り一緒に行こうぜ」と誘われたら、トレーニングの時間が減ると言いながらも特に気に入ってるバンダナに時間をかけてアイロン掛けするくらいには中学生男子だった

全国大会の後、海堂は桃城に好きだと伝え、桃城もそれに頷いた
それから二人の間には…特に何も無かった 変わらず喧嘩をし、張り合い、部活が終わると軽く挨拶をして別々に帰る 部活以外で会う事も無ければ連絡をするわけでもない、部活中ですら一度も二人きりになっていない 付き合おうと自分達なのだからそんなモノだろうと特に気にはしなかった
だから昨日誘われてから今の今までずっと落ち着かなかった これはいわゆる初デートというモノなのではないかと意識しては全力疾走したい衝動に駆られ、大変な一晩を過ごしていた
待ち合わせ場所に行くだけの行為にもとてつもない緊張が伴う 付き合っても何も変わっていないと思ったがそんな事は無いのだと海堂は実感した

待ち合わせ場所に着いたのは予定時間の十五分前 目立つ場所で待とうと辺りを見ると、赤い浴衣を着た桃城がベンチに座っていた

「桃城」

自分の方が遅く着いたのを少し悔しく思いながら声を掛けると、足をぶらぶらと揺らしていた桃城が顔を上げて海堂を見る

「おー、早かったな」

「こっちのセリフだ」

「慣れない格好だから走って転ばねーように早めに出てきた、ちょっと早すぎたけどな」

「浴衣持ってたのか」

「親戚から貰った、似合ってんだろ?」

桃城はふふんと自慢げに笑う 海堂は悪くないと思ったが、それを素直に伝えるにはまだ時間が足りなかった

「…普通だな」

「何だよ普通って、反応わりーな!」

「うるせぇ…良いから行くぞ」

「あ、ちょっと待てよ」

桃城は座るようベンチを叩く 昨日からずっと落ち着かなかったのに、距離を詰めてしまったらソワソワが最高潮に達してしまう 顔に出ないように必死で隠し、掠れた声で何だと返して隣に座った

「まだ全員来てねーから」

「…は?」

は、ともう一度言うと、え、と桃城も聞き返す 二人の頭上に?が浮かんでいると後ろから足音が近付いてきた

「二人共もう着いてたのか」

聞き慣れた声に停滞していた思考が完全に止まる

「もしかして待たせちゃったかな」

「俺達も今来たとこなんで大丈夫っスよ」

「桃がこんな早く来るなんて珍しー!」

「俺だってたまには早く来ますって!」

海堂は状況を整理できなかった 桃城と夏祭りに行くと思っていたらあっという間に三年生のレギュラー組も勢揃いしている どうしてこうなった
しかしよくよく考えれば別に二人で行くとは一言も言われてない気がする、というか言われてない 盛大に勘違いをしていたのかと思うと今すぐにでもグラウンド百周したくなった

「あ、忍足さん!」

よく通る声に一瞬で現実に引き戻される 聞き間違いかと桃城の視線の先を見るが、ことごとく海堂の淡い期待は打ち砕かれた

「堪忍な、遅くなったわ」

間違いなく本物の忍足だった 自分同様に桃城に並々ならぬ気持ちを抱く存在の登場に海堂の心に暴風警報が発令する

「すいません、無理に誘っちゃって」

「ええで、俺も暇やったし…にしても大所帯やなぁ…」

ばちりと海堂と忍足の目が合う ほんの一瞬だったが、互いに「絶対期待してたな」と察するには十分な時間だった
こうなったら出来る限り接近させないようにするしかない 粘り強く防御し続けてやると気持ちを切り替えた次の瞬間

「久方ぶりだな貞治」

「やぁ蓮二」

海堂は無言で桃城を見た

「いや、俺じゃねーよ」

「俺が誘ったんだ、二人で回るから気にしなくて良いよ」

「ああ、俺は貞治がフランクフルトを食べる姿を見たいだけだからな」

「どんなデータが欲しいんだ?」

その手があったかと忍足が呟いた 何の事か分からない海堂は桃城がフランクフルトを食べる姿を想像する
冷ます為に先端に息を吹きかけ、てらてらとした太い棒を咥え…ぶちりと噛みちぎる
冷や汗と共に海堂は決意する この下心の塊のような人と乾を二人きりにさせてはいけない…勿論忍足と桃城を二人にさせるわけにもいかない ソワソワしていた十分前までの自分を殴って「お前が行くのは夏祭りじゃねぇ、戦場だ」と目を覚まさせてやりたかった

「どうした海堂?」

「何でもねぇ…」

荒れ模様の心境に気付いていない桃城は屋台楽しみだなと目を輝かせる

「何食おうかな、焼きそばとタコ焼きだろ…それからりんご飴とかき氷とイカ焼きに…あとフランクフルトか!」

海堂は心の底からフランクフルトの屋台が並ぶの断念するくらい長蛇の列になって欲しいと思った
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