ハンデがあろうとなかろうと
何やかんやで本番当日。
部活動対抗リレーに出る生徒達がグラウンドに集まる。他の部がおんぶでスタートを待つ中、第一荷物の大石をお姫様抱っこする第一走者の菊丸は注目を集めていた。
「英二、落とさないでくれよ?」
「だいじょ〜ぶ! 安心してよ、俺のお姫様」
「ひぇ」
その瞬間、菊丸のあまりの雄顔に大石の中の何かが撃ち抜かれた。
「手塚部長」
「どうした越前」
「何でこのオーダーにしたんスか」
「テニス部がどんな状況でも勝つと見せつける為だ」
「ホントは?」
体格差だけを見てももっと良い組み合わせがあるだろうに、手塚はこのオーダーにした。そこに何か意図があるのではと勘繰ったのは越前だけではない。海堂と桃城も手塚をじっと見つめる。
手塚はふ、と息を吐き、まっすぐ見つめてくる越前達を見返す。そしてキッパリと断言した。
「この方が面白いからだ」
嘘だろ、という顔をする後輩達を見て不二が援護射撃する。ただし手塚の援護だったが。
「海堂と桃を組ませたのも」
「面白いからだ」
「僕が走者で君が荷物役なのも」
「面白いからだ」
「お姫様抱っこをすすめたのも」
「面白いからだ」
「越前が荷物役なのも」
「それはノルマだ」
唖然。海堂、桃城、越前がただただ唖然としている間にスタートの号砲が響いた。
『行った行った! テニス部が行った〜〜! 信じられない速さ! しかも持ち方はお姫様抱っこだ〜〜ッ!!』
放送委員の実況通り、菊丸・大石組はそれはもう早かった。圧倒的な速さでグラウンドを走り、第二走者の乾・越前組が待つスタート地点に戻って来る。
「乾、おチビ! お待たせっ!」
「任せろ!」
「行くぞ越前!」
「了解っス」
大石から越前にラケットが渡り、乾が走りだす。実況担当の放送委員が熱く吼えた。
『テニス部第一走者お姫様抱っこでぶっちぎりでゴ〜〜ル! 続く第二走者も荷物役をお姫様抱っこで行った〜〜〜!! 速いッ、今年もテニス部は速ァ〜〜い!!』
「にゃははっ☆ とーぜん!」
「やったな英二!」
「二人共お疲れ様」
「へへーん! 俺と大石は最高のダブルスだもんね! 海堂、桃、二人も負けるなよー!」
「了解っス!」
「桃城、準備すんぞ」
「おう」
背負う為に海堂は桃城に背を向ける。お姫様抱っこ以外で俵担ぎよりマシな体勢を協議した結果、おんぶで落ち着いた。お姫様抱っこの方が良いぞと説得されてもキッパリと断った。
『テニス部第二走者も他の部を寄せ付けない! ダントツでリードを保ったままだ! この流れはまさかテニス部は全員お姫様抱っこで…おんぶだ! 第三走者はおんぶの準備をしているッ! いやいやそんな筈がない、これはフェイントと見た〜〜ッ!!』
「ふざけんな放送委員!」
「絶対やらねぇぞ放送委員!」
放送委員の煽り実況に観衆がさらに盛り上がるのに対し、お姫様抱っこ反対派の二人は叫ぶ。誰がそんな持ち方をするものかと海堂は息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
カッとなると墓穴を掘りやすくなる自覚はある。そうならないようにここは冷静に…そう、冷静に―
「大体マムシに俺がお姫様抱っこできるわけねぇだろ!」
「…あぁ?」
今入れない方が良いスイッチを入れてしまった事に気付かなかったのは桃城だけだった。
そして大方の予想通り海堂は桃城をお姫様抱っこして乾・越前組を待った。
「ここで意地になるバカがどこにいんだよ!」
「暴れんじゃねぇ落とすぞ!」
「だったら持ち方変えろよ!!」
抱き上げてるせいでロクに抵抗できない海堂だが、桃城は一切遠慮せずお世辞にも弱いとは言えない力でグイグイ引き離そうとしてくる。一応海堂なりに落とさないよう気を遣ってはいたが、ここまで暴れられるとすぐに我慢の限界が来た。
「うるせぇ! テメーは大人しく俺に抱かれてろ!!」
「えっ…」
「…あ?」
海堂は何が起こったのか分からなかった。いつもなら売り言葉に買い言葉と即座に言い返してくる桃城が戸惑うように見返すだけで何も言ってこない。
今自分は何を言った。この気に食わない所もある腐れ縁のライバルに、自分は何を。
「…違ぇ!!」
反射で言った言葉を思い出した瞬間、海堂は再び叫んだ。そんなつもりはなかったのに、あれでは誤解以外の何も生まない。流石に可哀想に思った桃城が何とかフォローしようとするが、それより早く目ざとい先輩達が揚げ足を取りに来る。
「海堂、優しく抱いてあげないとダメだよ」
「愛情込めてあげるんだにゃ」
ありがたいアドバイスがドスドスと海堂のハートに突き刺さる。腕の中で様子を見ていた桃城はまずいと焦った。
海堂はこのテのいじりに慣れてない。このままいじられ続けたらいじけ中華が始まってしまう。そうなる前に這い上がらせないと非常にとってもまずい。そう思ってからの行動は早かった。
「海堂!」
桃城はそれまで引き離そうと押していた腕をしっかりと海堂の首に回し、ごんと鈍い音が鳴る程力強く額を合わせる。端的に言うと頭突きをした。
「い゛っ…! 何しやがる桃城!」
かかった、と心の中で呟く。
どう言えばこの腐れ縁のライバルが持ち直すかなんて、そんな事は誰よりも知っている。
「落としたら許さねーからな!」
桃城が笑うと、海堂は一瞬目を見開き、少し悔しそうに見返す。
「…誰に言ってんだ、テメーこそ落ちんじゃねぇぞ!」
「当たり前だろ!」
「海堂、桃! 乾とおチビが戻ってきたぞっ!」
再び額を合わせるのを合図に、抱え直してラケットを受け取りやすいように体の向きを調整する。お姫様抱っこをずっと拒否してきた二人だ、ラケットの受け渡しは勿論抱えて走るのも練習した事がない。だがぶっつけ本番だろうと互いに相手がしくじるとは微塵も思っていなかった。
「抜かれたら新作の試飲だ!」
「抜かれると思ってんスか!」
「桃先輩!」
「よっしゃ! 行け海堂!」
『テニス部、第三走者に早くもバトンが渡った〜〜! それもやっぱりお姫様抱っこだぁ〜〜ッ!!』
「おつかれ、良い走りだったよ」
「桃先輩達がお姫様抱っこしてる…」
「意外だ…」
何があったか知らない乾達は走る二人を意外そうに目で追う。
「いろいろあったからな」
「なかなか面白かったよ」
「では新作のエンゲー汁を飲んでもらおうかな」
「何スかそのヤバそうな名前の汁…」
「実は二人飲み用に開発した新作があってね…ふふ、これがなかなか…」
「何スか二人飲み用って…」
「あーっ! 手塚、不二! そろそろ準備した方が良くない!?」
不穏な空気を断ち切るように菊丸がわざとらしく大声を出した。
「そうだね、準備しようか手塚」
「ああ、油断せずに行こう」
『ああ〜〜〜っと!! テニス部アンカーがお姫様抱っこの準備を始めている!! 今ここに伝説が生まれようとしているッ! 中等部体育祭、いや青学の歴史に残る偉業! テニス部のお姫様抱っこリレーだァ〜〜ッ!!』
「放送委員、何でこの競技だけこんなに力入った実況してんだろ」
「さぁ…?」
異様なまでの熱の入りように正直少し引いた