このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

思春期100%


『相合い傘』

部活が終わるのとほぼ同時に雨が降ってきた 最初は大して強く無かったが次第に強くなり、海堂が帰ろうとした時には土砂降りになっていた

「うわ、傘無いのに」

低い位置からボソッと声が聞こえる 見下ろせば越前が最悪だと眉をひそめていた

「傘忘れたのか」

「天気予報見てなくて」

「越前〜!」

越前が部室の中に戻ろうとすると、強い雨音の中でもよく通る声が聞こえた 振り返るとパシャパシャと水溜りを踏んで桃城が走ってくる

「どうしたんスか桃先輩」

「お前傘持ってる?」

「持ってないっスよ」

「じゃ、あたしの傘貸すから桜乃の事送ってってよ」

にんまりと笑って越前に水色の傘を押し付けた

「え、何で俺が」

「今玄関のとこで待ってるからお願いな! 今度ジュース奢るから!」

「…忘れないでよね」

越前は不満そうにしながらも傘を受け取り玄関に向かう それを見送り、満足げに帰ろうとする桃城を海堂は呼び止めた

「お前折りたたみ傘はどうした」

「無いけど」

「は? どうやって帰んだ」

「タオル被ってけば大丈夫かなって」

海堂は空を見る 雨はタオルを被った程度では防げそうにない程強く、傘をささずに帰れば風邪を引くかもしれない このまま見送って明日休まれたらモヤモヤするに決まっている 自分の傘を開き、桃城の方へ傾けた

「…送る、入ってけ」

「良いよ、お前の家うちから離れてるし」

「大した距離じゃねぇ この雨だといくらバカでも風邪ひくぞ」

「誰がバカだよ! 良いって言ってんだろ!」

「濡れて帰りてぇのか! 良いからさっさと入れ!」

売り言葉に買い言葉と言い合っていた二人が黙って睨み合う 屋根からはみ出した面に雨が当たり、パタパタと音を立てた
先に動いたのは桃城だった 仕方なさそうに息を吐き、一歩近付いて傘の下に入る

「…分かったよ、お前がどーしても入ってほしいって言うから入ってやるんだからな」

「…そんな事一言も言ってねぇだろうが」

バッグを担ぎ直した海堂が傘の位置を調整する 勢いの弱まった言い合いを続けながら、どちらからともなく屋根の外へ足を踏み出した



帰り道も雨は全く弱まらず、跳ねた水で足元を濡らしながら歩く

「越前に送らせなくてもお前が入れてやれば良かっただろ」

「鈍いなぁ、後輩の恋を応援すんのも先輩の役目だろ?」

お節介焼きと小声で言うが、文句は返って来ない 横目で見ていると顔を上げた桃城と目が合った

「なぁ、好きな子と相合い傘するのって男子も嬉しいの?」
純粋な好奇心から桃城が問う ふい、と海堂は目を逸らし、雨音にかき消されそうな声量でポツリと呟いた

「…俺は嫌だ」

「何で?」

「濡らしちまったら悪いだろ」

マジメな海堂らしい意見だ 素直にそう伝えれば「文句あるか」と照れ隠しと言うには喧嘩腰すぎる言葉が返ってきて、やっぱり気遣いのできない奴だなと桃城は思った

その後も部活や授業の話をしていると桃城の家が見えた 家の前までで良いと言ったが、今更数メートルも変わらないと海堂は屋根で濡れない場所まで送る

「せっかくだしお菓子でも食べてけよ」

「良い、帰ってトレーニングする」

「雨なんだから今日は走んなよ」

「言われなくても分かってる」

帰ろうとする海堂をちょっと待ってと引き止める 遠回りしてでも送ってくれたのだから、少し恥ずかしいが一言くらい礼を言いたかった

「ありがとな海堂、おかげで濡れないで帰れたし…」

そう言って、気付く 一つの傘に二人で入るとお互い肩が濡れるはずなのに肩は全く冷たくない そんなに大きい傘だったかなと見ると、海堂の肩は一目で分かる程に濡れていた

『…俺は嫌だ』
『濡らしちまったら悪いだろ』

思い出した言葉に、冷えていた頬がじんわりと熱くなった

「…桃城?」

「あ、いや、何でもない」

そんなわけないかとすぐに打ち消した マジメな海堂の事だ、好きな子じゃなくても…それこそ自分だろうと濡らさないように気を遣うだろう びっくりして損したと笑って誤魔化す

「また明日な、風邪引くなよ」

「ああ」

桃城の家を出て、海堂は傘を持ち直す さっきまでと比べて広く使えているはずなのに、何度持ち方を変えても今ひとつしっくりと来なかった
1/5ページ
スキ