上の階のお兄ちゃん
『同じ部署の海堂さん』
同じ部署にめっっっちゃ声が低い同僚がいる 海堂さんっていう二十代半ばの男性社員で、初めて喋った時時あまりのド低音に「あ、俺消される?」って思った
正直に言うと、この人がちょっと苦手だ
仕事はマジメだけど口数が少なくて、この部署に異動になってニヶ月経つけど仕事以外の話をほとんどした事がない あと顔が怖い、ただ見られただけなのに睨まれたと思うくらいビクッとする 「背は高めで元運動部でひょろっちくないし性格がマジメな優良物件、ただし目つきが悪くて愛想が無いからあんまりモテなかった」と先輩が笑って教えてくれた時は本人に聞かれたらどうすんだとヒヤヒヤした
悪い人じゃない、でもちょっと苦手 海堂さんはそんな認識だった
だから
「今日仕事終わったら飲み会しようか、あたし店探すからみんなに参加確認取ってきて」
「えっ」
先輩からそう言われた時は嘘だろって思った
「えっ、みんなって…みんなですか?」
「あぁ、うちの部署だけで良いからね」
「いやそれは分かりますけど…」
みんなって言うと、当然海堂さんにも声を掛けるんだろう マジか、世間話だってマトモにした事ないのに 店なら俺が探すから先輩が行ってくれないかな…ってチラっと見たらよろしくね〜って言ってもう口コミサイトを開いてる え…マジか、消されたらどう責任取ってくれるんだ…
休憩してる海堂さんに恐る恐る近付いて、深呼吸をする 行け、頑張れ、声を掛けるぞ!
「かっ、海堂さん」
「何スか」
…落ち着け、ただ見られただけで睨まれたわけじゃない、元からこんな声だから威嚇されてるわけじゃない 怯むな、行けッ!
「今日仕事終わってから飲み会やるらしくて、海堂さんは行きますか!?」
言ったッ! 言ったぞッ!! 頑張ったッ! 今日はたくさん飲むぞ、生きてたら!
「…すいません、連れが家で待ってるんで」
「つれ」
ドキドキバクバクしてたら爆弾を投下され、思わず言葉に出してしまった えっ、連れ、連れって…
「か、海堂さん、彼女居たんですか!?」
「そういうのじゃないっス」
「えっ、あ、奥さん!? 結婚してたんですか!?」
「いや…」
謎かけか!? あ、友達以上恋人未満!? それとも照れてるだけ!?
うわ待って、マジで気になる、海堂さんの彼女(仮)超気になる 怖くないのか? 愛想が無くても平気なのか? それとも彼女には態度変わるのか? ヤバい、いろんな事が気になりだしてきた
「ど、どんな人なんですか、付き合い長いんですか?」
さっきまでビビりまくってたのも忘れてついつい聞いてしまった 苦手意識あった人にこんなにグイグイ行くなんて自分でも驚きだ
「…中学高校の同級生」
あ、これガチのやつだ
「…なんで、飲み会は行けないっス」
すいませんって言われて、ハッとしてこっちこそズケズケ聞いちゃってすいませんって謝った
そういえば海堂さんが仕事が終わりに誰かとご飯食べに行ってるとこ見てない 彼女に早く会う為にすぐ帰るなんてベタ惚れなんだな、怖い人だと思ってたけど意外と可愛いところあるんだ…ちょっと苦手じゃなくなったかも
「先輩、参加人数確認してきました」
参加者の名前を書いたメモを先輩に渡す
「ありがとう…海堂くんは不参加?」
「ああ、海堂さんなら…」
「やっぱり違う人に誘われてもダメかー」
…ん?
「いやー、前に飲み会で付き合ってる子の事根掘り葉掘り聞きまくったら次から参加しなくなったんだよねぇ」
カラカラと先輩が笑う
あれ、まさかすぐ帰るのって、早く会いたいからじゃなくて恋バナ避けたいから? てか俺恋バナ聞きたいって理由であんなに勇気振り絞らされたの?
急にドッと疲れが出た 今日はたくさん飲もう…あと海堂さんの彼女の事聞かせてもらおう…